第11話 林間学校

 週を跨いだ数日後、この日は林間学校当日だった。

 1泊2日で行われるその舞台(県内の森林地帯にある自然の家)に向けて、現在は学校からバスで移動中である。


「飴、食べる?」


 僕の隣に座っているのは、そう言って飴を差し出してきた篠崎だ。僕がバイト代を肩代わりしたことで林間学校への不参加を撤回した形であり、偶然だが僕らの班に組み込まれ、こういう席順となった。

 ありがたく飴をもらう僕をよそに、


「いやー、美景も一緒に来られて良き良き♪」


 そう言って前列シートの背もたれ越しに僕らを振り返ってきたのは、篠崎の友人にして同じ班の金髪ギャルこと星川だ。篠崎の不参加撤回を一番喜んでいたのは多分星川である。


「でもさー、なんで急に参加出来ることになったの?」

「そ、それはまぁ、別になんでもいいじゃない……」

「いつの間にかハッシーと親しくなってる気がしなくもないし、ひょっとしてハッシーが説得したとか?」


 ……鋭いな。

 しかしよもや真相を話せるわけがないので、僕も誤魔化しにかかる。


「いや……僕は何もしてない」

「ホントに?」

「ああ、篠崎の予定が勝手に良い方向に転がっただけだろ」

「まーそういうもんか。ともあれっ、美景も来れてめでたしめでたし♪ ――あ、ところでさぁ美景ぇ」

「何よ」

「その席さぁ、替わってくんないっ? あたしハッシーとお喋りしたいんだよねっ」

「……別に良いけど、どうして喋りたいの?」

「え、まぁほら、唾付けときたいし」


 ……またそういう冗談を。


「へえ、橋口くんったらモテモテね?」


 篠崎がなぜか目を怖い感じに細めていた。

 なんなんだよもう……。


「まぁ別にいいわ……優那ゆなの好きになさい」

「やったー!」


 そんなこんなで席替えが行われ、僕はこのあと星川のマシンガントークに相づちを打つだけのbotと化したのである。


   ※


 やがて林間学校で利用する自然の家に到着した。家とは言いつつ、役所じみた地味に立派な建物だ。

 宿泊部屋に荷物を置いてから、僕らは運動着姿で屋外活動(写生)の時間を始めることになった。班ごとに動く決まりだが、なんだかんだバラけて好き勝手に行動する輩が多く、教師陣も期末後の息抜き的なこの日に口やかましく注意したりはしないようで、班行動は半ば形骸化していた。

 なので僕は1人で静かに行動しようと思っていたが、篠崎と星川に絡まれてしまい、3人で近くの池のスケッチを開始している。


「写生の時間ってさ、なんか響きがヤらしいよねw」

「……あなた小学生なの?」


 篠崎が呆れ顔で星川にツッコんでいた。


「失礼なっ。あたしゃ華のJKですぜ奥さん!」

「だったら下ネタなんてやめなさいよくだらない……」

「下ネタ嫌うなんてウブウブですなぁ~。でも美景はそれでいいっ。どうかその清純さを失わずに綺麗なままで居なよっ」


 ……実はもう僕に純潔を奪われていると知ったら星川はどんな反応を見せるんだろうか。まぁもっとも、その答えは分からないままでいいが。


 そう思いながらスケッチを続けていると、星川が他の友人のところに顔を出しに行ったので、この場は僕と篠崎の2人だけとなった。嵐が去ったかのように、この場は穏やかな空気感となる。


「賑やかだよな星川って。居なくなるとそれが実感出来るよ、良い意味で」

「……優那みたいな子が好みなの?」

「いや、別にそんなことはないが」


 妙な誤解はされたくないので否定しておく。


「そうなのね、なら良いのだけど……ところで橋口くん、本当にありがとうね」

「……なんのお礼だ?」

「なんのって、林間学校に来るチャンスをくれたことよ」

「あぁ、それか」

「それしかないでしょう」

「まあな」

「とにかく、こうして来られて良かったわ。学校とバイトばかりの生活から離れられて、気分が安らいでいる気がするから」


 そう言いながら、篠崎は臀部の土を払いつつ立ち上がっていた。


「じゃあ、あまり2人きりで居ると関係を怪しまれるかもしれないし、私も別のところに顔を出してくるわ」

「あぁ、分かった」

「またあとでね」


 篠崎の表情は目に見えて明るく、手を振って離れていくその姿からはポジティブな空気があふれていた。

 そんな篠崎を見ていると、説得して連れて来られて良かったと思う。

 あとは何事もなく林間学校が終わってくれればそれでいい。


 そう考えながら、僕はスケッチをサクッと済ませてから単語帳を取り出した。

 池の畔で即席の勉強タイム。

 どんなときでも、勉強は欠かせない。

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