第4話:帰れぬ夜
「そういやお前さん、宿はどこなんだ?」
お店を閉めて片付けをしている最中に、ダーヴィットからそう聞かれて回答に迷う。
何の変哲もない質問ではあるし、普通であればすぐに答えられるようなことだが、宿どころか一文無しの僕にとっては一番聞かれて困る質問だ。
「えっと…実は取り損ねたと言いますか、何というか…」
どこまでを話すべきか悩み濁した返事をすると、ダーヴィットは片付けようとしていたお皿を落としそうになるほど驚いていた。
「なんだって!?俺が手伝いを頼んじまったばっかりに…。そいつはすまねえ。今日は俺の家に泊まって行ってくれ!」
「あ…ありがとうございます。正直、閉店が近づくにつれて今晩どうするかで悩んでいたので助かります…!」
「困ったときはお互い様ってな。ケイが泊まってくんなら晩酌に付き合ってもらおうか!実はここに隠してあるいいツマミが…」
「ほぉ…。アタシにツマミを隠すとはやるようになったねぇ?ダーヴィット」
食材の保管棚を漁っているダーヴィットとおそるおそる声の方を向くと、ニヤリと笑みを浮かべたタバサが仁王立ちでキッチンの入り口を塞いでいた。
「も…もちろんタバサの分もあるぜ…!こっそり食べようとなんてしてねぇよ!」
「そうだよなぁ?アタシは先にケイの部屋を整えに戻ってるから、楽しみにしてるよ」
ひらひらと手を振りながらタバサはキッチンを後にする。僕が泊めてもらうことを知っていたので、相当前からそこにいたのだろう。
この店にいる限り、タバサにだけは逆らわないようにしないとな。
少し肩を落としているダーヴィットに続いて店の上にある住居スペースに行くと、そこにはマルクスもいた。
屋根裏部屋を借りて住み込みで弟子入りをさせてもらっているらしく、軽い食事とお酒の準備を終えたところのようだ。
「片付けお疲れさま。ケイのおかげで今日は大盛況だったね。あんなにスープを運んだのはこの店に来て初めてだよ」
「ありがとうございます。無くなるか心配していたスープが足りなくなるなんて思ってもいませんでした…」
ケイは次いついるのか?と聞いてくれるお客さんも多かったらしく、自分の料理の腕が認められて少しだけ転移してきたショックが和らいだ気がする。
「はいよお待たせ。大したモンじゃなくてケイには悪いけど、ご飯にしよう」
そう言いながらタバサはお店で余った食材を煮たスープをテーブルの真ん中にドンと置いた。
野菜とハーブがバランスよく混ざった香りは、仕事終わりの空腹感をさらに煽ってくる。洋風のスープといえばコンソメ一択みたいなところがあったので、どんな味がするのかも気になるところだ。
「みんな揃ったから食べるか。俺ぁ疲れて腹ペコだ」
「今日はアンタも忙しかったろうよ。なにせここ数日の中で飛び抜けて良い売上だ!」
上機嫌に食事を始める面々に続いて僕もパンに手を伸ばす。
食べ慣れている柔らかいパンとは異なり、ずっしりと硬めになっていて、ひと口含んだだけで飲み込むまでにかなりの時間が必要だった。
味は美味しいのだけれど、顎にくるなぁ…と思っていると、目の前でマルクスはパンをちぎってスープに入れていた。
「ひょっとしてケイもあんまり硬いものは得意じゃない?こうやって浸すと食べやすくなるからやってみなよ」
「実はあまり。僕もそうさせてもらおうかな」
マルクスを真似てパンをちぎりスープに浸し、少し経ってから口へ運ぶと、程よい硬さに食べやすくなっただけでなく、スープの風味をより噛み締めることができた。
シンプルな具材だからこそ野菜の甘みとハーブ独特の香りが鼻に抜けていくのを感じる。具材を理解していれば調味料に頼りすぎなくてもいいのか…なんて考えているうちに目の前のお皿は空っぽになっていた。
「よし、じゃあここからが本番だな!」
そう言いながらダーヴィットは持ってきたお酒と包みをドンとテーブルの上に置いた。
「これは俺のとっておき、王都で話題になってるチーズとハムだ。こいつを重ねてちょいと炙ると絶品でね…ほら、やってみろよ」
話しながらダーヴィットに薄く切られたチーズとハムを串に刺し、お店よりは狭いキッチンで炙らせてもらうと、良い感じに溶けたチーズと香ばしく焼けてきたハムの香りが満腹のはずなのに食欲を掻き立てる。
元いた世界の方が食文化としては進んでいるはずなのに、ここまで惹かれるのは久しぶりだ。
進められるまま炙りたてを口に頬張ると、チーズとハムが口の中で絶妙に絡み合い、カップに注がれた葡萄酒に手が伸びる。
場所は違えどこの組み合わせが最強なのは変わらないんだと、謎の共通点を見つけてなんだかほっとする。
「あはは、良い反応だ!美味いだろ?」
「はい!本当に美味しいです!今日1日の疲れも吹っ飛ぶ感じがしますね!」
美味しいつまみを食べながら今日のお店の話をひとしきりしたところで、タバサからいつか聞かれるだろう質問が飛んできた。
「そろそろケイのことを聞いてもいいかい?別に何かをしようってわけじゃないけど、どうしても気になっちまうんだ」
「はい…僕も3人にはきちんと話そうと思ってました。まず、この街ってどこですか?」
「なんだい知らずに来たのかい?よく門を通れたね。ここはウェルネート。ヴェルダリア王国の王都に近い街だよ」
「やっぱりそうですよね…。これから話すことは嘘みたいなことなんですが、僕はウェルネートもヴェルダリア王国も、存在していない世界から来ました」
さすがに予想もできない答えをしたので、3人は困ったようにお互いの顔を見比べあっている。
当たり前だ。僕自身も話しながらよくわからない。
「転移門で…って話でもないんだよね?ダンジョンの中に住んでたからとか…」
マルクスが頭を捻って出してくれた質問に静かに首を振る。転移門やダンジョンなんてものは僕の世界では物語の中にしか存在していない。
「元の世界で仕事をしていたら気がついたらこの街にいて、途方に暮れていたところでダーヴィットさんに会いました。だから行く当てもできることもなくて…。ここに来させてもらえて助かりました」
「そうか…。なんか変なやつだなと思ってたが、そういうことだったのか」
「あの、僕みたいに異世界から人が来ることってあるんですか?」
「うーん…。もしかしたらあるのかもしれねぇが、聞いたことはねぇな」
転移してきた側としても、こんな話は人にすることはあまりないだろう。
そして、ダーヴィットたちが知らないという事はホイホイ転移をしてくるような世界でも無さそうだ。
「まあ、すぐにはわからないことが多いだろうからさ。当分はここにいればいい。宿代はお店を手伝ってもらうって事でどうだい?」
「いいんですか?そうさせてもらえると助かります」
「もちろんさ。アンタがいてくれればお客さんも喜んでくれるし、焦らずゆっくり考えるといい」
「ありがとうございます…っ」
タバサがそう言ってくれて、やっと安心できたせいか涙が止まらない。この1日、色々なことをこなしつつも心のどこかには常に不安な気持ちがあり続けていた。
「とりあえず今日は休みな。よく寝れば少し気持ちも落ち着くだろうよ」
「お言葉に甘えさせてもらってそうします。何から何まで、本当にありがとうございます」
「いいってことよ。おやすみ、ケイ」
「はい、おやすみなさい」
マルクスに客間に案内してもらい、ベッドに腰を下ろす。
今日1日は新しい料理の発見もあって楽しかったけれど、まだ帰りたい気持ちは完全に拭いきれていない。
明日の朝に目が覚めたらいつものベッドに戻っていて、なんでもなかったなんてことにはならないだろうか。
そんなことを考えているうちに疲れた身体は正直で、深い眠りの中に落ちていった。
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