学園デビュー

 俺は無事に教室にたどり着いた。

 教壇に先程の西脇にしわきともう一人、若い女性教師がいた。その女性教師がまた美人で、俺は嬉しくなった。

 この学園は若い女性教師が多くて、しかも揃いも揃って美人だ。

「あー、担任の西脇です……」生徒が全て着席し終わった頃、西脇が口を開いた。

 席はとりあえず自由について良いことになっていたため、遅れて入ってきた俺は一番前の真ん中の席に着くことになってしまった。

 しかしそのお蔭で西脇の隣にいる女性教師の顔を思う存分鑑賞することができた。

「今年から常勤としてこのクラスの副担任を務めることになりました東條咲良とうじょう さくらです。皆さんよろしくね」と西脇の横にいた女性教師は自己紹介した。

 額出し黒髪をシニヨンにし、紫紺のスーツに身を包んだ清楚な姿。

 男子生徒はみな癒されたに違いない。一番前にいる俺には確認しようがなかったが、そういう空気を感じた。

「二年生は中高一貫性と高等部入学生の混合クラスになる。ひとり転校生もいるが」西脇が話し始めた。「半分は互いに知らない者同士だろうから、まずは自己紹介といこうかな。東條先生にもよく覚えてもらうように端から順に自己紹介してもらおうか」

 小一時間かけて生徒の自己紹介が行われた。

 四十人近くいたので途中退屈になった。可愛い女子生徒だけに注目して聞いていたのは自分だけではあるまい。

 そして俺は自分が転校生であることを明かし、校内の事情がよくわからないのでいろいろ教えてほしいと締めくくった。とりあえず無難にまとめたわけだ。

 そうして自己紹介が終わると、男女一名ずつの学級委員の選出という話になった。

 立候補、推薦ともなかったので、西脇が指名した。

 私立はこういうものなのか?

 しかもそれでホームルームが終わってしまったので、俺は思わず手を挙げて西脇に訊いた。

「あの、席替えはしないのですか?」

「なんだ、初日から席替えか? これじゃ不満か?」

「いちばん前の真ん中は居心地が悪くて……」

 俺が本音を漏らすと、かすかにクスクス笑う声が聞こえた。

「その特等席はよく勉強できて良いだろう。隣には学級委員の本谷もいるし」

 西脇にとりつく島はなかった。俺がこの席に着いた段階で、これで良しと西脇は思ったのかもしれない。

 隣にいる学級委員が可愛い眼鏡女子だったことだけが幸いだった。

 その彼女が面倒見が良いことはホームルームが終わって解散となった時にわかった。

鮎沢あゆさわ君、校内を案内してあげようか?」と学級委員の本谷優理香ほんたに ゆりかは言ってくれた。

 前の学校ならすぐに冷やかす声が聞かれただろうが、ここではそういうことはなかった。

「じゃあお言葉に甘えて」俺は彼女の誘いに乗った。

「ずいぶん重そうな荷物だけど」彼女はおそらくはずっと気にしていたのだろう。俺のリュックのことを訊いてきた。

「あ、これは着替えやら何やら入ってるんだ。実は昨日千葉の田舎の方から出てきたんだけれど、ちょっとした手違いで下宿先に辿り着けずにカプセルホテルで一夜を明かしたんだ」

「え? 下宿? カプセルホテル? 一夜を明かす?」

 全てが彼女にとっては非現実的なことだったに違いない。彼女は目を丸くして驚きを隠さなかった。

 最早彼女の興味は完全に俺自身に移った。校内案内は二の次になってしまった。

 俺は家の事情で親戚の家に厄介になることになったと説明した。それ以上詳しく説明すると収拾がつかなくなる。

 それでも要領を得ない俺の説明を、本谷優理香は真剣な顔で聞いていた。

 そうこうするうちにサークル部室が並ぶエリアにやってきた。

「私、文芸部なのだけれど、鮎沢君、文芸部に興味はない?」本谷優理香はしっかりサークル勧誘をしてきた。

「はは……、ボクどちらかというと理系なもので」と俺はお茶を濁した。

 私立の高校で部活に励むなど考えもしなかった。前の高校では帰宅部だった。バイトやら何やかやとすることも多かったからどこにも属さなかったのだ。

 幸か不幸か、この学園はアルバイトが原則禁止だった。お小遣いが東矢とうや家からたくさん出るようなのでバイトをする必要もない。

 サークルに属することも考えてみることにした。しかしそれは文芸部でもないだろう。

「残念だわ」本谷は本当に残念そうな顔をした。

「部員が足りないの?」

「まあギリギリかな、掛け持ち部員ばかりで」

「他のサークルを見てみた上で、気が向いたら考えるよ」

 つい期待させるようなことを言ったのは本谷優理香が可愛かったからに他ならない。前の高校にはいないタイプだった。

 部室を見ている時に新聞部の部屋から知っている顔が出て来た。編入試験の日に俺にインタビューした女子生徒だった。

「あ、こんにちは、転校生だね」と彼女は相変わらず馴れ馴れしく俺に話しかけた。「文芸部に興味あるんだ?」

 彼女は本谷に「こんにちは」と声をかけつつ俺に訊いたのだ。

「案内してもらってるんで」とだけ俺は答えた。

「――じゃあさ、新聞部はどう?」彼女は色目を使うような仕草をした。

「それって、楽しいのかな」俺は頭を掻いた。まだどういうキャラで学園生活をおくるか迷走していた。

」新聞部の彼女はにっこり笑って去っていった。

 「あとで」っていつだ?

「――伊沢いざわさんと知り合いなの?」本谷優理香は訊いた。

「編入試験の日にインタビューを受けただけだよ」

「そうなんだ。親しいように見えたのは伊沢さんのキャラのせいね」本谷は安心したかのように笑顔になった。

 もしや伊沢と馴れ馴れしく話をしている様子に嫉妬した?などとも考えたがすぐに打ち消した。

 女心はわからない。何年経っても理解できないと常々思っている。

 そうして校内案内は終わった。

「本谷さん、ありがとう。とても参考になったよ」つい爽やかに言ってしまった。

「良いのよ」と言ってから本谷は少し怪訝そうな顔をして、そして笑った。「鮎沢君、そんな顔をするんだ。もっと内向的な人かと思っていた」

「いや、ネクラでコミュ障には違いないよ」俺は俯いた。

 それが俺の学園デビューだった。

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