第11話:湖のほとりで
あれからしばらく歩いていると、森の入り口に差し掛かった。
今までと違い少しボコボコとしていて、馬車がギリギリ1台通れるくらいの幅の道がずっと奥まで続いているようだ。
「この辺りは横から魔物が飛び出てくることもあるから、できるだけ俺の後ろで道の真ん中を歩いてね」
「わ…わかりました!」
ここまでの草原は見晴らしも良く、見かける魔物もスライムや子ウサギが跳ねているくらいだったので、恐怖よりも微笑ましさを感じていた。
森を駆け回る魔物ということは、人に襲いかかってきたり凶暴だったりするのだろう。
緊張する手で申し訳程度に持ってきた木の短剣を握りしめる。これは念のためにとマルクスが貸してくれたものだ。
「あはは!さすがにそこまで身構えなくても大丈夫だよ。この湖のあたりはそこまで凶暴なのは出ないからね!」
と、笑いながら話すフレッドの後ろをツノの生えた何かが勢いよく道の脇から飛び出して、反対側へと走り抜けていった。
「フレッドさん!?今なにか走って行きましたけど!?」
「ん?ああ、ツノウサギかな?あれは真っ直ぐにしか来ないから、大丈夫ダイジョーブ!」
「もしかして…あんな感じのが沢山いるってことですか…?」
「そうだよ。あのくらいの遅さならケイでも避けれるでしょ?」
「が…ガンバリマス…」
あれで遅いのか!?
イノシシくらいの大きさはあったし、急いで道を渡る猫くらいの早さがあったぞ!?
ガサガサと音が聞こえるおかげで多少飛び出てくるかの予想はできるが、静かに寄ってこられたら避けられる自信がない。
今更引き返すのも癪なので、ここは頑張るしかない…!
覚悟を決めろ!僕っ!
呑気に鼻歌を歌いながら歩くフレッドに続いて、奥の湖を目指して歩みを進める。
魔物が飛び出してくる音に耳を澄ませているが、木々のざわめきと土を踏み締める2人分の足音だけが聞こえてくる。
元の世界ほどではないがウェルネートの街中にいると色々な音で溢れているので、この静けさがなんとも心地よい。
戦えないので魔物に対する恐怖心はあるが、街の外に出てみるのも悪くはないのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、湖までの道は意外と短く、体感30分歩いたくらいで湖が見えてきた。
恐怖と緊張があったので長く感じている気もするけれど、1時間とか歩くような距離ではなくて本当によかった…。
やっとの想いでたどり着いた湖は対岸がギリギリ見えるくらい広く、そして青く透き通っていた。
少し歩けば湖に足を付けられそうな浅い部分がありそうだが、水の中にはなんだか禍々しい見た目の魚がうようよとしているので、とてもそんな勇気は湧いてこない。
「カラミ草はここの水辺に生えてるんだ。あ、あそこに生えてるのは酸っぱいスッパ草で、あれが甘味のある甘根で…」
フレッドがあちこちを指さして教えてくれるが、いまいち他の種との違いがわからない。
それにしても名前は結構安直だな。
「そのままでも食べられるから、はい、どうぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ少しだけ…」
差し出された草をひと口かじってみると、恐ろしく辛い…っ!!
見た目的にはハーブの一種みたいな感じなのに、味は濃縮させた唐辛子そのもの。
草だからそこまで強い味はしないだろうと甘く見ていたこともあり、かなりの衝撃で咳が止まらない。
「そ…そんなに辛かったかな?あ、もしかしてケイは辛いのが得意じゃなかった…?」
「ゲホッ…苦手なほどではないですけど、得意でもなくて…お、お水…っ!」
「はい!これ飲んで!」
フレッドに預けていた水筒の水を勢いよく飲み、なんとか口の中の辛味を和らげる。
むせるほど辛さはあるものの後味はとても爽やかで、辛味が引いた後は口の中がさっぱりとしていた。
元の世界ではもちろん、この世界で出会って来たどの食材にもない味。これはどう料理したら美味しくなるのだろうか。
色々と考えていてふと目線を横に向けると、水を飲んだ後にすぐ考え込み始めた僕をフレッドは心配そうに見つめていた。
「だ…大丈夫?もっと水いる?」
「あ、もう大丈夫です。辛さにはびっくりしましたけど、それよりも今まで食べたことがない味にもびっくりして…。今夜、何を作ろうかなと」
「それなら良かった!ダーヴィットさんはよく肉と炒め物とかにしてるかな?辛さとお肉の油でこってりするんだけど、最後はサッパリするから暑い日とか疲れた時は食べたくなるんだよね」
「なるほど…やっぱりお肉料理…。ありがとうございます!帰りながらちょっと考えてみます」
「どういたしまして!ケイがどんな料理にするのか楽しみだよ!」
それから湖のほとりをぐるっと歩いて回ると、色々な植物が生えていた。
さっき教えてもらった以外にも山菜のような感覚で、知る人ぞ知る草や実がたくさんあった。
冒険をしていると食料が途中で尽きてしまうことがよくあり、簡易鑑定魔法で毒がないかだけを確かめて食事に取り入れることが多いらしい。
基本的には植物や食べ慣れている魔物が中心とはいえ、猛者になるとスライムやラフレシアのような強烈な魔物を食べる人もいるのだとか。
そうなると料理ができるメンバーが必要になってくるし、ラザロが僕を求めてくれる気持ちがなんとなくわかる気がする。
旅をしながら料理の研究。
今までのレシピがどこまで通用するかはわからないけれど、この世界でそれに挑戦するのは面白いかもしれない。
「さて、そろそろ街に戻ろうか。お店の仕込みもあるだろうし」
「あっ…色々見ていたので結構時間経ちましたよね?開店までに戻るためにも走らないと…」
「それなら大丈夫!この湖には街に戻る転移門があるから、そこを使おう!」
「わかりました。転移門は使ったことがないので、案内お願いします」
ちょくちょく話に上がる転移門。
使う時に聞ければと思っていたのでいまいちどんなものかはわからないけれど、きっと街にすぐ帰れる魔道具的なものだろう。
少しずつ慣れてきたとはいえ、まだ魔法や魔道具を見るのにはワクワクする。
「そもそもなんですけど、転移門ってどういう仕組みなんですか?」
「旅してたのに転移門しらないの!?ケイは本当、珍しいというか面白いね…。転移門はその名前の通り、移動に使う門なんだ。自然発生する場合もあれば人の手で作られることもあって、その転移門に込められた魔力量によって移動距離が変わるんだ」
「へぇ…やっぱり力こそ全てって感じなんですね」
「まあね。特に多いのは少ない魔力で作れる片道門だし、ここにあるのもそれなんだ。できれば往復門がいいんだけどなかなかね…。往復門を作れる人はごく僅かだから」
「なんか、痒いところに手が届かないというか。まあ、片道でもあればこうして助かりますね。正直、帰りもあの道を通るのは怖かったです」
「あはは、ケイは正直だね!ま、旅人の中には馬車と転移門で世界中を回ってる人なんかもいるし、どこに繋がってるかを知っておくと便利だよ」
そっか。この世界では旅は絶対歩いて行かなきゃいけない訳じゃないのか。
冒険者と言われるような旅になると難しそう…と思っていたけれど、馬車や転移門を使うような旅なら僕でもできそうだ。
お店に帰ったらマルクスに転移門についてしっかり聞いてみようかな。
自分の中で今後どうしたいのか、なんとなく気持ちが固まってきたところで転移門の前にたどり着く。
初めて目にした転移門はツタがまとわりつき、禍々しくも感じるような見た目をしていた。
「さ、ここを通ればウェルネートの近くに出るから行こう」
「は…はい…」
恐るおそる一歩踏み出し転移門をくぐると、船酔いをしたような、頭がグルグルと回り宙に浮いたような感覚に見舞われた。
気がつくと城壁の見える草原に出ていたものの、潜った時の感覚が抜けきれずに地面にへたり込む。
「おお…見事な転移酔いだね。少し休んでから街に向かおうか」
「そ…そうさせてください…うっ…」
楽しそうに取ってきた野草を整理するフレッドの隣で、僕は瞼を閉じて浅い眠りに少しだけついた。
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