第6話 いざ

『――こんばんは橋口くん、私だけどオートロックを解除してもらえる?』

 

 午後9時過ぎ。

 1人暮らし初の夕飯をカップ麺で済ませて課題をこなしていると、いよいよインターホンが鳴った。モニターで訪問者をチェックしてみれば、エントランスに佇んでいたのは案の定、クラスメイトの黒髪美少女だった。


「ああ、今開ける」

『お願いね』


 そんなやり取りをして、オートロックを解除し篠崎を通す。

 僕の中では、多少落ち着いていたソワソワがぶり返し始めていた。

 篠崎を招き入れて、それからどうなるんだろうか。このあいだ出来なかったを、行うことになるんだろうか。

 色々考えていると、篠崎が玄関までやってきた。


「こんばんは。夜分にごめんなさいね」

「大丈夫。さあ、入ってくれ」


 平静を装い、篠崎を招き入れる。

 篠崎はまだ学校の夏服姿で、そこから分かることとしては、放課後に一度も帰宅してなさそう、ということだ。

 色々、篠崎にはやはり気になる部分が多い。こんな夜分に出歩いてしまって本当に大丈夫なのか、とか。

 しかし多分、そこは掘り下げるべきではないんだと思う。僕らはまだ行為をしていないが、セフレという関係にあるわけで、言ってみれば割り切りの間柄になるのだろう。だったら、お互いに踏み込み過ぎるのは野暮だ。


「良いお部屋ね。今日からずっとここに住むの?」

「いや、高校卒業までの予定だ。あくまでここは1人暮らしの予行演習用だから」

「そういえば、そういう話だったわね。……座ってもいい?」

「ああ、もちろん」


 篠崎を食卓に着かせ、僕は麦茶を用意して篠崎に差し出す。ありがとう、の返事をもらいながら、彼女の正面に腰掛けた。


「……で、今夜いきなり僕のところに来た目的を聞いてもいいか?」


 聞くまでもなく、恐らく答えはひとつしかない。

 でも確証がないので尋ねてみると、


「そんなの、決まっているじゃない」


 麦茶をひと口飲んでから、篠崎はどこかツヤのある表情で応じてみせた。


「セフレ契約の初回」

「っ」

「それ以外、あると思う?」

「……だよな」


 愚問だった。


「先日の初回が延期になってから、私はこのときを心待ちにしていたんだもの。お預けを喰らってしまったワンちゃんのようにね……緊張もあるけど、日々の鬱憤を忘れられるかもしれない未知の快楽を、早く体験したくてたまらないの」


 篠崎は意外と……性への好奇心が旺盛なんだろうか。学校では高嶺の花の、僕に次ぐ学年2位の優等生として通っているが、それはあくまでオモテの、篠崎美景みかげという少女の一面に過ぎないのかもしれない。


「逆に橋口くんは、楽しみじゃなかった?」

「いや、もちろん楽しみだった……色々考えては悶々とするのを繰り返していたくらいには……」

「ふふ、そうなのね。じゃあ、今日は泊まっていってもいいかしら?」

「……泊まるのか?」

「ダメ?」

「いや、僕は良いけど……ホントに大丈夫なのか、色々……親とか」

「大丈夫……私のことを心配するような親ではないから」


 そう呟く篠崎の表情は少し暗かった。

 けれど直後には気を取り直したように、


「ねえ……まずは一緒にお風呂に入ってみない?」


 と言ってきた。

 僕は目を丸くする。


「い、一緒にお風呂……?」

「ならし運転として、どうかしら? イヤならもちろん無理強いはしないわ」


 とんでもない提案をしてくるじゃないか篠崎……。

 やっぱり意外とエロいのかもしれない。

 でももちろんそれがイヤなのかと言えば違う。

 むしろ望むところだ。


「……別にイヤじゃないから、篠崎が本当にいいなら是非」

 

 本番行為に踏み切ろうとしている僕らが、混浴程度で音を上げるわけにはいかないだろう。


「じゃあ、早速行きましょうか」


 粛々とした仕草で篠崎が立ち上がる。

 そんな行動に異論はなかった。

 この状況を見越して、風呂は沸かせている。

 妨げとなる障害はなかった。


   ※


 入居したてのこの部屋の、真新しい脱衣所に影がふたつ。

 もちろん僕と篠崎。

 洗面台の前で向かい合ったまま、僕らは膠着したように衣服着用状態で棒立ちとなってしまっていた。


「……橋口くん、脱がないの?」

「……篠崎こそ、脱がないのか?」


 脱衣する順番の譲り合い。

 お互い、先に脱ぐのが恥ずかしいがゆえの攻防。

 果たして……こんな感じで僕らはヤるところまでイケるのだろうか。

 我ながら先が思いやられてくる。


「まぁ……ここは私から脱ぐべきよね」


 そんな中、篠崎が意を決したように呟いて、夏服のブラウスに手を掛け始めていた。


「混浴に誘った言い出しっぺだし、セフレ契約を持ちかけたのも私だし、女は度胸とも言うしね」

「……ま、待て待て。そういうことなら男の僕が先だ」


 ボタンを外し始めた篠崎を見て、せっつかれるように僕も私服のシャツに手を掛けた。さすがに篠崎が脱ぎ始めるのを黙って眺めていたら男が廃る。


 というわけで、結局一緒に脱ぎ始める形となった。

 篠崎はすでにブラウスのボタンを外し終えている。ブラウスの下には白い肌着を着ていたようで、すぐにブラが見えるというわけではなかった。

 逆に僕はシャツを脱げばその下は素肌である。


「あら……意外と良い身体をしているのね」


 シャツを洗濯槽に入れていると、篠崎の視線が僕の上半身をまじまじと捉えてきたことに気付く。


「鍛えているの?」

「ああ……親父が僕に求めてくるのは成績と素行だけじゃない、ってことさ。注目を浴びやすい立場として、誰に見られても恥ずかしくない外見であれ……そう言われて、フィットネスバイクや筋トレを日課でやるように強いられていたんだ」


 別にシックスパックとかではないが、そこそこ引き締まった肉体なのは事実だ。

 これに関しては強いられて良かったことかもしれない。


「なんだか……急に脱ぐのが恥ずかしくなってきたわ」

「……なんで?」

「私は橋口くんと違って、ぽちゃっとしているから……」

「いや、篠崎がぽっちゃりを名乗ったら世の女性が激怒するぞ?」


 篠崎は間違ってもぽっちゃりではない。同性が羨むほどすらりとしている。そのくせ、出るところが出ている魅惑のボディーラインだ。


「それは橋口くんが私の裸を見たことがないから言えるのよ……着痩せしているだけで、全部脱いだ私はだらしないわ」

「いや、見たことないけど言えるよ。それは篠崎が自分を過小評価しているだけだ」


 断固としてそう告げると、篠崎は「……じゃあ脱ぐけど、落胆しないでちょうだいね?」と開き直ったようにスカートのファスナーを下ろし、脱衣を再開し始めていた。

 篠崎が目の前でスカートを脱ぐという状況に心臓がひとつ跳ねてしまう中、直後にはそのスカートが腰元からズルリと下ろされていく。

 あらわになったのは、黒いタイツに覆われた長い脚。

 その向こうのデルタゾーンには白いショーツ。

 ごくりと喉を鳴らしてしまう僕をよそに、篠崎は、


「……今日は別に勝負下着でもなんでもないのだから、あまり見ないで欲しいものね」


 と言うが、男子高校生に我慢は難しい。

 篠崎のショーツは、勝負下着でもなんでもないという言葉の通りに、言っちゃなんだが安そうで、ディスカウントストア辺りでまとめ売りされていそうな雰囲気のモノだった。

 それはそれで良いと思うが、篠崎がその手の安そうな下着を身に着けていることを意外に思った。見えないところのお洒落も手を抜かない印象があったものの、そうでもないらしい。

 でもそれはひょっとしたら……家庭事情が反映されているのではと思った。もちろん、真相は定かではないが。


 そう考えるあいだに僕も自分の脱衣を忘れずに行いボクサーパンツ一丁となる。

 片や篠崎はタイツを脱ぎ、肌着も脱いで、いよいよブラがお披露目されていた。ショーツとお揃いのデザインではなさそうな、それでも色は同じ白の、安そうなブラだった。篠崎の豊満な胸を窮屈そうに覆い隠しており、それはなんだかサイズが合っていないように見えなくもない。


「やっぱり、全然ぽっちゃりしてないな」


 下着事情にはとりあえず触れずに、僕はそう告げて意識を切り替えた。

 半裸の篠崎は案の定すらりとしていて、安そうな下着さえもそうは見せない女性らしい曲線美にあふれていた。

 篠崎は恥ずかしそうに軽く腕を組み、目を逸らしている。


「お腹……つまめるわよ?」

「女性の皮下脂肪が多いのはしょうがないことだし、篠崎のそれは余裕で許容範囲。少なくとも僕は、いわゆるモデル体型の女性より篠崎の方が良いよ」

「あ、ありがとう……」


 篠崎は顔を真っ赤にしていて、なんだか新鮮で可愛らしい。


「それはそうと……私たちはセフレとしてヤることをヤろうとしているのだから、この段階で悠長に時間を掛けていたらダメよね……下着も外さないと……」

「じゃあ……もう僕から脱ぐよ」


 恥ずかしさもあるが、ストレス発散という観点で言えば僕は篠崎に見せたい、見られたい、というアンモラルな感情がなくもない。

 だからもう余計なことは考えずにボクサーパンツを下ろしてしまう。

 その瞬間の篠崎の表情たるや、僕は生涯忘れないかもしれない。


「……じゃ、じゃあ、私も脱ぐわ」


 そして僕に触発されたかのように、篠崎も直後、意を決したようにすべてをさらけ出してくれた。あまりにも蠱惑的で、僕は見とれざるを得なかった。

 

 そして一旦見せ合ってしまえば、羞恥的な感情は時間が解決してくれた。一緒にお風呂を済ませていくうちに照れが減り、相手の身体にだけ興味がそそられる。それはお互いがそうで、僕らは色々と触り合った。

 

 だからお風呂から上がったあともスムーズで、僕らはあらかじめ買っておいた1を開封し、ベッドの上で準備を整えた。


「最後にもう一度確認させてくれ……僕でいいんだな?」

「いいわよ……だから遠慮せずに来てちょうだい」


 そんな返事を聞いたからには、それ以上のやり取りは無粋。


 こうして僕らは契約の初夜を完遂することになる。

 あまりにも甘美なひとときの中で、余計な雑念や不快感を忘れられたのは確かなことだった。

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