激動昭和・やりたい放題編(まだ未成年)

第56話: あ、勝ったの、ふ~ん ←ダービー的中率100%の女




 ──1966年(昭和41年)の始まりは、日本にとっては比較的平穏に、世界的に見れば不穏な空気を孕んだまま始まった。



 まず、1月には『三沢大火みさわたいか』と後に言われる大火事が発生した。


 物理学者であり夏目漱石の弟子である寺田寅彦てらだ・とらひこの言葉に、『天災は忘れた頃にやって来る』という警句がある。


 まさしく、そうとしか表現しようがない災害が、三沢市中央通の繁華街にて発生した。


 この日は非常に風が強かった(瞬間風速26m)こともあり、燃え上がった日は瞬く間に延焼し続け、鎮火するまで約6時間も掛かったとされている。


 その勢いはあまりに速く、強く、米軍基地や近隣の消防団が総出で消火に回ったが火を消すのに時間が掛かり、最終的には828世帯が焼け出されたとされている。


 おおよそ2152人の人々が家屋を失って路頭に迷うことになり、その損害額は15億6500万円という巨額に達したとされている。



 ──Q.800世帯以上が火災で燃えたのに、どこが平穏だって? 


 ──A.悲しいけど、世界的に見ればこれでもマジで平穏な方なのです。



 この年の世界ときたら、もう本当に酷い。


 まず、1月には米軍機が衝突する事故を起こし、なんとスペインのとある集落に水素爆弾を4個も落としてしまう大事件が発生した。



 通称、『パロマレス米軍機墜落事故』。



 一つは海中に落ち、一つは地上に落ちたが奇跡的にも無傷で見付かったが、残りの二つは……うん。


 不幸中の幸いとも言うべきか、二個とも核爆発はしなかったが、起爆用の火薬が爆発し、ウランやプルトニウムといった核物質が周囲の土地を汚染させてしまう結果となった。


 他にも、長らく続いていたベトナム戦争が激化の一途を辿り。


 タイビン村虐殺事件、ゴダイの虐殺事件、米軍戦力の本格的な投入により、全面的な戦争に突入。


 中華人民共和国において文化大革命が始まり、アフリカではローデシア紛争(現ジンバブエ共和国)、中央アメリカでは約6年続いた内戦。


 他にも、エジプトにて起きた『イエメン内戦』、『アルジェリア・モロッコ国境紛争』、インドネシアとマレーシアの対立によって生じた紛争、そこからの国交樹立。


 2016年になってようやく終結を迎えたコロンビア紛争にいたっては、約50年。


 そして、戦争以外にもフランスがNATO軍より脱退、イギリスより独立したボツワナ共和国、アメリカではエンリコ・フェルミ原子力発電所の炉心融解。


 そして、年の終わりにはダメ押しの『十二・三事件』という、ポルトガル領マカオで発生した、マカオ史上最大の暴動。


 あまりに詰め込み過ぎ、人類は生き急いでいるのかと上位存在から思われそうな大事件が毎月のように起こって……話が逸れているので、日本史に話を戻そう。



 ……なんだったか、ああ、火災だ、三沢大火。



 これにより、戦後でも有数のこの大火は『三沢大火』と名付けられ、その恐怖と教訓は後の世にも長く語り継がれる事となった。



 ──そうして、人々の心に大火の衝撃を残したまま、2月が始まってすぐ。



 全日空機ボルリング727が着陸直前に羽田沖に墜落するという航空機事故が発生した。


 乗客・乗員合わせて133人全員が死亡。乗客の多くは『さっぽろ雪まつり』の見物帰りであり、当時では最悪の事故であった。


 ちなみに、このボルリングというのは、世界最大の航空宇宙機器開発製造会社(ボルリング・カンパニー)が製造した旅客機のことである。


 世界最大とあって、ボルリング社製の航空機は世界中で利用されており、一時期はボルリング社製の航空機が無い国は無いとまで言われるほどの勢力を持っていた。



 ──Q.ボルリング? ボー○○グの間違い? 

 ──A.おい、止めろ馬鹿。


 ──Q.言うてもこの社の航空機、けっこう事故起こ(ry

 ──A.言ってはならぬことだ、死にたくなければな。



 とまあ、そんな感じで3月にも墜落事故が起こり、4月には国鉄・私鉄が全国一斉ストライキが発生という、とんでもない波乱な出来事が続いたわけだが……もちろん、悪い事ばかりではない。


 この年、日本人は諸々の理由から海外渡航回数に制限が掛けられていたのだが、それが撤廃され、自由に海外へ行くことが出来るようになった。


 持ち出せる外貨は500ドルまで。この年はまだ1ドル360円の固定相場制である。


 ちなみに、この頃の海外旅行費用は非常に高額であり、一般庶民の間では夢の一つとして認識されていて……海外旅行に行く男性はスーツ、女性は着物姿か正装が多かったのだとか。


 他にも、『サッポロ一番』ブランドの始まりである『サッポロ一番しょうゆ味』が販売されたり、日本の総人口が一億人を突破したり、『札幌五輪』の開催が決定したり。


 東京都にて日本初の『コインランドリー』が開店したり、日本初のFFセダン車『スバル・1000』が販売されたり、後年にも残る伝説的な番組『笑点』が始まったり。


 それはもう、戦後の成長を象徴するかのように次から次に新しいモノが生まれ、それが人々の目に触れられるが、日常の一つとなっていた。



 また──この年には、だ。



 世界的な音楽グループである『ビードルズ』なるグループがイギリスからやってくることもあって、日本の熱気は治まることはなく、常に燃え続けていた。



 ……。


 ……。


 …………まあ、そんな日本や世界の騒動を他所に、だ。



「い、癒される……」



 無事に高校2年生を迎え、相も変わらずぼっちな学生生活を送っていた千賀子は、『冴陀等村』に新しく建設された『冴陀等旅館』の一室にて……ぐったりしていた。



 ……色々と、聞きたい事があると思う。



 なので、一つずつ、前話から今に至るまでの経緯を語ろう。


 まず、千賀子の妊娠騒動だが、家族からの反応は……なんと言い表せばよいのか、一夜だけの騒動という形で治まった。


 それって薄情というか、おかしくないか……と思われそうだが、家族がそんな反応で終わってしまうのも、いくつか理由がある。


 まず、結論を先に述べるが、肝心の赤子が居なくなったからだ。


 超常的な出来事だったとはいえ、結論としては千賀子の赤子は消え、周囲にもそれが露見することはなく、家族からすれば文字通り一夜の出来事でしかなかった。


 もちろん、家族からすれば、だ。


 突然の出来事とはいえ、腹の子が一夜にして消えることへのショックは計り知れない。だから、声を掛けたい気落ちはあった。


 しかし、どう声を掛ければ良いのかが分からなかった。


 なにせ、ようやく戻ってきたというか、千賀子が姿を見せたかと思えば、だ。


 千賀子の腹は、始めから赤子など居なかったかのように細くなっていて。


 千賀子の顔には涙を流した跡がバッチリ残っており、目の当たりが全体的に赤く腫れぼったくなっていて。



『──居なくなった。神様が連れて行った。それ以上は聞かないで』



 そんな言葉で、締め括られてしまったのだ。


 これには、いくら家族とて呆然とするしかない。その中でも、異性である父と祖父は、どう声を掛けたら良いか分からず、頷く事も何も出来なかった。


 ただし、母や祖母は同じ女であるがゆえに、察するモノを感じたのか……あえて言葉にはしなかったが、その肩や背中を慰めるように軽く叩いただけで、それ以上は何もしなかった。



『……ごめんなさい。ありがとう』



 というか、そう小さく言われてしまえばもう、何も言えなかった。



 ……実際のところ、家族に出来ることは何も無い。



 下手な慰めは傷口を開くことになりかねないし、どうしたってもう、千賀子の赤子は居ないのだ。


 警察沙汰になったわけでも何でもなく、相手の男だって存在しない。それどころか、相手が超常的な存在ともなれば、どうすればいいのか。


 当人である千賀子が『何も聞くな』と言うのであれば……まあ、それでも。



『……名前ぐらい、付けてあげたかったな』



 結局、赤子のことで一番心を痛めているのは千賀子であるので……終わった問題として流すのが一番千賀子のためだと家族が思うのは、無理も無かった。


 ちなみに、明美と道子からは無言のままに頬を抓られたが、それに関しては心配を掛けた千賀子が悪かったので、甘んじて受け入れたのであった。



 ……。



 ……。



 …………で、だ。



 それからの日々はまあ、これまでの延長に近しい日常であった。


 相変わらず学校ではボッチだし、勘が働けば東京の店は閉めたし、ロウシのパン売りは行っていた。


 けれども、変わった事というか、これまでしなかった事が幾つかある。その中でも、特に大きな事は二つ。



 まず、一つ目は……道子の伝手を借りて、新たに馬を買った事。それも、競走馬。



 なんでそれを買ったのかと言うと、理由は二つ。


 一つは、よくよく考えたらロウシはずっと一人ぼっちだし、同じ馬が居た方が楽しいのではと思ったから。


 実際、ロウシにそれとなく聞いてみたら、友達が出来るのは嬉しいと喜んでいたので、すぐに購入を決めた。


 幸いにも、食料等は有り余るほどあるし、女神様にお願いしてみたら、『愛し子が喜んでくれるならOK』と軽~く返事をしてくれた。



 ……女神様に遠慮はしないのかって? 



 遠慮するだけ無駄だし、あまり遠慮が過ぎると、それはそれで大変なことになるのは身に染みているので、以前よりは……話を戻そう。


 とにかく、ロウシと気が合いそうな馬を一頭買えないかと道子に連絡を取ったのだが……すると、ここで二つ目。



『──せっかくだし、千賀子も競走馬を買ってみる~?』



 そう、道子より提案されたからである。



『え、いや、別に現役を引退した馬でいいんだけど……ていうか、現役の馬なんて高くて買えないし……』

『でもね、でもね~、ちょうど今ね、パパの知り合いの人でね、所有している馬を手放さなきゃって話があってね~』

『あ、そうなの?』

『うん、私も詳しくは知らないけど、知り合いの知り合いに大金を貸していたらしいんだけど、その人が突然行方をくらまして蒸発したらしくて~』

『えぇ……』

『他にも、いきなり事業が傾きそうになっているらしくて、その補てんに色々とてんてこ舞いみたいで……なんとか融資してもらえないかって、パパの方にも話が来てね~』

『……担保として、その人が所有している馬をってわけ?』

『うん。でも、競走馬って勝てないのが普通だから、パパも難しい顔でね~……千賀子が買ってくれるっていうなら、パパも首を縦に振ってくれると思うの』

『え、いや、そんな素人の私に、なんて重苦しい選択を……』

『ん~、そこらへんは気にしなくていいよ。私から見て、パパも本当は助けたいのだけど、何かしら後押しが欲しくて悩んでいるみたいだから~』

『あ、そういう感じ?』

『うん、昔すごくお世話になった恩人さんらしくて、この件で損をしてもぜんぜん構わないって話でね……千賀子さえ良かったら、どう~?』

『う~ん……まあ、それならいいか。でも、高い馬なら買えないし、けっこうな頻度でロウシと一緒に行動させるよ、色々と強引にやっちゃうけど、それでも?』

『千賀子がそれで諸々を誤魔化せるならそれでいいし、お値段も大丈夫、そこらへんは全部こっちで持つから。とにかく、パパの背中を押してあげられたら、私も嬉しいからさ~』

『ん~、そっか……ところで、その馬の名前って、もう決まっているの?』

『うん、この前レースで勝った若い馬でね、名前は『テイトオー』って言うんだよ』

『よく分からないけど、なんだか東京優駿を勝ちそうな馬の名前だね』

『──っ!! そう言って貰えると、私も嬉しいわ~』



 とまあ、そんな流れで購入となった。


 千賀子としてはロウシに気が合いそうな馬ならそれで良かったのだが、ロウシに聞いてみれば、是非とお願いされた。


 詳しく聞けば、牧場に居た時は走らない馬をしごいて鍛えていたり、お喋りをよくしていたり、そういうのが懐かしいから、またやりたいのだとか。


 ちなみに、馬主資格の無い千賀子が買ってもレースに出られないので、あくまでも名義などは道子たちにするし、賞金とか取れたらちゃんと必要経費以外は渡すからと言われた。



 ……ロウシの件もあるし、色々と心配を掛けてしまったわけだし。



 そう考えた千賀子は、賞金はその馬主さんに渡してくれと㎡地子に伝え……新たに、『神社』に『テイトオー』という仲間が増え、ロウシともすぐに仲良くなった。



 ……。



 ……。



 …………そして、大きな事の二つ目。



 それは、『冴陀等村』だ。



 かねてより工事が進められていた『冴陀等村』は、それはもう見違えるという言葉を具現化されたのかと思えるぐらいに、全てが様変わりした。


 まず、住宅が全て新しくなった。


 全て、昔ながらの和風だ。ぶっちゃけると、タイムスリップしたかと思ってしまうような光景である。


 そして、『神社』の他に一つ、ものすごく大きな……それはもう、高級旅館としか言いようがない建物の建築が進められていた。


 なんでそんな事になったのかを知らなかった千賀子は、変身するのも面倒なので顔を隠した巫女服(No・アシスト)で神様の使いとして村人たちに聞き込みをした。


 すると、どうやら村の整備などに携わったお偉いさんが、それはもうあっちこっちに手を回したらしく、片っ端から職人を集めたらしい。


 その中には、どうやらかなり有名な宮大工や、昔ながらの和風建築専門の大工(超達人レベル)がけっこう混じっていたらしく、村人たちの家は全て純和風で統一されたのだとか。


 それで、だ。


 なんでも、宮大工の知り合いらしい神職の人が、千賀子が知らぬ間に様子を見に来たらしく。



『絶対に半端な仕事をするな』

『ここに旅館を立てろ、とにかく金を惜しむな』

『水場はとにかく重点的に作れ』

『そうだ、全盛期の吉原より立派なモノを作るつもりでやれ』



 そう、真っ青な顔で念押ししたのも、純和風で統一された理由の一つなのだとか。



(……女神様、アプローチを変えたなコレ)



 ちなみに、その話を聞いた千賀子の率直な感想がコレで、ジロリと空を見上げれば、千賀子以外には見えないし顔も見えないけど、『(=^ω^=)』こんな感じで嬉しそうに手を振っている女神の姿に……千賀子はもう、頭痛しか覚えなかった。


 いちおう、女神様には子を産むつもりがないことは伝えている。赤子の件もあるので、気持ちの整理が付くまでは絶対に嫌だとも伝えている。


 その結果、『それじゃあそういう行為とか毎日見ていたら気持ちが変わるよね❤』という思考に行きつくあたり、マジですか女神様という感じだが……とにかく、だ。



 何も無かった『冴陀等村』は、本格的に生まれ変わろうとしていた。



 他にも、自然を残したまま放置されて荒れ果てた道路が整備され、新たにトンネルが急ピッチで作られ……開通まで、もうすぐという段階になっていた。



 ……なので、とりあえず千賀子は村人たちに、完成する『高級旅館:冴陀等』に働いてもらうことにした。



 何時までも千賀子が面倒を見るわけにはいかないが、理由はそれだけではない。


 これはしばらくして巫女的シックスセンスで気付いた事なのだが、実は冴陀等村の住人たち……程度の差こそあるが、1人の例外もなく先天性の疾患を持っていたのだ。


 最も多いのが、知能や精神に関する疾患……だが、一般的に知られる知的障害とは少し違う。


 言うなれば、数百年にも渡って続けられてきた搾取の歴史によって変質してしまった遺伝子であり、積み重ねられ続けてきた後遺症。



 それは──盲目なまでの従順さである。



 冴陀等村の長い歴史の中で、自ら考えて行動しようとした者が辿った末路。語り継がれ、時には見せしめとして行われた、凄惨極まりない拷問。


 いつしか、村人たちは考える事を止めて、動く者を悪とした。


 従順に従えば少なくとも苦しまずに死ねるという歴史があまりに続いてしまったせいで、村人たちは……1人の例外もなく、従うことに安心と幸福を覚えるようになっていた。


 そう、村人たちはもう、まともに生きていける状態ではなくなっていたのだ。


 絶対者が望めば喜んで人間を殺し、嫌がれば心底辛そうに顔を伏せ、促せば誰にでも、何にでも、股を開くことを躊躇しないし、心の底から幸福感で満たされる。


 生まれ持っての精神的な盲目、そこから生まれる従順さ。


 それは、ある種の防御反応。そこに加えて、駄目押しの……千賀子が知る由もない、女神様のお仕置き。


 その一端を感じ取ってしまった者たちが見せる、心底怯えきり、泣いて許しを請う姿を幾度となく魅せられてしまえば、だ。



 ──外は危ない場所、村の中なら安心、言うことを聞くのが幸せ。



 そう、村人が無意識に思うのも致し方ないことだろう。


 数百年という時を重ねて生まれた疾患、実際に奇跡を起こした超常的存在、それに怯えて命乞いをする、かつては自分たちを虐げていた者たち。



 ……結果、千賀子は放り出すわけにはいかず、ならばと旅館でもして銭を稼げ……そう、村人たちに指示を出したのであった。



 もちろん、さすがに何もかもを放り出すことはしない。


 なにやらすっかり顔のしわが増えたお偉いさんの頭に指示を送り、旅館などの経営者や職員を呼び寄せ、みっちり指導を受けさせるように動いて。


 神通力を駆使して、ロウシの他にテイトオーが自由気ままに走り回せる広場を、村の空きスペースなどに作ることも忘れなかった。



 ……。


 ……。


 …………そうして時は流れて。



 基本的にロウシと一緒に遊ばせる時以外はノータッチで、その際に『~~が気になるから見ておいて』と指示を出したり出さなかったりしていた、ある日。


 その『テイトオー』が東京優駿を勝利し、道子から『おめでとう、千賀子!』とお礼の電話が来たのは、1966年の5月末のことであったが。



(別に、頑張ったのはテイトオーと前の馬主さん、調教師さんなんだから、私に言わなくてもいいんだけどなあ……)



 当の千賀子は、持ち馬が東京優駿を勝ったことよりも、もうすぐ開店する事が出来る旅館の事を考えていた。



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