第28話: まあ、千賀子のやることだし(by友人)



 ──夢の無い話だが、資産においての『山』というのは、一般的に想像されるような価値が無い場合の方が多い。



 まず、立地。


 いくら広大だとしても、利便性が悪ければ値下がりする。


 傾斜が急過ぎたり、手入れがされておらず荒れ果てていたりすれば、その分だけ余計な手間が掛かるので、さらに価値が下がったりする。


 他には、『山』とは言っても所有者が分割されていたり、周囲に面倒事があったり、そういうマイナス要素があれば、その分だけ価値が下がる場合もある。



 次に、山で採れる資産。


 いわゆる、群生している植物とか、石炭だとか、そういうの。多少なり立地が悪くとも、そういうのが採れると、価値が上がる場合が多い。


 ただ、それも社会情勢、経済状況によってマチマチだ。


 そういう資源が採れると分かっても、実際にどれぐらいの量が採れるのかは調査しなければ分からないし、割に合わないなんてのはよくある話。


 だから、あると分かっていても、そうあっさり値段が跳ね上がるかといえば、そういうわけでもないのだ。



 そして、三つ目は……極端な話だが、その山で起きる事故の有無だろう。



 考えてみれば当たり前だが、しょっちゅう地滑りが起こるとか、土砂が流れてくるとか、そういうのが多発する場所なんて、普通は人気が出ない。


 利便性は良く、食用の植物が自生していて、石炭なども採れる──が、一年に一回以上地滑りが起こる──なんて場所、リスクが高すぎて誰も手を出したりしないのだ。



 まあ、そもそもの話だが。



 価値がある山はとっくの昔に開拓されるなり開発されるなりで、市場に出回る事がほとんど無いのだ。


 冷静に考えて、それは当たり前である。


 博打やら事業やらで泣く泣く手放すしかない……という状況ならまだしも、利益が出ている山をわざわざ理由も無く手放す馬鹿はいない。


 いや、むしろ、そういう価値がある山を持っている人ほど、自分がそれを所持していることを公言せず、ひっそりとしているものだ。



「おやっさん、私が子供だからって軽く考えてない?」



 それを、前世の記憶があるゆえに……ついでに言えば、前世の近代史の教科書にも記された『バブル景気の顛末てんまつ』を知っているからこそ。


 だからこそ、余計に千賀子は顔をこれでもかとしかめたうえで、ジロリとおやっさんを睨みつけた。



 ……まあ、それがなくとも、千賀子が睨むのも致し方ない。



 なにせ、今は平日の朝だ。つまり、千賀子はこれから学校に向かうところなのだ。


 いくら昭和とはいえ、相当に切羽詰まった話でもなければ、朝一で個人宅に訪問するのは非常識……ぶっちゃけると、マナーが悪い。


 加えて、『土地の売買』なんていう話は、常識的に考えて、子供の千賀子にする話ではないし、ましてや、持ちかけるという行為もよろしくない。


 冗談だとしても、性質が悪い。


 酒の席ならともかく、親を通さずに子供から話を通そうとする時点で、まともな親なら怒って叩き出そうとしてもなんら不思議なことではなかった。



 というか……少し遅れて姿を見せた両親は、サラッと話を聞いた途端、普通に怒った。



 そりゃあ、そうだ。


 わざわざ子供に売りつけようとする時点でオカシイうえに、常識に考えたら、二束三文の土地を売りつけようとする……そう見えてもなんら不思議ではない事をしているのだ。



「──性急過ぎたのは認める」



 けれども、だ。



「でも、俺は本気だ。とにかく、話を聞いて欲しいんだ」



 あの、おやっさんがわざわざ……それも、非常識だと分かったうえでもなお、強行した姿に……両親の怒りは、すぐに鎮火してしまった。


 これが顔も良く知らない親戚とかなら、怒鳴りつけてでも追い返しただろう。


 だが、相手がおやっさんだ。


 千賀子もそうだし、両親もまた子供の時に色々と良くしてもらった相手だから……そう、無下に扱う気にはなれず。



 ……とりあえず、話だけでも。



 そんな感じで、普段の成績が良い事もあって、千賀子は学校を休む許可が両親より降りたのであった。






 ……。



 ……。



 …………で、場所を移して、居間。ちなみに、祖父と和広はまだ寝ている。


 朝食の後片付けやら何やらの空気が色濃く残る中……出されたお茶を一口啜ったおやっさんは、一つ一つ説明を始めた。



 その中身を簡潔にまとめると、だ。



 まず、おやっさんが言う『山』というのは、町から少しばかり離れた場所にある山……辺り一帯の土地である。


 具体的には、千賀子が小学生の頃に通っていた小川のある方面にある山だ。


 広さは……おやっさんが持って来た資料を見ても知識がないので正確には想像出来ないが、とにかく相当に広く、山一つ分丸々……といっても過言ではないぐらいにあるようだ。


 悲しいかな、平米(㎡)とかで表記されても、そもそも不動産の知識に疎い千賀子には広さが想像しにくいのだ。


 いっそのこと、○○ドーム何個分とかの方が、まだ想像しやすいかも……っと、話を戻そう。


 そんな広大な土地を、どうして千賀子に売ろうとしているのか……率直に尋ねれば、「まあ、色々とな……」と言葉を少し濁したが、それは不誠実であると思ったのか、すぐに教えてくれた。



 曰く『遺産相続の際に争いになりそうだから、誰かに渡したかった』、との事らしい。



 なんでも、広さこそあるにはあるが、主要道路から外れているうえに手入れが行き届いているわけではなく、特にコレといった資源が地下にあるわけでもないらしい。


 そこらへんはちゃんと調査をしたらしく、かろうじて、温泉が地下にある(可能性の話)かもしれないというのは分かったらしいが……正直、採算は取れないとのこと。


 なんでかって、そこまでの道を開拓して整地するだけでも何十億という金が飛ぶのに、そこから更に温泉を掘り出そう(出ない可能性有り)と思ったら……というわけらしい。


 つまり、広さこそあるけど土地の価値としてはそこまでではなく、分割するにしてもそれはそれで揉め事が起こり、かといって、自治体に売り払うのは死んでも嫌……とのことだった。



「そういえば、おやっさんはお国のこと大嫌いだって前に話していたな……」



 ポツリと、同席している父が零した……で、だ。



「俺としては、出来る事なら極力自然のままに残して置いて欲しいんだが……それがよう、家の娘がつまらん欲を出しているっぽくてなあ……」



 話の続きだが、その娘の存在が、そもそもの要因とのこと。


 なんでも、ここ数年の高景気に目が眩んだようで、『山を整備してマンションを建てられるようにするべき!』と言い出しているらしい。


 つまり、『景気がこれからどんどん良くなるから、今のうちに山を売れる状態にまで整備して、値が上がってから高く売りつけよう』、というわけだ。


 その際、酸いも甘いも知っているおやっさんは、そんな上手く事が運ぶわけがないとたしなめたうえで、大反対したらしい。


 けれども、おやっさん曰く、『頭の中が陽気な花畑になっちまってる』とため息を零すぐらいに話を聞かない状態らしくて。


 逆に、如何に今の景気が良くて、東京で建築ラッシュが続いているのか、その波が全国に来ているのに乗らない理由が何処にあると、本職のおやっさんに説明するような状態なのだとか。



 ……とりあえず、話を聞いた千賀子の感想は。



(まあ、毎年固定資産税を払うだけで何もしないって、娘さんの立場からしたら歯がゆい気持ちにはなるだろうなあ)



 と、いった感じで……それよりも、と千賀子はおやっさんに尋ねた。



「でも、所有者はおやっさんなんでしょ? 無視しておけばいいのでは?」

「それがよう、欲に目が眩んでいるのは娘だけじゃなくてなあ……俺がいくら説明しても、新しい時代がどうのこうの、屁理屈を並べるばかりでなあ……」

「……私に売ったら、その人たちから滅茶苦茶恨まれない?」



 心底嫌そうに顔をしかめる千賀子に、「いや、そんな事はさせん」おやっさんは真顔でそう答えた。



「身内で骨肉の争いをするぐらいなら、俺は子供だろうと孫だろうと縁を切ると言ってあるし、遺言状も書いてある。間違っても、俺の目が黒いうちはさせねえよ」

「……おやっさんが死んじゃったら、意味ないじゃん」

「だから、少しでも肩の荷を下ろして長生きさせてほしいからさぁ……どうだい、千賀子ちゃん。年寄りの頼みと思って聞いちゃくれないかい?」

「ちょ、何も頭を下げなくったって……」

「いや、是非とも聞いてほしいんだ。俺は、千賀子ちゃんならと思ったから、この話を持って来たんだ。売るって言ったけど、むしろタダで譲るつもりなくらいなんだ」

「でも、こんな急に言われても……」

「頼む! 税金その他諸々一切合財の手続きは全部こっちで処理するし、向こう20年分ぐらいの税金もこっちで建て替えるから……な、このとおり!」



 パン、と拝むように音を立てて手を合わせたおやっさんは、頭を下げた。


 その姿に……千賀子は、困ってしまって両親へと振り返る。


 しかし、両親もどうして良いのか分からず、困った様子で互いの顔を見合わせている……まあ、それも致し方ない。


 これが一般的な住宅一軒分の広さとかならば理解が追い付くだろうが、文字通り山一つ分の広大な土地ともなれば、上手く想像が出来なくても不思議ではない。


 現代ならまだしも、昭和のこの頃はそれこそ地元から一歩も出たことがない人だって珍しくはないし……で、だ。



(……売ろうとする理由は、分かった)



 けれども、だ。



「売る決め手になった理由は、なに? どうして私に決めたのか、それを教えて」



 肝心の、ソレを聞いていない以上は……首を縦に振る気持ちにはなれなかった。


 そう、おやっさんの説明は、売るに至る原因まで。


 そこから先の、売る相手をどうして千賀子に定めたのか……そこが、まるで成されていない。


 うっかり言いそびれたのか、それとも……そんな思いで見つめていると、おやっさんは……フッと、真顔から笑みへと表情を変えた。



「これも、色々と理由がある。どれも決め手だが……一番は、昨日の競馬だな」

「競馬?」

「……千賀子ちゃん。仮に、そう、仮にの話だが……」



 首を傾げる千賀子を、おやっさんは身を乗り出すように真正面からジッと見つめた。



「娘たちの言う通り、山を整備したり建物を作ったりしたとして……売れると思うか?」

「え、それは……売れないんじゃないかな?」



 唐突な質問に良く考えずに答えたら、「どうして、そう思うんだい?」続けて尋ねられた。



「どうしてって、もうすぐ始まるオリンピックまでは景気が良いけど、終わった後はすこーんって景気が止まるからだよ」

「……そりゃあ、もうすぐ不景気になるってわけかい?」

「う~ん、不景気って言えば不景気だけど、これまでがあまりに景気が良過ぎたから、そこまでじゃないかな。でもまあ、反動みたいなもの、なのかな?」

「千賀子ちゃんは、そうなると思っているわけか?」

「私はね。まあ、そこまで気にする程でもないし、大したものじゃないし、不景気たって2年か3年ぐらいだし、そこからまた好景気になるだろうし」

「……そうか」

「たぶんだけど、今みたいな刹那的なモノじゃなくて、本当に土地の売買とかが過熱するのはその時かな」

「それじゃあ、その時に売った方が良いってわけか?」

「いやいや、それでも売れないと思うよ。たぶん、来るのは土地を売ってくれって人たちじゃなくて、その土地を使って何かを建てませんかって商売を持ちかける人たちじゃないかな」

「それって駄目なのか?」

「景気は上がれば必ず下がるから……最初は物珍しくて人が来てくれるだろうけど、元々他に何かがあるわけじゃないんだし、下手すれば1年後2年後には閑古鳥……みたいな?」

「むう、そうか……」

「売れる土地ならとっくに他所から話が来ているだろうし、それこそ線路とか電線とかが通されるって話が出たならまだしも……って、思います」



 とりあえず、前世の知識を基に持論を答えたら……おやっさんは、何かを考え込むかのように腕を組んで俯き……それから、ゆっくりと頭を上げた。



「やっぱり、俺の勘は間違っちゃあいなかった」

「え?」

「聞いていたよな、二人とも。千賀子ちゃんなら、俺の子供たちのように身の丈に合わない事はしねえ……そう思ったから、俺は千賀子ちゃんにこの話を持って来たんだ」



 その言葉に、千賀子は振り返る……難しい顔をしているが、両親は無言のまま何も答えなかった。


 そう、それだけ。


 口を挟むわけでもなければ、嫌がっている素振りも見せない。真剣な様子ではあるものの、沈黙を保ったままだった。



 ……これは、全て任せる……ということなのだろうか? 



 視線を向ければ、両親は曖昧に互いの顔を見合わせてから、再び千賀子を見やり……やっぱり、何も言わない。



(う~ん……どう考えても面倒事に巻き込まれそうだから欲しくはないけど、おやっさんは私だけじゃなく、皆にも良くしてくれていたし……受け取らないと、おやっさんの顔を潰す事にもなるし……)



 それに、だ。


 なんとなくだが、おやっさんは己のナニカを信頼した結果、資産の一つである『山』を売ろうとしている……というのを千賀子は感じた。


 そう、なんとなく、それが分かる。


 下心があるにせよ、善意なのだろう。そして、その信頼や善意に多少なりとも答えてやらねば……そう、千賀子は思った。



(まあ、自分の子供が欲に駆られて争うのを見たくない、おやっさんの気持ちは本当に分かる……うん、決めた)


 ──受け取ることにしよう。



 そう、結論を出した千賀子は……おやっさんに、了承の意志を伝えたのであった。



「──おお、ありがとう! それじゃあ、ここに署名と捺印をしてくれ、それで他の手続きは全部こっちで終わらせるから!」

「え?」

「万が一俺の息子や娘が来ても、全部俺を通せって言ってくれたらいいから! なにせ、俺が決めた事だからな!」

「ちょ、待っ、いきなり? さすがに気が早くない?」

「なに言ってんだ、こういうのは鉄が熱いうち、ズバッと脂が乗っているうちに済ませるのが一番なんだよ」

「えぇ……ちょ、お父さんもお母さんも何か言ってよ」

「千賀子、おやっさんは……こういう人だから」

「お母さん???」

「……おやっさん、千賀子の判子はまだ……今度、専用の印鑑を用意するから、待ってくれませんか?」

「ん? ああ、そっか、それなら出来上がった頃にまた来るから、その時に貰うぞ」

「お父さん???」

「千賀子ちゃん、とりあえず権利はまだ俺のところにあるけど、もうあの山は自分の物だと思って好きに使ってくれて構わんからな」

「おやっさん?」

「でも、出来るなら自然を残しておいてくれ。何処どこ彼処かしこも依頼が有れば掘り返したり崩したり建てたりするけど、なんもかんもそれってのはなあ」

「おやっさん??」

「まあ、それも俺のワガママだし、何か始めたいんなら好きに使ってくれていいぞ。でも、一言相談してくれたら助言できるから、遠慮なく聞いてくれよな!」

「おやっさん??? ちょっと人の話をね???」



 直後、何食わぬ顔で取り出した封筒(何処に入れていたのだろうか?)の中身を広げたおやっさんの姿を見て。



 ──このバイタリティに付き合ったら、そりゃあ祖父も和広も寝坊するよね……と。



 そう、思わずにはいられない……千賀子なのであった。




 ……。


 ……。


 …………ちなみに、だ。



 後日になってようやく、資産価値は別として、文字通り『山』一つ分の土地を手に入れたことを実感し始めた千賀子。


 どうしても誰かに相談したくなって、誰にも姿を見られないよう気を付けつつ、明美と久しぶりに顔を合わせたわけだが。



「…………」

「え、なに、その生暖かい目は?」

「いや、別に……千賀子ならまあ、そういう事が起こっても不思議じゃないかなって……」

「明美さん? いったい、どういう目で私を見ているのかな?」



 どういうわけか、『こいつ、またなんかやりやがったな』みたいな目で見られただけで終わってしまったのであった。



 ……。


 ……。


 …………ならば、と。



 手紙を通じて道子に相談した……のだが。



『なにか始めるなら、私にも相談してね。悪いようにはしないから。あとね、7月にうちのポンポコシップウが宝塚記念に出るんだけど、勝てそうかな?』



 要約すれば、そんな感じの返答しかもらえなかった。


 相談したのに、何故か質問を返される……相変わらずといえば、相変わらずなマイペースっぷりに、ガクンと肩の力が抜けた千賀子は。



「……分からないけど、たぶん2位ぐらいに入るんじゃないかな? レース前に……そうだね、65回ぐらい褒めたり煽てたりすれば、いけるんじゃないかな?」



 と、手紙に記したのであった。



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