拡散される画像

 昼休み、俺はまた学食で食べた。

 今日も鮫島さめじまの隣が空いていて、難なく席を確保できた。悪いな鮫島、俺の席を用意してくれて。

 桂羅かつらの姿は見なかった。時間帯をずらしたのだろうか。弁当を作って出たのは泉月いつき楓胡ふうこだけだから桂羅も学食か購買のはずだった。

 今日は日替わりランチにした。豆腐ハンバーグ、きんぴら、和え物などヘルシーメニューだ。

 隣の鮫島は生姜焼きを食べていて、俺はよだれが出そうになった。

 顔を向けると鮫島は威嚇してきたが、俺は表情を変えずに適当にいなした。

 するとまたしても星川ほしかわがサラダ盛りを手にして現れた。

「ここ、良いかい?」わざわざ俺の向かい側に腰かける。うざいが断る理由がない。

「星川君はいつも一人なの?」俺は直球で訊いた。お前、ボッチかよ。

「ボクはいつも生徒会室にいるのだけれど、昼休みは女神たちが安息をとられるのでね。席をはずすのだよ」

「生徒会長たちが昼寝をするので追い出されるってことだ」鮫島が通訳をした。「こいつはいつも浮いてるだろ」

「キミに言われるとは心外だね」と言いつつ星川は余裕の笑みを浮かべていた。「――今日は東雲しののめさんはいないのかな」

「誰?」俺はとぼけた。

「この場所にりたんじゃないか」鮫島の言う通りかもしれない。

 鮫島と星川がいては誰も近寄ってこない。一部の例外を除いて。そしてその例外がやって来た。

「おお、ここ、良いかあ?」

 確かB組の佐田さだとかいう坊主頭の男子だ。

「またお前かよ」鮫島が呆れている。「むさ苦しいからどっか行けよ」

「武道部に入る気になったか? 鮫島」しっかり鮫島の向かい側に腰かけて佐田は笑った。「星川もどうだ? ん? それから、えっと……」

 佐田は俺の名札の字が読みとれないようだった。ひょっとして「鮎沢」が読めない?

鮎沢あゆさわ君だよ」星川が代わりに答えた。

 余計なことをするなと思ったが顔には出さない。薄ら笑いを浮かべて「ボクはムリ」と言うだけだ。

 食堂は八割近く女子が占めていたのにこのエリアに男子が四人集まってしまった。

 いくらなんでもこの状況は想定外だ。

 女子たちが見て見ぬふりをしている。一部遠巻きに見ている者もいた。それだけ注目を集める構図だっただろう。

「H組は居心地良さそうだな」佐田は羨ましそうだった。「オレは何だかクラスで浮いてるよ」

 浮いている自覚はあるようだ。

「この学園の男はそんなものだろ」鮫島が言った。「ほとんど女子校じゃねえか」

「お前こそ、よくそんなところに来たな」

 そう言う佐田はどうなのか。

「――それは妹さんがいるからだろう?」訊ねるように星川は鮫島に言った。

「妹ちゃんがいるのか」俺が思ったことを佐田が口にした。

「――有名な話じゃないか。朝は一緒に登校している」

「お前、会わないのによく知ってるな」鮫島は少し驚いたようだ。「生徒会が校門に立つ前に来てるんだが」

「ボクは大抵のことなら知ってるよ」

 それが俺に聞かせる台詞のような気がして、俺はわずかな動揺を顔に出さないよう努めるはめになった。

「妹ちゃん、可愛いんだろうな。鮫島がわざわざついているんだから」佐田は羨ましそうだ。

「うるせえ、それ以上言ったらその口塞ぐ」

「この学園の妹持ちの兄は間違いなくシスコンだよ」星川は笑った。

 俺もまたこれからシスコンになるのか。

 俺の頭に桂羅かつら泉月いつき楓胡ふうこの顔が浮かんだ。

 ――可愛い妹というものではないな。楓胡は一応だし。

 そこで俺のスマホに着信があった。校内は原則スマホ使用禁止だが、昼休みのみ解禁されている。

 何気ないふりをして確認すると「カルテット」グループの「ふーちゃん」からのSNSスタンプだった。見ると、ギョッとした驚愕の顔スタンプだ。

 「ふーちゃん」というのは楓胡のことだ。アドレス帳には「伊沢楓胡いざわふうこ」で登録されているが、誰かに見られても良いようにSNSでは「ふーちゃん」と表示するように示し合わせたのだ。

 ちなみに俺――火花ほのかは「ほーちゃん」、泉月は「いっちゃん」、桂羅は「かっちゃん」となっている。

 どうしたと思ったら「これ見て」と続きが送られてきた。別のサイトへクリックさせるつもりのようだ。

 フィッシングじゃねえのか、と楓胡の笑い顔を思い浮かべた後、指定のページにとんだ。

 それはどうも御堂藤学園の裏サイトのようだった。「これ東矢とうや副会長じゃない?」のタイトルの下に、離れたところから盗撮したと思われる画像があった。

 若い男にくっつくようにして見上げ、笑顔を見せる美女。

 リプライが多数ある。「髪型ちがう」「ウィッグ」「こんな顔する?」「男と一緒ならするかも」「すかした顔してすることしてんだ」

 それが泉月いつきでないことはすぐにわかった。その画像の二人は間違いなく昨日の俺と楓胡ふうこなのだ。東矢泉月とうやいつき見紛みまがわれたのは楓胡だった。

「ん、どうかしたかい?」

 星川の声が聞こえたので俺はスマホをポケットに戻した。

「何でもないよ」俺は薄気味悪い笑みを浮かべた。

「それなら良いよ」星川は笑った。

「むさ苦しいのが集まってるからだろ」鮫島が言った。

「オレは違うよな?」佐田が俺の顔を覗き込む。

「だ、大丈夫」俺はコミュ障を貫いた。


 どうにか学食を抜け出した俺は、中庭で楓胡と落ち合った。もちろん、たまたま中庭を歩いていた俺に楓胡が声をかけたかたちだ。

 楓胡は新聞部の部員で誰彼構わず声をかけるインタビュアーをしていたから、不自然な光景ではなかった。

「鮎沢くん、学園には慣れたあ?」近くにいる生徒に聞こえるように楓胡は訊いた。

「うん」と俺は首肯して低い声で付け足した。「――あれ、お前じゃねえか」

「そうなの。美人に写ってるでしょ」楓胡は笑顔だ。

 それが演技なのかどうかも俺にはわからない。

「美人は間違いない」

 そう言うと楓胡は嬉しそうに眼鏡の奥の目を細めた。

「そして俺じゃん」一緒に写っていたのが俺だと言った。

「イケメンよね」

「それがなんで泉月という話になんだよ」人に聞かれぬ程度に声量を落とす。

「生徒会副会長東矢泉月とうやいつきだから――かな」

「常に注目を集めてるってか?」

「そうそう。私たちとは違うの」

「お前も有名人だと思うがな」

「えええ、そんなことないよ」

「泉月はこのこと知ってるのか?」

「知らないと思う。泉月ちゃん、スマホはほとんど触らないし。持ってきているかどうかも不明」

「学校で使用禁止だからか」

「生徒会役員の立場もあるけど、家でもほとんど触らない」

「あいつ、友達いねえのか?」

「うーん、生徒会と二年A組だけに存在しているから」

「いねえんだな」

「身も蓋もない言い方しないのよ」楓胡は時々姉の顔になる。

「すまん」俺は素直に謝った。

「――油断してたわね」楓胡は真顔になった。「泉月ちゃんに迷惑がかかるようなら私が動かないと」

「どうすんだ?」

「あの時の格好で学校にいる泉月ちゃんを訪ねてくるとか。親戚でえすって」

「なるほどな。でもそんなのあいつが望むかな」

「きっと何とも思ってない――ような顔をするわね」

 実際どう思うか泉月が口にしない限りわからない。

「いざとなったらほーちゃんにも協力してもらうわね」

 そう言って笑顔の楓胡は立ち去った。

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