第6話:ふと見つかる共通点
昼ごはんを食べ終えて一息つきながら、ふとこれまでのことを思い返す。
食べていた肉が魔物のものだと聞いた直後は複雑な気持ちになっていたが、食べ終わってしまうと美味しかったという感想が優り、さほど気にならなくなっていた。
今朝、気持ちが落ち着いていたことも含め、この世界にすぐ馴染み始めた自分の順応力が少しだけ怖く感じてくる。
結局、特別な力は何も使えるようになっていないし、言葉は通じても文字はさっぱり理解できないまま。
転移してきたことによって身体には何の変化もないので、おそらく僕自身がすぐに慣れたということなのだけれど…。
学生時代、新しいクラスに変わった時は1ヶ月経ってやっと馴染めるくらいだったのに、なんだか不思議だな。
そんなことを悶々と考えている間に、ダーヴィットが食器を綺麗に片付けてくれていた。
「よし。準備もできたことだし、次は商店街だな」
「お願いします。ここからは遠いんですか?」
「いや?ちょっと歩きはするが、そこまで遠くないぞ」
この世界基準のちょっとがわからないので本当なのかと疑いつつ、抜け道を通った方が早いとのことで生活感のある細い道を歩いていく。
似たような建物の横を右へ左へ…。慣れていればちょっとなのだろうけれど、入り組んでややこしい道を通っているので全然辿り着けないような気がした。
そして、歩き始めて体感30分。ようやく商店街に辿り着いた。
ウェルネートの商店街は活気と物に溢れている市場の雰囲気とは異なり、ほどよく静かで街並みも整っている。
平民だけではなく貴族も利用する場所のようで、馬車も多く行き交っているため道の端を歩かないと轢かれてしまいそうだ。
色々なお店があるのであたりを見渡しながら歩いていると、気になる看板が目に入ってきた。
本の絵の下に何かの文字が書いてある。なんと書かれているかまではわからないが、本にまつわるお店ではあるのだろう。
「ダーヴィットさん、あれはなんのお店ですか?」
「あれは貸本屋だ。本を借りることができるんだが…借りても読めるやつはあんまりいないから、使うのはほぼ貴族連中だな」
「貸本屋…!?少しだけ覗いてみてもいいですか?」
「お前さん文字読めたっけ?ま、せっかくだし覗いて行くか」
ダーヴィットに続いて貸本屋の中に入ると、店内は本棚で埋め尽くされていた。
薄暗く埃臭い感じが学生時代によくいた図書室の一角のようで、なんとなく居心地が良い。
少し読む程度であれば本に触れてもいいとのことなので目の前にある本を手に取ってみる。
何が書いてあるかまではさっぱりわからないが、挿絵を見る限り学術書のようだ。他の本もパラパラとめくってみると、物語もあれば歴史書のようなものもある。
ただ、ダーヴィットが言うように文字が読めないことには内容が理解できないような本ばかりなので、借りてすぐにきちんと読めそうなものはなかった。
読み書きの練習になりそうな本があればと思っていたものの、そのレベルの本は置いてなさそうだ。
少し残念に思いながらも挿絵から何か知れればと本を読んでいると、奥から店主の少し年老いた男が出てきた。
「おや?ダーヴィットが本を見にくるなんて珍しいね。何か変な物でも拾って食べたのかい?」
「失礼だな!ちげぇよ!ツレが本に興味があるってんで来ただけで、俺ぁ本なんか微塵も興味ないね!」
後から聞いたところ、この店主の男はフェリチェの常連客でもう何年来の付き合いなのだとか。
本とは無縁の生活をするダーヴィットとはフェリチェでしか会うことはなく、この貸本屋で会うのは片手で数えるほどしかないそうだ。
世間話を続ける2人を気にせず読んでいると、その様子を見た店主の男が僕に興味が湧いたようで、本と顔のわずかな隙間から僕の顔を覗き込んできた。
「お兄さん初めまして。本に興味がおありかな?」
「うわぁっ!は、はい。文字はまだ読めないんですけど、どんな本があるのかなぁと」
「ふぅん…面白いねぇ。そんなお兄さんにはこの本がおすすめ。このダーヴィットでもわかるような本だ。きっとすぐに読めるようになるよ」
店主の男はニヤニヤとダーヴィットに視線を送りながら1冊の本を僕に手渡した。
内容はよくわからないが視線を送られたダーヴィットが苦い顔で頷いているので、きっとこの世界の文字の基本的な本とかなのだろう。
「ありがとうございます!あの、いくらでしょうか?」
「お代は結構。その代わり、それを読めるようになったら次はちゃんと借りに来ておくれ」
「え?いいんですか?」
「ダーヴィットと違ってちゃんと読めるようになりそうだしね。もし、よくわからなかったらフェリチェに飲みに行った時、私に聞いてくれても構わないよ」
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
借りた本を空のまま肩から下げていたトートバッグに入れ店を出る。
読めないのなら早めに文字の勉強をしたいと思っていたところだったので、読みたかった本を手に入れた時のような高揚感が抑えきれず、本の内容が気になって仕方がない。
「お借りしたこれ、何の本なんですか?」
少しだけでも内容を教えてもらえないかとダーヴィットにそう質問をすると、先ほど同様に苦い顔をしていた。
「あー…まあ、簡単な物語だ。夜にマルクスにでも教えてもらえばいいさ」
「ダーヴィットさんも読んだことあるんですよね?」
「俺は覚えてないからいいんだよ!それじゃ、今度こそ古着と雑貨を見に行くか」
「は、はい?よろしくお願いします」
何か嫌な思い出のある本なのだろうか?
まあ、この本を読んで内容がわかれば、何がそんなに嫌なのかもわかってくるのかな。
そんなこともありつつ商店街のお店をまわって楽しんでいると、昼に聞いた鐘の音が聞こえてきた。
「しまった!もうこんな時間だ!急いで店に帰るぞ!」
「僕があちこち寄ったばかりに…すみません」
「気にすんな!その代わり、仕込みは急いでやってもらうぜ!」
「それは任せてください!」
いつの間にか商店街のだいぶ端の方に来てしまっていたので、戻るのにはそれなりの時間がかかってしまいそうだ。
色々用意するものがあったとはいえ、肝心のお店の開店時間に間に合わなくなってしまうのでは申し訳がなさすぎる。
途中で市場に立ち寄り取り置いてもらっていた品物を受け取ると、2人でギリギリ持ち切れるくらいの大量の荷物になった。
初めての市場が面白かったとはいえ、さすがに無計画すぎたなと後悔しつつ、重い荷物を担ぎながら早歩きで店に帰るとタバサが店先の掃除をしていた。
「やっと帰ってきたのかい。今日も店があること忘れてたんじゃないだろうね?」
「いやぁーわかっちゃいたんだがよ。見るもの全部に反応するケイが面白くて面白くて。ちゃんとメニューも考えてきてあっから、間に合わせるさ」
「ううっ…なんだかすみません」
「ケイは悪くないよ。このアホがちゃんと時間を気にしてないのが悪いんだ。一休みしたらさっさと店の準備をしておくれ」
どうやら帰りが遅くなることは予想していたようで、客席まわりの準備はすでに終わっていてこの後は全員で仕込みをするのだとか。
今日からしっかり役立とうと思っていた矢先にタバサの段取の良さに救われて、頭が上がらない。
申し訳なさに押しつぶされそうになりながら店に入ろうとした時、歩いて来た道の方から眩しい光が飛んできた。
あまりの光の強さに思わずそちらを向くと、傾きかけた陽の光で空が少しずつ夕焼け色のグラデーションに変わりつつあった。
これまで違うものに困惑することばかりだったが、夕焼けの色や綺麗さは変わらない。
似ているようで似ていない。同じようで全く違う。そんな世界にいるからこそ、小さな共通点を見つけると何だか嬉しくなってくる。
書いたことないけれど、今なら良い詩を書けるのでは。なんてくだらないことを考えながら、今日もエプロンの紐をきつく結んだ。
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