第77話: さらば、大学!




 ──千賀子は以前、一つだけ、思いついた事を女神様に尋ねた事がある。



 それは、『女神様にお願いして恐怖の大王を倒した後で、おねだりして元に戻して貰えるのか?』である。


 答えは、『『女神の囁き』分としてカウントする』、とのこと。


 その他諸々ごと破壊するのに1回、元凶を除いて元に戻すのに1回。


 おやっさんから山を貰った時に、山の整備その他諸々を『女神の囁き』で解決(?)したので、それで全て使い切る計算になる。


 つまり、一度だけだ。


 一度だけ危機を脱するだけで終わる。その次から、結局は自力でなんとかしなければならない……というのが、女神様の言わんとする事であった。



 ……その返答に、千賀子はほとんど落胆しなかった。



 というのも、基本的に、女神様のやり方は『与える』モノ。


 千賀子が望んだモノを与えるのではなく、女神様が与えようと思ったモノを与えるだけ。要は、女神様の気まぐれに過ぎない。


 意外に思うかもしれないが、女神様は千賀子のお願いをほとんど聞かない。聞いているように見えても、実質的にはほとんど聞いていない。


 本当に千賀子の願いを聞いてくれるならば、恐怖の大王はもうこの世界には存在していないし、千賀子とて、『ガチャ』や『魅力』に振り回されてはいないのだ。



 そう、女神様に関しても、だ。



 客観的に見れば、女神様は千賀子の無意識を感じ取って助けてくれているように思えるだろうが、それは少し違う……いや、合ってはいるのだ。


 千賀子の無意識を感じ取り、先回りして動く(動かない時もある)が、それは千賀子の内心を汲み取って動いているのではない。


 ぶっちゃけると、女神様の自己判断。


 『千賀子は、これが好きだったよね❤』ではなく、『これなら嬉しいね❤』という感じで、あくまでも基準は女神様自身にある。


 だから、千賀子がもし前世の記憶が無く、年齢相応の反抗期なんて迎えていたら……文字通り、この世界に地獄の蓋が開かれていただろう。


 女神様にとって、千賀子以外がどうなろうが何の感情も無い。せいぜい、宇宙のどこかを漂っている隕石が二つに割れた……その程度の感覚でしかないから。


 だから、仮に千賀子が反抗期を迎えて癇癪かんしゃくでも起こしていたなら……止めよう、話が逸れた。



 とにかく、全てはたまたまである。



 たまたま、結果的に千賀子に利をもたらしているだけで、実際は千賀子の了承など何一つ考慮していないし、どこまでも一方的である。


 そんなわけだから。


 千賀子より『○○をして欲しい』とお願いしても、人知を超えるような願いは、よほどの例外を除いて、女神様はほとんど聞いてくれない。



 例外は、千賀子自身。そう、女神様は、千賀子だけを愛でるのだ。



 女神様にとって、千賀子がどのような結末を迎えようと同じだし、どれだけ千賀子が悲しんだところで、そういう目で見られる事すらけっこう喜ぶ。


 だから、千賀子が誰かを助けるために命がけの行動を取っても静観するだけだし、それで身動き出来ないぐらいに消耗すると分かっていても、それを止めたりはしない。


 実際、銃で撃たれて死にかけても、女神様は手を貸していない。


 女神様が動いたのは、あくまでも事後……傷を負った愛し子を愛でるように眺めてからで……愛し子の死ですら、女神様にとってはその程度でしかないのだ。



 ……なら、なんで世界を消したのかって? 


 ──それはそれとして、可愛がっている子に、くっそどうでもいい子がちょっかい掛けて怪我させたらムカつくでしょ? 



 例えるなら、少年漫画の主人公たちの青春的な友情を見たいのであって、主人公たちの汗臭いガチホモ行為を見たいわけではない。


 求めているのは、そういうモノじゃねえよってわけである。


 それに、女神様が元に戻すのは、あくまでも女神様自身が起こした変化や事象だけ。それも、完全な元通りではなく、けっこう大雑把な直し方をする。


 大雑把なのは、女神様の尺度があまりに人間と違い過ぎるせいで、女神様から見れば『あまりに細かくない?』という感覚なのだろう。


 千賀子が、女神様にお願いしない理由の一つだ。ある意味、見えている地雷である。


 恐怖の大王を倒して、余波で大勢消し飛んで、また戻す。


 どれぐらい大雑把なのかって、その過程で、人間に似ているけど全く別の種が誕生したとて、なんら不思議ではないのだ。


 と、いうか、結局のところ結論は、だ。



「……ねえ、2号。私の気のせいじゃなければいいんだけど、お月様が二つあるように見える」

「見間違いではないわよ、本体の私。古来より、月は二つあるのよ」

「いやいやいや、そんなわけないじゃん?」

「そうは言っても、『双月夜』っていう謎の季語が和歌に追加されているぐらいだし、双子月って言葉が教科書にも書かれているぐらいだし」

「女神様……そりゃあ宇宙規模で考えたら、誤差としてもカウントされない話だけど……!」

「不思議ね、月が二つあるのに重力とかは前と同じっぽいし」

「悔しい……太陽が二個にならなくて良かったとかチラッと心の片隅で考えてしまう己が悔しい……!」



 現在進行形で、天体が以前より一個増えているという時点で、やはり女神様に直接お頼みするのはリスクが高すぎるなあ……と、思うわけであった。



 ……。



 ……。



 …………さて、話がだいぶ逸れているので、戻そう。



 あの後、なんとか世界を元に戻して(完全になのかは不明)もらった千賀子だが、そのまま翌日の卒業式に出て、それから後は大学へ入学……とは、いかなかった。


 ぶっちゃけると、高熱を出して学校はおろか、1人暮らしするために借りている引っ越し先にすら、行けなくなったのである。


 まあ、冷静に考えてみれば、当たり前な話だろう。


 いくら神通力という超常的な力を持っているとはいえ、千賀子の肉体は人間と同じ。少しばかり常人より体力があって頑丈という程度でしかない。


 なんとか出血を止めたとはいえ、銃で(しかも、3発)撃たれた時点で絶対安静だというのに、そこから世界を元に戻すためにおねだりの体力消耗。


 そこから更に、現場で混乱の極みに達している佐東府知事の下へと向かい、口裏を合わせて犯行をでっち上げ、騒動を鎮静化させ──たところで、限界を迎えてしまった。


 ただでさえ、連日の『巫女服』着用の疲労が積もっていたのだ。


 なんとか自宅に戻った時点では取り繕えていたが、翌朝になった時にはもう駄目。高熱のあまり、布団から出ることすら億劫(おっくう)な有様になっていた。


 当然ながら、卒業式なんかに出られる体調ではない。さすがに家族からも『そんな体で出歩くやつがあるか!』とちょい強めで怒られてしまったので、どうにもならなかった。



 ……2号に頼めば良かったんじゃないかって? 



 残念ながら、その時点ではまだ2号はロリ2号。3号を出せる体調ではなかったので、休む以外の選択肢が無いのであった。



 ……。


 ……。


 …………で、そこで話が終わればまだ良かったのだが……ここで、問題が一つ生じた。



 簡潔に述べると、『恐怖の大王』が出現したのだ。



 それも、これまでのように予兆的な出現ではない。生物を害する存在として実体化し、されど、人の目では感知出来ない……そういう形で現れたのだ。



 ──はっきり言おう。



 ソレが現れた時、自室で安静にしていた千賀子は、うつらうつらしていた意識が一気に覚醒し、誇張抜きで死を覚悟した。


 なんというか、実体化して出現した瞬間──すなわち、この世界に降臨した瞬間、分かったのだ。


 高熱で気怠かった身体から、一気に不調が消えた。


 それは、治ったからではない。


 この後どれだけ悪化しようとも、ここで動かなければ確実に死ぬぞという、巫女的シックスセンスが、千賀子の身体から不調のサインを全て無視したのだ。


 そうして、飛び跳ねるようにして布団を蹴飛ばして庭から空を見上げた千賀子は──心底、震え上がった。


 何故ならば──地上へと、舌が伸びていたのだ。


 そう、何時ぞやの、ぐちゃぐちゃの顔にギョロリと蠢く目玉……恐怖の大王が、空の向こうより姿を見せていて。


 その下部に現れた口から、長い……何千メートルにも達するであろう長い舌が、地上へと伸ばされていた。



 ──ヤバい。



 あの舌は、言うなれば死に神の鎌。触れた場所は全て、神隠しに遭ったかのように例外なく削り取られ、食われる。


 食う理由は、生きるためではない。ただ、己を形作る負の念を解消するためだけ。


 人が生み出した負の念の結晶は、同じ人を害することで浄化される。恨みを、憎しみを、晴らすために。


 食われた者は、自分が食われた事すら気付けないまま、その命を終える……それを改めて察した千賀子には、考える暇も、躊躇(ちゅうちょ)する余裕もなかった。



「  !!!!!!!   」



 渾身の、神通力。


 視認出来る者が見たら、その時、千賀子の身体は太陽のように燃え上がり、しばらく目を開けられないぐらいの光を放っているように見えただろう。


 それは、言うなれば火事場の馬鹿力であった。


 危機を感じ取った千賀子の本能とも言える部分が、全てのリミッターを外した。本来であれば、千賀子自身がダメージを負わないようにするためのセーフティを、含めて。


 『巫女服』を着ていなくとも、瞬間的にではあるが、ソレを超えるほどのパワーでもって……千賀子は、『恐怖の大王』へと、不可視のエネルギー波を放った。


 これを──まともに受けてしまった『恐怖の大王』は、悲鳴一つあげられないまま……ふわりと、その姿を消した。


 その瞬間、千賀子は……ひとまず、今回は己が『恐怖の大王』に打ち勝ったことを理解し、「──シャァオラァ!!」思わずその場でガッツポーズを取ったのであった。



 ──不幸中の幸いというべきか、千賀子は気付いていなかったが、タイミング的には最善の行動であった。



 というのも、理由は二つ。


 まず、『恐怖の大王』は女神様の破壊と再生によって、その内に渦巻いていた潜在的エネルギーを相当なレベルで消耗してしまっていたこと。


 そして、本来であればまだ出現しなかったけど、この時のショックによって実体化してしまい、『恐怖の大王』にとっても不本意な形であったこと。


 千賀子にとっても、『恐怖の大王』にとっても、今回のコレは予期せぬトラブル、突然のスターターピストル暴発……みたいな状況だったのだ。



 つまり、また(女神様のせい)だよ、である。



 なので、下手に人間を食べられて回復……すなわち、人が抱えている負の念を補給されてしまう前に、一気に集中攻撃にて撃破するのが最善の手であった。


 おかげで、ひとまず此度の『対・恐怖の大王1戦目』は、ほとんど一方的な形で千賀子が勝利したわけだが……代償は、直後に来た。


 結果から述べるなら、千賀子の体調不良が悪化した。


 何時ぞやの、無理をして指一本動かすことすら出来なかった時とは違い、『巫女服』による疲労がゆる~く長く蓄積したからだろう。



 ──完全回復まで、約3ヵ月の休息が必要になってしまった。



 あの時は、2週間ぐらい寝込む結果になったが……今回はそもそも反動が来ている最中に更に無理を通した形だったので、以前より相当ダメージが根深くなってしまったのだろう。


 それが、こっそり2号より教えてもらった話で。


 緊急入院という事にはならなかったが、さすがにそんな状態では両親も祖母も1人暮らしの許可は出さなかった。


 まあ、そうなるのも致し方ない。


 最初の頃は一日中高熱が続いていたし、体調不良による様々な症状が出たかと思えば、治まっていた発熱が起こったり、物が食べられず嘔吐したり……見ていて不安を覚えて当たり前である。


 実際、お見舞いに来た明美や道子から、相当に心配されたし。


 全然覚えがない名前の人からお見舞いの品が届いたり、どういうわけか佐東府知事からも果物の缶詰が届いたりと、さすがに『これはもう治るまで無理だな』と千賀子も諦めるしかなかった。


 それは、賢明な判断である。


 大学は最悪やり直せば良いだけだが、身体の問題は、そうもいかない。勉強は何時でも取り返せるけど、健康は取り返せないとその後一生続くのだ。


 そんなわけで、少なくとも一日通して発熱せず、食欲も普通にあって、その他諸々の症状が出ずに健康的に過ごせたら……という条件をクリアできるまで、約3ヵ月掛かったわけである。



 ──で、だ。



 他の学生たちに出遅れること3ヵ月。


 大学に伝えていた休学を取消してもらい、ようやくこの世界において初めての大学生活、1人暮らしを始める時だと……千賀子は思っていた。



「……ごめん、お父さん。どうも私ってば疲れているみたいだから、代わりに読んで」

「何度読んでも一緒だが……まあ、おまえの気持ちはよく分かる。でも、これは現実だから、ちゃんと受け止めなさい」



 思っていたのだが、しかし。



「……ねえ、お母さん。どうも、私には『退学通知書』の文字が見えるのだけど?」

「私にもそう見える……けど、どういう事かしら? 千賀子は休学届けを出してから学校には行っていないはずなのに……」



 そんな、世の学生たちが期待と不安で胸を膨らませる……その、最初の一歩目にして。



(……ヘイ! 3号!? どういう事か分かる?)

『……ん~、さすがに退学理由は分からないけど、想像は付くかな』

(なに?)

『本体の私が入学に合わせて住もうとしていた、引っ越し先のアパートがあったじゃん?』

(あったね、熱出したせいで一日も住んでいないのに家賃だけ払い続けていたね。そういえば、もう掃除は終わったの? 3ヵ月も放置しているから、けっこう汚くなっているかもだけど)

『う~ん、それがさあ……』

(なに? まだ同期していないから、説明してもらわんと分からんよ)

『結論から言うと、勝手に合鍵作った知らんやつが入り込んでいて、中で違法なチョメチョメとか違法な薬とか作ったりやっていましたっぽくてね、近隣住民がそりゃあもうお喋りしてますよ、これぇ』

(      )

『で、それがどうも一週間ぐらい前の話らしくてね。今は警官が部屋の出入り口に立って誰も入れない状態になっていて……なんというか、大家もグルだったっぽい』

(      )

『なので、おそらくなんだけど、本体の私もグルだと学校には思われたんじゃないの? いちいち事実確認するより、スパッと切り捨てた方が学校側としてはダメージが少ないって判断したのでは?』

(      )

『まあ、不幸中の幸いというべきか、警察の方は初期の段階で無関係だと判断したっぽいね。目撃情報も無いし、本体の私が具合を悪くして休学しているのは調べたらすぐに分かることだし……ん? 聞いているの、本体の私?』

(       )

『あ、駄目だコレ、気絶しちゃってますわ……』



 千賀子は、すてーんと転んでしまったのであった。



―――――――――――――――――――


※高校生編はこれにて終了


次回、秋山千賀子無職編、となります

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