昼休みの渡り廊下

 ランチは満足いくものだった。これが毎日続くだけでも楽しみだ。

 七百円使うのは週一くらいで良いだろう。いや、東矢家からのお小遣い次第では毎日も可能か?

 食後はどこかでゆったりと昼寝といきたいな。

 だが適当な場所が見つからない。この学園も屋上は施錠されているようだし、中庭のベンチは優雅なひとときを過ごすお嬢様たちであふれていた。

 セーラー服がこんなに上品に感じられるとは――ここは異界いかいか?

 ――居場所がないな。

 かといって、前の学校にいたときのようにむさ苦しい連中――学食にいたようにこの学園にも数少ないがその手のやからはいるようだ――と戯れるのも、せっかくこの学園に転校してきた意味がなくなるようで、間違っている気がした。

 俺はひとりで校内を彷徨さまようようにうろついた。


 グラウンドの方へ出ようかと渡り廊下に差し掛かったところで、向こうから来る生徒会らしき一団を見かけた。

 なぜ生徒会だと思ったのか。それはその中に泉月いつきの姿を見つけたからだ。泉月は生徒会の副会長だ。

 泉月は先頭を歩いていた。桂羅かつらとほぼ同じ顔だが髪がロングだ。

 公式行事でもないのでさらさらの黒髪を下ろしてゆるやかな風になびかせていた。

 春の日差しがその稜線を銀色に照らしている。無表情で歩くその姿はこの世のものとは思えないくらい美しかった。何より歩き方が上品で、かつ堂々としていた。

 俺はその姿にしばし見惚みとれた。

 眼鏡を外して髪を下ろせば楓胡ふうこもほぼ同じ顔なのに、陽気な楓胡にこの気品は感じられない。

 同じきょうだいでも東矢とうや一族の姓を名乗る泉月いつきは、財団の直系だっただろうし、それなりの教育を受けて来たのだろう。

 田舎で頭を金髪に染めて、バイクにまたがり飲食業のアルバイトをしていた俺とはやはり人種が異なるのだ。


 泉月は後ろに生徒会役員らしき女子生徒を二人従えるようにして真っ直ぐ前だけを見ながら歩いていた。

 通りがかりの生徒たちがそっと道を開ける。泉月の姿を追う目は羨望にあふれているように見えた。

 俺もまた、知らないふりをして泉月たちに道を譲った。

 昨日からマンションに厄介になっているが、泉月とはまだふたりだけで話をしていない。

 楓胡ふうこは馴れ馴れしく世話をやきたがり、桂羅は憎まれ口をたたくが、どうにか会話になる。

 しかし泉月と話をする自分を俺は想像できなかった。

 泉月は、俺を一瞥することもなく通り過ぎた。

 その後ろ姿を周囲に気づかれないよう見送った俺の耳に、どこからか陰口が聞こえてきた。

「次の会長、東矢さんなのでしょう? なんかいやだわ……」

舞子まいこ会長になって、少しは自由な雰囲気になったと思ったのに、これでまた窮屈な学園になりそうね……」

「舞子会長はツンデレだからね、厳しいけれど、優しいところもある。でも東矢さん、笑ったところ見たことない。いつも服装の注意とか、『静粛に!』とか、生徒会長より美化風紀委員やっている方が似合っているわよ……」

 泉月本人に聞こえるか聞こえないか微妙な声で、女子生徒たちは喋り、くすくす笑っていた。

 本人に聞こえても良いと思って言っているようで、本音とはいえ悪意のようなものを俺は感じた。

 やれやれ、女の園はめんどうくさいところだな。

 四割弱いるはずの男子生徒の影が薄く、この学園はまさに女の園と言って良かった。

 俺はどのように過ごしていくべきだろうか。


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