昼休みの生徒会

 楓胡ふうこと別れ、教室に戻ろうとしていた俺の目に星川ほしかわの姿が入った。

 星川は相変わらず通りがかりの女子生徒に笑顔を振り撒いていた。

 一部の女子たちはキャアキャアと騒ぎ、一部の女子たちは困ったような顔をして頭を下げた。立ち止まって星川と話をする者はなかった。

 これもまたボッチの一種だな。

 本人は孤高の天才だと思っているかもしれない。

 俺は、星川に声をかけられるように彼の視界に偶然を装って入った。

「おや、鮎沢あゆさわくんじゃないか、久し振り」星川は予想通り声をかけてきた。

 「久し振り」というのは星川のジョークに違いない。学食を一緒に食べたばかりではないか。それとも重度の記憶障害持ちか?

「生徒会に戻るの?」俺はぶつぶつ呟くコミュ障の口調で訊ねた。

「そうだよ。見学に来るかい? 会長に気に入られれば君も生徒会に入れるよ」

 そういう仕組みなのか。

 しかし始業式で見た生徒会長は俺の記憶では超絶美女だったはずだ。

「見るだけ」俺は好奇心を封じ込めることができなかった。

 これではコミュ障を演じ続けることはムリだな。

「ボクについて来たまえ」星川は爽やかに身を翻した。相変わらず芝居がかったヤツだ。

 俺は星川の後を付き人のように歩いた。

 部活棟までの道のりで出くわす生徒たちに星川は独り残らず声をかけていた。

 こういうタイプは初めてだ。その生態はとても気になる。


 部活棟最上階最奥に生徒会室はあった。手前は新聞部だ。

 楓胡ふうこも戻っているのだろうか。いや楓胡のことだから今もあちこち動き回っているだろう。

「ちょっと待ってくれたまえ、念のため入っても良いか確認する」そう言って星川が先に入った。

 確か昼休みの生徒会は女の園だったはず。だから星川はひとりで学食でランチを食べるのだ。

 部外者の俺が入っても良いか確認する必要があったのかもしれない。

 ほとんど待たずして星川が顔を出した。「大丈夫だよ、鮎沢くん」

 星川が観音開きの扉を押さえているので、俺は少しおどおどした態度で中に入った。

 中は会議室のようだった。正面の奥、窓際に生徒会長の大きな机があり、それに向けてU字型に机が配置されていた。

 両側の壁にはさらに長いソファがある。詰め込めば三十人くらい腰かけられるのではないか。

 右側のソファには一部途切れがあり隣の部屋へと続く扉があった。隣室は倉庫にでもなっているのか。この部屋には収納庫が全くなかった。

 生徒会長はこちらを向いて腰かけていた。

 ブラインドが半開きになっていて外からの光が後光のように差し、その姿は神々しいようにも見えたが、良く見ると生徒会長は眠そうな顔をしていた。

 まさに残念美人だ。始業式で講堂の舞台席にいた生徒会長とは明らかに違う。寝起きだからか。

「星川が連れてきた客人か――」生徒会長が口を開いた。「――生徒会長の舞子まいこだ」

 これはボクタイプなのか?

「君は……?」

「二年H組の鮎沢くんですよ、会長」俺が答えるより先に星川が答えた。

 舞子会長が「お前に訊いてない」といったので、俺は改めて「鮎沢です」と小さな声を出した。

 星川が会長席と対面になる末席の椅子を引いたので、俺はそこに腰かけた。

 遠い。真正面に生徒会長がいるがその席はとても遠くにあった。

 なんだこれ? オレは罪人か? 

 俺は苦笑をこらえた。

 泉月いつきは、俺から見て舞子会長のすぐ左に腰かけていた。そこが副会長の定位置のようだ。

 俺が入ってきた時、泉月は一瞬目を見開いて「どうしてここに来たの?」と言うかのような顔をしたが、ほんのわずかな間で普段の無表情となった。そして今、気配を消している。

「生徒会に興味があるのかな?」舞子会長が訊いた。

「いえ」俺は口ごもった。「外で星川くんとたまたま出会って……」

「連れてこられたのか?」舞子会長は星川に目を向けた。

 星川は舞子会長の右隣、泉月の対面に腰かけていた。

「ボクの誘いにのった人が久し振りだったので、つい連れてきてしまいましたよ、はは」星川がわざとらしく頭を掻いた。

 いちいち芝居がかっているヤツだと俺は思った。

 他に生徒会役員は二人いた。泉月の隣に眼鏡女子。星川の側に星川から二つ空席を挟んで眼鏡男子がいた。二人とも一年生のようだ。

 男子は目立たないが、眼鏡女子の方はなかなかの美少女顔をしていた。ただし泉月と同じタイプらしく無表情だった。いや、少し神経質そうに眉をひそめている。見慣れない男が入ってきて警戒しているのだろうか。

「星川に誘われてついてくるとは珍しいな」舞子会長が笑みを浮かべた。

「同じクラスなので」俺は答えた。「ボクは転校してきたばかりなので、この学校のことはよく知らないので、誘われたらついていくようにしています」

「なんだ、君が転校生なのか……」なぜか舞子会長は泉月の方を見た。

 泉月の態度は変わらない。部外者には全く興味がない、といった様子だ。

 知らぬふりをする泉月に舞子会長が何やら促した。「東矢とうや

 それでハッとした泉月は俺に体を向けた。

「生徒会副会長の東矢です。二年A組です。よろしく」と頭を下げた。

 それに続いて眼鏡女子が自己紹介をした。「会計をしています一年A組三井寺みいでらです」

 続いて眼鏡男子「第二書記の蜷川にながわです。一年です」

「第二なんてつけなくて良いよ」星川が割り込むように言った。「そんな肩書きは存在しない。二人いても書記、副会長だよ」

 一年の蜷川は星川に気を遣って「第二」と言ったようだった。

 一年生二人は泉月が自己紹介するのを待っていたらしい。

 もちろん泉月は俺の身内であり、マンションに同居しており、毎日顔を合わすから俺のことをよく知っているのだが、俺たちはここでは初対面ということになっているのだ。俺に名乗りの挨拶をしないのは不自然だった。

 舞子会長に促されて自己紹介するあたり、泉月も寝起きでボーッとしていたのだろうか。確か昼休みは二十分ほど仮眠をとるのだったな。

 泉月の様子を見て舞子会長は笑ったようだった。

 どうも舞子会長は俺たちのことを知っているのではないか。楓胡のことも気づいていたようだし、桂羅かつらは泉月と瓜二つだからきょうだいだとすぐわかるだろう。

 ということは俺が転校生だと言った瞬間に気づいたのだろうか。

 何にせよ油断のならない人物であることは間違いなかった。

「これで全員というわけではないが昼休みはだいたいこのメンバーでこの部屋にいる。ランチを済ませて少しの間は隣の書庫で午睡ごすいをむさぼったりするがね」舞子会長は穏やかに言った。

 なるほど隣の部屋が書庫になっていて、女子の役員が短い安息をとる場なのだな。

「毎日活動しているのですか?」俺は訊いた。

「雑務が多くてね。ほとんど毎日だ。東矢にいたっては土日に出てくることもある」知っているだろうと言うかのような顔をした。

「体をこわさないか、ボクは心配だね」星川が言った。

 三井寺会計も頷く。

「大変ですね」俺は他人事のように言った。

 もとより生徒会に入るつもりはない。帰宅部で十分だ。

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