第99話: ナニカサレタヨウダ
小さい頃から、明らかに大人たちから向けられる視線の強さが強かった。それは、とても印象に残っている。
最初は気付かなかったけど、大人たちからの施しを受けるうちに、自分が同世代の子供たちより美人なのだということに気付くまでには、そう長くは掛からなかった。
小さい頃はまだ、美人というよりは、可愛い、だろうか。
面と向かって言われる事は本当に稀だったけど、明らかに対応が違った。『他の子たちには、内緒ね?』と、お菓子とかを特別に貰える事は多かった。
両親からの態度も、同じだった。
私には兄と妹がいるけど、一番可愛がられていたのは私だった。
勉強は上手く出来なくとも、私は笑っているだけで周りが評価してくれたし、勉強ができる子よりも良い成績が貰えた。
運動ができなくても、男子たちはいつも可愛いって喜んでくれて、守ってあげたくなるっていつも私を見ていた。
だから、小さい時の私は他の誰よりも美人なんだと本気で思っていた。
さすがに中学生、高校生にもなれば、私は自分が一番だとは思わなくなった。
悔しいけど、上には上がいる。私は、一番じゃなかった。
私より胸が大きい人もいれば、私より腰がくびれている人もいたし、私よりスラッと長い脚の子もいた。
でも、その代わり、男を喜ばせることだけは、私が一番だった。
勉強も運動も苦手だし、同性からは弾かれることが多かったけど、それだけは昔から得意。男子から好かれるのだけは簡単だった。
男って、本当に単純。
ちょっと甘えるように腕を組めば、それだけでデレデレと嬉しそうにしてくれる。おっぱいを押し付けたら、それだけで機嫌を良くしちゃう。
エッチをさせてあげたら、それはもう目の色を変えちゃう。
最初は疲れるだけでちょっと嫌だったけど、何回かやっていると気持ち良くなれる感覚が分かってきたし、一緒に気持ち良くなってあげると喜んでくれるし。
でも、誰にでもってのは駄目。
男って単純だけど、馬鹿じゃない。
そういうことをすれば、どこかでバレちゃう。だから、顔見知りに知られるかもしれない場所では手を繋ぐことだってしないし、絶対にそういうことはしない。
必要な時に、必要な分だけ、こっそりと。
そうすれば、私のことを大好きって言ってくれる人が増える。1人だと、何かあって離れちゃうと困るから、出来るなら3人ぐらい。
お金だって、1人に払ってもらうよりも、3人に払ってもらった方が、みんな楽だものね。
エッチだって、同じ人とだけ続けると、飽きてきちゃうし。
させてあげているんだから、それぐらいの融通は利かせてもらわないと。その分だけしっかりエッチさせているわけだし。
高校の時はけっこう大変で、こっそりチクッてくる女がいたけど、逆にその人に全部押し付けちゃったのは……本当に大変だったけど。
──それに比べたら、社会人になってからは本当に楽。
変にチクッてくる女はいないし、先生たちみたいな監視の目もないから、本当にやり易くて快適だった。
それに、中学や高校の時にはいなかった、素敵な男と出会えることも増えた。
エッチもそうだし、話していて、とっても楽しかった。
向こうも分かっているから、お互い様。
私みたいに若くて綺麗な女と連れ添って歩けるってことが、とても自慢に思っているみたいで、私としても悪い気はしなかった。
……そんな時に、私は運命の相手に出会えた。向こうも、私のことをそう思った。
でも、出会うのが遅かった。
運命って、皮肉ね。
お互いがこれ以上ないってぐらいの相手で、出会うまでは導いてくれたのに、出会う時間までは融通を利かせてはくれなかった。
私は良かったけど、彼は既婚者だった。それも、子供がもういたの。
一度だけ遠くから見たけど、あまり可愛い子じゃなかった。ていうか、不細工だった。奥さんの顔に、とてもよく似ていた。
本当に、彼が可哀想で堪らなかった。
私なら、もっと可愛くて綺麗で元気な子を産んであげられるのに……運命って、本当に残酷だと思った。
彼も、本当は奥さんと別れたいってこぼしていた。
付き合いとか色々としがらみがあるから別れられないって。若くて綺麗な私の方が、ずっと魅力的だって。
私も、それには同意見だった。でも、それを口にはしなかった。
私も彼も、もう大人だ。
学生の頃みたいに後先考えずに突っ走ったら、大勢の人達に迷惑が掛かっちゃう……それを分かっていたから、私たちはあくまでも身体の関係に留めていた。
本当に、運命って残酷だと思った。
私たちはこんなに愛し合っているのに、しがらみが邪魔をする。お互いに、これ以上ないってぐらいに相性も良いのに、社会が私たちの前に立ち塞がった。
本当に、辛かった。
彼のために、一生懸命になればなるほど、辛さが増した。
彼のために、彼らを楽しませてあげて綺麗な服とか色々と手に入れて、もっと綺麗になったけど……でも、うん、でも!
……運命は、私を見捨ててはいなかった。ちゃんと、報いてくれた。
和広くんは、本当に全てがうってつけだった。
口は悪くてぶっきらぼうな所があるけど、根は真面目で、優しくて、いつも私を気遣ってくれて……だから、分かったの。
──ああ、この人の子供って事にしちゃえば、全部解決するじゃん、って。
もう本当にずーっと目の前に広がっていた霧が晴れたかのような気持ちだった。人生が開けていく感覚って、こういう感覚なんだって感動すらした。
彼にその話を出したら、我が事のように喜んでくれた。その日はすごく燃え上がっちゃったけど、和広くんにもその分だけさせてあげたし……それに、和広くんにとっても悪い事じゃない。
言ってはなんだけど、和広くんってどこか物足りないの。
彼みたいにエスコートしてくれないし、彼みたいにディナーにも連れて行ってくれないし、彼みたいにプレゼントもしてくれない。
エッチだって彼に比べたら下手くそだし、貧乏そうなご飯を食べて、暇さえあればギター弾いたり歌詞を作ったり……正直、子供っぽい人だなって思ったことは何度もある。
そんな和広くんが、私みたいな美人の旦那さんに成れるってだけでも、とてもめでたい事。
それに、何時までも夢を追い掛けているより、1人の大人としてお父さんをやった方が、和広くんの家族も喜んでくれるし、ね。
ちゃんと、奥さんとしても頑張るよ。炊事洗濯、エッチだって、体調とか問題が無ければ全部答えるつもり。
でも、子供は彼の子。
だって、両親がちゃんと愛し合っていないと、子供が不幸でもの。和広くんだって、子供が喜んでいた方が嬉しいだろうし。
そんな私たちの努力もあって、真面目な和広くんは私たちのために夢を諦めて、1人の大人として、頑張ってくれる……そう、思っていた。
「──初めまして、妹の千賀子です」
でも、ああ、でも。
和広の妹だという女を前にして、私が最初に思ったのは、『恐れ』なのかもしれない。
なんと言えばいいのか、とにかく、美しい女だと思った。
美し過ぎて怖いというのか、怖すぎるあまり美しいというのか、あるいは、二つとも……そう思ってしまうほどの美貌。
……。
……。
…………私自身、自分の顔立ちの良さは自覚していた。でも、私は自分が一番ではないことも自覚していた。
それなのに、一目で思い知らされた。
ああ、本当に美人な人って、こういう子なんだって。
なんていうのかな、何をするにしても、綺麗だなって思っちゃう子。
立ち上がるだけで、座るだけで、歩くだけで、欠伸をする仕草だけでも、思わず目で追いかけちゃいそうになる、そんな子。
立てば
「え、ええ、初めまして、私は──」
こんな子と、これから家族付き合いをするのか……気後れしつつも、彼のためにも頑張らなきゃ──そう思って、私は笑顔を浮かべた。
「ところで、
でも、その笑顔を続けることは出来なかった。
だって、その名前は……彼の、名前だったから。
「あの、誰かと勘違いを──」
「私ね、回りくどいことは嫌いなの。だから、単刀直入に聞くわね」
「──え?」
「先日までずっと他所の男のちん○に腰を振っていた女が、なんで神妙な顔で兄の奥さんになろうとしているのか、気になるのよね」
「え?」
「それも、兄の彼女って立場なのに、ずーっと隠れて他所の男に股を開いて……それで、どうして兄の妻の椅子に座ろうと思ったの?」
頭が真っ白になった──でも、目の前の女は、止まらなかった。
「○○町の、ほら、煙草屋を曲がったところにあるホテル」
「そう、貴女が兄とのデートを断ったその日に、そいつに跨って腰を振った日よ、覚えているでしょう?」
「そうそう、ネックレスだったわね」
「貴女が売りとばしたのを誤魔化すために、失くしたという体で兄に謝り倒したやつ、○○の質屋で見掛けたわよ」
「そういえば、××くんはお元気?」
「え、誰って、私の口から言わせないでよ。貴女の前の前の前の貢だけ貢がせた彼氏くんのお名前でしょ?」
「バイクまで売って用意してくれたお金を、病気の治療費っていう名目で受け取ったのに、ぜーんぶ遊ぶお金に使っちゃったみたいだけど……あ、忘れていたのね?」
「可哀想、あれだけ無理して頑張って用意してくれた大恩なのに、あんたは昨日の朝食以下の恩ぐらいにしか思っていなかったのね、哀れだわ、××くんも」
「本当に、可愛そうだわ、あなたの御両親は、本当に御立派な方なのにね」
「○○会社の重役さんよね? 御立派ね、社員からも慕われて、家族仲も良好で……貴女みたいな生まれ持っての娼婦が出てきてしまったのは、哀れだけれども」
「私も他人の事を言えた義理じゃないけど、見た目だけね、貴女」
「お兄さんは立派な社会人になって、早くも昇進の声が掛かってきている有望株で、今度結婚式をあげるみたいね」
「妹さんは、ずいぶんとお友達が多いのね。嫌う人もいるけど、皆から好かれて、彼氏も出来て順調ね」
「その点、貴女はどうなのかしら?」
「働きに出ようにも、噂が知れ渡っている地元ではまともに仕事を見付けられず、仕方なく都会に出たのに、やることは娼婦の真似事」
「それで、何をしたいの?」
「腰を振って得たお金のプレゼント、御両親からはつき返されたのでしょう?」
「お兄さんからも、妹さんからも、嫌悪されて絶縁されてしまったのでしょう?」
「本当に、哀れだわ」
「女からは見向きもされず、男のちん○を跨っては金を得る娼婦を育ててしまったのだから」
「本当に、哀れだわ」
「ええ、本当に──何事もなく騙せると思ってきたのに、ね?」
……。
……。
…………私が気付いた時にはもう、遅かった。
さっきまで笑顔を向けてくれていた和広くんの家族からは、とても冷たい目を向けられて。
とにかく──ここに居ては駄目だと思った。
このままだと、私は浮気者にされてしまう。それよりも前にここを離れて、知り合いに広めないと。
私を孕ませて逃げようとしているって、早く広めないと。
「──い、いきなりなんですか!!! 酷い! 本気で私が浮気したとでも思っているの!? 和広くんの子供なのに、なんて酷い家なの、ここは!!」
わざと、家の外にも聞こえるように大声を出して──逃げようとした、けれども。
(あ、足が──!?)
どういうわけか足に力が入らず、座布団から立ち上がれなかった──そんな、私に対して。
「そう、そこまでして貫くなら、特別に祝福してあげるわ」
背筋が凍ってしまいそうなぐらいの美貌が、何時の間にか傍まで来ていた。
「必ず、無事に子供が生まれるようにしてあげる」
「怪我もしないし、病気もしない。疲れるけど、生まれるまでは私の力で守ってあげる」
「そして、生まれた子が本当に兄の子供であるならば、一生私が面倒をみてあげるわ」
「不自由なく、一生働くことなく、貴女と、貴女の子の面倒を見てあげる」
その、私よりも白くて綺麗な手が……私の頭に置かれた。
「本当に、兄の子供だったなら、ね」
それから、本当に綺麗な顔で微笑まれて──え?
(なに、あれ──)
目の前の人の後ろに、とても大きなナニカが──何本もの腕を──。
────。
──。
──。
……。
……。
…………え、ねえ、ねえ。
「ねえ、ちょっと?」
「──え、あ、はい!?」
声を掛けられた私は、ハッと我に返った。顔をあげたら、困惑した様子の和広くんたちと目が合った。
「急に黙っちゃったけど、どうしたの? 籍を入れるのは、子供が生まれてからって話だけど、それでいいの?」
「え? あ、いえ、あれ?」
「体調でも悪いの? それならなおさら、子供が生まれてからの方がいいわね……子供もいるわけだし、休んでいく?」
「あ、えっと……すみません、そうかもしれません」
赤子がいるから疲れている……言われて、納得する。
考えてみたら、色々と頭を働かせて、慣れないことをしたものだから疲れていたのかもしれない。
さすがに妊娠した経験はなかったから、その影響があるのかもしれない。
母さんは……もう、顔すら合わせてくれなくなっちゃっているし……今日は身体を休めよう……そう、思った。
……。
……。
…………さて、ここからは、彼女は知らない、兄妹の会話なのだが。
「……あのさ、千賀子」
「なに?」
「その、俺たちには、あいつが急にカクンって寝入ったようにしか見えなかったけど、なにかしたのか?」
「なにかって、祝福してあげただけよ」
「祝福って……」
「上手くいくか不安だったっぽいし、夜遅くまで他所の男の上で頑張っていたみたいだから、寝不足かもね」
「…………」
「なに、急に黙って?」
「いや、その……いいのか、あんな事を言って」
「あんな事?」
「さっき、俺の子なら一生面倒を見るって……そんなん、分からねえじゃんか、本当に俺のじゃないって証拠も無いし」
「あら、証拠ならアイツが自分から用意してくれるわよ」
「え?」
「黒髪に黒い瞳に黄色の肌、子供の両親ともそれで、両家の家族にも日本人しかいない家庭で……金髪碧眼の子が生まれたら?」
「……え?」
「利益のためなら平気で股を開く女が、滅多に見掛けない金髪の外国人から一晩誘われて、貞操なんて守ると思う?」
「えぇ……」
「兄貴には可哀想だけどさ、股を開いている相手は10人20人じゃないし、一夜限りの行きずりだから、すっかり忘れている感じだわね、アレは」
「えぇ~~……」
「でも、悪運は強い人よ。それだけ股を開いているのに、一度として病気を貰っていないのだから……それに、心を入れ替えて母親をやろうってことになるなら、援助はするつもりよ」
「援助するのか?」
「子は親を選べないもの。何もしていないのに親の罪を背負わされるだなんて……もっとも、私の予想だと、色々言い訳作って子供を捨てそうだけどね、あの人って実質勘当されている感じだし」
「…………」
「もしも子供を捨てたなら……仕方がないから、面倒ぐらいは見るわよ……ただ、子供を捨てる母親って多いらしいから、期待は出来ないけど」
「……俺、女性不信になりそう」
「あんなヤバいのは早々いないから、幻滅するのはまだ早いわ……それに、私から見て、兄貴の近くには相性の良い女の人がいるわよ」
「……いちおう聞くけど、誰だよ?」
「兄貴が今働いている酒屋の娘さん。ほら、三つ編みで、優しい雰囲気の……うん、覚えがあるでしょ?」
「え、あの子? いや、そりゃあ優しい子だけど……ていうか、なんで知って……」
「まあ、参考までに考えておいてよ。別に、強制するわけじゃないし、ちょっと話をしてみてもいいかもよって話しだから」
「そ、そうか……まあ、うん、悪い人じゃないし、ちょっと話してみるよ」
ショックは大きいが、それでも、全部が全部そうではない。
すぐには無理でも、前向きに行動しようとする和広の姿に、千賀子はそっと微笑むと。
(そりゃあヤバいレベルで一目惚れされているし、ガチで遺伝子的に相性良いし……ていうか、和広の好みが短髪って聞いたその日にベリーショートヘアにしようとするような娘だし……ただの勘違いで済んだから良かったけど……)
兄の幸せのために、その情報は胸中に留めておくのであった。
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女神様「次回、100話記念ですよ、紛らわしいですね」
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