星川、モブ男に声をかける

 俺はもっと白熱した議論のようなものを期待したのだが、活動費をせびる三年生男子に対して星川ほしかわはのらりくらりと返す態度をとり続けた。

 まるでAIを相手に問答している気分になったらしく三年生男子は最後には言葉を失った。

 たいそう疲れた顔をして「もういい」と手を外向けに振った。

「次行こうか」

 星川は全く疲れていない。こいつはおそらく疲れることなどないのだろう。


 星川の後ろに続いてさらに奥へと進むと、首をすくめたような格好でパソコンに向かっている男子生徒が目に入った。

 キーボードに置いた手が止まっている。

 何てことのないモブみたいなヤツだったが、そういうのに限って重要人物だったりする。そう、俺みたいに。

 にんまりとする俺を置いて星川はそいつの後ろに立った。

 急にキーボードが暗くなったためか、はたまたディスプレイに大きな影が写ったためか、そいつは後ろ――俺たちの方を振り返った。

「や、やあ……」そいつは星川に作ったような笑みを浮かべた。

「いつも精が出るね」

 とてもそんな風には見えないが。まあ星川は空気を読まない挨拶をする。

「僕、何か悪いことしたかな」そいつは頭を掻いた。

「今日は気まぐれで歩いているのだよ」

「良かった」

 二人の間では話が通じているようだ。

 そいつは芦屋あしやという名前で、何と三年生だった。星川の方が偉そうに見えるぞ。

「新入会員は確保できそうかね?」

「どうかな。僕の代で消滅しそうだよ」

「生まれてくる同好会も消えゆく同好会も星の数ほどあるからね」いくらなんでも星の数は大げさじゃないか?

「――ミステリー研究会だよ」星川が俺を振り返って言った。「我らが担任西脇にしわき先生が顧問で、我らが生徒会長舞子実里まいこ みのり嬢も所属している由緒正しき同好会だ」

「二人とも名前だけで僕一人でやっている趣味の同好会だよ。それにできたのは三年前だ。新参だよ」芦屋は眠そうな目を俺に向けた。

 疲れているな、こいつ。星川を相手にしたら疲れるよな。

「転入生の鮎沢あゆさわ君だ」いきなり俺を紹介しやがった。

 俺は「ちす」とふざけた態度をとってしまった。モブだから適当に挨拶したんじゃないですよ。

「ん? 転校生? それは興味深い」芦屋の目がわずかに開いた。「しかも西脇先生のクラス……」

「どんな活動をしているのですか?」

「ミステリーを読んで紹介するだけだよ。趣味だ。本代以外経費はほとんどかからない。学校ではパソコンは共用のを借りてるし」

「ボク、本読まないので――」縁がなかったですね。

「――舞子会長は来られるのですか?」あの美人には興味がある。

 学年が違うから関わる機会はわざわざつくらない限りないと思っていたのだが部活という手があったのだな。

「来ないよ」芦屋は答えた。「来るとゾンビみたいな奴らがわいてきて舞子さんを取り囲むからね」

「活動費増やしてくれよ生徒会」星川が先ほどの五七五を唱えた。

「『助けて!』ってしがみつかれて僕は死にそうになる」良いんじゃね? その役俺がやるよ。

「会長は芦屋氏にしか、しがみつかないよ」星川に心を読まれたぜ。

「そういう関係ですか」俺はしれっと訊いた。

「ただの幼馴染みさ。ふざけてやるんだよ彼女は。そしてボクの反応を見て楽しんでいる」

「だったら来ますね、きっと」俺は口だけニヤリとした。

「よくわかっているじゃないか」ハッハッハと星川は笑った。

 その笑い声がその雑魚部屋に響いた。

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