集めた家の話

 じゃあねえ、俺が買われた先であったこと。最初はその辺りから話そうか。

 君も知ってる土地アカマルの、というか同じ世界の話の方がいいだろう。俺の方の話は、まあ追々ね。それまでに君が飽きるかもしれないし、俺が売られるかもしれない。先に何があるか分かんないからね、人生。


 本当ならね、守秘義務とかそういうのもあるかもしんないけど、もう関係者とか当事者みたいのが生きてないからさ。君んとこの事務所と俺しか残ってないし、じゃあ大丈夫だろうってね。そもそも商品自体にそういう義務があるのかどうかったら微妙だろ? 義務って人間に課せられるものでしょう、俺みたいな異世界の連中は、ちゃんと手続きしないとこっちの人間としては扱ってもらえないから。俺の場合はこう、色々逃しちゃったからね。今更真っ当にやるには……どうかな、手遅れかどうかも考えたことがないな。そもそもこっちの人たちも、その辺曖昧っぽいの多いしね。設楽灰戸なんかそういう連中ばっかり集めて鉄砲玉やらせてるし。そもそも皆して人生叩き売りみたいな具合で生きてるしな。ろくでもない土地だよ、本当に。


 で、俺を買ったのもそんな具合のろくでもない人でね。ただあれだ、鉄砲玉を撃つ側だからおよその無理と勝手が通せる。本業は金貸しで、そこから手を広げて土地やら人やらの仲買に手出して左団扇の順風満帆、みたいな家だった。家ぐるみだったんだよ、一家経営っていうか家族経営っていうかね。

 買ったの、そこの次男坊だったよ。まあ……商売の才はなかったけど、本人としてはその辺りはどうでもいいみたいだった。長男と異母弟が優秀だからそっちに全部任せるし譲ることに異論はないけど、とりあえずいい感じの太平楽な生活を保障してさえくれるなら、皆の邪魔をする気はないよみたいなね。悪い人ではないけど、ろくな人間じゃなかったんだろうね。だから俺なんか買ったんだろうし。


 で、まあ、銭はあるし生活の保障もあるわけだからね。毎回色んなところから妙なもんを買っては喜んでた。それなりにちゃんとした美術品から、出自のよく分からん小物や生き物までね。

 俺のことも珍しい動物を買うみたいなノリだったんだろうな。どうせ売り込みの羽歯原商人の連中が縁起物だって吹き込んだんだろうけど。

 さっきも少し話したけど、俺は色んなものを招き寄せるのが本領だからね。善いもの悪いもの、見境なしだから。その辺りを売り手側が知らないわけがないから、伏せてたのには意図がある。嘘言ってないけど悪意があるよね。悪意っていうか、作意?


 まあ、とりあえずはいい持ち主だったよ。部屋もらえたし、生活に不自由するようなことはなかった。殴る蹴る刺すのどれもなかったから、全く常識的な御仁ではあったな。

 向こうとしても、言葉が通じてしつけの手間もかからない犬が来た、みたいなものだったろうね。俺の異能が目当てだったんなら招き猫の方が適切かもしれないけど。そっちでお役に立てたかどうかは自信がないな。ことに役に立てってしばかれた覚えはないから、不満はなかったんだと思いたいけど。

 なんせ立場が悠々自適の高等遊民だからさ、いい遊び相手ができたみたいな扱いをしてもらえたよ。聞いたことも答えてくれたし、俺の話も面白がって聞いてくれた。当時の俺としてはアカマルに流れてきたばっかりで、言葉は分かるけどそれ以外が何にも分からずに右往左往してたら顔色と人相の悪い兄ちゃんにとっ捕まって売られて買われて、みたいな状況だったから。……いい人だったんだよ、俺にとっては。


 何で俺みたいなもんを買ったんです、って聞いたことがある。

 そしたら次男坊、収集するのが楽しい、みたいなことを答えてくれた。

 探して、交渉して、入手する。その一連の流れが好きで、それに加えて、あー……唯一性? みたいなもんがあるのが一等好みだったらしい。

 唯一性っていっても、一品ものとかそういうのじゃない。その品が作られてから売られて買われるまでの間、その最中に他では得難い過程を経たもの。

 そういう『意図しない独自性を獲得した物品』が寵愛の対象になり得るみたいなことだった。


 要はね、訳あり品が好きなんだよ。人殺しの道具になったとか、死因になったとかそういうもの。傷物とか、呪物とか、そういうよくないものがね、好みだった。

 回りくどい言い方しやがる、って顔してんね。俺もそう思った。あれじゃないかな、教養とか立場みたいなもんがあると、好きな理由にもそれなりの格好をさせておかないと面目が立たない、みたいなのがあるんじゃないかな。変なもんが好きってだけでいいだろうにね。それこそよそからしたら『悪趣味』の一言で済むんだからさ。


 で、簡単な話をするんだけどね。

 そういうもんばっかり集めてたからろくでもないことが起こりまくったんだよ。


 こっちでもさ、お化けって出るだろ。俺のいた世界土地よりあからさまにさ。そんで君たちもその手のもんへの対応に慣れてる。最初に拾われた頃に、面倒見てくれてた人と甘楽眼螺電街の裏路地歩いてたら下半身が駆け寄ってきたときとか俺声も出なかったもんね。一緒にいた人がまた顔色も変えずに足払ってこかしてから折れるように踏んでたのも怖かったけど。足癖の悪いやつだったんだよ。

 ああ、殴れるから怖くないってのはその人も言ってたな。分かるけど、あんまり人やら何やらをぶん殴るのって難しいんだよ。俺が生きてた世界はそうだったから。いきなりこっちに連れてこられても、その辺は全然馴染めないな。殴られるのはまだマシだな。死なない程度に済ませてくれる分にはね。殴れって言われるのがちょっとキツい。その手の才能はないんだよ、きっと。


 だからまあ、何だろうな……次男坊、そういう因縁とかバケモノとかを甘く見てたんだろう。

 怖がらないってのと、あれだな、侮ってた。たかが品物、由縁来歴がどうであれ、買って集めたくらいで何かが起こるわけもないし、そんな力もないってね。

 それがね、いけなかったんだと思うよ。商品としてはね、そう考えてる。


 分水嶺がどこだったのかは俺は知らない。俺が来る前からもう手遅れだったのかもしれないし、後かもしれないし、もしかしたら俺が来たのがとどめだったかもしれない。

 とにかくどっかで天秤が傾いて、そこから全部駄目になった。

 屋敷の雰囲気が徐々におかしくなり始めたんだよね。

 最初はね、耳。幻聴っていうか、聞こえないはずの声が聞こえたりとかそういうやつ。お手伝いの人は『故郷の母の声が名前をずっと呼ぶんです』って訴えてて、二週間ぐらいしたら耳潰してた。よっぽど嫌だったんだろうね。でも普通に仕事してたから、俺はそっちもちょっと怖かった。

 俺はあれだ、夕方に廊下を歩いてたら影がどこまでも伸びて行ってびっくりした。

 広いお屋敷だったんだけど、俺の足元から廊下の端までにゅーっと影が伸びて行ってさ。夕日に塗られて血だまりみたいになった廊下を影が這っていくの、すごく気味が悪かった。


 どこかの廊下とか部屋とか時間帯とか立場とか、無差別だったね。屋敷の範疇なら全部が現場で対象みたいな具合だった。


 屋敷全体、なのは当たり前なんだよね。だって次男坊、家中に飾ってたから。

 母親が産んだ子供を食べるたびに一行ずつ書き足していった朱理往生眼経の写経作品も、弟が出来と見映えのいい義兄を成人した途端に拘束してこれまでの恨みつらみや諸々を吹き込みながら指先を叩き潰すのに使った彫刻も、個人病院の医者がこれまで自分が担当した患者が死んだ時間に鳩が出るように設計させた仕掛け時計も昼の二時十四分から五十分までどこに掛けても同じ葬儀屋に繋がる電話も全部、ね。


 広い前庭から蔵の隅まで、因縁まみれのものを満遍なく配置していたわけだよ。


 最初は俺もひとつところにしまい込むより散らしておく方が健全だったりするのかなとも思ったけど、いざそういうことになったときに対処が大変だってのはあとからよく分かった。そんな機会、普通はないんだけどね。


 で、まあ、祟りだか何だか分からないことがいっぱいあってね。本家の商売も傾いて、身内もそれなりに不幸になった。ああいうものって血縁を辿るんだよね。次男坊がやったことなのに、兄や母やらが手足をやられてたのが不思議だったな。


 勿論当事者──次男坊だって逃げ切れなかった。夢枕に得体のしれない生肉の山みたいなやつが立ったり、誰もいないはずの客間から心当たりのない罵言をいきなり叩きつけられたり、出かけようと靴履いたら足の薬指の爪を噛み切られたり。そういう諸々が重なって、段々憔悴していった。俺のことは……まあ、何回かは殴ったか。半分くらいはその後正気に戻って謝ってくれたから、恨んではないよ。大変そうだなとは思ったし。


 どうなったかって、普通に刺されて死んだ。この辺だと珍しくもない、通り魔。凶器はね、凶行の直前にその辺で買った包丁。何の謂れもないから、それもちょっと皮肉な話だなって思った。次男坊を刺したから、曰く付きになったかもしれないけど。棺桶に入れてやったら喜んだかもしれないね。


 そっからはまあ、色々。本家というか経営とか諸々でちゃんと生活している連中が債務整理とかを始めたおかげで俺はまた市場に流れることになって、どうこうしてから君んとこの事務所に戻った。その辺の仕組みはどうかは知らないよ。放生会の自作自演ったら露骨が過ぎるけどね。

 俺からすれば得体のしれないところに質流れみたいにされるより、見知ったろくでなしに引き取られた方がまだ嬉しかったけどね。

 どうせひどい目に遭わされるなら、因縁関係のある相手の方がまだいいから。諦めがつくし、寂しくない。趣味の問題だよ、これもね。

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