第8話 手料理
「……私がこうして部屋を訪ねるのって、今更だけど大丈夫?」
篠崎と一緒にスーパーから帰ってきたところで、そんな風に問われた。
本当に今更過ぎる。昨晩は夕飯を一緒に食べることよりも危ういことをしたのに。
「問題ないさ。監視が付いたりはしてないし」
「……意外ね。政治家の息子ならその手の人員が割かれても良さそうに思えるけど」
「それはフィクションの見過ぎ。家にはお手伝いさんすら居ないんだ。政治家は貴族じゃないんだから、さすがにそこまでの管理はされない。その代わりに僕が何かヘマをやらかせば即連れ戻されるだろうけどな」
残機ゼロゆえの自由。
僕はこの仮初めの平和を謳歌し続けられるように足掻かないといけない。
そういう意味では、僕は現状綱渡り状態ではある。
篠崎とのことがバレたらタダじゃ済まないはずだから。
それでも、スーパーの惣菜で夕飯を済ませようとする不穏な篠崎を、僕は見過ごせなかった。そういう話である。
「ともあれ、監視とかは気にしなくていいから」
「なら良いのだけど……じゃあ、夕飯は私が作るから、橋口くんはくつろいでいて」
篠崎が手を洗いながらそう言ってきた。僕も手伝おうかと一瞬思ったが、篠崎からすれば現状は施しを受けた状態なわけで、僕が変に手伝うと篠崎の肩身が狭くなるかもしれない。
よってここは敢えて丸投げを選択。僕は寝室兼勉強部屋となっている個室の方に移動し、課題をこなすことにした。
調理を任せられる誰かが居るという状況は、素直に助かる。1人暮らしの大変なところは炊事のみならず家事全般に時間が取られる部分だ。要するに1人暮らしはタイパが悪い。
その点で言えば、僕は母さんに感謝したい気分だった。今まで僕の苦労を減らしてくれていたのは間違いなく母さんだから。
親父は嫌いだが、母さんは親父に振り回されているだけで悪い人じゃない。夕飯の写真を撮って送れと言ってきたのも、親父に指示されたか、自発的にそういうポーズを取って親父のご機嫌取りをしないといけない感じになっているんだろう。
親父の面子のために色々強いられているのは、僕だけじゃない。
――コンコンコン。
やがて幾ばくかの時間が過ぎた頃、個室のドアがノックされた。
「橋口くん、夕飯が出来たのだけど」
続けてそんな呼びかけがあった。どうやらお待ちかねの時間のようだ。
「おー……想像以上」
リビングに顔を出した瞬間、視界に飛び込んできたのは見事な中華料理だった。
麻婆豆腐、青椒肉絲、かきたまスープ、もちろん白メシも。
「別にこんなの誰でも作れるわよ。市販の素を使っただけなのだし」
とは言うものの、盛り付けが綺麗で、少なくとも僕じゃこうは出来ない。篠崎は料理が得意と言っても差し支えないだろう。
でも料理上手の子供というのは、分類としては2種類に分けられると聞く。ひとつは、趣味で料理をしている子供。もうひとつは、親の帰りが遅いなどの家庭環境ゆえに自分で作らざるを得ず、腕が勝手に上達してしまった子供。
篠崎は多分……後者だ。そして今では料理を自分で作るというステージにすらなく、夕飯をスーパーで買う状態になっているようだ。
……果たしてどういう家庭環境なんだろう。気にはなるが、割り切りの間柄でそこを掘り下げるのは余計なお世話だと思い、僕は大人しく席に着いた。スマホのカメラを起動しながら。
「……写真を撮るの?」
「ああ。母さんに報告しないといけなくて」
「なら、多少盛り付けを崩した方がいいかもね。綺麗に盛り過ぎたから、このまま撮ると橋口くんが作ったようには思われないかも」
「あぁ、確かに……でも崩していいのか?」
「食べるときにどのみち崩れるんだから、気にしなくていいわ」
そりゃそうかと思いつつも、僕は盛り付けを遠慮気味に崩して写真を撮った。それを母さんに送ってから早速食べ始めてみると、文句の付けようがなかった。
「あ、そうだわ橋口くん……一応言っておくと、今日はえっち出来ないわ。まだちょっと痛むから」
夕飯後、一緒に皿を洗っているとそう言われた。その手の話題が出ると、僕と篠崎はそういう関係なんだよな、と照れ臭くなってしまう。
「大丈夫……僕は見境なくヤりたがることはないから」
「……ありがとう。でも帰る前に手でヤらせてもらってもいい?」
「え、いや……別にそんな無理はしなくていいんだが……」
「無理とかじゃなくて、それもストレス発散の一環なの……私が興味本位でヤってみたいということよ……」
「……結構……エロいよな篠崎って……」
照れ臭そうにボソボソ呟く篠崎を見て、僕はそう思った。昨晩なんかも、痛みを我慢しながらリードでもするように色々動いてくれたのだ。
「べ、別に良いじゃない……女子にだって性的好奇心くらいあるのよ。……それと」
「それと?」
「……橋口くんにしかこういう話題は出さないから、見境のないスケベな女とは思わないでちょうだいね?」
とのことで、ちょっとした優越感に包まれたのはここだけの話だ。
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