第107話: スサノオ「え、なに、この……なに???」




「本体の私、留守中の間にお客様よ。河童のカッパ―さん、だってさ」

「すみません、突然、押し掛ける形になってしまって」

「??? 2号? 当たり前のように人外の生命体を紹介するのは止めてね? 正月が終わってそう経っていないのよ?」



 相撲部屋へのタニマチも話が付いて、さてと一休み。


 そう思っていた千賀子だが、そうならなかった。


 どうやら、千賀子が外出している間に来客があったようで、神社に戻ってすぐに紹介された。


 テレパシーが出来るのだから先に伝えてくれと言いたいところだが、さすがは分身というべきか。



 神社に河童が待っているので寄り道せずに来てね。



 なんて言われたら、確実に寄り道するのを見透かされたうえでの対応であった。


 ちなみに、その河童に対する2号の扱いは雑で、『なんか全身ぬめぬめしているから、鳥居からこっちに来ないでね』という、ストロングスタイルなやりかたである。


 1971年(昭和46年)の、色々な意味で良くも悪くも大雑把なこの頃ですら、相手が怒りだすような対応である。



 だが、それも致し方ない。



 なにせ、河童のカッパ―くん。


 見た目が完全に、妖怪の河童そのもので、なんか全身が湿っているうえに、なんとも表現し難い生臭さ、異臭を放っている。


 はっきり言うと、なんか臭い。さすがに、思わず顔をしかめる……なんてレベルではないが、傍にいたら食欲が失せる程度には臭い。


 ぶっちゃけ、初見でこんなのと遭遇したら、巫女的パワーの全力攻撃でミンチ肉に変えても欠片の後悔もしない外見である。



「お初にお目に掛かります……私、河童です。カッパ―とでも呼んでください」

「はあ、カッパ―さん、ですか……あの、ところで、なんか生臭いのですけど?」

「へ? あ、いや、すみません、私どもは池や川などに隠れ住んでおりますし、頭の皿が湿っていないと体調を悪くしてしまいますので」

「ふ~ん、そうなんだ……ごめんね、臭いから水を掛けるね」

「いえいえ、人間の鼻ではそう感じても不思議ではありません、配慮が足りず、申しわけありません」



 なお、境内ではなく鳥居の外で来客(河童とはいえ)に、異臭を放っているとはいえ頭から水を掛ける千賀子もまあまあ大概なレベルで失礼である。


 結局、2号は千賀子の分身であり、感性や考え方も同じ。


 2号が『こいつ、臭いから中に入れるの嫌』と思うのなら、本体である千賀子も似たような事を思って、似たような結論から似たような行動を取るわけである。



「ところで、川に住んでいるって、まさか『小川』じゃないよね?」

「へ? い、いえ、私共は関東の方にて……あの、『小川』とは?」

「近くの川の事だよ、近くに住んでいるわけじゃないよね? あなたじゃなくて、仲間がこっちに居るとかじゃないよね?」

「え、え~っと、少なくとも私どもは関東の方で、同族がこちらに居るって話は聞いた覚えが……それが、なにか?」

「いえ、大したことじゃないの。ただ、『小川』に居るって事を許せないから、場合によっては本気で皆殺しにしてしまう可能性があるな……って」

「ヒェ……」



 ちなみに、もしも眼前の河童が『小川』に住んでいたならば、千賀子は有無を言わさず山の肥料に変えているところであった。



 ……。


 ……。


 …………で、だ。



 何時までも話が進まないどころか、有耶無耶のままに追い返されそうな気配を感じ取ったカッパ―より、ポツポツと語り始めた、来訪の目的とは。



「お願いします、貴女様の御力で、どうかニュータウン建設を止めて欲しいのです」



 簡潔にまとめると、土地開発をどうにかしてくれ……という事であった。


 どうも、この河童のカッパ―君と、その仲間たち。


 関東にある川や池を点々と移動しつつ、自然豊かな山中の恵みを得て暮らしていたらしいのだが……数年前から、異変が起きているのだという。


 具体的には、人間の手による土地開発。


 それによって山が削られ、川が埋め立てられ、地面は剥き出しに、次から次に団地が建設され、今では面影すら無い有様になっているのだという。


 ……カッパ―の知り得ている情報では足りないので、改めて説明すると、カッパ―が語る土地開発とは、『多摩ニュータウン計画』の事だ。


 この計画が始まったのは、1963年頃からだと言われている。


 1964年の東京オリンピックによる好景気、その後に続くいざなぎ景気(1965年~1970年)によって生じた、空前の経済発展の負の側面。


 一言で言えば、東京での住む所が足りなくなったのだ。


 毎月のように右肩上がりになってゆく東京の人口、そうでなくとも流れ込んでくる人々を迎えるには、東京は狭すぎた。


 既に東京は破裂寸前、インフラの供給が間に合わず、大規模な水不足や電気不足、下水処理が追いつかずに異臭が発生したりなど、様々な問題を解決出来ずにいた。


 そこで出たのが、東京の稲城市(いなぎし)、多摩市、八王子市、町田市にまたがる多摩丘陵(たまきゅうりょう)を開発し、日本最大規模の住宅地を建設する計画。


 いわゆる、『多摩ニュータウン計画』である。


 この計画が立ちあがった際、環境保護団体を始めとして、開発地区には多数の神社や寺などがあり、中々に難航したらしいが……それでもなお、計画は進んだのである。


 これによって関東一帯に集中していた人口が分散され、東京が抱えていた問題がいくらか解決……というより、先送りにすることができたわけだが、課題は残っている。


 30代の子育て世代が集中して入居したことで年齢構成が偏ったり、建設時期が同じ時期なので老朽化の時期が同じ時期に集中しやすく、また、その時にはもう老人ばかりが住まうようになるのでは……まあ、ここらへんになると話が本題からズレるので、戻そう。



「……話は分かったけど、私ではどうにもならないし、どうにかするつもりはないわよ」

「そ、そんな!?」

「いや、なんで驚くのよ?」



 結論としては、千賀子の判断は『どうにもならないので、何もしない』、であった。



「ど、どうして、貴女様は環境保護の活動に積極的だとばかり……」

「アンタらの中で私がどんな扱いをされているかは知らないけど、私は兎にも角にも環境第一になんて考えはないわよ」



 それに……そう言葉を続けながら、ジロリと千賀子はカッパ―を睨みつける。



「あんたの言いたい事、要は自分たちの生活を守るために、人間を追い出せって事でしょ?」

「え?」



 ぽかん、と。


 何を言われたのか良くわからない……そう言わんばかりに目を瞬かせるカッパ―に。



「……え? 違うの?」

「違いますけど……私以外は、そのような事を?」

「いや、そういうわけじゃ……え、じゃあ、なんのために開発を止めるの?」

「なんのためにって、そんなの決まっているじゃないですか」



 前のめりになりかけていた千賀子の苛立ちが、足を止めた。



「都会のヒョロヒョロ軟弱ボーイが増えたら、田舎のムッチリ寸胴ボーイが減ってしまうではありませんか。そんなのは世界の損失ですよ」



 そして、その足は──怖気と共に、千賀子の内心をズサーッと一気に遠ざけたのであった。



 というか、何を言われたのか正直分からなかった。


 ヒョロヒョロ……寸胴ボーイ? 


 新手の方言の類かと思った千賀子だが、冷静に今の言葉を思い返せば返すほど、とんでもない事を言っている事に思い至ってしまい、千賀子は……苦虫を噛んでしまったかのように、ギュッと顔をしかめた。



「えっと、ヒョロヒョロとかムッチリとかはひとまず」

「ヒョロヒョロ軟弱ボーイに、ムッチリ寸胴ボーイです、大事な事ですよ」

「……とりあえず、なに、その……なに? つまり、少年が」

「ヒョロヒョロ軟弱ボーイに、ムッチリ寸胴ボーイです」

「いや、私が聞きたいのはそこじゃなくて──」



 真面目な顔で、真面目に言葉を重ねられるが。まるで意味が分からず困惑するしかない千賀子の前に。



「──あいや待たれい! カッパ―! 抜け駆けは許さんぞ!!」



 なにやら、カッパ―とよく似た別の河童が唐突に姿を見せた。



「か、カッパパ! どうしてここに!?」

「馬鹿め! キサマの魂胆はお見通しだ!!」



 名前は、どうやらカッパパというらしい。


 正直、千賀子の目にはまったく区別が付かず、己と同じく分身の類かと疑ってしまうぐらいに──。



「運動とは無縁の白い肌のモヤシっ子が、慣れない汗を掻いて不器用に笑い合い、時には女の子の恰好をして絡み合う……それこそが至高!」

「違う! 大自然の中でこんがり焼けた小麦肌に見合う、たっぷり米を食べてむっちり肉を付けた雄ガキが、田んぼの傍らで友情を育む……それが最高なのだ!!」



 ──いや、違った。



「そもそも、女の子の恰好など邪道も邪道! おちんちんランドに女は不必要! 穴は一つ、棒は一つ、+と-は0に、それすなわち陰陽の極意なり!」

「違うぞ、カッパ―! 女装とは、男だけに許された、最高に男らしい男のためだけの世界! 互いの女の部分を目にしてこそ、真の益荒男が姿を見せるのだ!!」



 よく分からないけど、心の底から真剣に熱い思いをぶつけ合うその姿、どうやら決定的に違う部分があるようだ。


 残念ながら、千賀子には全く分からない世界である。


 前世でもそうだが、今生でもそういった素養は芽生えなかったようで……ヒバゴンに続き、河童もこんなやつかとちょっと泣きたくなった。



(いや、いやいや、たまたま。そう、さすがにヒバゴンみたいなのがそう続くわけが……)



 でもまあ、たまたまかも……そう、千賀子は己を慰めた。



「──おちんちんランドはここかな?」

「おいおい、ランドどころか亀裂しかねえやつがいるじゃん!?」

「くっさ、女の子くっさ……え、なにこれ、許されるのこんなことが?」

「神社には男の子たちの健全なるかくれんぼが常識でしょ、それをこんな……」



 でも、残念ながら無駄だった。


 どういうわけか、喧嘩をする2人の河童の声に引かれたのか、どこからともなく仲間の河童たちが姿を見せたのだ。



(……ん、あれ? いや、え、ヤバくね、こいつら?)



 と、同時に、今さらながら……千賀子はとあることに気付いて、軽く戦慄する。


 それは、河童たちが山の中に入って来ている、という点だ。


 ヒバゴンの時ですら、山の中までは入って来なかった。それなのに、この河童たちは鳥居の外とはいえ、山の中に入って来ている。


 すなわち、こいつらは……おそらく、ヒバゴンたちよりも強い! 


 言動や態度に騙されかけていたが、その事実に気付いた千賀子は、すぐさまロボ子を呼ぼうと、事前に携帯するよう渡されている連絡機を──が、それを使う事はなかった。



「──ガハッ!?」

「カパパチ!?」



 何故なら、いきなり河童たちの内の1人が、青い体液を口から吐いて倒れたからだ。


 しかも、そこから更に1人、もう1人、もう1人と、河童たちは最初の1人と同じように青い体液を吐いて倒れていく。


 おそらく、青い体液は人間でいう血液なのだろう。


 中には吐血するまでには至っていないが、目に見えて顔色を悪く(元々、良くないけど)しており、どんどんその場から動けなくなる者が増えてゆく。



「……おい、いきなりどうした?」



 これまでの言動から、このまま放置した方が良いのではという思いはあった。


 でも、神社の前で死なれるのはなんだか嫌だし……とりあえず、死んだらそれまで……という程度の感覚で、千賀子は手助けしてやろうと──



「ウッ、メス臭い……なんて乳臭く甘ったるい……!!」

「こ、こんなメス臭い場所があるだなんて……」

「許されねえよ……こんな場所、存在してはいけないんだ……」



 ──手を伸ばしかけたのだが、止めた。



 なんだろう、こいつらはこのまま朽ち果てた方が良いのでは……そんな考えが脳裏を過る。


 それどころか、だ。


 いっその事、滅ぼしてやろう……とも思ったが、それ以上にこいつらの相手をするのが嫌なので、千賀子は迷った。



「──相撲だ! これより、治療を行う!!」



 そんな千賀子の迷いを尻目に、比較的無事でいる河童たちが集まると、どういうわけかいきなり相撲を始める。


 でも、ただの相撲ではない。


 無事な河童たちが土俵代わりに円形に立ち並ぶと、これまたどういうわけか……ボディビルのように、ポージングを始めたのだ。


 ムキ! ムキムキ! 


 物理法則を無視した、河童たちの筋肉の隆起。


 直前まで痩せ気味だった体形が、瞬く間にたくましい筋肉がハッキリと肉眼で確認出来る、ビルダー体形へと変化した。


 それは、周りの河童だけでなく、中央で相撲をとっている2人の河童も同様だ。


 円の外にいる千賀子の耳にも届くぐらいの、はげしいぶつかり合い。バチン、バチン、互いの張り手が互いの身体を打ちつけるたび、筋肉がピクピクと動いている。



「……なにコレ?」



 意味が理解出来ずに困惑するしかない千賀子を他所に、変化はすぐに起こり……なんと、倒れ伏していた河童たちが、ムクリと身体を起こしたのだ。


 しかも、変化はそれだけではない。


 倒れ伏していた河童たちの身体にも力がみなぎり、1人、また1人、筋肉を隆起させ、ムキムキムキッとビルダー体形になると、まるで鼓舞するかのようにポージングを取り始めたのだ。



 ──そう、これこそが……河童たちの真骨頂、『おちんちんランド開演の儀』である。



 千賀子どころかこの世界の人間には知る由もないことだが、その始まりは相当に深く、今よりも遠い昔、怒り狂って大海原を荒らしていたスサノオのみことに対して、奉納の儀として『おちんちんランド開演』を行ったのは、あまりにも有名であった。


 ちなみに、当のスサノオはなんかいきなり筋肉をピクピクさせてポージングを始めた河童たちにドン引きして、思わず波を静めただけなのだが……とにかく、だ。


 河童は、そういう種族である。


 その証拠に、河童たちは見る間に血色が良くなり、分かりたくないけど、元気になっているのが千賀子の目にも明らかであった。


 ……。


 ……。


 …………で、だ。



「──お願いします、千賀子様! このまま多摩ニュータウンの開発が進むと、危険なのです!」

「……ヒョロヒョロボーイが減るから?」

「ヒョロヒョロ軟弱ボーイです! とにかく、大変なのです! なぜなら、多摩ニュータウンの開発には──」



 何事もなかったかのように説得を再開させたカッパ―に、千賀子もドン引きしていた──のだが、しかし。



「女臭さだけで満たされた百合の花園、『花子さん』たちによる、多摩無しならぬ『玉無しニュータウン』計画が秘密裏に動いているのですから!」

「待って、情報量が多い。6000文字ぐらいしかないこの話に、これ以上の情報を詰め込むのは止めてね」



 ドン引きしているばかりではいられない、恐ろしい計画の一端を……迂闊にも知ることになってしまったからだった。



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