第2話:新天地での第一歩

「なんだって!?イルマが!?」


「そうなんだ。どうも熱が出ちまったらしくてさ…。ついさっきイルマの母ちゃんがそれを伝えにきてくれたんだ」


 2人はあれだこれだと言い合いを始めた。

 小さい規模の店だから1人欠けても回せそうな気がするけれど、これほど焦るくらいイルマという人物はこの店にとって重要な役割をになっているのだろうか。


「あの…イルマさん?という方がいないと困ることがあるんですか?」


 僕がそう質問を投げかけたことで2人は一度冷静さを取り戻し、深い溜め息をついた後、険しい顔のまま僕の質問に対する回答を口にした。


「この街の酒場ってのは春の季節の今が一番稼ぎ時でね。冬の季節の眠りから目覚めた魔物たちの討伐をした後、冒険者どもが押し寄せてくるんだよ」


「大きい店じゃないけどよ、ずっと満席になるとさすがに人手が足りねぇんだ。まだマルクスには任せらんねぇし…どうすっかな」


 それを聞いて2人が焦っていたことが腑に落ちた。繁忙期の飲食店での人手不足は確かに厳しい。

 学生時代に居酒屋でアルバイトをしていた時、急な欠勤時は他の店からヘルプをかき集めてなんとかしていたが、ここではそうはいかないようだ。


 しばらくの沈黙の後、ダーヴィットは何かを閃いたようで、僕の方をじっと見つめて口を開いた。

 

「ケイ、お前さん、料理できるか?」


「…え?僕ですか!?一応…それなりにはできますけど…」


「本当か!?頼む…!少しでいいから手伝ってくれないか?もちろん報酬は出す!」


「アンタ!いきなり何言ってんだ!そもそも、悪い人じゃなさそうだけど誰なんだいこの人は!」


 目の前の女性が不審がるのも当然だ。

 店に歩きながらダーヴィットとは色々話していたけれど、この女性に自己紹介をするタイミングは完全に逃してしまっていた。


「あ、紹介してなかったな。こいつはケイ。俺が撒き散らした野菜を拾って追いかけてくれた優しい兄ちゃんだ」


「へぇ…そうかい。アタシはこいつの妻のタバサ。ダーヴィットが迷惑をかけたね」


「とんでもないです。あの、料理はできるんですがこのあたりのことはさっぱりで…お役に立てるかどうか」


「そいつは大丈夫だろ。俺がいるし、さっき話してた感じ何となくいける気がするんだ。いいよな?タバサ」


 ダーヴィットからの提案を受けたタバサはまた溜め息をついた後、呆れた顔で僕の方を向いた。

 

「またアンタのカンってやつかい?わかったよ。スライムの手でも借りたい状況だ。ケイさえよければアタシからもお願いさせておくれ」


「わかりました。お役に立てるかわかりませんが、お手伝いさせていただきます」


 どうせやることがないなら、せめて好きな料理を。そう意を決してエプロンの紐をきつく結び、キッチンに案内してもらう。

 ざっと道具や設備を教えてもらいながらメニューについても聞いていて、概ね問題はなさそうだが1つだけ懸念事項があった。


「ダーヴィットさん、本当にレシピをまとめたりメモしたり…そういうのはないんですか?」


「ねぇな!そのあたりにあるものでちゃちゃっと作ってるからよ。強いて言うなら俺の頭の中にあるぜ!」


 豪快に笑うダーヴィットを見ながら、冷や汗が滴ってくる。

 食材や味を知らなくてもダーヴィットのレシピを見ながらなら何とかなるだろうと思っていたので、あてが外れてしまった。


「そもそもなぁ…俺らみたいな平民は簡単な字は読めても書けるやつは滅多にいないからよ。とにかく体で覚えるしかないんだ」


「なるほど。そういうことなんですね…」

 

 話し込んでいる間に下ごしらえを終わらせないとまずい時間にもなってきてしまったので、お客さんへ提供する前に味見をしてもらって味付けの感覚を掴むことにした。

 

「まずは何から準備します?」


「そうだなぁ…今日はちと寒いからスープと、あとは肉料理の付け合わせ用の野菜だな。スープの方を頼んでもいいか?」


「わかりました。まずは野菜を切る感じですか?」


「おう!まずはトマティーナとその辺にある野菜たちを細かく切ってくれ」


 そう言いながらダーヴィットに渡された野菜はどれも見たことがありそうでないものばかり。

 初めて見る異世界の食材たち。一体どんな味がして、どう料理をされるのだろうか。


 いざ手を動かし始めると先ほどまでの不安が嘘に思えるくらい楽しくなてきた。

 どんな状況にあろうとも、新しい食材にワクワクしてしまうのは料理人の性なんだろうな。

 

 そんなことを考えながらベースになるトマティーナを手に取る。

 見た目はトマトと同じように赤いがナスのように細長く、さいの目切りにした一切れを食べてみると知っているトマトの味よりもかなり酸味が強い。

 これをベースにするとミネストローネっぽいスープになる気がするけれど、この酸味は飛ばしきれるのだろうか。


「全部切り終わったら鍋に入れて、水と足長鳥の肉を入れる」


「あ、ダーヴィットさん。ちょっとお肉に一手間入れても良いですか?」


「いいぜ!美味しくなるってんならなんでもやってくれ!」


 お店の味の感じが変わってしまうことを考えてダーヴィットに聞いてみたのだが、あっさり了承を得られてしまった。

 

 ダーヴィットにとって大切なのは自分の味を貫くことよりも、美味しい料理をお客さんに楽しんでもらうことらしい。

 そのスタンスでお店をやっているため、メニューもほとんどが日替わりで固定メニューが少ないんだとか。

 

「じゃあ、少しだけやらせてもらいますね」


 足長鳥と呼ばれた鳥の肉に塩とハーブミックスを練り込む。

 この世界で胡椒は高価すぎるので平民が手にすることはほとんどないらしく、代替品として乾燥させたハーブを粉末にして使うのが一般的とのこと。


「これを先に少し焼きたいのですが…火はどうやって使うんですか?」


「お!そうだった!そこに魔木があるから火魔法で…と思ったが、ケイは魔法使ったことあるか?」


「ま…魔法はないですね」


 あるだろうなと思ってはいたけれど、やっぱりこの世界には魔法が存在するのか!

 いずれは僕も使えるようになると嬉しいけれど…チート能力なさそうだったのに使えるのかな。


「じゃあ俺が付けるから、魔木を組むのと火の調整はそこ棒でいい感じにやってくれ」


 ダーヴィットの指示に従って木を組んでいく。

 彼は話しているだけだと大雑把な印象だが、何かを教えるときはとても丁寧でわかりやすい。

 的確な指示に従って組んでいくと、初めてとは思えないくらい綺麗に魔木を組み上げることができた。

 

「ケイはなかなか見込みがあるな!じゃあ火をつけるからちょっと離れていてくれ」


 どんな魔法で火をつけるんだろうと期待の眼差しでダーヴィットを見ていると、かまどの横にあった石を握り何かの呪文を唱え始めた。

 ぶつぶつと長い呪文を唱え終わると、その石を先ほど組みあげた魔木に向かって勢いよく投げる。


 コツンと石と魔木がぶつかると、火事かと思うくらいの火柱が勢いよく上がった。


「お!今日は絶好調だな!よしよし…」


「絶好調じゃないよ!!アンタは店を燃やす気かい!!」

 

 上機嫌なダーヴィットに対してものすごく怒っているタバサ。この様子から見て、きっとこれは普通ではないのだろう。


「火がつきゃいいのにタバサは怒りっぽいなぁ…まあ、気を取り直して。ケイ、火が着いたぞ!」


「ありがとうございます。…ずいぶん派手なやり方なんですね」


「火魔法は得意ではあるんだがなぁ…細え調整は苦手なんだよ」


 詳しいことはよくわからないけれど、魔法って難しいんだなぁ…。


 気を取り直して2口ある台座の片方にスープ用の鍋、もう片方にフライパンを起き、足長鳥を乗せて焼き目を付けていく。


 徐々に香ばしい匂いが厨房を満たしてきて、気がつくとダーヴィットは作業台から道具を持ってきて僕の調理を見ながら作業をしていた。

 さらに、良い匂いにつられてタバサと料理人見習いでホールの手伝いをしているマルクスも厨房に来て様子を見ていた。


「このままでも美味そうだな…スープに入れなくてもいいんじゃないか?」


「アタシもこのままかぶり付きたいね」


「うんうん、すごく美味しそう」


「このままの料理はまた別の機会に。これはスープに入れちゃいます」


 いい感じに焼き色が付いた足長鳥の肉をスープ用の鍋に入れると、3人から残念そうな声が聞こえてくる。

 こうやって誰かと作るのって楽しいな。


 野菜と足長鳥を煮込みながら途中で味を見る。

 他の野菜の甘みで緩和されたとはいえ、やっぱりまだどこかトマティーナの酸味が消えきれていない。


 このままでも食べれるおいしさだけれどもうひと工夫できないものかな。


 何か味の調整をできるものがないか…と厨房を見渡すと、瓶の中に見慣れた液体らしきものが入っているのを見つけた。

 少しだけスプーンですくって味を見ると、予想通りだった。

 これがあればもう少しまろやかにできる!


 意気揚々とスープに瓶から液体を入れていると、その様子に自分の作業に戻っていたダーヴィットが気がついたようで慌てて立ち上がる。


「ケイ!何やってんだ!それはスープに入れるようなもんじゃねぇ!」


「まあまあ落ち着いて。騙されたと思って味見してみてくださいよ」


 怪訝な顔をしているダーヴィットにスープを一口分よそって差し出すと、じっとスープを見つめたり匂いをよく嗅いだり…。

 まるで怪しい食べ物を渡されたかのような反応が返ってきた。


「いや本当。大丈夫ですから」


「お…おう…。俺はお前を信じるぞ…!」


 額に汗を浮かべながら恐るおそるスープに口をつけると、パッと表情が変わった。

 これは…いけた気がするぞ。


 しかし、しばらくダーヴィットの反応を見ていても、何も言ってくれない。

 もしかしてあまりこの世界では口に合わない味だった…?

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