第9話:決まらない答え

「僕が…旅にですか?」


 予想もしていなかった突然の誘い。声をかけてもらえることはありがたいとは思うものの、野外泊すらしたことないので旅人になんていきなりなれる気がしない。


「もちろん、無理にとは言わない。最近、料理ができるメンバーが抜けてしまってね。仲間を探しているところだったんだが、なかなか見つからなくて苦戦してるところなんだ」


「そうなんですね」


「見つけた植物で食べられるものはすぐ食べたいと思っているから、できれば新しい食材をしっかり料理できる人をと思っていたところ、君は完璧だった」


「あ…ありがとうございます」


 その後も褒め倒されてはいたものの、どうするべきかという悩みの方が大きくて、いまいち耳に入ってこない。

 せっかくならこの世界の食べ物をもっと知りたいという気持ちはあるが、旅となるとなんだかハードルが一気に上がる気がする。


「ふむ…それではこうしよう。我々はあと3日、この街に滞在する予定だ。3日後、2度目の鐘の刻に街を出るつもりだから、そこで答えを聞かせてほしい」


「時間をいただきありがとうございます。しっかり考えさせてもらいます」


 ラザロともう一度、固く握手を交わしてキッチンへと戻る。

 様子を見ていたマルクスも、それを聞いているであろうダーヴィットもイルマも。何もその事には触れずにただいつも通りに接してくれた。


 ここが、今後の異世界での生活方針が決まる分岐点だと思うと、どうしても即決はできない。

 与えられた猶予の3日間。きちんと考えさせてもらおう。


 お店を閉めた後の、いつもはマルクスに勉強に付き合ってもらっている時間。僕は紙とペンを目の前に広げて考え込んでいた。

 社会人になってから考えを整理する時はマインドマップを書くようにしていたので、「異世界でやりたい事」と紙の中央に書き、アイデアをひたすら書き出していく。


 料理、色々なものを食べる、他の店の視察、新しい食材に触れる、レシピを増やす……

 書けば書くほど、料理のやりたいことばかりが出てきて、見ながらふっと笑ってしまう。

 仕事を辞めてまで料理に関わることに集中したんだ。そりゃ世界が変わってもそこは変えられないか。


 そこから特にやりたい事に印を付けると、ラザロから話を聞いた直後なのもあって「旅」や「知らない食べ物」ばかり浮かび上がってくる。


 興味があるのは間違いないけれど…なぁ。


「お?こんな遅くまで悩んでんのか?ちゃんと寝ないと体に悪いぞ」


「ダーヴィットさん…すみません。そろそろ寝ます」


「おう、そうしろ。おやすみ」


 ポンっと僕の肩を軽く叩いて、ダーヴィットは寝室へと向かう。

 窓の外の月を見るとかなり高い位置にあったので、1〜2時くらいだろうか。

 時間感覚はまだまだ掴めないな。なんて考えながら客間のベッドに潜り込み、目を瞑って遠い朝を待った。


 *


「おはよう。今日の買い出しはイルマとマルクスと行ってくるから、ケイはこの草を探してきてくれ」


「草…ですか?」


 翌朝、あまり深く眠れずうまく考えられない頭を抱えながら朝ごはんを食べていると、ダーヴィットはそう言いながら乾燥させた草を僕に突き出してきた。


「ダーヴィットさん、はしょりすぎです。これはカラミ草ってハーブ。乾燥させて粉末にして、お肉とかに振りかけるとピリっと辛みをつけることができるんだ」


「なるほど。それで、この草はどこにあるんですか?」


「ん?街の外に決まってるだろ。冒険者ギルドに行って、護衛を付けてもらいながら探してきてくれ」


 街の外。ダーヴィットは昨日のことを真剣に考えるために時間を作ってくれたのだろう。

 そもそも、まだ街を取り囲む壁の外に出たことがない。まずはそこを見に行かないと、旅ができるかどうかも何もわからないな。


「ありがとうございます。早速、行ってきます!」


「おう、行ってこい!店を開けるくらいの時間までならどれだけかかってもいいから、頼んだぞ!」


 トートバッグでは浮いてしまうからと思い、最近購入した革のショルダーバッグを手に店を後にする。

 料理を気に入ってくれた気前の良いお客さんからチップをいただくことがちらほらとあったので、身なり一式を整えて細かい物を買えるくらいのことができるようになり、すっかり異世界仕様の服装になっていた。


 買い出しやら何やらのおかげで街をだいぶ迷わず歩けるようになってきたので、真っ直ぐ冒険者ギルドを目指す。

 前を通ることは何度もあったが、中に入ったことはなかったので、なんだか緊張するな。


 呼吸を整えてから入ろうと冒険者ギルドの前で深呼吸をしていると、見知った顔の男性がこちらに気がついて声をかけてきた。


「ケイ!こんなところでどうしたんだい?」


「フレッドさん!実はダーヴィットさんからカラミ草を探してきてくれと言われまして、その護衛依頼に来たところなんです」


 トマティーナのスープを食べて以来、毎日フェリチェに来ては僕を呼び出して料理の説明をさせるこの男、フレッドは冒険者なので、中にいれば色々と教えてもらおうとしていたところだった。

 

「なるほどね。それならこのまま俺と行こう!」


「ありがとうございます。じゃあ中で依頼をするのでお願いします」


「依頼なんていいよ。かわりに今日の夜、カラミ草で1品作ってもらうっていうのでどう?」


「僕は良いですけど…。依頼ってそんなことしていいんですか?」


「いいの、いいの。これでも俺、ちゃんとやってるからある程度は許してもらえるんだ」


  食に関してはたまに変なところがあるけれど、冒険者としてはかなり優秀だと噂には聞いている。

 手続きもいまいちわかっていなかったので、このまま出てくれると言うのは正直ありがたいので、お言葉に甘えさせてもらおう。


「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」


「承知いたしました、なんてね。それじゃあ、カラミ草が生えてるのは西門を出た先にある湖のあたりだから西門に行こう!」

 

 城壁の外にはどんな世界が広がっているのだろうか。

 不安半分、楽しみ半分。ソワソワして落ち着かない足取りで、フレッドと共に西門を目指した。

 

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