第66話: うんのよさ「ほな、また……。」




 ……。


 ……。


 …………さて、そんなトラブルが起きつつも、お正月は過ぎ去り、和広も東京へと戻り、秋山商店も通常営業を始めた。



 ゆっくりと流れていた時間は再び体感的に加速を始める。



 それは『冴陀等村』も例外ではなく、ついに諸々の準備を終えてオープンされた『冴陀等旅館』に、ポツリポツリと客が……何を見て来たのかは知らないが、客が来るようになった。


 客は車でやってくる者もいれば、バスに乗ってやってくる者もいる。中には、近隣の町から歩いてやってきた強者すらいた。


 どのような方法で宣伝をしているかは知らないが、おそらく、あのお偉いさん(最近、頭の地肌が見え始めた)が宣伝してくれたのだろう。


 様々な媒体で宣伝出来る現代とは違い、この頃の媒体は新聞や雑誌、あるいは、電話帳に載せるぐらいしかない。


 いくら千賀子から援助されているとはいえ、そう何度も掲載費を出せるほどは……まあ、今は『賽銭箱』があるので可能だが……とにかく、無料でやってくれているのは有り難かった。



 ……ちなみに、『冴陀等旅館』にて、従業員たちがどのような接客をしているかを、千賀子は知らない。



 知る必要が無いと思ったし、どのように旅館を生き残らせるのか、どのようにこれから生きていくのかは村人たちのやり方に任せているからだ。


 さすがに天災などが起きた時は手を貸すが、それ以外は手を貸すつもりはない。



 というか、手を貸すところがない。



 神通力がなければ、千賀子はただ美人な女でしかない。そして、神通力によるサポートは、向上心を腐らせる。


 それを前提とした経営なんぞ、千賀子の心変わり一つで破綻してしまう。千賀子にその気がなくとも、それはよくないと千賀子は思った


 だいたい、村人たちはこの地で生きていく事を選んだ。


 いや、この地でなくとも、助けた時点で千賀子の役目は終わっており、後は村人たちが勝手に生きて行かなければならないのだ。


 だから、どのような生き方をしようが、自分を含めた周囲に迷惑が掛かって来なければ、千賀子は何も言うつもりも知るつもりもなかった。



 ……まあ、気配で色々と察してしまうけど。



 それに、客が止まっている部屋へ入ってゆく女や男……あるいは、少女や少年の姿をチラッと目撃していると2号から報告があったので、それ以前の話で……話が逸れだしたので、戻そう。



 山だ、そう、例の山。



 千賀子が新たに得た二つの山も、ようやく整備が終わった。


 女神パワーによる『牧場』や『神社』こそ無いものの、見る人が見れば驚いてしまうぐらいに細部まで手入れが行き届かせた後。


 どういうわけか、何かをしてほしいといった要望を出してこない女神様に、戦々恐々としつつ……どうしたものかと頭を悩ませる。


 何か開発するのは無粋だし、それとも秘境的な意味で温泉でも掘り出してみるかとか、色々考えているうちに、1967年の2月に入って半ば頃。



『──ぴんぽんぱんぽ~ん、お知らせです』



 『冴陀等旅館』にて、ぬくぬくと炬燵で暖を取っていた千賀子は。



『シークレットミッション、『賽銭箱の累計残高が1兆円突破』、『初恋泥棒累計10000人達成』、『脳内孕ませ回数累計1億回達成』、この三つが達成されました、拍手~ぱちぱちぱち~』



 ついに、恐れていたアレに直面するのであった。



 ……キショっと鳥肌が立つようなミッションよりも、だ。



 結局、金の使い道が思いつかず、残高が1兆円に達していることに注意が行くのは、それだけ慣れてしまったからだろうか。


 ……こんな慣れ方嫌だなあ、と千賀子は思った。



『今回の達成報酬は……『UR確定限定ガチャ』が1回となります。やったね、URだよ、前よりも種類を増やしたから、どれが当たるか楽しみだね、楽しみですね』



 まあ、そんな千賀子の内心を他所に、残念ながら。



『大丈夫ですよ、安心してください、まだ妊娠したくないのでしょう? 理解力のある私は理解しております。なので、今回はそれ以外にしますわよ~限定だから、とても嬉しいよね?』



 拒否権は、相変わらず一切なさそうであった。


 あと、ほんの僅かでも妊娠を嫌がっていることを認識してくれていることに、千賀子は安堵の気持ちと共に、ちょっと感動したのであった。



『大丈夫、嫌がっても、その分だけ私が受け止めてあげますから……ね?』

「ね、じゃねえよ、私の嬉し涙をどうしてくれんのよ」



 感動を返してと直後に思った千賀子は、ガチャルーレットと共に出現したミニ女神様に、ミカンを投げつけたのであった。






 ……まあ、投げ付けたところで結果は変わらない。拒否権など、無いのだから。



 それに、今回はそういった恩恵のろいが入っていないのであれば、少しは安心……いや、うん、どうだろうか? 


 一抹の不安を覚えたが、既にルーレットは回転している。


 とりあえず、自動的に発動し続ける常時バフ系さえなければ良いかも……そんな後ろ向きな考えで、ジトッとした眼差しをミニ女神様とルーレットに向けている……と。




『SUHMR: 麦とライフ・エッセンス


 ──要約:愛し子への愛を他所へ渡すやつ(一部例外or代償有り)




「え、なんか説明が雑……っていうか、なにこれ、SUHMR?」



 これまでと同じく結果が出たわけだが、どうにも説明がこれまでと違って素っ気ないことに、おやっと千賀子は顔をあげ……そこで、ふと、千賀子の視線がミニ女神様へと向けられた。


 そこには、この世の終わりだと言わんばかりに両手を地面に突いて落ち込んでいるミニ女神様が居た。


 顔面を砕こうが何をしようが欠片も気にしなかった女神様が、いったい……驚きつつも、千賀子はミニ女神様に説明を求める。


 何時もなら聞かなくても教えてくれるぐらいの勢いなのに、今回ばかりは妙に言いたくなさそうな態度に、これは……と思い、さらに追及すれば、だ。



『……これは、ですね』



 渋々……本当に渋々といった様子で、教えてくれ──直後、千賀子は万感の思いを込めて両手を天に掲げた。



 いったいどうしてか……それは、この恩恵が、初めて自分以外へと作用させられる恩恵だったからだ。


 端的にまとめると、この『SUHMR:麦と肉』の能力は、『ガチャで得られた恩恵を、他者に譲渡する』という能力である。



 譲渡する方法は、特に決まっていない。



 液体に変えても良いし、オーラ的なモノに変えて譲渡するのも良いし、何なら光的なエフェクトと共にそれっぽく与えても良い。


 つまり、これまでガチャを回した時点で問答無用で千賀子に備わり、あるいは与えられていた恩恵を外部に、それでいて自由にストックさせることが出来るのだ。


 これが、どれだけ嬉しい事なのか……だって、ガチャに怯える心配が軽減されるのだ! 


 もちろん、一部例外があるらしいので、全てが全てそれが出来るわけではないだろうが……下に書かれている(代償有り)というのも、忘れてはならない。


 美味い話には裏があるというやつで、この能力で恩恵を得る際には、相応の代償を支払う必要があるらしい。


 たとえば、身体能力を恒常的に上げる恩恵ならば、『恩恵が身体に馴染むまで筋肉痛の症状が全身に出る』、といった感じだ。


『魅力』系の恩恵も同様に、馴染むまで倦怠感が続いたり、声や体質の部分に作用する恩恵ならば、しばらく耐え難い頭痛が続いたり。


 あと、ぶっちゃけてしまうが、年齢によっては効果が表に出ない場合や、代償からの回復に時間が掛かる場合もある。


 90歳の皺くちゃな爺婆に『美しさ+100』しても、年齢に比べたら若々しいという程度が限界だが、15歳の少年少女に『美しさ+100』をしたら、どうなるかという話で。


 同様に、歳若い子であれば一日ぐっすり休めば回復するような疲労でも、爺婆では3,4日ぐらい掛かる……という点も、譲渡の際には考える必要があるわけだ。


 また、あくまでも譲渡が可能なのは、この『SUHMR:麦と肉』を得た後で得られる恩恵に限定される。


 つまり、これまで得た恩恵を譲渡することは出来ない。また、この『麦と肉』も同様に譲渡は出来ない仕様……とのこと。



 ……ちなみに、『SUHMR』とは、『Super Ultra Hyper Miracle Rare』の略であり、その当選確率は、『UR』のおよそ0.0000……うん。



 地球から放った弾丸を、太陽系の彼方にあるブラックホールにてスイングバイさせ、それを再び地球にてスイングバイさせ、最初のブラックホールに入れるぐらいの確率であるらしい。


 言い換えると、そこまでしてでも当てて欲しくなかった恩恵で……なら、どうしてそんなのをガチャに入れたかと聞けば、『公平だから』、らしい。



(言われてみたら、『巫女』のジョブも、女神様の願いを考えたら邪魔にしかならないし……女神様って、不思議なところでバランスを取ろうとするよな)



 まあ、考えてみたら、女神様のやる事は人知を超え過ぎて端が見えないぐらいに巨大だが、ある種のルールというか、傾向は感じ取れる。


 それは、ある程度は女神様なりに公平にしてあるという点だ。


 特に顕著なのが、『ガチャ』である。


 『魅力ピックアップ(固定)』とはいえ、その『ガチャ』によって助けられたという事実は否定出来ないし、それを入れたのもまた、女神様だ。


 結果的にジリ貧の末に……まあ、妊娠したわけだが、それもまた『ガチャ』だ。


 有無を言わさず妊娠させようと思えば何時でも出来るし、なんなら100人でも200人でも産ませることが出来る女神様が、どうしてこんなに回りくどいやり方を取るのか。



(……もしかして、女神様と同格の神様が他に居て、その神様がストッパーになってくれている……とか?)



 しばし考えてみるが……考えたところで埒が明かないと判断した千賀子は、それではと試しに『ガチャ』を回すことにする。



『…………』



 でも、ミニ女神様はふて腐れた様子でルーレットを回さなかった。コイツ、拗ねてやがる。



「ミニ女神様、顔が見えないのにものすごく嫌そうな顔をしているのが分かりますね」



 珍しいといえば珍しい光景に思わず口に出せば、『オヨヨ……私は悲しい』ミニ女神様はなんだかわざとらしく横たわってしまった。



『愛し子への愛が、どうして他所へ……他所へ……』

「え、女神様、もしかして人間のこと嫌いなんですか?」

『いえ、嫌いではありませんよ。ただ、可愛い可愛い貴女ではありませんので……そう、愛し子ではないのですよ?』

「う~ん、清々しいぐらいの依怙贔屓えこひいき……なんとか機嫌を直してください、肌とか綺麗になる恩恵とか出たら、道子とか明美に持って行きたいので」



 家族にあげても良いのだが、代償で寝込んでしまうかもしれないので、どうしたものかと……と、考えていると。



『あ、じゃあ、ちょっと吸わせてください』

「え?」



 意味が分からずに目を瞬かせたと同時に、ガッと肩が掴まれる。ハッと気付いた時にはもう、千賀子の身体は炬燵から出されていて──めくり上げられて露わになった胸の谷間(ノーブラ)に、グイッと女神様の顔が押しつけら──っと。



 ……すぅぅぅぅぅぅうううううう!!!!!!! 



 瞬間、魂が吸われたかと思った。


 そう錯覚してしまうぐらいの、強烈な吸引。


 それが首筋、腹、お尻、股……とにかく、万遍なく吸われた。



(あ、これ、猫吸いってやつだ)



 反射的に千賀子の脳裏を過ったのは、飼い主に吸われて虚無の顔になっている猫の顔だが……たぶん、自分も似たような顔になっているだろうなあ、と千賀子は思ったのであった。






 ──場所を移して、『冴陀等旅館』の千賀子の部屋。



 そこには、千賀子と2号の二人が居て。2人の前に置かれた机には、大量の牛乳瓶が所狭しに置かれていた。


 その瓶の中には、ほとんどジェル状の液体が入っている。


 パッと見た限りでは、煮凝りか何かかと思われそうだが……中身は、液体化した恩恵である。


 あの後、片っ端から溜まっていた『ガチャ』を回して恩恵を液体化したが、レア度に関係なく液体の量は同じ。


 味に関して少し違いはあるが、マズイという程ではなかった。



「……で、本体の私が持って来たコレを、冴陀等村の人達の協力の下でテストしてみたのだけど」



 そこで、チラリと、持っている紙束から千賀子へと視線を向けた2号は、軽くため息をこぼした。



「……もう少し、入れ物はなんとかならなかったの?」

「ちょうど良いのが無かったから……」

「まあ、テストするだけだから良いけど……で、結論から言わせて貰うけど、これは使用方法によって、かなり結果が異なるわね」



 ぺらり、と。2号は持っている紙束を捲った。



「飲んだ場合は、全身に薄く作用する。水などで薄めた場合は、その分だけ効果が薄まる。代償は様々だけど、若い方が軽症よ」

「ふむ、思っていた通りだ」

「肌に塗った場合は局所的に強く作用する。薄めると、薄めた分だけ効果も薄まる。塗ったそばから肌に浸みこむ感じだから、全部吸収されるまで根気強く塗り続ける必要があるわね」

「その場合、代償ってどうなるの?」

「塗ったところがヒリヒリ、ビリビリ、ズキズキ痛むって。まあ、二日ぐらいで治まるらしいけど、確かにシミとか痣とか消えたわね」

「さすがは女神様、とんでもない効能だわ」

「あと、試しに咲いている花とかに掛けてみたら、すごく色艶が良くなったわよ」

「相手は人間に限らずなのか……」

「続いて、オーラや光に変えてやってみたけど……正直、やりたくないわ。どちらも、ちゃんと恩恵が譲渡されるまで私もその場から動けなくなっちゃうから」

「あ~、それは却下だね」



 うんうんと頷いた千賀子は……さて、と2号を見つめた。



「どうしようか、これ?」

「分身の私に聞く事じゃないと思うけど?」



 首を傾げる2号に、千賀子は……なんとも表現し難い、まるで渋い果物を食べてしまったかのように顔をしかめた。



「とりあえず、明美と道子が欲しければいくつかあげるとして、母さんたちは……寝込みそうだから駄目かな」



 一つ、頷いた分身は、「ところで、本体の私」そう話を切り出す。



「山の方はどうするの? 整備したけど手付かずでしょ?」

「あ~、そっちは……その、維持したまま放置で」

「放置するの? 勿体無くない?」

「そう言われても、先日からさぁ……ホテルを建てませんかとか、材木の販売をしてみませんかとか、なんか怪しい人たちが家に来ているらしいんだよね」

「ああ、あの人たち……どうするつもり?」

「とにかく全部私に話を回すようにはしているわ」

「当人が家に居ないじゃない、無駄足を運ばせるの?」

「知ったこっちゃないよ、向こうがこっちの都合を無視するなら、それに付き合う道理が私にはないから」

「そう、それにしても土地持ちって大変ね、本体の私」

「……なんとなく、おやっさんが危惧していた気持ちが分かった気がする」



 そう、深々とため息を吐く千賀子に、2号は素知らぬ顔で、それ以上の事は何も言わなかった。






 ……。



 ……。



 …………とはいえ、だ。



 完全とはいえなくとも、『ガチャ』の恐怖を軽減した千賀子の心は、それはもう晴れ晴れとしていた。


 際限なく溜まっていく『賽銭箱』の残高とか、神社に(正確には、『牧場』)ストックされてゆく様々な物資や、持て余している山のことも、この時ばかりは気にならなかった。


 いつ何時、強制発動するか分からない『ガチャ』に怯えなくても良い。なんなら、シークレットミッションに対しても有効かもしれない。


 女神様には悪いけど……いや、そもそも元凶は女神様だけど……そんな事を交互に考えつつ、千賀子はその日、パチッと目を覚ました。


 時刻は5時20分。


 まだまだ外は薄暗く、家の中は静まり返っている。ただ、寝起きはビックリするぐらいに良くて、眠気がキレイさっぱり無くなっていた。



(……トイレ行っとこう)



 このままヌクヌクするのも良いけど、その前に……ムクリと布団から出た千賀子は、ブルリと寒さに体を震わせながら、トイレへ──え? 



「  お 」



 廊下に出て、すぐのところで──千賀子は、己の目に映る光景を上手く認識出来なかった。



「 お 爺ちゃ  ん  ?」



 だが、頭は動かなくても、心が止まってしまっても、身体は反射的に動いてくれて──ハッと我に返った時にはもう、千賀子は。



「──お爺ちゃん?」



 廊下で倒れている、祖父の身体を揺さぶっていて。



「お爺──爺ちゃん!? どうしたの!?」



 首筋にまで脂汗を浮かべ、苦しそうに腹部を押さえている祖父を見て──千賀子は、家族を大声で呼んだのであった。




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