祖父との対面

 高速バスで東京駅についた俺は、在来線に乗った。

 まずは父方祖父に会わなければならない。

 港区にある病院。そこもまた父方祖父が理事長を務める財団の病院だった。そのVIP室に祖父は入院していた。

 面会は午後二時からという話になっていた。何度か父方叔父とメールでやりとりしてそういう約束になった。

 ただ、この父方叔父、医者だからか知らないが、メールを送っても返事はすぐには返ってこない。既読になるまでに数時間、半日くらいかかるのがざらで、時には翌日翌々日にようやく返事が返ってくるのだ。ましてや電話が通じたことは一度もなかった。

 今日の午後二時の約束が反故にされることはないとは思うが、もし叔父と出会うことができなければ、その後の行動もいろいろと考えねばならない。

 そんなことを考えながら祖父が入院している大きな病院のロビーに入った。


 外来の待合は二階、三階になっていて、一階ロビーには花屋をはじめとする売店、大手チェーンのカフェショップが両隣にあり、正面に案内担当の受付があった。

 その受付前の椅子のひとつに腰かけて、俺は父方叔父が現れるのを待った。

 叔父とは一度会っている。もし叔父が俺の顔を忘れていたとしても、御堂藤学園の制服を着ているのだからわかるだろう。

 そう思っていたら、高級そうなスーツをまとった叔父が姿を現した。

 ロビーに現れた叔父は医者とは思えないほど冷たい目をしていた。

 俺の父親とは一卵性双生児だと聞いている。ということは父親が生きていたらこういう顔をしていたのかと、改めて叔父の顔を見た。

 ほとんど瞬きをしない切れ長の目。無表情。そこには一切の感情がないかのようだった。

火花ほのかくん、君とは二度目だね。ここまで大変だったろう」ねぎらいの言葉は出てくるようだ。

「お世話になります」俺は頭を下げた。そのくらいの挨拶はできる。

「突然君を呼ぶことになって申し訳ないとは思っている。成人してからの約束だったからね」

「いえ……」何と答えて良いかわからなかった。

「理事長はもう八十になってしまった。高血圧、虚血性心疾患、COPDをはじめいくつもの疾患をかかえている。若い頃のヘビースモーカーがたたっているね。君が成人するまで待っていられなくなった」

 叔父に誘導されるまま祖父の病室へ向かった。


 通りかかった職員が揃って深々と叔父に頭を下げる。この病院での叔父の権威を嫌というほど見せつけられた。

 やがて、おそらくは最も広いと思われる病室へたどり着いた。その病室だけ両開きのドアになっているのが目についた。室内はどうみても病室というよりホテルのスイートルームだ。

「理事長、火花ほのかくんです」

 窓から少し離れたところに大きなベッドがあった。そこに八十は優に越えていると思われる大柄の老人が眠っていた。

 叔父の声かけで老人は目を開いた。

火花ほのかか……」

 しわがれた声が口から漏れ出た。よく顔を見せてほしいと言っているようだ。

 俺は祖父の傍へと近寄り、ベッド脇にしゃがんだ。

 一緒に暮らしていた母方の祖父とは明らかに違う。年齢にして十歳近く離れているせいもあるが、武道を嗜み、豪放磊落の母方祖父を見慣れていただけに、目の前の祖父はまさに人生の終焉を迎えようとしている巨匠のようだった。

 確かに、これでは死ぬ前に一目でも孫の顔を見てみたいと思ったとして不思議でない。

「もっとよく顔を見せておくれ……」

 見えているかどうかもわからない双眸そうぼうを向けられ、俺はただじっと祖父の顔を見ているしかなかった。

「嫌でなければ手を握ってやってくれたまえ」叔父が俺の耳元に囁いた。

 言われるまま俺は祖父の手をとった。

 おそらくは大きかったであろうその手は、干からびたように乾燥し冷たかった。

 何も語り合うこともなく俺は祖父の手を握った状態で時が流れるのを待った。

 担当の看護師が椅子を用意してくれたから長い時間を過ごせたと思う。

 いつの間にか叔父の姿は消えていた。何か用事があると言って出ていった気がするがよく覚えていない。それだけ祖父にかかりきりになっていたのだろう。


 祖父の病室には一時間近くいただろう。祖父が眠ってしまった後、叔父の秘書と思われる女性に案内されて俺は別室に来た。

 そこにいたのは六十は越えていそうな禿頭とくとうの男性だった。

「しばらく火花ほのかさまのお世話をさせていただく瀬場せばです」

 彼は東矢とうや家の執事のような存在なのだろう、と勝手に解釈した。

 瀬場はこれからひと月ほどの予定を俺に語って聞かせた。

 学園には近くにあるマンションから通うこと。そのマンションには俺のと住むこと。家政婦がはじめのうちはついてくれるが、それ以降はきょうだいで分担して家事を行うこと。

 何か引っ掛かることがあったが、それが何かわからぬまま俺は話を聞いた。

 そして夜、すっかり暗くなってから俺は病院をあとにした。


 住処となるマンションへ行くには遅い時間帯になっていた。仕方がない、と思ったがマンションの場所を記した手紙を持って来ていないことに気づいた。

 俺はときどきこの程度のことをやらかす。

 今夜はこの東京で一夜を明かす運命だったのだと俺は思うことにした。

 だから叔父には明日になってからマンションを訪れる旨のメールを送った。それがいつ読まれるかはわからない。

 俺は都内のカプセルホテルで一夜を明かした。

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