映画を観に入る
「映画鑑賞などという高尚な趣味があるとは思わなかったわ。見かけによらないものね」
電車で移動中
ぞっとする程美しい。素っぴんだよな――?
濃紺のトップスにチェック柄のミニスカ。ニーハイ。清楚で地味な格好にも見えるが冷徹な桂羅が着ると破壊力が凄まじい。同じ車両の男共が何度もチラ見しているぞ。
「映画って高尚な趣味なのか? エンタじゃねえのか?」
「は?」
話が噛み合わないな。
「お前、映画観たことあるのか?」
「あるわよ、学校の映画鑑賞だったけれど」
「はー」なるほどな。お堅い女子校なら上映されるものも限られる。
「――じゃあ今日はエンタメ見せてやるよ」不思議そうな顔をする桂羅に俺は挑むように笑った。
そして映画館。
都会の映画館は違うな。俺が育った街に映画館などというものはなく、電車を乗り継いで行くか、叔父貴の車で利根川を越えた向こうにあるところに行くしかなかった。
それが電車で十分くらいのところに大型の映画館があるのだから。
「楽しそうね」
「嬉しくね?」俺は興奮していた。単純だ。
そして館内に入った俺たちは券売機の前にいる。
「昨日から『小さな名探偵』シリーズやっているのか」
「何それ?」
「アニメだよ」
毎年ゴールデンウィーク前に新作が上映されるシリーズものだ。もう二十年以上続いている。
「アニメってこどもが観るものじゃないの?」
お前がいう「こども」は十歳以下のことなのだろうな。
「お前、こどもの頃、映画観たことないだろ」
「だから学校の映画鑑賞で」
チッチッチ。俺は指を振ってやった。
「まあ観てから言え。これにしよ」もうこれに決めた。
俺は横並び二人分のチケットを買った。ほぼ二十分くらいの時間差で四つのシアターで上映されていたから空席はいくらでもあった。
「私の意見は聞かないのね?」
「お前、タイトルでどんな映画か想像できないだろ。それよりも――」
俺は不服そうな顔の桂羅を連れてポップコーンを買いに並んだ。
「――映画といえばポップコーンだぜ」
「ふうん」ポップコーンには興味を示すのだな。
食ったことないのか。ある意味すげえな。
「ペアセットにしよう。ドリンクは当然炭酸だ」
二人揃ってコーラにした。なお桂羅は最近炭酸デビューしたらしく、今はドクターペッパーにはまっている。趣味が変わっているな。
上映時刻の十分前になってから入場した。身分証の提示を求められるかと思ったがスルーだった。ちゃんと高校生に見えたようだ。
「生徒証持ってくるの忘れたからな。代わりにバイクの免許証見せようかと思ったぜ」
「あんた免許持ってたの?」
「写真が金髪だからな。顔が違うとか言われたら困ったよな」
「見せなさいよ」桂羅が笑う。
席に着いてから見せてやった。高一の六月に取得したものだ。取得直前に金髪にした。教員の指導を受けてすぐに黒髪に戻したが。
「私より早くとったんだ」
「え? お前バイク乗れるの?」
「夏休みにとったからね」
「学校の許可とれたのか?」超お堅い聖麗女学館だろ?
「地方の校舎によっては取らしてくれるのよ。私は夏休みに那須校で研修中にとったわ」
「お前、東京校じゃなかったのか?」
「東京校だけれども、夏休み、冬休み、春休みの度に長野本校やら那須やらに合宿研修に行ったわ」
「家に帰らなかったのか?」
「私には家なんて無いに等しいもの。帰るのは年に三日くらいだったわ」
「それって小さい頃からか?」
「そうね、初等部に入った頃からかしら」
「お前……」俺は言葉を失った。
ずっと寮生活していたのか? 朝五時に起きて礼拝し、精進料理を食べ、外界から遮断された世界で生きてきたのか?
「何
「すまん」しかし気になることもある。「お前、言葉遣いが聖麗女学館らしくないよな。それにエレキギター弾いたりして……」
「それは」桂羅は口角を上げた。「自宅生が半数いてね。そのうちの一人の影響を受けたわね。一緒に外出できればもっといろいろ知れただろうけれど、私は学校と同じ敷地の寮にこもっていたからそれも叶わなかったわ」
なるほどな。原則世間知らず。言葉遣いとか軽音趣味とかはそいつの影響を受けたということか。それでいびつなキャラが出来上がったということだ。
「おともだちに感謝しないとな」
「ともだちというよりは仲間だったわね」
そう言って桂羅はまだCMしか映していないスクリーンを見遣った。
「――って、自分ばかり食べないでよ」思い出したように桂羅は振り返りポップコーンに手をのばしパクつき始めた。「美味しいじゃない。やめられないわ」
「お前、そうやってふだんから笑ってろよ」
「は?」
映画が始まる前にポップコーンはなくなった。
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