第2章:初めての旅

第13話:いざ、隣町へ

「ううっ…気持ち悪い…っ」


 ガタガタと体に響く音を立てながら相乗りの帆馬車ほろばしゃは隣町を目指し、その中で僕は口元を押さえてうずくまっていた。


 車の中で本を読んでいても全く酔わないので乗り物には強い自信があったので、転移門を通るよりも帆馬車の方がいけると思いきや全然そんなことはなかった。

 物語で読んだ帆馬車は車内で陽気に話していたり、歌を歌うような余裕がある描写が多かったのでそのイメージで乗ることにしたら現実はそう甘くはない。


 この前フレッドと歩いた道はウェルネートの街中に比べればボコボコしているものの、ジャリ道ほど荒れている訳ではないのに帆馬車で通ると振動が凄く伝わってくる。


 慣れない揺れのせいで街を出てわずか数分で気持ち悪くなってしまい、今に至る。


「ケイ、大丈夫?きつかったら降りようか?」


「お…降りたいですけど…。隣町って、どのくらい離れてます…?」


「うーん…順調に歩いて半日くらいかな?休憩を多く挟むことを考えると、今から歩き始めると着くのは夕方くらいになりそう」


「遠いですね…」


「初めてだとそう思っちゃうよね。歩く距離もこの前の比じゃないし、少し横にならせてもらってあんまり良くならなかったら降りて休みながら行こうか」


 帆馬車なら歩かず安全に、すぐ移動できると思っていた自分がなんだか恥ずかしい。

 確かに楽ではあるものの揺れはきついし、速度も歩くのよりわずかに速い程度。相乗りとはいえそれなりの値段もしたので、あまり旅の中で気軽に使えるものではない気がする。


「お兄さん顔が真っ青じゃないか。ほら、この袋の匂いを嗅いでみな。少しスッキリして楽になるよ」


 そう言いながら、僕たちの目の前に座っているいかにもおとぎ話のおばあちゃんのような見た目の女性が優しい木の香りのする袋を差し出して来た。


「ありがとうお婆さん。これって魔法薬屋に売ってるサシェですか?」


「そうさ。うちの孫も帆馬車に弱くてね、この前お店に頼んで作ってもらったのよ。苦手じゃなければ良くなるまで使いなさいな」


「ありがとうございます。凄く良い香りなので、お借りさせていただきます」


 枕にしている荷物の隅にお婆さんから借りたサシェを置く。

 木の香りには詳しくないけれど、なんだか懐かしい木の香りな気がする。日本にあった木に近いのかな。

 

 しばらくして気分が落ち着いて来たので身体を起こすと、帆馬車の中には誰もいなかった。

 いつの間にか眠ってしまっていたようで休憩時間になっていることに気が付かず、馬車にいた面々は外に出て身体を伸ばしているようだった。


 心配してくれたフレッドとお婆さんにお礼を言いたくて僕も帆馬車を降りると、それに気がついたフレッドがすぐに歩み寄って来てくれた。

 

「ケイ、起きたんだね。気分はどう?」


「おかげさまでだいぶ落ち着きました。多分、もう大丈夫だとは思います」


「よかったよかった!今、ちょうど半分くらいのところだから、もう少し乗って様子を見て、厳しかったら歩いて行こうか」


「ありがとうございます。そうさせてください」


 そうこう話している間に休憩も終わりになったようで、サシェを貸してくれたお婆さんも帆馬車の中に戻って来た。


「おや、起きてたんだね。顔色も良くなったし、もう大丈夫かい?」


「はい。このサシェのおかげで良くなりました。貸していただきありがとうございます」


「さすがハルコちゃんだわ。これなら孫も帆馬車に乗っても大丈夫そうね」


 ハルコ…?

 今まで出会って来た人は皆、ヨーロッパとかそっち方面っぽい名前をしていて、日本人に近い名前は聞いたことがない。

 もしかして、僕以外にも転移してきた人がいるのだろうか。


「ハルコさん…?」


「ええ、ハルコちゃんは魔法薬屋の店主よ。隣町に行くならあなたも行ってみたらどうかしら?」


「はい。馬車酔いもありますし、行ってみます」


 ハルコという人物がどんな人であれ、元の世界に戻る方法や日本に繋がる何かが見つかるかもしれない。

 この世界での旅を楽しもうとは思ってはいるものの、前の世界に帰りたい気持ちが完全になくなったわけではないので、少しでも可能性があるのならそこに行き話を聞いてみたい。


 お婆さんとフレッドと魔法薬屋や隣町について話しているおかげか、最初帆馬車に乗った頃より酔わなくなってきた気がする。

 席を入り口近くと変わってもらったのもあり、少し気分が悪くなってきた時は帆馬車のうしろから通ってきた道を眺めたり、外の空気を吸って気分転換をしていた。

 こうして考えると、現代の移動手段って酔いにくいし丈夫だし…すごかったんだな。


 そんなことをぼーっと考えていると休憩地点に到着したようで、再び帆馬車が止まった。

 どうやらここが最後の休憩のようで、街までもう少しというところまで来たようだ。


「あの、フレッドさん。もしよければなんですけど、ここからは歩いてもいいですか?」


「俺は大丈夫だよ。ここからなら湖に行くのと同じくらいの時間しかかからないし、ケイが大丈夫ならそうしようか」


「ありがとうございます」


 酔わなくはなってきたものの、今度は長時間、硬い木の椅子に座っていたことで腰が痛くなってきていた。

 慣れれば大丈夫なのだろうけれど、初めてで半日座っているのはそれなりにきつく、ちょっと身体を動かしたくなってきたところだった。


 サシェを貸してくれたお婆さんと帆馬車の運転手にお礼を伝え、フレッドと共に休憩場所の水辺の近くに腰を下ろす。


 ちゃぷちゃぷと静かに流れる川のせせらぎと、サアサアと揺らめく草の音に耳を澄ます。

 小さな川がある以外は広々とした草原が広がっていて、開放感から両手を広げて走りたくなってくる。


 気持ちと体調が落ち着いてきたからか、伸びをするとその勢いで腹の虫も大きな音を立てる。

 そういえば、朝から水以外のものを口にしていなかったな。


「フレッドさん。実はタバサさんにお昼を作ってもらっているんです。良ければ少し食べませんか?」


「本当!?もちろん食べたい!ケイとダーヴィットの料理はもちろんだけど、タバサの料理も好きなんだよね。お店だと滅多に作らないから、久しぶりで嬉しいな」


 フェリチェでは基本ダーヴィットが作っているものの、人手が足りない時はタバサも料理を振る舞っていたらしい。

 見た目は少し荒っぽいところがあるけれど、食べる人のことを考えて作ってくれるタバサの料理は味が優しくて、お袋の味のように感じていた。


 フレッドから期待の目で見つめられる中、タバサが渡してくれた包みを開けると、ハムとチーズのサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。

 僕が硬いパンが苦手だからというのに気を遣ってくれていて、薄めに切られたパンが3枚で1組になるようになっている。

 これなら僕でも噛み切れそうだし、ボリューム満点だ。


 サンドイッチに感動していると腹の虫が僕のことを急かしてきたので、早速かぶりついてみた。

 時間が経ったことでよく馴染んだハムとチーズの塩気が口いっぱいに広がり、さらに後押しとしてタバサ特製ハーブソースの爽やかな香りが鼻から抜けていく。

 しかも、このハムとチーズは僕が異世界に来て初めての夜、振る舞ってくれた特別なものだ。

 あれから市場で何度も探してみたがなかなか流通しているものではないようで、旅のどこかでまた出会いたいと思っていたほど、この世界で初めてできたお気に入りの食材だった。


 そんな特別なものをたくさん使い、背中を押してくれて……。

 まだ隣町にすら着いていないのに、2人のことが恋しくなる。


 その恩に報いるためにも、良い旅にしないとな。

 あっという間になくなってしまったサンドイッチの包みを鞄にしまい、お腹も気持ちも満たされたところで僕たちは隣町を目指して歩き始めた。

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