第30話: 違うんです、ちょっと魔が差しただけなんです(千賀子)
──結論から言えば、立札も看板も石碑もな~んも無かった。
なので、とりあえずはとワープ能力にて下山し、その足でおやっさんの下へ(つまり、会社に向かった)尋ねたわけだが。
「え、なにそれ……知らん、怖っ……」
残念ながら、おやっさんも知らなかった。
そのまま、おやっさんは会社の従業員へと尋ねる……が、この場では最年長であるおやっさんすら知らない事を、それよりも若い衆が知っているわけがなかった。
親切……まあ、千賀子が美少女であるがゆえに普段より親切な従業員たちが、色々と各々の知り合いに聞いてくれたが、それでも分からなかった。
その際、明らかに嘘というか、千賀子の気を惹くためにそれっぽい事を言おうとした者がいたけど、おやっさんから睨まれて……というエピソードもあった。
美人であるからこそ余分に親切を受けられるが、その反面、こういう害にしかならないトラブルが起こる……これもまた、美人になった宿命か。
現在、千賀子は常に『巫女』の神通力を使って、己より発せられる魅力……認識阻害を始めとして、注意が集まり難いようにしているが、限度はある。
というのも、千賀子には『天使の残り香』という常時発動し続けている能力が有る。
この能力は、『千賀子を見た者の心の片隅に、千賀子が残る(+補正付き)というもの。
例えるなら、『街中で見掛けた美女の姿が、意識してなくとも記憶に残る』という感じだ。
これがまあ、厄介である。
普通ならば街中で見掛けた目立つ人でも、よほどインパクトが無ければ2,3日で……それこそ、他人から言われるまで忘れてしまうもの。
それが、千賀子の場合は違う。
何日経とうが、何週間経とうが、千賀子の姿を忘れられない。ふとした拍子に、千賀子の事を思い出してしまうのだ。
しかも、ちょっと+方向に補正が掛かる感じで。
おかげで、当初に比べて飛躍的に神通力が上がっているのに、それでもなお、『綺麗で可憐な娘だなぁ』という印象を相手に与えてしまう。
仮に、千賀子がそういったジャミングを外せばどうなるか、考えただけでも恐ろしく……話が逸れ始めたので、戻そう。
「それで、どうしたらいいかな?」
「ん~、作法なんて分からんし、下手に御上に話を持ち込んだら自腹で修繕しろって言われるだろうから、放置でいいだろ」
とりあえず、どうするべきかと尋ねたら、おやっさんの返答はソレであった。
おやっさん曰く、金は出さないくせに自腹でアレをしろ、コレは守れ、色々とウルサイのだとか。
たしかに、前世の現代の話だが、土木工事などで埴輪やら化石からが出てきた際、迂闊に国に報告すると、業者が自腹で回収してそれらを保護しなければならない……という話を聞いた覚えがあると、千賀子は思い出す。
昭和のこの頃がどうなっているかは知らないが、何時の時代も国がケチ臭いのは変わらないので、あまりよろしくない結果にはなるんだろうなあ……と、納得した。
──で、それから三日後。
その間、『山』のどこかに他に痕跡が無いかなと探している最中、答えというほどではないが、信憑性の高い情報が意外なところから出てきた。
「……そういえば、子供の頃に近所の婆さんが、なんかそんでぇなごと、言うてたな」
灯台下暗しというやつで、情報提供者は祖母からだった。
より正確に言えば、祖母が子供の頃に存命だった近所のお婆さんが、子供の頃に聞いた話なんだとか。
──曰く『ずっと昔、ここいらで飢饉に見舞われた時に作られた代物』なんだとか。
残念ながら、それ以上の情報はなかった。
当時の祖母自身が特に興味が無かったのもそうだが、そのお婆さんも詳しい事は知らなかったのだとか。
でも、何も分からない状態よりは良い。分かったからといって何かが変わるわけでもないが、気持ち的にはスッキリした。
報告さえしなかったら、公的には存在しないも同然。
壊しても良いし、壊さんでも良いし、放置しても良い。
ただ、壊すのは色々と思うところがあるので、おやっさんからも祖母からも、神主なり何なりに相談するべきでは……との助言を受けた。
──で、それから更に数日……時は来て、日曜日。
空梅雨になるだろうと想定していた通り、きっかり公的に空梅雨判定が下された日本は高気圧の熱風が吹き荒れていた。
つまり、暑い。そりゃあもう、暑い。
いちおう、この頃にもエアコンが販売されているが、現代に比べるとべらぼうに高く、基本的に大型なため、設置する場所が限られていた。
どれぐらい高いかって、都心の劇場や一部の会社などにあるぐらいで、一般家庭に有ったら『マジかよ……』と羨望の眼差しを向けられるレベルである。
なので、当然ながら、千賀子の住まう『秋山商店』には無い。
あと10年~15年もすれば、一般家庭の大半がエアコンを設置できるようになるが……少なくとも、千賀子が成人するまではエアコンとは無縁の生活になりそうだ。
「………………」
さて、そんな夏日の中で、千賀子は……やる気も無く、畳の上でごろんと仰向けになっていた。
夏バテとか、そういうわけではない。
単純に、タイミングの問題。
午前中は千賀子も店に出ていたのだが、父から『品物も買わず長居する客が来たから』と指示をされているので、引っ込んでいるところ。
(まあ、相手は子供だから暇潰しがてら来るんだけどさ……あんまり邪険に扱うのもよろしくないと思うんだけどなあ)
とはいえ、屈んだりした時や、高い位置に物を取る時に、いちいち移動するあたり……魂胆は見え見えではあるけれども。
千賀子としては、まあ除いてくる程度なら……という感覚だ。
酷いクソガキになると、子供であることを自覚して裾を捲ってきたり、わざと尻にぶつかってきたりと、そういうレベルになる。
そんなのに比べたら、興味が出る年頃なんだし、少しぐらい大目にみてやったらという……まあいい。
加えて、諸々の事情によって配達業務からも外されているので、する事がなくなってしまったのだ。
勉強する気力も湧かず、かといって、何処そこへ出かける気力も湧かず、さりとて、暇を潰す娯楽も無くて……こうして、ダラダラと寝転がるぐらいしかすることがなかった。
「──これ、千賀子、はしたねぇでよ」
「そうは言うけど、お婆ちゃん……こんな日差しの中ではやる気も出ないよ……」
「だからって、そんな恰好すんでねえ。学校や店に出る時と同じように、サラシを巻かにゃあならんでよ」
「えぇ……アレはアレで蒸れるし息苦しいし、夏場は特に……家の中ぐらいは外しておきたいのだけど……」
「じゃあ、ブラジャーを付けぇ。先月、新しく買ってきてくれたでよ」
「アレはアレで……いや、まあ、うん、分かった」
当たり前だが、見かねた祖母より注意が入った。
まあ、そりゃあそうだ。
いくら他人の目が無い自宅とはいえ、妙齢の女が無造作に肌蹴た服(それも、薄い)をそのままにして寝転がっているのは、この時代でもあまり良い目では見られない。
ましてや、千賀子は美人でスタイルも別格だ。純粋に、肌のハリや弾力が一般人とはモノが違う。
それがどれぐらいかって、仰向けに寝ると、胸がほとんど形を保ったまま上を向くぐらい。それなのに、むしろ柔らかい方だという……ある種の矛盾した怪物である。
実際、仰向けになっている千賀子の目は、ブラなどで固定されているわけでもないのに、ハッキリと分かるぐらい服の胸元を押し上げていた。
だからこそ、祖母が苦言を零すのも致し方ない。
いくら家族とはいえ、目のやりどころに困るというものだ。
長生きしている分だけ、ソレをよく分かっているからこそ、気を緩め過ぎてはイカンと注意をしたわけである。
(ん~……こりゃイカン、このままダラダラしていると、本気で怒られそうだ……)
そんな祖母の内心を察した千賀子は、言われるがまま箪笥よりブラを取り出すと、祖母より受け取った手拭いで汗を拭ってから、チャチャッと装着した。
……ブラジャー、付け心地が悪いんじゃなかったかって?
もちろん、あまりよろしくない。
しかし、小学生の時ならいざ知らず、既に片手では明らかに収まりきらないサイズになっているのをサラシで潰すのは、相当に窮屈である。
正直、この前買ったLサイズでも小さすぎるぐらいだが……サラシを巻くよりは楽なので、千賀子はそっちを選んだわけである。
……で、千賀子は気分転換も兼ねて外出した。
行き先は『山』である。ほとんど毎日行っているので、もうすっかり慣れてしまった。
それでも油断せず、『遊びに行こう!』を駆使して山へと向かう。特に目的があるわけではないが、人の目が入らない場所がそこなのだ。
とりあえず、山頂にほど近い場所にある、開けた場所に到着した千賀子は、そこにあった大岩の上にどっこいしょと腰を下ろした。
「……はあ、しかし、どうしたもんかな」
それから、グルリと辺りを見回した千賀子は、ふうっとため息を零した。
溜息の原因は、『山』に関して。
千賀子に前世の記憶が無かったら、このまま知らぬ存ぜぬで過ごしていただろうが……前世を覚えている以上、放置するのは居心地が悪い。
実際、グルリと見回った程度ではあるが、素人である千賀子から見ても、おやっさんが話していたとおりに放置されていたんだろうなあ……というのが察せられる。
倒れて腐ったまま放置されている樹木は数えきれないほどあるし、土砂がせき止められて小さなダムみたいになっている場所もある。
他にも気になるのは、山の中に潜んでいる獣たち。
これは『巫女』の能力にて感知出来たことだが……どうやら、この『山』には相当数の自然動物が暮らしているようだ。
これまで町の方へ出て来なかったのは、単純に出る必要が無かったから。まあ、それも何時までになるかは分からないけど。
猟師っぽい人たちをかなり離れた場所の麓にて何度か見かけたが、おそらく、本業というよりは兼業の人だろう。
猪とか熊などの害獣駆除が目的……会話から察するに農家っぽい感じなので、間引いてくれるというわけなのだろうが……全体で見れば、極々少数である。
……なんというか、『巫女』の能力も良し悪しだ。
本当に、今すぐどうこうなるわけではないけど、これから先、悪くなることはあっても好転することは無いんだろうなあ……というのが感覚的にも分かってしまうのが、中々に辛い。
せめて、全く手が届かないし手を出すのは駄目だという言い訳が出来たらマシだったのだろうが……そうならなかった。
千賀子の心配は何十年も先の事。
とはいえ、明日にでも危険な動物が降りてこない保証は無いし、離れているとはいえ、家族や知り合いが住んでいるのだ。
出来る事ならば、程度が軽いうちになんとかしておきたいが……さて、だ。
(神通力で上手いこと……あ~、無理だな、うん、直感的に『無理!』って分かってしまった……)
現時点で使える手段の一つである『神通力』を頼ろうかと思ったが、そうする前に無理なのを千賀子は悟った。
たぶん、それも神通力の一つなのだろうが、純粋に、今の千賀子では事を成すには出力が足りないようだ。
例えるなら、ミニ四駆のモーター一個で、大型トラックを走らせようとした……そんな感じだろうか。
ならば、範囲を絞って一つ一つやれば……どうだろうか。
それならば可能かもしれないと、改めて当たりを見回した千賀子は、深々とため息を零した。
……確かに、範囲を絞ればなんとかなる。
だが、『山』は広大だ。
例えるなら、琵琶湖の水をコップで掬って空にするようなものだ。
温泉を掘り出すのだって、各所に出来ている自然のダムの撤去や、その他諸々の整備、野生動物を間引くのだって、やろうと思えば、可能ではある。
ただし、それら全てが終わる頃には、千賀子の手にシワが目立つぐらいの年月が経っているだろうけど。
(おやっさんに……いや、金が無いから無理でしょ……)
ならばと、他の方法を考えるが……これといって、思いつかない。
というか、今さらというわけではないが、山一つ分を整備するだなんて、国家事業の領域ではないだろうか。
世界的大富豪、政府に口出し出来る権力者ならばともかく、雑貨屋の娘1人でどうこう出来る規模ではない。
それこそ、神様とかそういう存在でもない限り、もう静観するしか……ん?
(神様……いや、女神様……?)
……。
……。
…………はて?
(これ……もしかして、『女神の囁き』を使う時では?)
それはある意味、悪魔の誘惑なのかもしれない。なんとも表現し難い感覚が、千賀子の内心に広がった。
……思い返せば、実際にソレを使った事はない。
使う機会が無かったのと、代償が高すぎて使える機会が無かったから……はたして、それで良いのだろうか?
しかし、一度ぐらい……何かしらに使って、『女神の囁き』の程度を知るべきというか、調べるべきでは……ないだろうか?
(何かを壊したりするんじゃなくて、何かを守る……そう、この山の保全とか、そういう方向なら……大丈夫かもしれない……?)
『恐怖の大王』の場合、破壊する際の余波だけでヤバすぎて、出現させないようにするには大勢の人間を死なせる必要があったので、却下した。
しかし、今回のような『山の整備や保全』といった感じの願いならば、どうだろうか?
それならば、誰も傷付けない。
念のため、発動する前に、誰かを傷付けるような影響が及ぶのであれば、キャンセルすることを女神様に伝えておけば……いや、どうだろうか?
(不安だけど……ものすごく不安だけど、ちょっと聞いてみるぐらいなら……な、なんとかなる……か?)
正直、早まった考えでは……と、思わなくはない。というか、止めた方が良いのでは……と、思う自分が確かにある。
だが、それ以外に方法が思いつきそうにない。
そして、千賀子もまた……おやっさんの気持ち、『残してやりたい』という思いに共感したわけでもある。
(……温泉、入れたら良いな)
あと、ちょっとばかりの下心を滲ませた千賀子は……ごくりと唾を呑み込んでから、『UR: 女神の囁き』を発動させた。
「女神様、どうか私に貴女様の御力を──」
それから、先手必勝とばかりに、何か言われる前にと思って問い掛けた──のだが。
『 分かっておりますよ、愛し子よ 』
頭の中に鳴り響く、女神の声……残念ながら、女神様には通じなかった。
「──っ!? ちょ、お待ちを──」
『 安心しなさい、こう見えて私、壊すよりこっちの方が得意だから 』
「え!? そんな軽い感じで──あっ」
制止する間もなかった。
ナニカ……そう、あまりにも膨大なナニカ。千賀子はそれを、直感的に『女神より流れ込んできた力』だと判断した。
それが、千賀子を中心に──爆散し、山全体へと広がった。
そう、それは正しく、爆発したと錯覚するほどの、膨大な力。
己と比べることすらおこがましい……一匹の蟻が大海を前に呆然とするかのような感覚に目を白黒させた──直後にはもう、全ては終わっていた。
千賀子は、理解した。
──直前まで己が居た『山』ではなくなっているということに。
なんとなく、分かる。
直接目にしたわけではないが、気配が違う。
無造作で、自由で、ありのままに秩序なく乱れていた山全体の気配が、統率されているのが分かった。
(??? なに、この感覚……?)
そして、統率者は──千賀子であった。
言うなれば、ヌシだ。千賀子は、この地の
『巫女』としての『格』が、一段上位へ上がっているのが分かる。
己は確かにこの場所にあるのに、どういうわけか……この山で起こっている事、それ以外の全ても、手に取るように伝わってきた。
「うわぁ……なんかこれ……変な感覚……」
嫌な感覚ではないが、慣れるまで違和感が……ちょっとばかりクラクラする頭を手で摩った千賀子は、なにげなく振り返り──思わず、二度見した。
「……神社なんてあったっけ?????」
なんでかって、そこには──まったく見覚えのない、真新しい神社がでーんと鎮座していたからだ。
当たり前だが、先ほどまでそんなものは無かった。
周りと同じく樹木が並んでいるだけで、落ち葉やら羽虫やらがあるだけだった。
それがまあ……まるで何百年も前からそこにあるかのように馴染んでいる神社が出現していたら……うん、止めよう。
(たぶん、女神様なりのサービス……う~ん、どうだろう……入れば分かるかな?)
とりあえず、危険が無いというのが巫女的シックスセンスで感じ取った千賀子は、恐る恐る……鳥居を通り、その中へと進む。
中は……なんというか、普通……とはちょっと……いや、かなり違う点はあるけれども、普通な部分はちゃんと普通だ。
綺麗な石畳が敷き詰められた参道、その途中にはまず
制札とは、主にその神社の由来などが記されている事が多いが……千賀子の眼前にある制札は、そうではなかった。
『頼ってくれた愛し子へのご褒美です。自由に使ってください。というか使ってください、いっぱい使ってください、なんなら寝泊まりしてください、そのまま住み着いてもいいですよ(そのために特別仕様にしました、褒めてください)』
と、いう感じの内容であった。
……ぶっちゃけ、この時点で帰りたくなった。
だが、おそらく心底ワクワクしながら見ているであろう女神様の事を考えれば、ここで回れ右をする度胸なんて千賀子にはなかった。
ゆえに、千賀子は進むしかないのであった。
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