第13話 荒れる夜
篠崎を捜し始めて20分が経過している。
来た道を戻る中で脇道に逸れていく足跡を見つけたので、それを追いかけているところだ。篠崎の足跡とは限らないが、比較的新しいモノに思えたので希望を見出している。
……早く見つけないといけない。そうしないと色々と面倒なことが起こってしまう。たとえば、戻るのが遅くなれば篠崎の家や僕の家に連絡が行くかもしれない。互いに普通の家庭じゃない。親とのあいだに余計な軋轢を生まないためにも、その手の連絡は避けないといけない。
となると……先手を打っておくべきか。
握っている市原女史のスマホを操作する。
僕が今やろうとしているのは、篠崎を見つけたテイで先生方に連絡を入れる、という安直な作戦だ。早い段階で無事だと分かれば、学校側だって大ごとにはしたくないはずだから、家への連絡はしないと思う。
ただしもちろん、篠崎は実際のところまだ見つかっていないわけで、その連絡はただの時間稼ぎに過ぎない。暗いので慎重に戻る、と告げて多少遅延しても大丈夫なようにするつもりだが、それにしたって30分を超えれば怪しまれてしまうだろう。
だから連絡を入れたあと、僕は改めて全力で篠崎を捜し出さないといけない。それが失敗に終われば色々と面倒になるのは確実だが、現時点で家に連絡されるのを避けるにはそんな博打を打つしかない。
僕は市川先生のスマホを操作して学年主任の高橋先生に連絡を入れた。
『おー、そうか。無事で良かった。30分経っても連絡がなかったら色々手を打つつもりだったが』
そんな言葉が返ってくるということは、まだ何も手は打っていないんだろう。ひとまず時間稼ぎの先手としては成功したことになる。
「高橋先生、僕らは暗いので慎重に戻るつもりです。ひとまず10分おきに着信だけ入れるので、それを無事の合図として受け取ってください」
『分かった。とにかく無事に自然の家まで戻ってきてくれ』
「了解です」
こうして通話が終了する。
だから僕は急いで足音の追跡を再開した。
「――篠崎! 居たら返事してくれ! 懐中電灯を照らすのでもいい!」
声を張り上げながら獣道を進む。するとやがて、
「――橋口くんっ」
どこからか篠崎の声が!
「どこだ! 動かないでもう一度声を出してくれ!」
「こっちっ」
その声は更に横に逸れた斜面の下から聞こえてきた。
スマホのライトをそちらに向けてみると、3メートルほど下方で篠崎はぺたんと座り込んでいた。
「まさか滑り落ちたのか!? 怪我は!?」
「怪我はないわ……けど、懐中電灯が壊れてしまったから、暗くて動くに動けなくて……」
「分かった……とにかく動くな、今行く」
斜面は多少急だが、踏ん張れば危なげなく降りられる程度だった。
「見つかって良かった……にしても、なんでこんな脇道に」
「ごめんなさい……こちらが正規ルートだと思ってしまって」
……やっぱり方向音痴、ってことか。
とにかく無事に見つかったんだからそれで充分だ。
「本当に怪我はないんだな?」
「……それは大丈夫。無傷よ」
痛みに耐えている表情ではないので、ひとまず信じて良さそうだ。
「よし……なら戻るか」
――ぽつ。
ひやりとした水滴が僕の頬をいきなり叩いてきたのは、そんな風に意気込んだ直後のことだった。
「……雨?」
篠崎も同じ刺激を感じ取ったらしい。
ぽつ、ぽつ、とゆっくりだった雨粒の刺激が徐々に強まり、篠突く勢いになるのにそう時間は掛からなかった。雷まで鳴り始める。
「くそっ、最悪だ……!」
「橋口くんっ、あそこ!」
そう言って篠崎が指差した先には、稲光に照らされて浮かび上がる1軒の小屋が佇んでいた。明かりが点いているわけではない。体育倉庫的なサイズ感。近付いて割れた窓から中を覗き込んでみると、もぬけの殻だった。……なんだろう、今は使われていない物置みたいな感じか。
……なんでもいい。この雷雨じゃ自然の家まで戻るに戻れない。みるみるうちに体操着も濡れ始めている。止むまでこの小屋を使わせてもらおう。
鍵は掛けられていなかった。それこそ多分、放置されているんだろう。割れた窓からその現状が窺える。僕らはひとまず中に足を踏み入れた。
「……先生方に連絡出来るモノはある?」
「あるよ。だから今入れる」
自然の家の方でも土砂降りになっているだろうし、この状況で無事を報告しないと家に連絡されるかもしれない。
だからスマホを取り出し、今一度高橋先生に連絡を入れた。
『――森の小屋に避難中? とにかくお前らはどっちも無事なんだな?』
「無事です」
そう告げたあと、篠崎の声も聞かせて安堵を誘った。
『良かった。ホッとしたぞ』
「けどこの雨なので、今晩は無理せずここで休むかもしれません。とりあえず本当に無事なので、先生方は平常通りに過ごしていただければ」
『分かった。そういうことなら無理せず休んで、明るくなってから自然の家に戻ってきてくれ。何かあればすぐに連絡を寄越すこと。じゃあな』
そんな感じで通話が終わった。
スマホをしまう僕に対して、篠崎が「……ごめんなさい」と言ってくる。
「私のせいで、こんな……」
「気にしてない。むしろ楽しいじゃないか」
大変な状況ではあれど、僕はどこか胸躍っている。
多分、勉強まみれの日常から逸脱しまくっているからだ。
「とりあえず、座って休もう。雨のせいで肌寒いし、体力を温存しないとな」
「そうね。……ありがとう」
静かに続けられた感謝は、責めなかったことに対するモノだろうか。
僕は「どういたしまして」と応じて、篠崎と並んで腰を下ろし始めた。
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