第104話: 男子校の体育の授業中に姿を見せた、胸デカ尻デカ良い匂いがする超美人な女子
千賀子を前にして、だ。
初対面の相手が見せる反応は、あくまでも千賀子が能力で己の魅力を抑えている状態での話だが、大まかに分けて三つある。
一つは、情欲の類である。
ただし、これはまあピンからキリまである。
情欲というのは必ずしも男性器が勃起していたり、女性器が濡れていたりというわけではない。
ただ、千賀子に対してはもっとも強く表面に現れやすいのがコレであり、一番ヤバいタイプが多いのもコレなだけである。
二つ目は、羨望の類……言うなれば、美しい美術品を前にした人の、それだろう。
美人は、ただそこに居るだけで良くも悪くも注目を集めてしまうものだが、千賀子に向けられる視線で一番多いのは、ソレが多い。
学生の時は、まだそうでもなかった。
しかし、歳を経て肉体が成熟し、全盛期を迎えている今……千賀子に向けられる視線の割合は、ソレが多くなった。
言うなれば、一般人が世界トップクラスのモデルにそこまで強い嫉妬を向けるか……という話だ。
同じ世界で勝負している(あるいは、していた)者ならばまだしも、『私の方が美人なのに……』なんて思う人は、そう多くはないだろう。
……いや、まあ、少し訂正。
私の方が美人なのに……というのは少ないかもしれないが、『言うほど美人じゃないよ(笑)』という、さも周りの見る目が無いかのような形で、嫉妬していないのを装う……これが、三つ目にも繋がる。
そう、三つ目は、嫉妬の類である。
この、嫉妬というのは本当に厄介だ。
なにせ、年齢を問わない。また、関係性も問わない。
男の嫉妬は女のソレよりも醜いとはサブカルチャー等で語られるが、とんでもない。よくある、女の方が善良という幻想的なアレだ。
女は物心が付いた時から女だというのは、女として今生を過ごしている千賀子はもう、身に浸みて理解している。
ならば、そう思われないように対策を……残念ながら、昔の千賀子ならばともかく、今の千賀子ではもう手遅れなのだ。
なんと言っても、千賀子は顔だけではない。
首から下の3サイズだけでなく、肌は異性同性問わず視線を集めるぐらいに白く美しく滑らかで、傷一つ、痣一つない。
それでいて、病的さを一切感じさせない。ただそこに居るだけで、健康的な活力を沸々と感じ取れる。
声だって、とても美しい。
言うなれば、耳に残る声、というやつだろうか。
聞かせるつもりが当人には無くとも、不思議と耳に残る。
高過ぎず、低すぎず、軽やかではありながらも、どこか重く。
感情のままに怒鳴れば思わず大人ですら震え上がる迫力があり、穏やかに語れば赤子が眠ってしまうほどに優しく、甘えた声を出せば、思わず頬を緩めてしまう、そんな声。
人が行き交う都会の雑多な音の中でも、千賀子が少し大声を出せば、それだけで大勢の視線を集める……千賀子の声は、そういう声色である。
……だからこそ、だ。
件の相撲部屋に向かう際、関係者の女性(すなわち、女将さんと呼ばれる人)から、そういう類の視線を向けられたら、千賀子はすぐに退散しようと思っていた。
「──まあ! まあ! ありがとうございます! さあ、さあ、どうぞ、粗茶ですが……!!」
けれども、
相撲部屋の女将を務めるだけあって、そんじゃそこらの女とは性根が違っ──いや、まあ、支援してくれると分かったからというのもあるが、それでも、懐が深かった。
現金な話だと言われたらそれまでだが、考えてみれば、そりゃあそうだろう。
相撲部屋の女将になると決めた時点で覚悟は固まっているだろうし、食べ盛りに鍛え盛りな男たちの胃袋を始めとして、サポートを担っているのだ。
所属している力士も持ち回りで手伝いを行うにしても、芯が図太くなければやってはいけない。
千賀子が意図的に誘惑してきたり、親方を始めとして力士たちの様子が明らかに変わってきたりしたら、顔色を変えるだろうが……そうでなければ、いちいち気にしたりはしないようだ。
……ちなみに、だ。
最初、『巫女服』を着た、大きな発泡スチロールの箱を片手に掲げた、とんでもない美貌の女が1人で来たことに、応対した(あるいは、目撃した)力士も女将も、それはそれは困惑したが。
後援会ではなく、誰それを通じて話が来たので支援の話をしに来たと告げると、呆気に取られている力士を他所に、女将の反応は劇的で、対応も素早かった。
やはり、何時の時代も
何事も札束でぶん殴れば話はスムーズに進む──本当にそうしたわけじゃないし、お土産としてまず手渡したのはクロマグロだけど。
いや、そもそも、初見のお土産でクロマグロを持ってくる方も持ってくる方だが、相撲の作法なんぞ知らぬ千賀子に言うのはお門違いというやつだ。
なにやら歓声をあげる力士たちの声を他所に、部屋の奥にある客間(らしき部屋)へ案内されて、すぐ。
それはそれは満面の笑みで出されたお茶(香りからして、安物ではない)を一口……少しばかり遅れてやってきた、穂高部屋の親方に、改めて挨拶をした。
親方も元力士らしく立派な体格で、女将もまた恰幅が良い。
二人が並んで座ればそれだけで何とも表現し難い圧力が生じるけど、千賀子にとってはそよ風みたいなもの……女神様に比べたら、赤子よりもか弱い相手でしかなかった。
「……いやはや、千賀子さんはずいぶんと肝が据わっておりますね」
対して、千賀子を前にした夫妻……特に、親方からの感想は、驚嘆の一言であった。
親方の方は、己の人相が強面である事を自覚しており、体格も相まって、特に初対面の女性からは怖がられやすい……そんな経験を幾度となくしてきた。
時々そうではない女性もいるが、それは度胸があるのではない。単純に危機感が薄いだけで、親方自身が何かをしたわけでもないのに……という事が何度もあった。
それに比べて、眼前の女性は違うと親方は思った。
なんというか、目に宿る力が違う。その身より感じ取れる気配というか、只者ではないぞと思わせるナニカを感じる。
単純な腕力の話ではない。
むしろ、言うなれば『力』で勝ち負けを決する相撲の世界に身を浸していたからこそ分かる、不思議な違和感。
もっと別の……そう、ありきたりな言葉だが、『本物』とはこういう存在なのだろうと思わせるナニカを、親方は感じ取っていた。
……いや、まあ、それ以前に、だ。
ポンと用意してくれたクロマグロもそうだが、何気ない雑談から千賀子が馬主資格を持っているというのが分かっただけでも、明らかに只者ではない。
「なにぶん、作法など分からぬ身……不躾とは思いますが、今日のところはコレで皆様方の英気を養ってください」
「あら、あら、あら、これはまあご丁寧に! どうもありがとうございます! 力士たちのためにも頑張らさせていただきます!」
まあ、それは、それとして。
女将の方は、千賀子より渡された分厚い封筒(パンパンに詰まっている)を前に、それはそれは目を輝かせていた。
現金な話だが、致し方ない。なにせ、力士たちはよく食べる。食べるのが仕事の一部といっても過言ではない。
ぶっちゃけてしまえば、細々とした雑品はなんとか騙し騙しやりくりできるが、食事だけは絶対に疎かにできない。
と、いうのも、だ。
この頃(1971年:昭和46年)は現代と違って、まだまだ飽食と呼べるほど、多種多様な食べ物を何時でも……という時代ではなかった。
おまけに、炊事の手助けとなる家電も現代ほど性能は良くなく、また、種類も多くなかった。
たとえば、炊飯器。
現代のような20
しかも、実はこの頃ではまだ、現代では当たり前な保温機能が付いた炊飯器は最先端の家電であった。
大半の家では『保温ジャー』などに移し替えるのが普通であり、炊飯機能と保温機能が一体化した、現代に通ずる炊飯器の最初の1号機が当たり前になってゆくのは、まだ未来の話である。
……話が逸れたので戻すが、とにかく、力士にとって食べる事は大事である。
1勝が番付に直結し、そのまま年収に直結するのが相撲の世界。毎食おにぎり1個分節約した結果、最後の最後で力足らず負けたとなれば、悔やんでも悔やみきれない。
それを知っているからこそ、女将は親方以上にシビアな考えであり、苦笑する親方も女将の苦労を分かっているので、あまり強く注意も出来ないようであった。
……補足として、後援会などには所属せず、個人的に支援を行う者、すなわち個人サポーターを業界用語で『タニマチ』と呼ぶらしい……どうにも話が逸れるが、またまた戻そう。
「せっかくです、うちの子たちの稽古を見学していってください」
「お邪魔でなければ」
さすがに、貰うだけ貰って返すというのも……という流れで、千賀子は穂高親方より、所属している力士たちの稽古を見せてもらう事となった。
……。
……。
…………が、それは、実のところ、あまりよろしくはなかった。
何故かと言えば、それは……力士たちは例外なく、年頃の男性であったからだ。
はっきり言うと、相撲の世界は男の世界である。
よほどの例外を除けば、力士たちは基本的に住み込みであり、所属している力士たちとの共同生活が基本である。
つまり、女将を除けば、だいたい女っ気が無い。
そのうえ、早い者だと中学を卒業してすぐに相撲部屋入りするので、余計に同年代の女子に接する機会が少ない。
そんな場所に、テレビはおろか雑誌ですら早々お目に掛かれないレベルの超美人な女が姿を見せれば、どうなるか?
「──こらぁ!! 気ぃ抜いてんなぁ!! 何年稽古やってんだてめぇは!!!!」
「──雑用からやり直すか!? なんだその腰の入っていないすり足は!!!」
「──どこ向いてんだ!! 気が逸れてんだよ、集中しろ馬鹿野郎! つまんねえ怪我して本場所を不意にしてえのか!?」
答えは、力士たちの気がどうにも浮ついてしまい、稽古にならない……であった。
これはまあ、仕方がない話である。
いくらフェロモン等の『魅力』を抑えているとはいえ、見た目の良さ、スタイルの良さは変わらないし、変えられない。
女っ気が薄くとも、明らかに他とは一線を
そのうえ、傍を通るたびに凄く良い匂いがする。名前を呼ばれたら、思わずドキッとしてしまう。
これがまあ、辛い。禁欲というわけではないが、目に毒だ。
本当に、自分たち男とは根本から違う、若々しさと瑞々しさと、異性というモノを、これでもかと感じ取れる美女だ。
ニコニコと楽しそうに見ているとなれば……そりゃあもう、気が逸れてチラチラ視線を向けてしまうのも、致し方ない話である。
「……あ~、その、すいやせん」
そして、それを同じ男だから分かってしまった親方は、なんとも居心地悪そうであった。
「何時もはこう、もうちょっと真面目なんですけど、その……美人を前にして、照れているみたいで……」
これまた当然ながら、親方からすれば、年頃な彼らの内心を素直に言えるわけもなく……そう、言葉を濁すのが精いっぱいであった。
(……今後はあまり、様子を見に行かない方がいいかな?)
千賀子としても、自分のせいで不注意から力士の皆様に怪我を負わせてしまったとなれば申しわけなさ過ぎる。
なので、訪問は極力避けた方がいいかも……そんな事を考え始めた千賀子だが、まだ帰らない。
理由は、二つ。
一つは、せっかくだからと、千賀子が持って来たクロマグロを使った出汁茶漬けを振る舞いたいと女将より言われたから。
もう一つは……チラリと視線を向けた、稽古部屋の隅。
(……なんだろう、めっちゃ睨まれているなあ)
そこで、他の力士とは違い、黙々と真面目に……それでいて、時々ではあるが、睨みつけるような目で見てくる力士の存在であった。
本当に見覚えがないので千賀子は困惑するしかなかったが……怒りや恨みの感情を感じ取ることができたために、千賀子はどうにも帰るという選択肢を取れなかったのであった。
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