第14話:隣町、トラフィア

 帆馬車を降りて数時間。陽が沈み始めるより少し前に隣町であるトラフィアに到着した。

 ウェルネートほどの広さはないが、街はしっかりとした壁に囲まれていて、レンガ作りの建物が所狭しと並んでいる。

 歩きながらフレッドに聞いた話だと、ここからさらに先の街との中継地点として作られたとのことで、街並みの感じがウェルネートと似ているので真新しい印象はあまりない。

 まあ、元の世界でも一駅となりくらいの距離だと大差はないし、どこの世界もそんなもんなのだろう。


「とりあえずは…宿を探そうか。いつもは知り合いのところに泊めてもらうんだけど、いきなり行くのは流石にね」


「それはもちろん。ただ、この街の宿事情に詳しくないのでお願いできますか?」


「お任せあれ!そのために着いてきたようなものだからね。とりあえず、何件か知ってる宿があるからそこに行ってみよう」


 一人旅で宿探しに苦戦…というのもいい思い出にはなるだろうが、あまりに勝手がわからない異世界だと下手すると野宿にもなりかねない。

 護衛をしてくれつつ、こうやって異世界での旅のしかたを教えてくれるフレッドは頼もしくて、一緒に来てくれることになって本当に良かった。


 そんなことを思いながらフレッドに着いていくと、いつの間にか宿に着いていて、中に入るとドアベルの音に気がついた女性が奥からパタパタと出てきた。


「いらっしゃい」

 

「こんにちは。2人なんですけど空いてる?」


「お客さん運がいいね。ちょうど今朝、2人部屋が空いたところだよ。銀貨6枚だけどいいかい?」


「もちろん、お願いするよ。こっちの紙に名前を書けば良い?」


「さすが冒険者さん慣れてるね。ここに名前と所属を書いとくれ」


 僕が後ろで様子を見ている間にフレッドがてきぱきと宿泊の手続きを進めてくれたので流れに身を任せていると、あっという間に今晩泊まる部屋へと案内してもらえた。


 2台のシングルベッドと小さなテーブルセットだけが置かれたシンプルな部屋に入ると、僕は誘惑に耐えきれずベッドにダイブした。

 ギシっと軋む音を立てながら、フカフカに手入れされた布団が疲れた身体を包み込む。

 帆馬車移動でほとんど座っていたとはいえ、昨晩、緊張して眠れなかったことと慣れない移動の疲れが相まって、今にも寝てしまいそうになる。


「あぁー…生き返るぅー…」


「ふふっ。だいぶ疲れてたんだね。ご飯の前に散歩と思ってたけど、ここで一休みしてからにしようか」


「すみません。そうさせてください」


「全然良いよ。俺は装備の手入れとかしてるから、気にせず休んで」


 そう言いながらフレッドは身にまとっていた防具を外し始めた。

 帆馬車とはいえ街の外では何があるかわからないので、いつでも戦える準備をしてくれていたのだ。

 冒険者なら当たり前のことなのだろうが、全身に鉄で出来たプレートをいくつも付けて歩くのは、かなり体力が必要そうだな。


 ガチャガチャと硬い鉄同士がぶつかる音を聞きながら、僕はゆっくり眠りの淵についた。


 *


 少し肌寒さを感じたので目を覚ますと、部屋の中も窓の外もすっかり暗くなっていた。

 寝過ぎてしまったか?とあたりを見渡すと、テーブルに小さなランタンを置いて読書をしていたフレッドが僕が起きたことに気がついた。


「おはよう。疲れは取れた?」


「おはようございます。おかげさまでだいぶ取れました。あの…今ってどのくらいの時間ですか?」


「さっき宵の鐘が聞こえたくらいだから、まだそんなに遅い時間じゃないよ」


 宵の鐘ということは、6時くらいってことか。

 寝過ぎてしまったかと思っていたが、1〜2時間だったようで少し安心する。


「お腹も空いてきたし、ご飯食べに行かない?最近、トラフィア近辺でディアール種の討伐が多かったらしくて、どこも美味しいお肉料理があるんだって!」


「で…ディアー…?よくわからないですが、美味しいならぜひ」


「味は保証するよ!さ、早く行こう!」


 メモとお金を入れている袋だけをポケットに突っ込み、フレッドの後を追いかける。

 魔物の肉を食べることには慣れてきたものの種類まではまだ覚えきれていないので、フレッドの言う「ディアール種」がどんな魔物なのかさっぱり予想がつかない。

 オークとか、ゴブリンとか…よくゲームに出てくるような名前は予想がつくけれど、一体どんな魔物なんだろうか。


 フレッドが案内してくれたのは宿から少し歩いた酒場だった。

 同じ酒場でもテーブル席がメインのフェリチェと違い、カウンター席が数席と立ち飲み用の大樽があちこちに置かれている。これぞファンタジー世界の酒場…っ!


 立ち飲み用が冒険者たちで埋まってしまっているようだったので、カウンター席に腰を下ろす。

 マルクスに教えてもらったおかげでだいぶ読めるようになったメニュー板を見てみると、先ほどからフレッドが言っていた「ディアールの肉」を使った料理がびっしりと書かれていた。


「フレッドさん、おすすめとかってありますか?」


「俺だったらまずはステーキかな。野菜煮込みも美味しいんだけど、やっぱりお肉そのものを味わってからが良い気がする」


「なるほど。それならまずはステーキと豆のスープにします」


「じゃあ、俺は野菜煮込みにしようかな。一緒に食べれば色々味わえて一石二鳥だし!」


 そういえば、異世界でちゃんと外食をするのは初めてかもしれない。

 ダーヴィットと買い出しがてらに買い食いをすることはあったが全て外で食べていたし、フェリチェがお休みの日もなんだかんだお店でメニュー開発をしていたので外に食べに行く機会はないままだった。


 せっかくの機会なので、料理の内容はわからないけれど、今後何かの参考になればとメニュー板の内容やまわりのテーブルの料理のメモを取っていると、店員さんがビールと茹でた豆を持ってきた。

 

「はいよ、お待たせ。豆は茹でたてだから、気をつけて食べなね」


「ありがとう。それじゃあ、2人旅の初日に乾杯!」


「乾杯っ!」


 ガツンと音を立てながら木でできたジョッキで乾杯をし、なみなみと注がれたビールを勢いよく喉に流し込む。

 元の世界のようにキンキンに冷えているわけではないが、疲れた体にビールが沁みるのはどの世界でも共通のようだ。


 料理ができるまでの待ち時間にと出してくれた茹でた豆はそら豆に似たような大きさと食感で、程よく塩が効いている。

 歯応えのある豆とビール。やっぱりこの組み合わせは最高で、これだけで何杯もいけてしまう。

 すぐに1杯目を飲み終え、2杯目を頼むころには茹で豆は残り少なくなっていた。


「はー…。僕、この茹で豆とビールだけで生きていける気がします」


「アサ豆とビールの組み合わせは最強だよね。俺もこの豆だけで何杯も飲めちゃうよ」


「おっとお客さん。それだけで満足しないでおくれ。ほら、メインのステーキと野菜煮込みだよ」


 僕とフレッドが豆を褒めちぎっていると、苦笑いをした店員さんがメインのステーキと野菜煮込みの深皿を目の前に勢いよく置いた。


 お皿にこんもりと盛られたステーキはまだ湯気が立っていて、焼きたての香ばしい匂いがしているし、野菜煮込みからはお肉と香味野菜が混ざり合った優しい香りがする。


「すごく良い香り…っ!いただきます!」


 僕もフレッドも、目の前に出てきたお皿に早速かぶりつく。

 一口大に切られたステーキを口に運ぶと、見た目の迫力に反して意外とあっさりとしているものの、噛めば噛むほど肉汁が口いっぱいに広がっていく。

 これは牛肉寄りの鹿肉とでも言えば良いのだろうか。

 塩とハーブパウダーのみのシンプルな味付けなのにここまで美味しいので、ディアールのお肉にハマってしまいそうだ。


「ステーキはどう?美味しい?」


「美味しいです!ディアールがどんな魔物か見たことないんですが、クセがなくて食べやすいのでどんどん食べられそうです」


「そうだよね!こっちの野菜煮込みも美味しいから食べてみてよ!」


 フレッドに差し出された野菜煮込みを一口もらうと、ステーキとは違って煮込まれたことで柔らかくなったお肉が口の中でほろほろと崩れていく。

 崩れていくお肉の隙間からは肉汁と香味野菜から出た旨みが混ざったスープが流れ出てきて、暖かいスープと優しい味で口の中が満たされる。


「同じお肉でもこんなに違うんですね!すごく美味しいです!」


「でしょ?ディアールは料理の幅が広くて好きなんだよね。今後、ケイにも何か作ってもらいたいな」


「僕も何か作ってみたいです。薄切りにして丼ものにしても美味しそう」


「ドンモノ?それは美味しいの?」


「美味しいですよ。作り方考えておきますね」


 討伐が多かったということは、市場にもディアールのお肉があるのだろうか。

 宿に簡易調理場があるのでせっかくなら何か作りたいし、何を作ろうか悩むな。


 フレッドと宿に戻った後もあれこれ料理の話をしているうちに、旅の初日の夜はふけて行った。

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