妹―桂羅②

 翌朝、俺は朝食当番だったから七時には起きた。

 本日は休校。遅くまで寝ていて良いはずだが桂羅かつらと出かけることになっていたので普段通りの時刻に起きたのだ。

 いつもなら四時半起きの泉月いつきがジョギングをしてシャワーを浴び、しっかりと朝食の用意をしているものだが、昨日から楓胡ふうこともども研修会のボランティアに参加していて明日にならないと帰ってこない。

 俺と桂羅かつらは初めて二人だけの朝を迎えた。といっても血が繋がった妹だと知らされてからは微塵も感じない。

 転入試験の日にはそのクールビューティーに少しは魅了されたものだが今やすっかりになっている。

 俺は冷凍しておいた食パンでフレンチトーストを作り、レタスとトマトをカットして桂羅の部屋の扉を叩いた。

「朝飯用意してやったぞ」

 返事がないから遠慮なく開ける。千葉の祖父宅に住んでいた頃従妹いとこ飛鳥あすかにされていたルーティンだ。

 桂羅はまだベッドの上にいた。掛布から片足を出している。窓から日が射し込んでいるのに起きる気配はない。

「おい、起きろー」

 俺が耳元で叫んでやるとビクッとして体を起こした。

「――朝飯だ」

「今、何時?」ボサボサの髪は普段よりかさ増しだ。

「八時前かな」

 掛布をかぶりやがった。

 なるほど起こしても起きてくれないとイラつくんだな。俺は初めて飛鳥あすかの気持ちがわかった。

 俺はニヤケ顔を隠しもせず掛布をはぎ取った。

 死んだ振りをするクワガタみたいに脚をたたんで縮こまっていた桂羅は寒さに震え、目を見開いてガバッと起き上がった。

「もう何なの!? 休みの日でしょ」

 膝を立てたものだからルームウェアが捲れ上がって太ももが見える。

「パンツが見えるぞ」見えないけど。

「や!」ベッドの上に正座してすそをのばした。

「お嬢様、お食事の時間です」俺は背筋を伸ばして微笑んだ。

「今行くから!」

 俺は蹴られて追い出された。

 いやなかなか面白いヤツだ。楓胡ふうこ泉月いつき相手にこんなことはできないな。

 俺はケラケラ笑いながらテーブルについた。


 やがて髪だけ整えた仏頂面の桂羅がのそっと現れた。寝間着にしている膝丈ワンピースのルームウェア姿のままだ。

 登校する日なら制服に着替えているものだが、まだまだ外出する気にはならないようだ。

「お前、寮にいた頃は毎日五時に起きて礼拝らいはいしていたのじゃなかったのか」

「していたわ。真冬の真っ暗でこごえる中、礼拝堂まで歩くのはとてもつらかった」

「なのに今はだな」

「うん、天国ね――って何を言わせるのよ!」

 こいつはやはり泉月とは違い生来無精にできているようだ。俺や楓胡と同類だ。

 どうも俺たちの中で泉月いつきだけが特殊のようだ。

「まあ食えや」

「ありがとう。いただくわ」

 一応俺みたいなふざけた兄にも礼儀を尽くすようだ。長年に渡って教え込まれた作法は条件反射的に発動するものらしい。

「美味しいじゃない。あんた器用ね」

「ただのフレンチトーストだぞ」

 こいつは幼い頃から精進料理ばかり食わされていたから普通の食い物にまでいちいち感動する。

 でもせっかく藤木ふじきさんに手の込んだ和食の作り方を教わっているのだから俺の真似して手抜き料理を覚えてもらう必要はないよな。

「お前は今まで通り藤木さんゆずりの美味しい御膳を作ってくれ」

「は?」

 無理かもな。インスタントのスープまで美味しそうにすすっているぞ。

 今日はこれからこいつに悪魔の誘惑を教えることになるかもしれないな。


 何だかんだしてマンションを出たのは九時だった。桂羅のやつが、泉月の真似をした訳でもないだろうがしっかりとシャワーを浴びておめかしをしたからだ。

 さすがに化粧はしていない。自分ではできないのだ。楓胡がいたらお人形のように飾られるのだが。

「その服どうした?」

「楓胡のを借りた。私服ほとんど持ってないし」

「この前、楓胡と二人で出かけたとき双子コーデしていたよな」

 あれはメイドコスだった。いやお人形コスというべきか。フリフリのシャツにチェック柄のジャンパースカート。楓胡の趣味だ。顔もしっかりと塗りたくっていたな。あまりの可愛さにさすがの俺も生唾なまつばを飲んだぜ。

「楓胡が普段着だって言うから仕方なく着たのにじろじろ見られて大変だった……」だよな。

「――だからもう少し普通っぽいのにした」

 変装用に地味なのも持っているのが楓胡だ。

 四月半ばで気温の変動が激しいから脱ぎ着できるように重ね着している。白シャツの上にほとんど柄のない濃紺の薄手セーター、チェック柄の膝上丈スカート。脚を包んでいるのはタイツに見えるが紺のニーハイだ。

 歩くとスカートが揺れて絶対領域が見え隠れする。やめろ! それはそれで男の目を潰すぞ。

「ま、まあ、良いんじゃないか……」俺は実の妹に欲情しそうになった。

「で、どこに連れていってくれるの?」

 外に出たら別人だ。ぐうたら娘の欠片かけらも見られない。まさにクールビューティー。そして泉月いつきの顔に瓜二つだ。

 そう言えば叔父が言っていたな。俺たちのDNAを調べた時、桂羅と泉月の一致度が一卵性双生児みたいに似通っていたと。

 まさに髪の長さの違いしかない。これではまた東矢副会長が男と遊び歩いたと噂されるな。

「まあ良いか」泉月は研修会に出ているんだし、アリバイはある。「――映画を観よう」

「エエエ!」

 なぜか桂羅は嫌そうな顔をした。お兄ちゃんの言うことも聞け!

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