第29話: 解釈違い

※最後あたり、ホラー要素あり

 苦手な方は注意


――――――――――――――




 ──時は少しばかり流れ、7月。結局、千賀子の判子が出来上がるまで、約2ヶ月近い月日が掛かった。



 いったいどうして……理由は単純明快、用意した判子が一点ものだったからである。


 さすがに荷物の受け取り程度ならともかく、不動産関係で使用する判子を大量生産品で……というわけにはいかなかったのだ。



 ……ちなみに、だ。



 現代とは違い、実は昭和のこの頃(1964年)にはまだ、シャチハタ(ゴム印のこと)が無かったりする。


 いちおう、原形になるものは作られてはいたらしいが、市場に出て来るのはもっと後……前世の歴史ならば、今から数年後である。


 なので、そういった特別な印鑑に限らず、普段使いするような印鑑ですらも、この頃は一点ものが普通であった。


 ……で、話を戻して、7月。



『あ~、秋山くん……ちょっとその、体育とはいえ、その恰好は周囲の目に毒というか、もう少し裾の長い……そう、ズボンを履きなさい』

『え……あの、見ての通り、この暑い中で私だけズボンなんですが……これ以上って、どうすれば……?』

『……なんとか頑張って、お尻を小さく出来ますか? ちょっと、お尻の形がズボンの上からでもうっすら分かってしまうのは風紀的によろしくありませんので』

『無茶を言わんでくださいよ、教頭先生。そんな念じるだけで小さく出来るなら誰も苦労しませんってば』

『それじゃあ……なんとか頑張って、胸を小さく出来ますか? こう、サラシとかを巻いて、長袖の大きな服を着て……ちょっと、見た目が校則違反な気がします』

『さすがに長袖は暑さで私が倒れますって! あと、胸の大きさで校則違反とか、私にどうしろって言うんですか!?』

『しかし、走るたびにその胸が揺れるのは……ちょっと、私たちも目のやりどころに困るというか……いっそのこと、体育だけは休めたりしませんか?』

『さすがに体形が変わるぐらいまで締め付けると身動きが……それに、体育を休むと、合わせてサボる男子がちょっかいを掛けに来るので、そう簡単には休めません』

『……せめて、色気だけでも抑えられますか?』

『先生……私が言うのもなんですけど、無茶苦茶にも程があると思いませんか?』

『やっぱり、お父さんやお爺さんのシャツを借りて来るとか出来ますか?』

『先生? そういう問題ではないと思いますけど?』

『お風呂に入らないとか……そういうこと、出来ないかな?』

『先生? それをやって失敗したのを忘れていませんか?』

『……眉毛、太くするかい?』

『先生……ごめんなさい、私のせいで……疲れていらっしゃるのですね』



 そんな、もはや毎週のように繰り返されている、教師たちからの無理難題をヒラリとかわしながら、さらに月日は流れて7月末。


 なんとも頼りない、まとわりつくような霧雨が降った翌日は、梅雨の終わりを告げるような晴れ晴れとした青空が広がっていた。



 この年(1964年)の梅雨は例年に比べて雨量が少なく、全国的に空梅雨(からつゆ)になるかも……と予想されていたが、どうやらその通りになったようだ。



 ちなみに、空梅雨は今年だけでなく、実は去年もそうだった。


 そして、今年は去年以上の空梅雨で……テレビやラジオでは、幾度となく節水の呼びかけが成されていた。



 特に酷いのが、東京である。



 理由としては単純に雨が降らないからというのもあるが、それと同じくらい、インフラに対して人の流入とが全く吊り合っていないのだ。


 言うなれば、現在の東京は100万人が住めるよう設計された場所に、120万人の人が居るような状態なのだ。


 もちろん、行政とて黙って静観しているわけではない。ただ、増える方が圧倒的に早かった。


 そのおかげで、秋に始まる『東京オリンピック』の宣伝と同じくらい、パンクし続けているインフラへの苦言が流れており……父なんかは、『東京も大変なんだな……』と感想を零し……話が逸れているので、戻そう。



(……これはもう、今年も空梅雨か)



 青天の日曜日。天気予報では梅雨が明けたとは宣言されていないが、なんとなく、千賀子にはソレが分かる。


 あくまでも感覚的な話だが、空気が違う。目に見えないナニカが、ガラッと入れ替わったかのような……そんな感覚である。


 まあ、それ以前に、一斉に鳴き始めたセミの大合唱がそう思わせるのかもしれないが……どうでもいいか。



 ──降り注ぐ夏の日差しに目を細めながら、千賀子は深く麦わら帽子を被り直し……テコテコとおやっさんから譲り受けた『山』へと向かう。



 傍には、誰も居ない。


 何時もであれば家族の誰かが(頻度が高いのは、祖父)付いてくるのだが……今日からは、そうじゃなくなった。


 どうしてか──それは家族から……特に母や祖母から、『もうそろそろ、千賀子も自分で自分の責任を取る事を考えなくては』という話が出たからである。


 要は、『千賀子ももう15歳になるのだから、何時までも誰かが守ってあげるのはよろしくない』というわけだ。


 まあ、なんというか、父や祖父から(あと、和広からもやんわりと)は反対の意見が上がったが、母と祖母は引かなかった。



『確かに、千賀子は美人で身の危険もあるでしょう。しかし、何時までも無垢な箱入り娘にしておくわけにもいきません。自分の身は自分で守る、そういう気概を持たせるべきです』

『そうやの、こういうのは自分で経験せにゃあ覚えられんでよ。危ないのは分かっとるけど、これからもずーっと爺さんらが守り続けるわけにはいかんでよ』


『危ない場所、行ってはならない場所は教えますが、自分の頭で考えて、危険から身を遠ざけるという事を千賀子自身が覚える必要がありますし』

『そうでよ、爺さん。あたしゃあらが華族で身を守る護衛を雇い続けられるんならまだしも、うちは小さな店やがら……最後は、自分で覚えんとアカンと思うでよ』


『それとも、千賀子にだけは、これから先ずーっと外には出さず、時期が来たらお見合いをさせて終わらせるおつもりですか?』

『千賀子がそれでええんと思うんならあたしゃあ構わんけど、心配だからってそうさせるのは、あたしゃあ反対でよ』



 との、ことらしかった。



 確かに、母や祖母の言い分はもっともである。



 千賀子自身も自覚している事だが、千賀子は客観的に見ても美人であり、男たちの視線を吸い寄せてしまう色気を発している。


 そのリスクを、千賀子は誰よりも認識して動かなければならないし、泣き喚いたところでそういう悪漢が見逃してくれるかといえば、そんなわけもない。


 しかし、だからといって、今後もずーっと家族の誰かが守ってやれるかと言えば、そんなわけもない。


 両親が店を和広に継がせるかどうかは不明だし、和広からも話は出ていないが、いずれ都会に仕事を求めて上京する可能性は高い。


 そうなれば、家の男手は父と祖父の二人だけになる。


 でも、祖父はもう高齢だし、父は父で店の事があるので、そう易々と店から離れるわけにもいかない。


 かといって、祖母も高齢だし、母もまた店の事やら家事やらがあるので、そう簡単には傍にいてやれない。


 なので、それこそ男連中の思う千賀子の無事を第一にするなら、嫁入りまで軟禁するしか方法が無いのだ。


 心配なのは分かるが、それはそれで酷いのではないか……と、女連中から声が上がったわけである。


 これまでは、当人の意識は別として、千賀子はまだ右も左も分からぬ子供だったから、常に1人にはさせなかった。


 しかし、これからは違う。


 千賀子はもう来年には高校生。子供ではあるけれど、千賀子はもう自分で考えて動かなければならない歳なのだ。


 自由を得る代わりに、リスクも責任も背負う。


 大人であれば誰しもが嫌でも負わなければならない事を、千賀子も多少なり背負ったことで……こうして、1人での外出が許可された、というわけなのであった。



 ……。



 ……。



 …………まあ、とはいえ、だ。



(う~ん……『巫女』のジョブのおかげか、邪な気配をときおり感じ取れる……)



 1人での行動を許可したのは嬉しい限りだが、父や祖父が(和広もだけど)心配するのも仕方がないかなあ……と千賀子は思った。


 なにせ、山へ向かうまでの短い道中ですら、後を付けて来る気配を感じ取ったのだ。


 初日で……スタートしてもう、コレだ。


 タイミングを見計らい、『遊びに行こう!』で追跡を振り切っていなかったら……想像した千賀子は、背筋を走る怖気に苦笑を我慢しきれず……そのまま、溜め息を零したのであった。







 ──さて、考えれば考えるほど辛気臭くなる話はひとまず置いといて、だ。



 普通に歩けば相当に時間が掛かる距離だが、千賀子にはワープ能力がある。覚えたてだった時とは違い、今は地道な練習によってかなり上手になった。


 さすがに一発で山の何処へでもとまではいかないが、一目さえなければポンポンポーンっと連続ワープでの移動によって……車で向かうよりも早く、千賀子は山の麓へと到着したのであった。



「……初めて来たけど、マジで人気が無いね」



 ぐるりと周囲を見回した千賀子は、率直な感想を零した。


 言葉通り、辺りには人の気配が無い。足音はおろか、声も聞こえてこない。無造作に放置された場所、そんな感じ。


 春や秋なら山菜を採りに入る人がいるかもしれないが、夏は基本的に採れる山菜の数が少ないから……も、あるのだろう。


 ミンミンと鳴り響くセミの声、それらを遮るように緑色付く樹木に、むせ返るほどに濃い自然の臭い。


 辛うじて山道とも呼べる……いや、獣道……いや、山道? 


 落ち葉と砂やら石やらが無造作に混じる、山中への道。鉈などで道を切り開かなければ難儀する、そんな道。


 それが、千賀子の眼前にある。たぶん、言われないと分からないだろう。


 おやっさんからは、『ロクに手入れもしていないから……』との事だったが、遠慮でも何でもない事実だったことを察する。



(う~ん、人の手が入らなくなった自然って、こんな感じになるのか……)



 なんとも、感慨深い気持ちになった千賀子……とはいえ、特に観光場所が無い、人が住んでいない山なんて、実はそんなものである。


 けっこう誤解されがちだが、現代で人が足を踏み入れる山(ハイキングなど)なんてのは、かなり人の手が入って整備されている場所なのだ。


 本当に人の手が入らなくなった山というのは、そもそも、中に入れる道が無くなってしまう。


 残っていたとしても数年で分からなくなってしまうぐらいに植物や自然の力は凄まじく、だからこそ、人の往来で道を踏み固めたり、アスファルト等で固めたりする必要がある……のだが。



「おやっさんの前では言えなかったけど、この地図ってちゃんと確かなモノなんだろうか……?」



 スカートのポケットより、事前におやっさんから譲り受けた『山の地図』を取り出した千賀子は……う~ん、と首を捻った。


 と、いうのも、だ。



 この地図……なんと、作られたのが戦前らしい。



 正確には、何枚もある地図を照らし合わせて一つにした地図。もちろん、ちゃんと中に入って調査をしたらしいが……確実とは言えない。


 古来より地震や地滑りなどの災害によって、それまで出ていた湧水や温泉が止まったなんて話はけっこうある。


 いちおう山中には山小屋があるらしいけど、調査のために利用したっきりで、それも伊勢湾台風の前らしく、今も無事に残っているかは分からない……と、きたものだ。


 それに、計測やら調査道具は、あくまでも戦前当時のモノ。多少なり誤差が生じていても、なんら不思議ではない……そう、千賀子は思った。



 ……で、だ。



 とりあえず、考えても仕方がないので……『遊びに行こう!』による連続ワープを駆使して、山中にある『山小屋』へと向かう。


 その際、『巫女』の能力を使って、身を守る……防御を忘れない。


 『巫女』の能力は、神通力。


 神通力とは、特に定まった力ではなく、ある意味なんでもOK、万能的な力である。


 もちろん、デメリットというか、弱点はある。


 それは、より強力な力を使えば使うほど疲労するというものだが……それさえ気を付けたら、これ以上ないぐらいに利便性がある能力なのだ。


 実際、現在の千賀子の恰好は、膝のあたりまであるワンピースに、山に入るにはという感じの靴だが、平気でいられるのは『巫女』の神通力のおかげである。


 己に害を成すモノを対象にした、目に見えないバリアを張っているおかげで、虫や枝葉などで傷付く心配をする必要がなく……安全にワープ出来る理由が、コレなのだ。



 ……それなら、街中でも何時でも自由に動けたのではないかって? 



 そんなの、人前で使えるわけがない。


 ただでさえ注目を集め易いのに、そこからさらに『超能力が使える!?』なんて噂が広がれば……っと、そうこうしているうちに、千賀子は見付けた。



「……あちゃー、これはもう使えないなあ」



 結果は、残念ながら……な、方であった。


 小ぢんまりとした山小屋の屋根には、折れた樹木が圧し掛かっている。ふわりと、神通力を使って屋根上から確認すれば……ああ、やっぱり。


 おそらく、台風の時に折れた樹木が運悪くぶち当たったのだろう。


 圧し掛かるだけなら良かったのだが、その際に屋根が破損したようで、これまで雨水が入り込んでいたのが外からでも確認出来た。


 だって、木の腐った臭いがしているし、小屋もちょっと傾いているし。


 それから、改めてぐるりと小屋の周りと、周辺を見やってから、小屋の前に降り立った千賀子は……まいったねと頭を掻いた。


 パッと見た限り、あの時の台風での影響はこの小屋だけでなく、この小屋へと通じていた山道にも及んでいる。


 道に見えるっぽい通路が途中で途切れているし、なんなら倒れた樹木が通せんぼをしているし……仮に道路を通そうと思ったら、溜め息が幾つも出てくるような状態だ。


 他にも、地図に記された場所を順々に回ってみるが……結果は、どれもよろしくなかった。


 湧水が出るとかいう場所も土砂で駄目になっているし、山菜が群生しているという場所も、明らかに山菜とは思えない植物が群生している。


 あと、ある意味今回の目玉である、『温泉が出る』と言われていた場所は……言われていた通り、お湯が湧き出ていた。



 ただ、場所が悪い。



 おやっさんの言う通り、麓からそこまで道を通すとなれば相当にお金が掛かるだろうし、掘り返して整備して……結局、ちょろっとしか出なかったら……そんな不安が過っても仕方がない。


 正直、高値で売り付けられていたら殺人が起きそうなぐらいの有様だが……とはいえ、良い所はある。


 まず、入ってみて実感したが、けっこう平地になっているというか、多少切り崩せば建物を建てられそうなポイントがけっこうある。


 片っ端から伐採して整地すれば、子供さんたちの言う通り、マンション等を建てるための土地として売り出すことは可能だろう。


 奇しくも、今は空前絶後の好景気。次から次に、家やらビルやらが立ち続けている建設ラッシュ。


 儲かっている者は本当に笑いが止まらないぐらいに儲かっているし、その様を間近で、これでもかと肌に感じる事が出来た時代だ。


 言うなれば、空気。実際に体感しなければ分からない、高景気の空気。


 初期投資に相当使っても、数年で取り返せる。なにせ、儲かって儲かって人手が足りないと東京が言っているのだから。


 ……そう、錯覚してしまうのも致し方ないだろうなあ……と、千賀子は思った。



(おやっさんの子供さんたち、コレを見て土地開発がどうとか言っていたのかな……そりゃあ、こんな好景気が1年2年3年と続けば、イケるかもと思っても不思議じゃないけどさ……)



 でも、前世とはいえバブルの顛末を知る千賀子からすれば、『おい馬鹿止めろ、破滅への道だぞ!』と真顔になるところだが……で、だ。



(とりあえず、おやっさんの願いどおり、このままにしといた方が良いのかな?)



 どうしたものかな、と。



(でも、放置しっぱなしの山って、どんどん荒れていくって言うし、前世だと、整備されなくなった山から熊とかが降りて来て大変ってニュースでよく流れていたし……)



 千賀子は首を傾げ……ん? 



「……なんか、ある?」



 視線を、向ける。それは、なんとも言葉では表現しにくい、不思議な感覚であった。


 強いて例えるなら、特に理由なくパッと振り返った……そんな感覚。


 当然ながら、視線を向けた先に変化はない。相変わらず木々が並んでいるし、人の気配はおろか、動物が姿を見せているわけでもない。


 けれども、なんとなく好奇心を刺激された千賀子は……その感覚に引っ張られるがまま、その先へとワープした。






 ──そうして、千賀子の前に姿を見せたのは、だ。



 寂れているを通り越して、瓦礫寸前の……辛うじて、建物の形を保っている、小さなやしろであった。



(……地図にも載っていないけど、これってけっこう由緒あるモノなんじゃないの?)



 千賀子がそう思ったのは、その社の形が、千賀子の知る神社とは少し違っていたからだ。


 それは、社を囲うようにして背の低い鳥居が前後左右、計4つ設置されているということ。


 そして、その鳥居には注連縄しめなわが取り付けられており、中に入らない(潜れば入れるけど)ようにしてあることだ。


 見たところ、かなり年期が入っている社だ。


 社自体もボロボロだが、鳥居も相当にボロボロで、端っこが欠けているのもあるし、4つの内の一つの注連縄が、経年劣化で千切れて落ちていた。



(えぇ……こういう場合、どうしたらいいの? 神社本庁とかに問い合わせないとダメなやつ?)



 念のため地図を見るが、そこには社の事など何も書かれていない。


 おやっさんも社の事は一言も話していなかったから、おそらく、記録にすら残らない昔に作られて、そのまま忘れ去られた類なのだろう。



(なにか、神社の由来とかが掘られた石碑とか看板とか無いかな……見付けちゃった以上、おやっさんにも相談した方が良いだろうし……)



 これまた面倒事が起きそうなモノが見つかったぞとため息を零しつつ、千賀子はグルリと社の全体を確認した後、離れた場所にあるのかなと周辺を捜し始めた。



 ……。



 ……。



 …………背を向けていたから、あるいは、気付けない類のソレなのかは不明だが、この時の千賀子は全く気付いていなかった。




 ──千賀子が見た時には閉じていた社の扉が、何時の間にか開いていることに。




 その奥から……人の形をした黒いナニカが、ヌルリと這い出て……千賀子の下へ、音も無く接近していることに。


 千賀子は、全く気付いていなかった。


 そして、千賀子がこの後も気付くことは全くなかった。


 何故なら、見る者全てに嫌悪感を抱かせる動きで迫る黒いナニカが、千賀子の背中へと手を伸ばした──その、瞬間。




 ──アナタ──




 音も無く……いや、音どころじゃない。


 その存在すら、如何なる者であっても感知できず、この世界ではたった一人だけが接触出来る■■■が。




 ──誰の許しを得て、我が愛し子に触れるおつもりで?──




 それは、女の腕であった。


 見たままを語るなら、女の腕でしかなかった。


 しかし、違う。


 虚空より、空間より、前触れもなく出現した……夥しい数の腕が、黒いナニカを完全に捕まえた。




 ──ああ、許せないわ──




 黒いナニカは、何も出来なかった。


 いや、そもそも、まともな思考が出来ているのかは不明だが──とにかく、黒いナニカはピクリとも動けないまま。




 ──許せないから──許さないわ、永劫に──




 現れた時と同じく、この世界から消えた。


 それは、数えることすら恐怖を覚えるほどにあった腕も同様で。



「──ん?」



 なんとなく振り返った千賀子の目には……先ほどと同じ景色しか映らず……首を傾げた千賀子は、捜索を再開したのであった。




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