二年H組
二年H組の教室に入った。
一昨日より早い時間帯だったので生徒の姿は半分もなかった。部活などをしていて、登校しているものの教室にはいないのかもしれない。
俺は最前列の自分の席に荷物を置いた。隣の女子――
教室の真ん中の方に目を向けると、この学園唯一とも言えるヤンキー
鮫島は意外に早く登校するようだ。教室で寝るのならもっと遅く来れば良いのにと俺は思った。
何気なく教室内を見渡した。
ひときわ
「めっちゃ可愛い」という陳腐な表現では申し訳ないくらいの美少女だった。
初日の自己紹介の時も可愛いとは思ったが、まさかここまでとは思わなかった。あの時はホームルーム中で彼女自身緊張して顔も強張っていたのかもしれない。
友人たちと楽しそうにお喋りをする
俺は目立たず平凡な生徒としてデビューしたつもりだった。しかし、彼女のようなアイドルがいるのならラブコメの主役になってハーレムを堪能しても良いのかなと思った。
そうなるとこの眼鏡にどんぐりを逆さにしたような頭は修正を迫られるな。
「
後ろから声をかけられた。 振り返ると本谷が隣の席に来ていた。女子学級委員。三つ編み眼鏡の可愛い系美人でもある。
「あ、おはよう……」
俺は少し挙動不審な挨拶を返した。まだ三日目だが、すっかりコミュ障オタクの姿が板についてしまっていた。ハーレムには程遠い。
「
ほんのりと女子の良い匂いがした。
「いや……その……」口ごもったのは演技ではなかった。
三つ編み眼鏡やお下げ眼鏡の女子はやたらと多い。モブキャラだと油断していたら痛い目に遭うことは
それくらい香月星が目を奪われる存在だったということだ。
しかし距離が近い本谷も相当破壊力がある。
「良いのよ、香月星ちゃんはH組の顔だし、学園のアイドルだもの」
「H組の……顔?」俺は不思議そうな顔をして訊いた。
「うちのクラス、H組じゃなくて『二年
「そうだっけ?」間の抜けた声を返す。星川の台詞などいちいち覚えていない。
「香月星ちゃんの『
星川の「星」は余計だが、香月星の「星」なら誰も文句は言うまい。
「隣のG組は『げんき組』を名乗ってるわ」
確かに賑やかなクラスだ。授業中でもG組の爆笑が聞こえてくる。前の学校でもあそこまで揃って騒いだりしないだろう。
「歌劇団かと思ったら幼稚園のノリなの?」俺は訊いた。
「そうねえ」本谷は何だかツボにはまったように笑いだした。「鮎沢くん、ボソッと可笑しなことを言う」
「――上品な元お嬢様学校だと思っていたから」
「うーん、その名残りはあると思うの」そこでまた本谷は声を潜めた。「中高一貫生はそんな感じ。でも高等部入学生はいろいろなタイプがいるしバラエティーに富んでいるわ。私は中等部からの内部進学組だけれど高等部入学生がうらやましい」
「ボクもそうなの?」自分も高等部入学組に分類されるのかと俺は訊いた。
「鮎沢くんのことは知り合ったばかりでまだわからないけれど、何となく愉快な人の予感。そして案外大きな秘密を抱えていたりして」本谷は目を細めた。
秘密というほど大袈裟なものではないが説明するのも面倒なので言わないでいることはたくさんある。訊かれてもうまく説明できないから仕方のないことなのだが。
「せっかく学級委員になったのだもの――」本谷は言った。「――クラスのみんなをよく観察しなくちゃ」
「観察してどうするの?」
「小説の題材にするのよ」
ああ、本谷は文芸部だったな。
「本谷さんが気になる観察対象はいるの?」コミュ障を装うつもりだったのに、つい気になって訊いてみた。
「もちろん。香月星ちゃんでしょう、鮫島くんでしょう、星川くん……」香月星はともかく鮫島や星川が観察対象とは物好きな。「――そして、やっぱり鮎沢くん、かな。転校生だし、正体不明」
「ボクのことはそっとしといて」ボソッと呟くように言った。
「じゃあ、少しずつお近づきね」本谷はにっこりと微笑んで席に着いた。
やはりこの学園の生徒は人種が違う。俺は前の学校の顔ぶれを思い浮かべた。
学級委員は元カノでもあった
比較して本谷は、物書きのために観察する趣味はあるが裏表はなさそうだ。
香月星は今まで会ったことのないようなアイドルだし、その他の生徒も上品で洗練されている気がした。
もっとも、浮世離れした存在は言うまでもなく同居者ではあったが。
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