諸々を管理し損ねた話

 俺はさ、君らの言うところの異世界からカミサマに攫われてきた──要するによそ者だからね。寄る辺がなくって居場所も行き先もないってのは、当然ではあるだろ。縁もゆかりも馴染みもない、何かをしようにも何もできないしできるかどうかも分からない。だから君んとこの事務所みたいなところに拾ってもらったりしたわけだけどね。どっちがマシだったかはよく知らない。これからがどうなるかだって分かんないしね。

 ただまあ、生まれた世界が別ってだけで、その辺は俺だけの苦難ってわけでもないんだよな。精々あれだ、異能っぽいものがあるってくらいだけど、それだって生まれついて舌が二枚ありますぐらいのもんだろうし。

 家がないとか親がいないとか縋るものと頼るあてがないとかね、そういう人間には年齢問わずに事欠かない場所だろ、ここ。


 で、そういう色んなことが嫌になるようなところで、縋る先とご利益を提供しますみたいなことやってる連中に買われたことがある。だから、今日はそこの話。


 慈善とか福祉とか、そういう前向きな団体じゃない。……あ、思ってもないって顔で何よりだ。セシュカ救民団とか葮原寺牟武院なんかはね、慈善と独善の半々でその手の行き場のない人間を拾う大手だけど、あいつらはあいつらですごいことするからなあ。傭兵稼業じゃんねえ、しかも術式改造やら生体武器化なんかやらかすし。だから適性ありしか入れないし、動く間はちゃんと面倒見てくれるけどね。手術分も持ってくれるからね、良心的だよ、元に戻すのは勝手にやれってあたりは仕方ないけども。夜に路地裏うろついて屍蛇馬夜行に踏まれてくたばるよりかはマシだけど、どのみち死に易いのは変わってないっていうか。まあね、それ言い出したらアカマルにいる時点で似たり寄ったりってのもそうだ。

 ちゃんとしたとこで生きたかったら金やら頭やらが必要だ。それはね、俺の居たところでも同じだよ。ここまであからさまじゃなかったけどね。そっちの方がたちが悪いったら、まあ。どう思うかは人それぞれだろうね。


 ああ、話が逸れた。俺を買ったところの稼業、というか分類の話な。慈善団体じゃない、じゃあ何だったら、宗教……の方になるんだろうけどね。厳密に言うと違う感じがするんだよな。

 というかここだとマジに神様いるから、またちょっと俺が思ってるのと違うんだよな。俺の世界だと基本はカミサマそういうのっていない感じになってたから。いないって言うと語弊があるけど、何だろうな、アカマルこっちみたくその辺ふらふらしてたりはしないっていうか……あんまり生活には関係ない感じなんだよ。

 こっちはさ、そのあたりが雑だろ。個神差があるけど。アダチカミが流れたから明日は天気が大荒れとかさ、この時期だとセバササヒが通るから外に出ないか沙刀提げてないと耳もがれるとかさ。良くも悪くも身近に出てくるだろ。そういうのは向こうだとあんまりない。俺が知らなかっただけかもしれないけどね。


 俺を買ったところ、会社っつうか組織っつうか……団体の形式としてはね、とりあえずカミサマはいるんだよ。安置っていうか配置っていうか収容っていうか、竹迫造のいい感じの建物に居座ってた。そんで、それを管理してる連中がいる。そういうカミサマに『お願い』をしに来る客がいる。これで売り物と売り手と買い手が揃うな。

 どうやって儲けを出すかったら、要は手数料商売だよ。

 管理側としてはさ、お客様の満願成就のために手続きだの儀式だのをするから手数料を下さい後はお気持ち、みたいな。その手数料に供物売上から経営分──施設や人件費、カミサマの管理料とかね──を差っ引いて利益が出る。あとはあれだ、カミサマっていうか自分より凄いものに縋って崇めて頼ってたいみたいな人達。その人たちから寄付とかお参りなんかで小銭を集めてた。

 神様とその信者と祭祀管理者によって成立する商売だから、宗教でも間違っちゃないんだろうけどね。もっとこう、信仰より商売っ気のほうが強いっていうか、機構的っていうかな……。俺の感覚だとうまく説明できないんだよね。なまじ似たものを知っているから慣れないっていうか。


 あとはまあ、言うまでもない気はするけど。そのカミサマが人間を食うんだよね。

 生贄っていうと大袈裟だけど、燃料とか食料みたいなものだった。普段は鶏とか魚で済ませてたけど、やっぱり大きいことを頼むときとかご機嫌が悪いときなんかには人が一番いい、みたいな具合だった。犬猫だって餌をちゃんとやれば懐くだろ、カミサマだってその辺は一緒なんだよ、きっと。

 基本的にはね、買ってくるんだよ、贄。

 業者ならちゃんと代金を払うんならどういう用途の人でも何でも御希望通りに御用立てします、なんて連中はここならいくらでもいる。君んとこの事務所だってそうだろ。保証がある代わりに銭がいる。当たり前の話だ。

 経理的にはあれだ、材料費で落とせるやつじゃないか。……製造業じゃないか、じゃあ何だ、光熱費? アダカくんなら分かるかもしれないね。書類仕事やるだろ、彼。俺はちょっと、もうそのあたりはちゃんと覚えてないな。現役には勝てないもんだよ。


 で、そういうところが俺を買ったわけだ。

 何でかったらほら、寄せるからさ。例によって売り手が良い具合に吹いたんだろうね。向こうとしては客寄せ狙いだったのかね。招き猫だ。上げる手でご利益が違ったりするんだっけ?

 あとはまあ、痣付きだからね。俺自身もカミサマの奇跡の体現者みたいな感じで、大事にはしてもらえた。半分くらいはカミサマ側みたいな……どっちかっていうとね、被害者なんだけどね。


 今みたいに世話係もつけてくれた。管理者一族で暇してる人でね、団体の中だとそれなりに立場は貰ってたけど、あんまり仕事ができないからってことで肩書だけの飼い殺しみたいな人。あんまり放っておくと外聞が悪いからって、俺の管理を任せたんだろうね。監視役も兼ねてたかもしれないけど、そもそも俺がそこまで危ないもんでもないからね。見て分かるくらいに非力だし、気も小さいし、小物だし。偉い連中が大丈夫だろうって判断をしたんだろうね。

 悪い人じゃなかったよ。

 聞いたことには答えてくれたし、頼んだことは大抵通してくれた。昼行燈どころか折れた箸みたいな人だったけど、偉い人の血縁だし雑に扱えないくらいの地位もあるってことで無茶は通せて、資料だって好き勝手できたからね。だからこうして、君との雑談の種になってるわけだから。少しくらいは感謝しないといけないな。


 贄る、っていうか人食わせるのもね、結果論みたいな感じだったな。

 厳密な理屈は分からないけどそうしてきたし、理屈は分からないけど御利益が発生する、だからその手法を続けているって具合でね。誰も明確に説明なんかできないけど、過去の──実績? みたいなものを鑑みてのやつだから、異の唱えようもあんまりない、的なね。

 御利益ってのはまあ、さっきも言ったけど。邪魔者に不幸がうにゃうにゃ、みたいなやつが主だったな。あとはイチかバチかの確率で薄い方に張らないといけない状況をなんとか良い方に傾けて、博打の一手が上手く転がるみたいなね。要するに人間の手には負えないような範囲のお力添えを願うわけだ。運否天賦なら天に根回ししたっていいだろって話なんだろうかね。


 そういうのの依頼を受けて、贄って、それっぽい儀式をやって、あとはカミサマにお任せ。そういう具合で回ってた。


 儀式は本当にね、演出。世話係の人が言うには『何となく見映えがいいのを代々研究してる』ってことだった。管理手順作ってんだから、企業努力は確かだけれど。そこで信仰とか神威って言われると、途端に何にも分かんなくなっちゃう気はする。


 まあ、ね。君がそういう顔をするのは分かるよ。

 でも祈りにくるやつがいるし、金を出すやつがいるからね。じゃあ成立しちゃうよな。商売ってそういうものだから。札束積めるやつと仕組みを考えられるやつが強い。そういう決まりだ。


 インチキかどうかったら……どうなんだろうね。未だによく分かんない。


 内情はともかく、それでも結構老舗だった、っていうか俺を買えるくらいには儲かってたわけだからね。成果は出せてたんじゃないか。少なくともお客様にご満足頂けてた上手くはやれてたんじゃないかな。

 本当にカミサマのお力添えでどうこうなったかってのはさ、それこそカミサマしか知らないことだからね。

 祀ってる人間側としては、上手くいったらカミサマと口添えした自分たちのおかげ、駄目だったら依頼者のせいってことでどうにかできるだろうし。何とでも言えるだろ、その辺。供物が不適だったとか日が悪かったとか依頼者様の前世の罪業が思いの外深くて悪因が溜まっておられましたのでつきましては更なる浄化の行をお勧めしますが今回は我々の見積もりの甘さによる責任もありますので半額で、みたいな。

 何だろうね、あんな金ほいほいと出せるんだからさぞかし悪くて賢いだろうに、どうしてこんな胡散臭い物言いで誤魔化されてくれるのかが全然分かんない。


 最後? 教祖社長やその他管理に関わってた連中が自分から食われ贄られに行って、運営してたやつらが居なくなった途端にカミサマも収容先から消えて、そんなわけだから団体ごとおしまい。

 あっけないだろ。

 何だろうね、お告げがあったんだか何だか言ってたけど、最初はそんなこと言ってなかったのにね。つうか信じてなかったろうに。なんか違うもんが混線したんじゃないかなって気もするけど、どうでもいいっちゃそれでいい。

 最後の最後に信じるものができて、そのために人生放り捨てられたんならさ。人によっては万々歳だったんじゃない? 俺としてはどうとも言いづらいけどね。


 そういや俺、カミサマの名前、覚えてないんだよね。

 というか、忘れた。買われた時には教えてもらったし、日常的に聞いてたはずなんだけどね。団体が潰れて、債務整理に来た仕訳屋が俺をまた君の事務所真化芭に返却したあたりで記憶がどんどん薄くなってね。今じゃ字面も分からない。

 御姿をね、一回だけ見てるんだよね。世話係の人に頼んで、月に一度の御開帳みたいなやつに同席させてもらった。

 やっぱり覚えてないんだけど、うん──思い出そうとするとね、どうしてか胸騒ぎがえらいことになる。何だかすごかった、ってことなんだろうね。カミサマだったのは確か、っていうか人間じゃないのはそうだろうな。それ以上は何にも分からない。


 世話係の人もね、逃げたよ。仕訳屋が来る前の晩に、わざわざ俺の部屋まで謝りにきた。俺としては謝られる覚えも何にもなかったから、ちょっと困ったかな。とりあえず見送りはしたけど、そこから先は知らない。

 カミサマも家族もいなくなったけど、それはそれで何とかできてるといいなとは思うよ。悪い人じゃなかったからさ、その分くらいはね。

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