第2話 約束

「……そういう関係になって欲しい、ってウソだよな?」


 篠崎からとんでもないことを言われたあと、コレは往来で話すことではないと考え近くの公園に場所を移している。近所の子供たちがわーきゃー騒ぐ光景の片隅で、僕は篠崎と肩を並べてベンチに腰を下ろしていた。


「……冗談で言ってきたんだよな?」


 昨日僕がやらかした誤爆事件。

 セフレ欲しいなぁ、とクラスのグループLINEに綴ってしまったやらかし――それが単なる誤爆じゃなくて、心からの発露なら、そういう関係になって欲しい、と篠崎は言ってきたわけで……正直、理解が及んでいない。


「私が、冗談でそんなことを言うような女に見える?」

「それは……見えないな」


 向けられた切れ長の瞳に対し、僕はそう答えた。

 篠崎は僕に次ぐ学年2位の成績で、要は優等生。去年から無遅刻無欠席を続けていたりで素行も良い。とてもじゃないが、冗談でセフレ契約を申し出てくるような人物には見えない。


「でもじゃあ、冗談じゃないんだとしたら、なんでそんな申し出を?」

「ストレス……という返事だけで、理解してもらえたら嬉しいわ」

「ストレスがあるから、それの解消目的……ってことか?」

「……概ね、そういう感じね」


 深く語ってくれるつもりはなさそうだが、篠崎にも何か抱えているモノがあるのかもしれない。ひょっとしたら同志だろうか。


「橋口くんこそ……どうしてセフレが欲しいなんて思っているの? 別に言いたくないなら言わなくていいけど」 

「いや、別にここまで来たら隠すことでもないから言うよ……僕もストレスだ」

「……おうちのことで?」

「ああ……面子にこだわる政治家の親父に、僕は素行の良い秀才であることを強いられていてさ……期末テストは1位以外許されないし、素行面でも完璧を求められるし、色々疲れてるんだ……」


 この悩み、というか愚痴を、誰かにこうして話したのは初めてだった。勉強に励まないといけない影響で腹を割って話せるような親友は作れずじまいで今日まで来たし、当然ながらこんなのは親に話せることでもない。胸の内に秘めておくしかなかったんだ。


「それは確かに大変そうね……ストレスが溜まるのも分かるわ」


 篠崎が同調してくれて、僕はなんだか嬉しかった。


「親が普通じゃないと、苦労するわよね……」


 篠崎のそんな呟きには実感がこもっているように感じられた。篠崎がストレスを抱える原因も、やっぱりきっと親にあるんだと思う。気にはなるが、さっきの態度からするとあまり話したくはないんだろうし、掘り下げないでおく。僕自身は誰かに愚痴を聞いて欲しかった部分もあるから話したが、そうじゃない人にまで強要はしない。そこまで仲良しでもないのだから、表面だけ分かればそれでいいだろう。


「ところで……篠崎は本気なのか? 僕とのセフレ関係を築きたいっていうのは」

「ええ、本気よ」

「僕で……いいのか?」


 尋ねると、篠崎はこくりと頷いてみせた。


「ある程度信用出来そうな知性があって、口の堅そうな人ってなると、なかなか候補が見つからずに居たの……そこにまさかの橋口くんという条件ぴったりのビッグネームが転がり込んできたのだから、食い付かずにはいられないでしょう?」


 ……ビッグネームと来たか。

 

「ちなみに橋口くんは童貞? それとも違う?」

「え、いや……童貞だが」

「なら、一緒に卒業することになりそうね」

「……処女なのか?」

「遊んでいるように見える?」

「……見えないが、容姿的に彼氏くらい居たことはあるのかと」

「それがないのよ。のんきに彼氏を作れる環境じゃないものでね」


 そう言って肩をすくめる篠崎だった。


「とにかく、橋口くんになら別に初めてを捧げちゃってもいいと思っているから、セフレ契約の初回は合同卒業式にしましょう。……いつなら予定空いてる? このあとすぐは無理なのだけど」


 グイグイ来るな……男としてはイニシアチブを取りたいところだが、女子とのやり取りは培われてこなかったから苦手だ。

 

「そうだな……普通に土日なら空いてるが」

「勉強ばかりしているわけではないのね」

「期末が終わったからな、今の時期は楽になる」

「なるほどね。じゃあ細かい日時や場所は追って連絡するわ。このあと用事があるから、今はこれにて」

「ああ……またな」

「ええ、それじゃあ」


 ベンチから立ち上がった篠崎が、軽く手を振りながら歩き去っていく。夏服のスカートが揺れて、黒タイツに覆われた太ももが見え隠れする。そんな脚から視線を上げて、揺れる黒髪を見送りながら、僕はなんだか夢心地だった。


 ……篠崎と、本当にそういうことをするんだろうか。

 まだイマイチ現実味がない。

 けれど、それが現実であると思い知らせるかのように、やがてその週末がやってくることになる――。

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