楓胡と都内へ買い物に行く
翌日、中等部の入学式のために学園は休校となっていた。
俺は
俺の私服を含む日用品の買い物が目的だった。
自宅近くで買い物をしなかったのは、学校関係者など知人に出くわす可能性を考慮したからだ。
といっても俺の顔はまだそれほど知られていなかったし、眼鏡をしていない俺と楓胡は、学園にいるときの俺と楓胡には見えなかったから、心配する必要もなかったとも思える。
ただ、化粧をした楓胡は一緒に歩くのが戸惑ってしまうくらいの美少女になっていた。
しかし楓胡には泉月にない雰囲気があった。このアイドルのような眩しい笑顔を泉月が見せることはない。
さらに楓胡をアイドルに見せたのは、楓胡が着ていたピンク色のふわふわワンピースによる。
丈は膝丈で特別ミニではなかったが、裾広がりで風にそよぐとふんわり膨らむので、男の視線を集めるのは間違いなかった。
鍔が短いハットもよく似合う。
かたや俺は、普段着にしていたみすぼらしいシャツにジーンズというラフな格好で、髪型が合わないと楓胡に言われ、茶髪のウイッグを被っていた。
「なんでこんなの持ってるの?」俺はウイッグのことを訊いた。
「男装コスプレで使った」と楓胡はあっけらかんと答えた。
「お前、レイヤーだったのか?」
「そういう趣味も少しあるだけ」楓胡は目を細めて笑った。
おそらく楓胡は毎日何かに変装している。学園での姿もコスプレの一つなのかもしれない。
「
確かにこれがデートなら夢のような話だが、楓胡は血がつながったきょうだいなのだ。俺は複雑な思いだった。
「オレ、何か臭うよな?」シャツに佐原にいた頃の臭いがついている気がした。
「私の香水つける? 匂い消しで強めに使っちゃった」エヘヘと笑う顔も可愛い。
まあ良いか。俺は楓胡の顔を眩しく見つめた。
俺はこれまで都内を歩いたことがなかった。
楓胡も
観光しているつもりはないものの、渋谷で俺の服を選んだりした後、原宿まで歩いた。
街中には佐原にいた頃には出会ったこともないようなコスチュームやら前衛的なファッションの男女もいて、刺激的だった。
その中にいても楓胡は全く違和感がないくらい人目を引く美少女で、俺と二人で歩いていたにも関わらず、よくわからない業界人に声をかけられた。
中には芸能関係のスカウトもいただろう。
「こういうのがあるから
「それは構わんが――」俺は前から思っていたことを訊いた。「楓胡はふだんからこういう格好をしていれば良いのに。どうして三つ編み眼鏡の三枚目を演じているんだ? 校則とは関係ないだろ?」
「はじめはね――」と楓胡は話し始めた。「
「なんでまた?」
「
「俺の場合は、じいちゃんから聞いたのはついこの間の三月だったけどな……」
「その約束のことは
楓胡の母方祖母は俺にとっても祖母になる。
母方の家族もまた複雑な家庭だった。
俺と楓胡の母が就職し自立して間もなく、祖父と祖母は離婚した。その事情はわからない。
祖母はその後別の男性と結婚し、姓を
俺たちの母が亡くなり俺たち四人の面倒をみる親がいなくなったため、俺は祖父に、楓胡は祖母に引き取られることになったようだ。
「私はお祖母ちゃんの養子ということになった。でもそのお祖母ちゃんが亡くなって、私の家には私と血がつながった家族がいなくなったの。義理の家族はみな優しくて、いい人たちだったけれど、私をどう扱ってよいか困っている様子だった。だから私、東京の高校に通うと言って家を出たのよ」
「それで御堂藤?」
「どうせなら、いつか会うことになっている
「楓胡は泉月とそっくりだけど、表情が全然違うな。人は表情でまるで印象が変わる」
「泉月ちゃんにはヘラヘラ笑っている、と言われたわ」
「あいつがムスッとしすぎなんだよな」
「泉月ちゃんが背負っているものを考えると、それも仕方ないかなと思う」
「そうなのか?」そんなことはないはずだと俺は思った。
「でも東矢のお祖父様が体調を悪くされて、私たちは一緒に住むようになった」
「それなら楓胡はもう本当の自分の姿になって良いんじゃないか?」
「うーん、本当の私って、何でしょう?」楓胡は頭の悪そうな娘のように笑った。「――自分でもわからないわ。コスプレのしすぎかしら」
こいつはまだ正体を現していない。泉月や
ただ、悪い奴ではない。それだけは間違いなかった。
ランチ代わりにパンケーキを食べた。本当にデートみたいだと俺は思った。
中学時代に
俺の前にいる楓胡はお世辞抜きで可憐な美少女だった。
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