第12話:決意の朝に

 あっという間に3日が過ぎ、ラザロたちの旅立つ日がやってきた。

 湖に行った日から今後のことを真剣に考えて、僕も今日ここを旅立つことを決めたので、フェリチェの面々と別れの挨拶を交わす。


「タバサさん、ダーヴィットさん、マルクスさん。本当にお世話になりました」


「いいってことよ!俺もケイがいてくれてすげぇ助かったし、料理を教えてもらえて良かったよ」


「アタシもだよ。短い間だったけど、すっかりうちの店の一員だったからさ…寂しくなるね」


「本当にそうだね。ケイがいなくなる分、僕が早く料理の手伝いができるようにならなくちゃ」


「いや、それは無理しなくていいぞ」

 

 笑い声が人のいない街に響き渡ると、断られて少しむくれていたマルクスも次第に笑顔になっていた。

 本当、良い人たちに恵まれたからこそ、この決断をすることができたと思う。


「それじゃあ、そろそろ行きますね。イルマさんとお客さんにはよろしく伝えておいてください」


「おうよ!いきなりでびっくりするだろうけど、なんとかするからこっちのことは気にすんな」


「ありがとうございます…っ!あの、旅先で手紙書きますね…っ」


 お礼を伝えようとしたところ目の前が滲んで視界が悪くなる。

 涙もろい方じゃないはずなのに、この世界に来てからはだいぶ涙腺が脆くなってしまったようだ。


「ああもう!泣くんじゃないよ!ほら、胸張って行きな。今生の別れってわけじゃないんだ」


 タバサから差し出されたタオルで涙を拭っていると、ダーヴィットから背中を強く叩かれた。


「ほら、行ってこい!辛くなったらここにいつでも帰ってきていいからよ」


「はい…っ!いってきます!」


 ダーヴィットの喝のおかげか、少し気持ちが晴れたので、約束の場所へと歩みを進め始める。

 数歩進んだところでやっぱり少し寂しさが込み上げて来たので振り返ると、皆笑顔で僕に手を振ってくれていた。


「いってらっしゃい!いい旅を!」


「いい土産話を待ってるよ!」


「美味い酒とつまみも忘れんなよ!」


 変わらず僕の背中を押してくれるフェリチェの一同に、最初に出会うことができて本当に良かった。


 気を引き締め直して前を向き、ラザロが待つ場所に着く頃にはすっかり涙も引いていた。

 若く見えがちとはいえ、30歳手前のいい大人が泣きっ面で行くのはさすがに気が引けるので、涙が引かなかったら少し迂回しようか…なんてことを考えていたので、引いて良かった。


 約束していた場所、街の門の手前にある広場に到着すると、そこにはラザロだけがいた。

 どうやら僕に気を使って、仲間たちの合流より少し早めの時間を指定してくれたようだ。

 

「おお、ケイ。来てくれたんだな」


「おはようございます。待たせてしまったお返事を決めたので、お伝えしたくて」


「うむ、先日会った時よりいい顔をしているな。早速だが、返事を聞かせてもらえるか?」


「はい。わかりました」


 ラザロからの熱い視線を感じながら、僕は深呼吸をする。

 今までに感じたことのないような、人前に立つのとはまた別の緊張感を抱きながら、ラザロが待ち構える答えを口にした。


「結論から言いますと、僕はご一緒できません」


「ほう…。旅の荷物を持っているということはてっきり同行してくれるものかと思ったのだが…。理由を聞かせてもらってもいいか?」


「僕も旅には出ようと思っています。ただ、旅の目的がラザロさんたちとは合わなさそうなんです」


 緊張で震える僕の話を、ラザロは無言で頷きながら聞いてくれた。


「正直、ラザロさんに同行させていただいた方ができることも、学べることも、行ける場所も多いと思ってます。でも、僕はもっと料理や食べ物を研究して回って、料理の本を作りたいんです」


「…そうか」


「そのためには一つの街に長期滞在することもあると思いますし、多分ラザロさんたちの旅の妨げになってしまうとも思うんです。それなので、僕は自分の力で世界を回ってみることにしました」


 覚悟を決めてラザロの顔を改めて見上げると、優しい笑みを浮かべていた。


「真剣に考えてくれてありがとう。確かにそれなら自分のペースで世界を回った方が良さそうだな」


「はい。せっかくお誘いいただいたのに、本当にすみません」


「いや、謝らないでくれ。同行してもらえないのは残念だが、君が世界を見て回って、どんな料理を作るのかは私も楽しみだ。良ければでいいんだが、旅先で会うことがあったらまた何かを作ってもらえるか?」


「それはもちろん!僕もまたラザロさんの旅のお話を聞かせていただきたいです」


「うむ。それでは、私はそろそろ行かせてもらうよ。実は仲間に門の外で待ってもらっていてね。ケイ、またどこかで会おう」


「はい。また会いましょう。ラザロさん」


 別れの言葉を交わし、ラザロは振り返ることなく片手を振りながら門を目指して歩き始めた。

 僕も彼のような立派な冒険者になれるのだろうか。


 門で出立の手続きをするラザロの姿をぼーっと見つめていると、本日2度目の鐘の音が耳に響いてくる。

 その音を聞いて我に帰ったところで、とある建物を目指して歩みを進める。


 ダーヴィットに旅をしたいことを相談した時、街の往来に何かと便利だからと冒険者登録を勧められていた。

 冒険者登録をしてあれば、それなりに使える身分証をもらうことができるし、旅先でお金に困ったら依頼を受けて稼ぐこともできる。

 登録には試験を受けるか、上位ランク以上の冒険者からの推薦状が必要になるのだが、意外なことにマルクスがその資格を持っていたので推薦状を書いてくれた。

 人に恵まれたと言うかなんと言うか。マルクスは一体何者だったんだろう。


 そんなことを考えているうちにトントン拍子で冒険者登録が済み、身分証となる冒険者カードを受け取った。

 職種はなんと書くべきか迷ったのだが、ここで変に嘘をついても良くないなと思い「料理人」とした。


 これでいよいよ旅が始まるんだ。


 冒険者カードを眺めながら冒険者ギルドを出ると、1人の男から声をかけられた。


「そこのお兄さん。旅の護衛は必要ないかい?」


「いてくれると嬉しいですけど、雇うお金はないので…」


 そう答えてから声の主の方を向くと、見知った顔の男がそこにいた。


「お金はいらないよ。毎食の食事の準備を任せる、その条件でどうかな?」


「それならありがたいですけど…。でも、フレッドさんってこの街の冒険者ですよね?」


「違うよ?確かにウェルネートを拠点にしてるけど、元々いろんな街を旅して回ってるんだ」


 まるで僕がここに来ることをわかっていたかのように、ギルドの外にあるベンチに座っていたフレッドは立ち上がり、話を続けた。


「この前一緒に湖に行った時、なんとなーくケイは1人で旅に出ようとしそうだなって思ったんだよね。でもさ、やっぱり慣れない旅にいきなり1人って大変だよ」


 ごもっともな意見を突きつけられて、思わず苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。


「それに、俺はケイが旅をしながらどんな料理を作るのか凄く気になるし、応援したいんだ。だから案内役兼護衛ってことで、俺と旅しない?」


「…僕のペースで街を回るので、フレッドさんに合わせられないですよ?」


「もちろん。護衛だもん、ケイのペースに着いていくよ」


「僕、本当に旅したことないので迷惑かけまくりますよ?」


「大丈夫!俺、これでも護衛任務でいろんな人と旅して来たから!」


 なんとか引いてもらえないかと色々なことを言ってみたものの、全てを肯定的に返されてしまう。

 それだけ、フレッドは本気で僕と旅をしようと思ってくれているらしい。


「わかりました。それなら、お願いします。本当に迷惑をたくさんかけると思いますが、よろしくお願いします」


「やったー!これでケイの料理を食べ放題だ!こちらこそよろしく」


 フレッドから差し出された手を握り返し、握手を交わす。

 この相棒のおかげで、この旅が波瀾万丈になることをこの時はあまり思ってもいなかった。


「それじゃあ、早速…どこいくの?」


「まずは隣町に行ってみようと思ってます。転移門は酔うので、今回は馬車に挑戦してみようかと」


「なるほどねー…いいと思うよ!馬車乗り場はあっちの方だから行こうか。今ならまだ朝便がいくつか残ってるはず」


「ちょっと間がありましたけど、何か気になることがあったんですか?」


「いや?大丈夫!さ、行こう行こう!」


 意味あり気な間が気になりつつも、上機嫌なフレッドはさっさと馬車乗り場の方に歩き始めた。


 ここからが僕の異世界生活本番だ。

 不安もあるけれど、それ以上に楽しみでもある。


 入るだけ荷物を詰め込んだ鞄の紐を握りしめ、僕はフレッドの後を追いかけた。

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