妹―桂羅

 部活をしていない俺と桂羅かつらは遅くても四時半には帰宅する。

 夕食は家事手伝いの藤木ふじきさん指導のもと桂羅かつらが用意した。

「お上手ですよ」褒められて桂羅は満更でもなさそうだ。

 もともと聖麗女学館の寮で生活していた頃食事当番制度があり、寮の朝食を自分達で用意していたらしいから料理は慣れているのかもしれない。

 ただメニューはほぼ精進料理だったようで、そこに中華料理や洋食といったものはなかった。しかも洋風調味料をほとんど使わないらしく、中濃ソースやマヨネーズが衝撃的だったようだ。初めて日本旅行に来た外国人かよ。異世界人じゃね?

 とはいえ藤木さんと一緒に作る料理は一汁三菜だ。しっかりと出汁だしをとり、素材の味を生かす料理。それでも寮生活の頃と比べて栄養価は高く美味しいらしい。

 たぶん寮の味付けが超薄味だったのではないか。味付けを適度にするだけでびっくりするくらいの晩餐となるのだ。

 俺の目の前に小さな皿に盛られた惣菜が数えきれないほどところ狭しと並んだ。

「どう?」ドヤ顔だぜ。

「最高だな」俺はすぐに「いただきます」をして食いついた。

 藤木さんが微笑ましそうにしている。こうして一緒に食事をしてから帰ってもらっているのだ。今夜は二人少ないが。

「いささか寂しゅうございますわね」

楓胡ふうこがいないだけで三人分いなくなるからな」

「楓胡が帰ってきたら言ってやろ」

「お前な!」

 しかしうまいな。味は藤木さん監修とはいえ、具材の切り方はすでに一人前だ。

 泉月いつきには悪いが二人の間に器用さという点で大きな開きがあると俺は思った。

 同じ腹から生まれたのに、もって生まれたギフトが違うというのも何だな。単に口数が多いとか少ないとかというキャラのみならず技能に何らかの差があるようだった。

「泉月より上手だよね?」

「うん、まあな」はっきりと言わせやがった。

 藤木さんが困惑しているぞ。藤木さんにとっては泉月の方が付き合いが長い。おそらくは幼少期から面倒を見ていたのだろう。突然現れたもう一人のお嬢様が「私を褒めて」と言って目を輝かせても対応に困るだろう。

「桂羅お嬢様は基礎ができておられますから。きっと長い寮生活で身につけなさったものでしょう」

「いつも教官の厳しいしつけを受けていたからね。好きでやっていた訳じゃない」

「俺が作るB級グルメの方が良いだろ?」

「まあ……そうかもしれないね」真顔になるなよ。「――だから明日明後日は任せた」

「は?」

「おいしいわー。お兄さま、お願いね」

 楓胡ふうこの真似だ。泉月と全く同じ顔つきなのに突然楓胡が憑依したような顔になる。それもまた泉月にはできないことだった。

「わかったよ」俺は優しい兄になった。

 夕食を終えるとすぐに藤木さんは帰っていった。

 片付けは当番の桂羅に任せ俺は風呂に入った。

 生まれ育った母方祖父の家ほどではないが、マンションにしては広い風呂だと思う。奥行き一間半くらいあるのではないか。洗い場に二人腰かけて背中を流せるくらいだ。

 実際俺がここに来た最初の夜、楓胡が入ってきやがって俺の腹にあるあざを見たり背中を流したりしたっけ。その後も週に一度は入ってきやがる。油断も隙もない。

 その点桂羅はその心配がなかった。あいつは俺が入った後、湯を落とさせて新たに入れ直すからな。俺のには入りたくないのだろう。


 さっぱりして吹き抜けのリビングに行くとギターを手にした桂羅がいた。アンプに繋がず何やら弾いている。

「お前、そんなにやりたいのなら軽音入れば良いじゃん。今、実質女子二人しかいないらしいぞ。歓迎されるんじゃね」

「私は趣味で良いんだよ。マジでやってるのなら遠慮する」

「楽しくやってるように見えるけどな、軽音同好会」

「見たの?」

「生徒会に案内されて同好会室を訪れた時に軽音女子二人には会ったよ」

「しっかりと動いているね。ボッチだと思っていた」

「それはお前だ」そう言うと桂羅はへそを曲げて黙り込んだ。

 顔は変わらないが何となくそれくらいわかる。手先は器用なくせに人付き合いは不器用だ。ほんとうに面倒くさいヤツだ。

「明日出かけるから早く寝ろよ」俺は兄の威厳を振りかざした。

「はいはい」

「『はい』は一回だ」

 桂羅は立ち上がった。「お風呂に入る――入ってくるなよ」

「そういうのはフリと言うんだ。入るなと言われたら入る。そんな流れだな」

「来たらぶっ飛ばす」プイと顔を背けて桂羅は浴室へと消えた。

 どうせいつもカギかけているだろが。

 すりガラスの扉越しに声をかけてやろうかと思ったが、やめてやることにした。

 俺も鮫島みたいに妹を大切にしないとな。


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