第8話:ある誘い
フェリチェで暮らし始めてちょうど1週間。
街を1人で歩いても迷子にならなくなったり、借りていた『猫の冒険』を読み終えたり…。
やっと異世界の生活に慣れてきたような気がする。
今日もお店の手伝いを頑張りながらレシピメモを書こうかな、なんて思いながら店の裏にある井戸で顔を洗っていると、10代後半くらいっぽい女の子が小走りで近寄ってきた。
「お兄さん!タバサかダーヴィットは今ここにいる?表でいくら呼んでも誰も出てこなくて…」
「いますよ。ちょうど今は地下室にいるので、聞こえてなかったのかもしれません。呼んできますね」
「朝の食材確認の途中だったのね。それなら私が地下室に行くから大丈夫!」
そう言って彼女は慣れた足取りで店の中へ入ってきた。
口ぶりからしてお店の関係者だとは思うけれど、さすがに確証もないのに勝手に奥に入れるわけにはいかない。
どうしたものか…と考えながら地下室へ繋がる廊下に視線を向けると、戻ってきていたタバサがこちらに気がついた。
「おや、イルマじゃないか!もう体調はよくなったのかい?」
「本当ごめんなさい、昨日やっと良くなったの。だから今日からまたお店手伝わせて!」
「謝ることはないさ。まあ、元気だけが取り柄みたいなアンタに熱が出たって聞いた時はどうしちまったのかと思ったけど、すぐ良くなってよかったよ」
「えーヒドイ!私だってか弱ぁ〜い女の子だよ?熱出しちゃうこともあるって」
名前しか聞いたことがなかったイルマは、かなり活気にあふれた子だった。
休みになると聞いた時のタバサとダーヴィットの反応から、てっきり僕よりも年上で熟練の料理人なのかと思っていたので、若い女の子というのがなんだか意外だ。
「忙しい時期だけど、私がいなくてお店は大丈夫だった?まさかマルクスに任せてたりとか…?」
「いや、さすがにそれはないよ。そこにいるケイが手伝ってくれていてね。マルクスの100倍器用で料理が上手いんだ」
「け…ケイです。体調が良くなったみたいで良かったです。よろしくお願いします」
「私はイルマよ。よろしく!さっきから思っていたけれど…凄くちゃんとした人じゃない!貴族の隠し子とか?」
「さすがにそんなワケありすぎる奴はごめんだよ。遠くの国から旅して来て、行くあてないってんだから宿代がてら手伝ってもらってたんだ」
「ふうん…結局ちょっとはワケありじゃない。ま、面白そうだからなんでもいいけどね!」
その後、ダーヴィットとマルクスを交えながら、イルマを含めた5人でどうやってお店を回すかを話し合った。
話には参加しつつも、彼女がお店に戻るなら僕がお役御免になる日も近いのかな、なんてことが頭を過ぎる。
せっかく馴染めて来たのになんだか寂しいとは思いつつ、ずっとここにお世話になり続けることに対しての申し訳なさがある。
タバサとダーヴィットはいつまでいても良いと言ってくれてはいるが、さすがに今後どうするかを考えていかないとな……。
この1週間で特別なスキルが開花することもなく、相変わらずちょっと人より料理ができるだけ。
お客さんに借りて初心者向けの武器を持ってみたこともあるが、使いこなせるようになるにはまだまだ修行が足りないのですぐに冒険者になることはできない。
どうしたものかな…と頭を悩ませている間に日が暮れて、店を開ける時間になってしまった。
今は切り替えて仕事に集中と気合いを入れ直し、いつも通りキッチンで調理をしていたところ、布で包まれた何かを手に持ったマルクスが少し困った様子でやってきた。
「ダーヴィットさん。この木の実なんだかわかります?」
「なんだこりゃ?こんな赤い実、見たことないぜ?」
「ですよね…なんか旅人のお客さんが道中で見つけたらしいんですが、料理にできないかって無理やり渡されちゃったんですよ。一応、毒とかは無いみたいなんで食べられはするんですけど…」
「まあ、ちょっと食べて考えてみるか。少し時間をくれって伝えてきてくれ」
「わかりました。お願いします」
そう伝えた後、ダーヴィットは赤い実にナイフを入れる。サクッと軽やかな音を立てて切れた実の断面は薄い黄色をしていた。
「あ、りんご!りんごみたいですね!」
「りんご?ケイの国の食べ物か?」
「そうです。ひと口もらっても良いですか?」
「もちろん。食ってみようぜ」
ダーヴィットがサクっと心地よい音を立てながらひと口分に切ったものを口に運ぶと、シャリシャリとした食感とほんのり甘く酸っぱい味が口の中に広がった。
食べ慣れているりんごよりは酸っぱいが、酸味の強い品種はこんな感じだろう。唯一りんごと違うのは、見た目がアボカドっぽいところだ。
「ダーヴィットさん、これは僕に任せてください」
「お、おう?そこまで自信があるならやってみてくれ」
心配そうにしているダーヴィットからりんごっぽい実を受け取り、皮をむく。
ざっくり6等分くらいに切り分けてから鍋の底に並べ、そこに水と蜂蜜、レモンっぽい果物の汁とシナモンに近い風味の粉末を加える。
そのまま火にかけている間に付け合わせ用にパンを薄めに切っておく。
コトコトと煮込んでいる甘い香りに誘われて、お客さんに復帰の挨拶まわりをしに行っていたイルマが戻ってきた。
「なんだか美味しそうな匂いがする!何作っているの?」
「お客さんから頼まれごとがあったんですよ。そろそろ出来たので、味見しますか?」
「やったぁ!ケイっていい人ね!じゃあ早速、ひと口…ん〜!甘くて美味しい!」
「あ!抜けがけは良くないぞ!ケイ、俺にもくれ!」
そう言ってお皿を差し出すダーヴィットの分をよそいながら、僕もひと口味見をする。
元々が酸味の強い実だったのもありさっぱりとしつつ、ほんのりとした蜂蜜の甘さが口の中に広がっていく。
突貫で作ったものの、我ながら良い1品を作ることができたんじゃないか?
早速お客さんに出してもらうと、料理を運びに行ったマルクスがすぐに戻ってきた。
「ケイ、旅人の方が話を聞きたいってさ。来てくれるかい?」
「わかりました。行きます」
すっかりお客さんに呼び出されて表に出ることにも慣れてきたので、どんな人が食べてくれたのかな?なんて楽しみにマルクスの後をついて行くと、いかにも強そうな集団が目の前にいた。
「おお、君がこの料理を作ったのかい?食後にちょうど良くてとても美味しかった」
「ありがとうございます。そう言っていただけて何よりです」
「無理なお願いを聞いてくれてありがとう。私はラザロ。この冒険団の団長をしている」
「初めまして。ケイと申します」
お礼と共に差し出された手を握り、握手をしながらラザロからどんな旅をしてきたのかや、この実を見つけたきっかけの話を聞かせてもらった。
ラザロの冒険団は各地の植物を研究して回っているらしく、見つけたものをよく調理してもらっているのだとか。
「ところで、君は冒険に興味はあるかい?」
話に一区切りがついたところで、ラザロはそう質問を投げかけてきた。
「なくはないですけど…なんでですか?」
「もし、君が興味があれば、料理人として私たちの旅に同行してもらいたいと思っているんだ」
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