第9話 看過出来ない
僕らの高校は、夏休み突入前の7月半ばに1泊2日の林間学校がある。
僕に好成績や品行方正さを強いてくる親父はその手のイベントに対して「時間の無駄だ」とは意外にも言わない人だ。人間性を磨く良い機会ということで、小学生の頃から遠足などへの参加を差し止めてくるようなことはなかった。
そんなわけで、この日はその林間学校の班決めがクラスで行われていた――のだが、
「――え、
「ええ、ちょっと用事があってね」
「用事って何さー」
「内緒よ。別に言いふらすモノでもないし」
という、篠崎とその友人である星川(金髪ギャル)の会話が聞こえてきて、僕は小首を傾げることになった。
どうやら篠崎は林間学校に行かないらしい。近くで見守っている担任の江藤が何も言わないということは、すでに江藤には話を付けているのかもしれない。
……なんで行かないんだろう。家庭事情由来の理由か? 篠崎の家庭事情は相変わらずよく分からないが、その可能性はゼロではないはずだ。
とはいえ……、僕が気にしてもしょうがないことか。割と仲の良い星川にもはぐらかして伝えるくらいだし、きっと探られたくないことなんだろう。
そう結論付けて僕は大人しく班決めに参加し、普通に喋るくらいの仲ではある4人の男女と班を組むことになった。その中には星川も居た。
「いえーいハッシー! おな班だね改めてよろよろー!」
昼休み。学食で1人静かにランチを食べていたら、僕を妙なあだ名で呼びながら星川が近付いてきた。フルネームは星川
僕との仲は、別に普通。話す機会があれば話す。そうじゃないなら話さない。そういう間柄だ。
「ねね、一緒に食べてもいい?」
星川はカツ丼のトレイを僕の正面に置いていた。すでに居座る気満々だ。僕は別に拒否するつもりはないが、一応問いかけておく。
「篠崎と食べなくていいのか?」
「うん。美景とはしょっちゅう食べてるし。今日はせっかくおな班になった御曹司と更に友好を深めて玉の輿を狙おうと思ってるっ」
ずびしっ、と謎に指を差してくる星川だった。……何言ってんだか。
「まーそれは冗談としてさぁ、ハッシー知ってる? 美景、林間学校行かないんだって」
「ああ、話してる声聞こえてた」
「なんで行かないんだろうねー。ウチの学校って林間学校あるの2年だけなのに。チョー勿体なくない?」
「まぁ、勿体ないかもな。……星川は詳しい事情、知らないのか? 篠崎の」
せっかく話題に出たのでそれとなく深掘りしてみると、星川はカツ丼をひと口咀嚼してから、
「んー、よう分からんね。美景とはプライベートの付き合いあんまないし」
「そうなのか?」
「うん、美景がそこに関しては壁作ってる感じ。今年で2年目の付き合いになるけど、遊びに出かけたこと片手で数えるほどしかないし」
なるほど……同性の友人に対しても踏み込ませたくない部分があるんだな。
「まぁ家庭事情でなんかあんのかもね。美景は白鳥なのかも」
「……見えない水面下で足掻いてる、ってことか?」
「お、さすがは学年1位っ。たとえがすぐ通じるのイイネ……」
嬉しそうに語りながら、星川はしかし唇を尖らせてつまらなそうな表情を浮かべてみせた。
「まーなんにしてもさぁ、美景が林間学校来れないのはなんかヤダよねぇー」
友達としてのぼやき、だろうか。
出来れば一緒に楽しみたいんだろうな。
僕としても、篠崎には参加してもらいたい。家庭事情のせいで来られないんだとしたら、そんなことはあってはならないと思う。子供の青春を親が妨げるなんてこと、許しちゃいけない。色々強いられている僕だからこそ、強くそう思う。
篠崎が今晩も僕のもとに来るようなら、来られない理由をそれとなく掘り下げてみようと思った。出過ぎた真似かもしれないが、もし篠崎にはまったく非のない事情で来られないんだとしたら……僕は、見過ごしたくないのだ。
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