数学演習で遊ぶ
午後の数学の授業は選択授業で「数学演習」だった。
この学園は中等部からの内部進学組と高等部からの外部進学組が混じっていて、さらに文系理系の志望を早くから決めている生徒もいたから、高等部二年生の数学はⅠ、A、Ⅱ、Bの中から自由に選択できるようになっていた。
中等部からの内部進学組で理系志望の生徒はすでにⅡ、Bを勉強していた。
俺は理系と決めたわけではなかったが、せっかくなのでⅡBを選択科目としてとった。
しかし授業は一年生の三学期ころからすでに始まっていたらしく、転校生の俺は初心者にもかかわらず途中から参加することになる。そしてそれは
さらに中等部からの内部進学組と高等部入学組とで授業の進み具合が違ったりするため、混合クラスとなる二年生においてはその差を緩衝するために「数学演習」なる授業があった。ここで個別に指導して遅れを取り戻させようというわけだ。
選択授業はクラスの垣根を超える。
クラスが異なるにもかかわらず、H組の俺はC組の
席は自由だったので、俺は
まだ授業初日とはいえ、桂羅はひとりで動いていた。ボッチじゃねえか。
地味な俺にはいろいろなヤツが絡んできたが、生徒会副会長の
俺が人知れずモーションを送っても桂羅は無視した。
担当は
西脇による「数学演習」は、文字通り演習だった。個人の勉強の進み具合に応じて課題を出し、授業時間内にそれを提出するというやり方だ。
「転校してきたお前たちのレベルに合わせて、問題を用意しておいたからな」西脇は俺と桂羅のところまで来て言った。
俺のレベルがわかるというのか。お手並み拝見だ。
他の生徒たちはそれぞれ問題に没頭していた。
確かに初心者でもできるような問題をたくさん集めていた。それでいてさりげなくちょっとした難問を紛らせる。
基本がわかっていれば――要領の良い者なら――解ける程度の問題を、そっと忍ばせるように混ぜていた。
なるほど、確かに、生徒の力を測っているな。とんだ昼行燈だ。
暇だからつきあうか。俺はゆっくりと課題と向き合った。
「
他の生徒たちが桂羅を見た。警戒したような表情を見せるのは成績優秀者だろう。数学に関して可もなく不可もない平凡な連中は桂羅を見もしなかった。
桂羅は相変わらずクールビューティーだ。そこには第二の
桂羅は
とりあえず答案用紙を埋めて、西脇に見せに行った。
西脇は眼鏡を額へとずらして俺の解答を採点した。
「ケアレスミスが多いなあ」暢気に西脇は言った。
いや、多いなあ、なんてものではないのですけれど――俺は笑いを隠せなかった。
基本問題は全問不正解だ。さりげなく混ぜられた難問一問だけ完璧に解いておいた。それを解くために教科書を読みこむのに時間がかかってしまったが。
「間違えたところはやり直して、そしてさらに、つぎはこれだな」
答案を返され、新たに課題を受け取った。
席に戻る。隣の桂羅が、ふふと微笑んで、俺の答案を盗み見た。
消しゴムをつかって間違えたところを修正にかかる。
その様子を見る桂羅ははじめこそ馬鹿にしたような顔をしていが、徐々に顔つきが変わっていった。
「ちょっと、その問題、見せなさいよ」桂羅が耳元に囁いた。
「課題、交換するか?」俺は口元を押さえていた。笑ってしまいそうだ。
周囲の生徒は何も気づかなかった。俺と桂羅は問題用紙を交換した。
西脇の生徒を見る目は本物だと思う。少なくとも数学の力量を測る能力は半端ではない。生徒に与える問題の難易度がそのままその生徒への評価になるのだ。
桂羅に与えられた問題は、簡単なものはひとつもなかった。しかし高度の難問もひとつもない。優等生に少し上のハードルを設けているといった感じだ。段階的にステップアップするのに最適な方法なのかもしれない。
しかし俺に与えられた課題は、バカでもできそうな基本問題のオンパレードの中に、罠を仕掛けるように難問をまぜていた。よくできる生徒でないとその難易度は理解できないだろう。
全く手に負えない問題ではないのだ。解けそうで解けない。解いたつもりが間違っている。そういう問題だった。
俺は桂羅の課題をすべて解いてやった。そして桂羅にすっと差し出した。
「ほれ」
桂羅は頭を抱えていた。おそらく難問に手こずっていたに違いない。
「はやく返してくれないかなー」俺は桂羅に囁いた。
桂羅は俺を睨むように見て、黙って解きかけの課題を返して来た。
俺は、桂羅が解き残した問題を解いた。それを解くためにもう一度教科書を眺めることになり、時間がかかったが、授業時間が終わる前にどうにか仕上げた。
桂羅はすでにその日の課題を終えていて、自習をしていた。
俺は、何食わぬ顔で西脇のところに赴いた。
「こんどはできてるなー」と西脇は褒めた。
標準問題は桂羅が解いたから完璧だろう。俺が解いたところ(難問の解答)と筆跡が明らかに違うが、そうしたことも含めて西脇は全てお見通しのはずだった。
「お前たち、……仲が良いな……」西脇がじろりと俺を見た。
「そう見えますか? はは……」節穴じゃないのか? どこが仲良しだ?
「三つ子だったのか?」つぶやくように西脇は言った。
「――いえ、違います」
俺は宿題を受け取り、席に戻った。
何もかも知っているわけではないようだ。おそらく、
楓胡は三つ編み眼鏡の変人に擬態しているしな。
俺たちきょうだいのことを知っている者がこの学園に一部いると聞かされてはいたが、その情報は完璧なものでもないようだ。
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