第88話: 実質、この世界のお月さまはNTR済
初めての接触 → 千賀子
初めての領土 → 千賀子
初めての足跡 → 千賀子
初めての建築 → 千賀子
月の裏側 → 千賀子
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──ファーストコンタクトは大事、それは千賀子も分かっている。
そして、どうやら既に旗を見付けられているようで。
さすがに、現在の人類の科学力では神社がある場所まで移動することが出来ないので、こちらに来ることはないだろうが……問題は、そこではない。
月には人類とは異なる存在が居る、あるいは存在していた、その二つの可能性を生み出した時点で、アウトなのである。
そう、千賀子も人間だから、分かるのだ。
まったく理解の及ばない存在が傍に居る。
それだけでも人間は過度の恐怖を覚え、あらゆる理屈を並べて正当に排除しようと動く生き物だということを。
遠ざけるだけならば、まだいい。
逃げ出してくれるならば、まだいい。
人間の本当に恐ろしいところは、存在そのものを許さない苛烈な臆病さにある。
そう、人間だけなのだ。
自分たちのなわばりの外にいて、来ないと分かっていても、『万が一、それが起こるかも……』と想像し、攻撃しようとする生き物は。
攻撃された場合はともかく、野生の生き物はよほどの例外ではない限り、己のなわばり、あるいは狩りでない限り、外にいる生き物は放置する。
そのうえ、人間は己の臆病さを認識しない。あらゆる屁理屈を用意して、それを正当化する。
加えて、今回の相手は、核兵器を使用したことすらも正当化し、それで兵士ですらない民間人の命を大勢奪った国の人間だ……対応を誤れば、どうなるか分かったモノではないだろう。
出来うるならば、完全に秘匿して存在そのものを無い物とし、存在すら感知させていないのがベストなのだが……残念ながら、既に見付けられてしまった後だ。
このまま見て見ぬふりをして、何事も無く終わってしまえば良いが……疑心暗鬼に駆られた大国がどんな行動を起こすか、分かったモノではない。
「とりあえず、彼らの前に出るにしても、顔を隠してからだ……月面に来るってことは、カメラとかいっぱい持ってきているし、こんな形で世界デビューしたくない」
なので、とりあえずは接触するとして、だ。
「はい、本体の私」
「はい、2号」
「顔を隠して接触するのはいいんだけど、素顔を見せない相手ってのは無意味に警戒心を与えないかしら?」
「そうだけど、旗に描かれているのがソレだし……」
「要は、記録として残らなければいいのでしょう? なら、貴方が顔を晒す時に、カメラなどの記録に残らないようにしてしまえばいいじゃない」
「う~ん、それが無難か……」
基本的に顔を隠したまま応対し、必要な時には顔を見せる……という形を取ることにした。
「……化粧する必要ある?」
「あくまでも地球の外にいる存在って形にしたいし、化粧は無しにしましょう。そういう文化ではないって事にして」
その際、化粧の類はしない。
口紅を差していたら、それはそれで余計な憶測を招きそうだし、妄想が生み出す憶測を信じる人は、けっこう多いから。
「はい、本体の私」
「はい、3号」
「恰好はどうするの? 私としては、
「もしかしなくても、かぐや姫?」
「黒髪だし、似合うと思うよ」
「……まあ、アメリカ人からしたら、それっぽい……か?」
衣服は、3号の提案で『十二単』に決まった。
とはいえ、ただ豪華な着物であるならばともかく、十二単なんて買おうと思っても買えないし、手に入れようと思ってもすぐには手に入らない。
時代が時代ならともかく、1969年の今ですら、それはもはや骨董品であり美術品の扱い……いくら千賀子とはいえ、神通力を使ってもすぐに用意出来るモノではない。
──ありましたよ、隣の部屋に十二単が。
「でかした! さすが女神様です!」
なのだが、なにやらわざとらしく、女神様とロボ子がどこからともなく十二単を隣の部屋に用意していた。
……前々からうっすら察していたが、ロボ子は2号や3号とは違い、千賀子をベースにしているとはいえ、独立した存在である。
だから二人と違って『同期』は出来ないし、分身の類ではないから解除も出来ない。いちおう、命令すれば機能停止にすることは可能だが……実は、そこに落とし穴がある。
──それがなにかって、このおバカロボット……長いモノには巻かれるようなやつなのだ。
いったい、誰に似たのかは知らないが、このロボット。
千賀子より『止まれ』って命令すればちゃんと言うことを聞くけど、女神様が『動け』と言ったら即座に起動する、とんでもない日和見ロボットなのだ。
だから、千賀子の命令には従っているようでいて、実は女神様の命令を最優先で従うという、根本からの欠陥を抱えているのでは……と思いたくなるようなロボットなのである。
──Q.じゃあ、なんでダイエットを強制したの?
──A.そんなの、千賀子自身が痩せなきゃと本心で思ったから。
隙あらば甘やかそうとする女神様だが、なんだかんだ言いつつも、千賀子の内心を汲んで動いてくれる(女神基準)あたり、甘やかすばかりでは……うん。
というか、隣の部屋にある時点で、でかしたもくそもないのだが……とにかく、着る物は用意出来た。
「……で、何を話したらいいの?」
「はい、マスター」
「はい、ロボ子」
「素直に、低能な生き物ながらも宇宙へ上がったことを褒めてやるべきだと思います」
「実はおまえ、人間のことを見下してないか?」
「とんでもない、褒めているのです。それはもう、吊り下げられたバナナを上手に取ったなと涙がこぼれてしまうぐらいに」
「やっぱおまえ、見下しているだろ……」
次に話すことだが、2号や3号と相談した結果……高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応しましょう……ということになった。
──はい、愛し子よ。
「……はい、女神様」
──そもそも、貴女の許しを得ていない者たちがどうしてこの地に降り立っているのか、私……気になります。
「私がね! ちょっと興味があるの! だからね! お願いだから、女神様は何もしないでね!」
──ですが。
「超特急で身嗜みを整えるから、手伝って!」
──(=^ω^=)
なお、女神様を野放しにすると大変なので、千賀子は断腸の思いで女神様の手で世話をしてもらうのであった。
……。
……。
…………一方、その頃。
どったんばったん大騒ぎしている千賀子たちを他所に。
人類史において初めて月面に着陸し、月の大地を踏みしめたアポロ11号の乗組員の二人は……前方にて確認出来ている旗に、話し合っていた。
1人は、『バズ・オードリー』
1人は、『ニール・レッグストロング』
あとは、後に『忘れられた宇宙飛行士』と称されてしまう、周回軌道上にて司令船の操縦や月面撮影を行っている、『マイケル・コールズ』がいるが、この場にいるのは2人だけである。
まあ、話し合っているとは言っても、外からは白い人型の巨大な塊が、ノッシノッシとぎこちなく動いているようにしか見えないけど……それも致し方ない。
なにせ、宇宙は真空である。
それは月面においても、変わらない。何故なら、月の引力は大気を地表に留めておけるほど強くないから。
掛かる重力は、およそ6分の1。
動くこと事態はできるが、地上と同じように動くことはできず、また、宇宙服の構造上、生身での動きよりかなり制限されている。
それに万が一にも宇宙服が船外活動中に故障してしまったら最後、待っているのは確実な死だ。
宇宙服が破損して酸素が漏れたらアウト、宇宙服に問題が生じて太陽光の熱波をまともに受けてもアウト、転倒すれば立ち上がるのに相当に困難。
対策は施されているが、当然ながら絶対的なモノではない。
地球より重力が弱いので、血液の循環が悪くなる。6分の1とはいえ、無重力ではないので、その分だけ影響は軽減されるが……軽減されるだけだ。
加えて、意外と知られていない危険な因子が月面にはある。
それは、月面の地表を覆う砂で、地球上の砂とはまったく違う。
月面に緩く積もっている砂はほとんどが粉末状で、岩石由来の粒子や欠片だけでなく、小天体の衝突などで生成されたガラス片が混じっている。
いわゆる、『レゴリス』と呼ばれる月の砂であり、磁気を帯びているモノが多い。
このレゴリスは、非常に厄介だ。
地球上であれば雨風にさらされて削られ丸くなるところを、真空ゆえにそうなることなく、粉末状のヤスリみたいな状態になっている。
非常に粒子が細かいので、宇宙服のフィルターや機械に入り込み、目詰まりや故障を引き起こすばかりか、花粉症に似た症状を引き起こしてしまう。
また、地上より重力が弱いこともあって、一度舞い上がった粒子は、落ち切るまで時間が掛かる。ヤスリ状の鋭い粒子が舞う中での活動は危険すぎるのだ。
他にも色々あるが、兎にも角にもいくつもの問題をクリアして、初めて人類は月面に立つことを許される。
宇宙とは、月面とは、それほどに過酷で、それほどに生物を拒絶する空間なのだ。
『……あれが、例の旗か?』
『そうだ、ニール……信じられない、本当にあったんだな』
『奇遇だな、バズ……俺も同意見だ……これが現実とは思えない光景だ』
だからこそ、話題は、なんと言っても……『旗』である。
その旗は、ある日、突然観測されるようになった。
何時からあるのか、実は前からあったのか、それは分からない。
ただ、唐突に出現したソレに対して、彼らの背後にいるアメリカでは、それはもう様々な憶測を生み出していた。
曰く、ソ連が秘密裏に打ち立てた旗だ。
曰く、地球外の存在が立てた旗だ。
曰く、曰く、曰く……数え上げたら、キリがない。
その中でも、比較的有力視されているのが、ソ連と地球外の二つだが……とはいえ、失笑されるばかりの選択肢の中で比較的マシなだけ。
ソ連より秘密裏に手に入れた月面写真……最初にそれを見た時、意図的に流されている情報操作の類かと諜報員が疑うのも、無理はない。
もしも本当にソ連が月面着陸を行えているのであれば、自国民へ大々的に報道を行っているはず……わざわざ隠す必要性が分からないからだ。
では、地球外の……それも、ソ連の可能性よりは僅かばかり高いかも……といった程度であった。
もしも、そんな事が可能な存在がいるとするならば、とっくの昔に地球に……いや、アメリカとコンタクトを取って……いや、考えたところで、意味はない。
『……あの旗を持ち帰るのが、ミッションの一つだったな?』
『ああ……だが、想定されていたサイズよりも若干大きい。重さによっては、持ち帰れないだろう』
『折って袋に入れるのはOKかな?』
バズのジョークに、ニール・レッグストロングはフフッと宇宙服の中で笑みを零した。
『そうしたいのは山々だが、可能な限り実物のまま持ち帰れとのお達しだ。ここはおとなしく、写真撮影だけにしておこう』
ニールの提案に、バズは頷くと……ふと、旗に描かれた何者かへと視線を向ける
『それにしても、アレはいったい誰なんだろうな』
『……さあ? 目元を手で隠しているみたいだから、俺には……あごや首の細さからして、女性だと思われるが……』
そんな話をしつつ、近くで写真を撮ろうと旗に近寄った──その時であった。
「こんにちは」
それは、唐突な挨拶であった。と、同時に、この場には存在しない、第三者の声でもあった。
ギョッ、と。
ほとんど反射的に、2人は振り返った──その先には、広大な月面の大地と、宇宙の暗闇が広がっているだけだった──はずなのに。
「こんにちは、何用ですか?」
そこには、いたのだ。
「その旗は、我が主の領土を示す物……不必要に触らないでください」
つい先程まで、何者もいなかった場所に──宇宙服も無しで、生身のまま真空の中で立っている1人の少女……いや、女性に。
『……なあ、ニール。俺は、夢を見ているのか?』
『……さあな。だけど、俺も同じ夢を見ているようだ』
『そうか、すげー夢だ。真空の中で、向こうの声が聞こえるんだ、これは夢だな』
『これが夢だったら、俺は三日三晩泣くぞ』
あまりにも、そう、これまで培ってきた全ての常識と知識を根底から覆す状況に、2人は呆然と……そう、辛うじて、そんな会話で気を紛らわすことしか出来なかった。
「……主より、貴方たちとお話がしたいそうです」
ゆえに、2人は……いや、2人だけでなく、2人がどのような状況になっているのかを知らずにミッションを続けているマイケルも。
「では、いらっしゃいませ」
一瞬ばかりクラッと意識が遠のいた直後。
気付けば、彼らは3人横並びのまま立ち尽くしていて、眼前には……3人にとってはまったく見覚えのない……いや、違う。
『これは……月面写真に写っていた、謎の……っ!?』
つい最近になってから唐突に存在が確認された、月に現れた謎の建築物……関係者の間では『Moon-X』と呼ばれている建物が3人を出迎えたのであった。
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