第50話: 例えるなら、着ると界王〇発動な感じ



 ──とまあ、そんな感じで気付けば夏休みも終わり、新学期が始まったわけだが。



 冷却期間(夏はくそ暑かったけど)を挟んだことで、入学当初のような高嶺の花扱いとなった千賀子。


 表面上はお澄ましに振る舞っていたが、その内心は驚愕に染まっていた。



(……3、3人も処女と童貞が卒業している……だと!?)



 理由は、コレである。


 冴陀等村と関わってから、どうも『巫女』としての能力が高まっているようで、以前よりも色々な事が分かるようになった。



 そのうちの一つが、処女&童貞発見能力である。



 考え出すと嫌気が差してきそうなので深く考えないようにしているが、その人を見れば、直感的に分かるのだ。


 ──あ、この人、非童貞or非処女になっているな、と。


 もちろん、相手の見た目に変化は現われていない。臭いが変わっているわけでもないし、気配が変わっているわけでも……あ、いや、違うか。



(……女になったからかな、ほんの僅かだけど、男子の方は気配が……ちょっと、腰が落ち着いたかなって感じがするね)



 おそらく、相当に勘が鋭い者でなければ、気付かない変化だろう……対して、だ。



(……女子の方は、非処女になっても変わらんな……まあ、そりゃあそうか)



 女子に関しては、千賀子の目から見ても、特に違いは感じ取れなかった。非処女ということだけは分かるけど、それだけであった。


 いや、まあ、コレに関しては、女として生きてきた千賀子も納得するしかないなと思った。


 選ぶ側と、選ばれる側、その違い。特に、若いうちなんてそれが特に強い。


 高望みさえしなければ、容易く彼氏が出来る方と。


 高望みしなくとも、大半は努力しないと彼女が作れない方。


 どちらが精神的に変わるかと言えば、考えるまでもなく……まあ、そんな事よりも、だ。



(知りとうなかった……何が悲しくて、クラスメイトのSEX事情を知らなければならないのか……)



 千賀子としては、まさにそんな気持ちでしかなかった。


 もうね、本当に、客観的に考えてみてほしい。気まずいッたら、ありゃしない。


 なんかにこやかに友達と会話している女子を見ても、最初に思う事が、『でもこの子、昨日ちん○入れられているんだよなあ』……だぞ。


 同様に、なんか友達と馬鹿騒ぎしている男子を見ても、『でもこつ、昨日射精してんだよなあ』なうえに、一緒に騒いでいる男子には『この中で、そいつだけが童貞卒業しているんだぞ……』と思ってしまうわけである。



 ──本当に、気まずい。



 以前と同じくぼっちの状態でありながら、千賀子は外を眺めながら……内心、溜め息を零した。


 例えるなら、自室の窓から隣の部屋が覗けてしまい、その際、そこに住んでいる女子大生のSEXを目撃してしまったかのような心境だ。


 ちゃんと何も知らないフリが出来るとはいえ、『おはようございます』と顔を合わせた時、挨拶をすると同時に『この人、昨日喘いでいたよな……』と思ってしまう、アレである。


 そりゃあ、一方的かつ勝手な話とはいえ、気まずくもなろう……っと。



「おはよう、秋山」



 教室に登校してきた滝田から、挨拶をされた。



「おはよう、滝田く──」



 とりあえず、変な態度を見せないよう意識しつつ、滝田の方へと視線を戻した千賀子は──思わず、変なタイミングで言葉を止めてしまった。



(ど、童貞を卒業してなさる!?!?!?)



 なんでかって、滝田が大人の階段を上っていたからである。


 当然ながら、滝田の見た目は何も変わっていない。


 まあ、日焼けをしているとか、髪が短くなっているとか、ちょっとだけ背が伸びたとか、そういう点は変わっているが、そういう点以外に変化は見られない。


 けれども、千賀子には分かった。こいつ、童貞を卒業しやがった、と。


 しかも、それだけじゃない。千賀子が読み取れる限り、過去一週間の間に4回は……その、女体を交えた射精を行っているのが分かる。



 なんというか……めちゃ複雑な気分である。


 いや、別に、嫉妬とかそういうのではない。



 ただ、想像してみてほしい……先日クラスメイトと顔を合わせた時、ほんの些細な切っ掛けで、『こいつ、卒業したのか!?』と察してしまった、あの感覚を。


 一度だけとはいえ、一緒に遊んだ仲……それも、自転車の後ろに乗せてもらった人が、まさか、ひと夏のアバンチュールを経験しているとは……っと、その時であった。



「おはよう、滝田くん」

「ん、おはよう、園木そのき

「今日も暑いね、よく平気だね、この暑いのに」

「な~に、慣れるよ、これぐらい」

「へえ、さっすが男子。私はもう駄目、早く涼しくなってほしいよ」

「はは、2回言うぐらいだから、本当に暑いのが駄目なんだな」



 滝田に、クラスメイトの女子……『園木そのきさん』が、話しかけてきた。


 園木は、このクラスに限らず、学校でも上位に食い込む美貌の持ち主であり、このクラスでは千賀子の次に注目を集めやすい美少女である。



 ……で。だ。



 そんな女子と、滝田がなんだか仲良さ気に話をしているのを見て、千賀子は……表面上は笑みを保ちつつ、内心にて絶句した。


 それは、何故か。


 理由は、滝田の卒業相手が、園木であるからだという事と、もう一つ。



(えぇ……よ、よりにもよって、園木とか……いや、まあ、いいんだけど……だ、大丈夫かな?)



 それは、園木とそういう関係になった滝田に対する、心配であった。



 ……そう、既にお察しの方が居るかもしれないが、改めて説明しよう。



 『巫女』の能力を持っているからこそ千賀子は察していたが、園木という女子……実は、相当に性格が悪いというか、密かに恨まれている人物である。


 神通力などで千賀子が知る限りの話ではあるが、だ。


 園木という女は、小学生の時には、同級生の女子を秘密裏に苛めを行って、少なくとも二人は登校拒否にまで追い込んでいる。


 中学の時には既に年上男性と男性経験があり、同時進行で三股も行っていたうえに、ミスを他人に押し付けたことだって幾度となくあるようだ。


 そのうえ、それらを全て巧みに隠ぺいし、弱みを握る形で口裏を合わせ、無かった事にしているという邪悪な強かさも持っている。



 ……簡潔にまとめると。



 他人を蹴落とし邪魔をして、罪をなすりつけたり、でっち上げたり、性欲のおもむくままに浮気をしても欠片の罪悪感も抱かない……園木とは、そういう女なのである。


 もちろん、見た目には全く分からない。


 むしろ、園木の見た目は物静かな美少女といった感じで、軽く会話をしただけでは、清純でハツラツとした性格にしか見えないし、思えない女である。


 そして、そんな女がどうして、滝田と関係を持ったのか。


 滝田に興味があったから、滝田から告白されたから、滝田とそういう雰囲気になったから……色々と思いつくだろうが、答えはそのどれでもない。



 ……ニヤリ。


(ヒェ……)



 答えは、千賀子と仲良くしていたから、それに尽きた。


 そう、自分よりも美少女で、自分よりもスタイルが良く、自分よりも成績の良い千賀子が、他の男子よりも仲良くしているように見えた、ただそれだけで。



 ただ、それだけで……園木は、滝田と関係を持ったのだ。



 なんでそう思うのかって、千賀子には分かるから。


 園木→滝田への感情が愛情ではなく、打算や見栄、千賀子へ向けられる仄暗い敵意から来る、優越感だけだということを。


 始めての相手ゆえにすっかり絆されてしまっている滝田という対比があるからこそ、余計に……それが、分かってしまった。



 ……ちなみに、だ。



 この園木という女子、実は以前、ボウリングの時にも居たりする。


 その時の千賀子は、全く気に留めていなかったので記憶にすら残っていないが……もしかしたら、それが余計に園木のプライドを傷つけたのかもしれない。



(……とりあえず、何事も無いよう祈っておこう)



 まあ、理由はなんであれ、既に事は進んでしまったのだ。


 チラチラと、勝ち誇った顔で視線を向けてくる園木に、曖昧に笑みを返しながら……千賀子は、女子ってコワッ、とドン引きするのであった。






 そんなこんなで時は流れ──時は、10月。



 浮足立っていた夏の空気も遠ざかり、すっかり人々の記憶からセミの声が消え、秋の涼しさを感じられるようになった頃。


 前世の世界においてはこの年の11月頃から始まったとされる『いざなぎ景気』の、一ヶ月前。



(……普通にライオンが主人公のジャングル大帝が放送されたよ……じゃあ、前に放送していた『ジャン・グル×❤×大帝レオ』はなんだったんだよ……!!)



 未だに幾度となく遭遇する、この世界の不条理。


 その精神的なダメージに、千賀子は何とも言えない気持ちの中で、何時ものように家族そろって晩御飯を食べていた、その時であった。



『──番組の途中ですが、臨時ニュースです』



 対して興味が無いので千賀子だけは見ていなかったテレビに、緊急放送が流れたのは。


 内容は、『マリアナ海域にて漁を行っていた漁船集団が、太平洋で発生した台風に巻き込まれ、遭難事故が発生した』というものだ。


 この事故によって、創設以来初めてとなる、海外での災害派遣が実施される事が決まり、政府は早急に対応を進めている……というのが、ニュースの全容であった。



(……え、今なんて言ったの? CMかと思って聞き流していたんだけど?)



 その中で、1人だけテレビを見ていなかった千賀子は、「見つかるといいな」とか、「海の仕事は怖いねえ」とか、そんな感じの事を話しあっている家族の顔を見やった。


 それは、1人だけ話題を把握していないのは寂しいから……という意味なのだが、そのおかげか、千賀子は気付くことが出来た。



(お爺ちゃん……?)



 祖父だけが、気難しい……というよりは、何か思うところがあるのか、懸念そうに顔をしかめ、視線を落としていた、ということに。



「──っ」



 不思議に思い、反射的に尋ねようとした千賀子だが……その隣で、こちらへ視線を向けていた祖母が、静かに首を横に小さく振ったのを見て、千賀子は尋ねるのを止めた。



 ……。



 ……。



 …………けれども、だ。



 祖父がそんな顔をして、千賀子が平気でいられるわけもない。


 尋ねるのは止めておけと祖母が言うなれば、祖父には聞かない。


 しかし、祖母に聞く分には問題がないだろうと判断した千賀子は、思い切って祖母に真正面から尋ねることにした。


 もちろん、祖父が居ない時に。


 幸いにも、祖父が1人で風呂に入り、祖母も千賀子も手が空いたうえに、両親の目も離れているタイミングが、その後でやってきた。



「詳しくはしんねぇけんど、お爺さんの昔馴染みが……まだ現役で、漁をやっている人でんねぇ」

「え? じゃあ、遭難した猟師の中に、お爺ちゃんの知り合いが?」

「分かんねぇ。でんも、前にそんなごと、言うとったよ」



 そうして、単刀直入に尋ねれば、返答がそれであった。


 それだけで、千賀子は色々と察した。


 祖父が辛そうにするのは、当然だ。


 仮に千賀子が逆の立場なら、明美や道子が何処どこで遭難して行方が分かっていない……というニュースを見てしまったようなものだ。


 心配と不安で、堪らないのだろう。


 けれども、祖父に出来る事は何も無い。


 役所に心配の電話を掛けたり、手紙を送ったところで無意味。いや、むしろ、邪魔になるばかりなのは想像するまでもない。


 ただ、黙って結果を見るしかない。


 もしかしたら、今にも命を落とそうとしているかもしれない。あるいは何事も無く、既に助かっているかもしれない。


 どちらにせよ、祖父が知る術はない。ただ、結果を待つしか出来ない。


 それを、ちゃんと理解しているからこそ、祖父は黙って何も言わずに不安を胸に秘めて……その気持ちを察したからこそ、『何も聞くな』と祖母より待ったが掛かったのだ。



(……ヨシッ!)



 そして、そんな二人の気持ちを察した千賀子の判断は……既に、その時点で心が決まった。



 ──いったい、何をするつもりなのかって? 


 ──そんなの、語るまでもない。



(決行は、みんなが寝静まった後で……ヨシ、頑張るぞ!)



 なんのための、人知を超えた力なのか。


 こんな時にこそ使わねば、いつ使うのか……千賀子は、パチンと己を頬を叩いて、気合を入れたのであった。



「……どした、いきなり顔を叩いて?」

「あ、うん、蚊がね、顔にね」

「ほうか、季節外れやけど、気を付けんさい」

「うん、ありがとう」



 ただ、気合を入れ過ぎて、空回りし過ぎないよう……ちょっと熱くひりひりする頬を摩りながら、自重を込めて、深呼吸をするのであった。



「なんね、急に胸さ張って……腰でも痛いんけ?」

「い、いや、肩が凝ったなあって」

「ほうけ、風呂に入って、よぉく揉むんだよ」

「うん、そうしとく」



 ……本当に、空回りしないよう気を付けよう。



 そう、千賀子は己に言い聞かせるのであった。






 ──そうして、夜も更け。



 皆が寝静まり、各々の意識が深く沈んだのを感じ取った千賀子は……そっと、音を消しながら身体を起こし……『神社』へと、ワープをする。


 理由は、着替えるためだ。なんで着替えるかって、それはまあ……見た目の印象を誤魔化すため。


 人間、何事も見た目である。


 ジャージ姿で商品を説明する人よりも、スーツや作業着、あるいは制服を着ていた方が、色々と本当っぽく見えるというものだ。



 で、何を着るかと言うと……巫女服である。


 そう、実は神社には『巫女服』がある。



 コスプレや趣味で作られるようなソレとは違い、一目で高い生地が使われているのが分かる、ちゃんとしたやつだ。


 この巫女服は、ただの衣服ではない。


 女神様お手製の特注で、何時ぞやの服とは違い、千賀子の精神に何かしらの影響を与えることはない。


 加えて、『巫女』としての能力を補助し、高める能力がある。


 普段使いをするうえではオーバーキルというか、過剰過ぎて危なっかしいので神社の押入れの中に入れっぱなしだが……二度と着ないだろうと思っていたそれに、腕を通す。



 ……冴陀等村の時には、使わなかったのかって? 



 とてもではないが、この『巫女服』を使いこなすための能力が足りていない段階では、使いたくとも使えない。


 それに、これには反動もあるし……今みたいに、なりふり構っていられない時以外では、絶対に使うことはない代物なのだ。



 ──ブフフン。


「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫……今回は私、いつもよりマジでいくから」



 そうして、諸々の準備を終えてから境内に出ると、待っていたロウシから心配をされた。


 ロウシが心配するのも、当然だろう。


 普段の千賀子からは想像もつかないぐらい、張り詰めた気配を立ち昇らせているのだから。


 でもそれは、不安や緊張によるものではない。何故なら、千賀子は己ならやれると確信を得ていたから。


 普段の恰好なら無理でも、この『巫女服』の袖に腕を通している間なら、たとえ言葉でしか聞いたことが無い場所でも……その位置の辺りへ、ワープする事が出来る。



「それじゃあ、行ってくるね」



 あくまでも、余裕をロウシに見せて……千賀子は、マリアナ海域へとワープをしたのであった。



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