第10話:いざ、街の外へ

 フレッドの案内で西門に着くと、門番が一人ひとり身分証の確認をしていた。

 財布に入れていたおかげで運転免許は持ってきていたけれど…さすがに駄目だよな。


「あの…フレッドさん。僕、身分証持ってないんですけど…」


「あれ?そうなんだ。旅してここに来たって聞いたから、てっきり冒険者登録してるのかと思ってたよ。でも大丈夫!俺がいれば1人くらいなんとかなるからさ!」


「え?そうなんですか?」


「これでもそれなりに顔が通ってるんでね!任せてよ」


 フレッドが謎に自信満々なのが気になるが、今は任せる他ない。

 いざという時はどうするかと考えているうちに、あっという間に僕たちの順番が回ってきてしまった。


「次の方は…なんだフレッドか。今日も討伐依頼か?」


「いや、今日は採集に行こうかなって。君もフェリチェに来てたし、料理革命を起こしたメニューは食べたことあるだろう?今日はその新しい料理のための採集手伝いなのさ!」


「もちろんあるが…まさか!そこの彼が…!」


「そう!彼がフェリチェの革命児、ケイさ!身分証を持ってないから、責任者を俺にして仮通行書をお願い」


「わかった。フレッドが責任者なら3日間は使用可能のやつになるな。ここに名前を書いてくれ」


 トントン拍子で話が進み、どうやら仮通行書なるものをもらえそうだけれど…フェリチェの革命児?

 知らぬ間に僕はこの街でそんな呼ばれ方をするようになっていたのか。


 なんだか小っ恥ずかしい気持ちでフレッドたちを見ていると、手続きは終わったようで門番の男から仮通行書を手渡された。


「ケイ、今夜フェリチェに行くから俺にも料理を食わせてくれよ。それじゃあ、気をつけて。絶対に帰ってこいよ」


「ありがとうございます。いってきます」


 門番に見送られながら門を出ると、踏み固められた道が草原の遥か彼方まで続いている。

 そのさらに遠くには高い山々が並び、今まで絵や写真でしか見たことがなかったような広大な自然に息を呑む。


 なんて綺麗な場所なんだろう。


「西門の外はいつ来てもすごいよね。湖までは少し歩くから、景色を楽しみながらのんびり行こう」


「はい。案内と護衛、よろしくお願いします」


「お任せあれ!」


 フレッドが一歩先を歩きながら、草原の道を歩く。

 そういえば、元の世界では働き詰めだったし、転移してきてからはお店のことと、この世界のことを覚えるので必死だったし…。のんびりと自然の中を歩くのはいつぶりだろうか?


 心地の良い風がほのかな草の香りを乗せて僕の横を通り過ぎてゆく。

 都会に生きているが、自然豊かな場所ならではのこの感覚がとても好きだ。


 街を少し進んだ頃、3本に分かれる道のそばに看板が立てられていた。

 そこにはざっくりとした地図が描かれていて、ウェルネートから少し離れたところに×印が付けられている。一本は近隣の村へ、もう一本は深い森へ、そして残りの一本は広い湖の方に伸びていた。


「ここからは少し道も悪くなってくるから、少し休憩してから行こうか。どう?疲れてない?」


「意外と大丈夫です。休憩するのでしたら、お昼を作ってきてあるのでよかったら…」


「本当!?ケイの料理を外で食べられるなんて…っ!ここら辺は魔物がほとんど出ないから、適当に座って食べよう!」


 午前の2回目の鐘を聞いたくらいにお店を出て、体感1時間くらい歩いたから今は少し早めのお昼くらいの時間だろう。

 疲れはしてないもののお腹は空いてきていたので、ちょうどいいタイミングだった。


 鞄の中から手作りの木箱を取り出す。

 この世界にお弁当箱なんて便利なものはなく、布で包むのには抵抗があったので、仕事の空き時間に小学生ぶりの工作をして作り上げたものだ。

 図工の成績は良くもなく悪くもなくだったわりに、釘を使っていないにも関わらず持ち運んでも崩れてないし、我ながらいい出来の箱だと思っている。


「色々気になるところはあるけど…早く開けて!」


「急かさなくても中身は逃げませんよ。今日持ってきたのはこちらです」


 興味津々に見守られながらお弁当箱の蓋を開ける。

 中にはトルティーヤ風の皮で包んだラップサンドがぎっしりと詰まっている。

 お世話になる冒険者の方にと多めに作ってきてあるので、僕とフレッドの2人だと少し多いだろうか。


「これは…初めて見る料理だ。なんて名前なんだい?」


「えっと…なんだろう…。ラップサンドですかね?」


「ラップサンド…変わった名前だね。まあ、なんでもいいや!いただきます!」


 フレッドが頬張り始める様子を見て、僕もラップサンドに齧り付く。

 千切りにしたキャベッジは時間が経ってもまだシャキシャキとした食感を保てており、そこにハーブで焼いた香ばしい足長鳥の肉と、フェリチェで使っているマスタード風のソースが絡み合っている。

 お弁当として持ち運ぶ間に味が良い具合に馴染んだのも嬉しい誤算だ。


 そして、なによりこの広い草原と青空の下という場所。このお弁当にして大正解だ!


 次はあれも挟もうかな…とメモをしていて、ふとフレッドが静かすぎることに気がつく。

 普段、お店に来た時はマシンガンのように感想を述べてくる彼が一言も発さないのはなんだか気味が悪い。


 この世界に馴染みがない味付けにはしてないはずだけれど、口に合わなかったのだろうか…?

 恐るおそる彼の方を向いてみると、食べかけのラップサンドを握りしめたまま遠くを見つめ、その瞳からは滝のように涙が溢れていた。


「えっ!?もしかしてフレッドさんの苦手なもの入ってました!?それともアレルギーのものとか…」


「…はっ!ごめん!長いこと冒険をしてきたけど、道中でこんなに美味しいものを食べたことがなくて、感動していたらつい……。」


「そ…それならよかったです?」


 フレッドが意識を取り戻してからはいつもの勢いも戻ってきたようで、僕がお腹いっぱいになる頃には箱の中身は空っぽになっていた。


「いやー…本当に美味しかった!ケイ、本当にありがとう!普段は硬いパンと干し肉とか干し果実くらいだからね。実は今日もそのつもりで持ってきてたんだ」


「お口に合っていたならよかったです。青空の下での食事って、いいですね」


「確かに。ケイの料理を青空の下で食べられるのはとても贅沢だ。それよりこのラップサンド!パンではないこの皮が具材の味を邪魔せずに包み込んでくれている。薄くてもしっかりとした食べ応えもあって素晴らしい!俺はもうこのラップサンドの虜になってしまったよ…」


 ありがとうございます、と伝えてもフレッドはまだ感想を述べ続けている。

 フェリチェのみんなの分も作ってきてあるから、向こうも今ごろ食べてくれているだろうか。


 そんなことを考えながら荷物をまとめ、僕とフレッドはカラミ草が生えている湖を目指して、再び歩みを進めた。

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