第27話: ※和広、みゆき族の姿に見惚れていたりする
さて、ちょっとばかり時は流れて日曜日。
──このままではアカンと思った千賀子がまず欲したのは、『お金』である。
いったいどうして……それは、何をするにもお金が無くては話にならないと今更ながらに千賀子は思ったわけである。
そう、何時の時代もお金は大事だが……この時期は特に必要だろうと千賀子は思ったのだ。
なんでかって、今が昭和の高度経済成長期だから。
昭和というのは兎にも角にも物騒でリスクも相応にあるわけだが、しかし、何もかもが悪いかと言えば、そういうわけでもない。
昭和の美点を挙げるなら、それは現代のように法で雁字搦めに縛られていない部分が多いということ。
そして、肝心の国民(取り締まる警察も含めて)もまた全然意識がそれに追い付いていないということだ。
身も蓋も無い事を言うならば、この頃は金さえ出せば(技術レベル的に無理な場合は除く)だいたいなんとかなる時代なのだ。
さらにぶっちゃけてしまえば、現代なら一発アウトな行いでも、この頃ならセーフという行いがけっこう多い。ましてや、金があれば、さらにその範囲は広くなる。
なんでそうなったかって、それは第二次世界大戦にて行われた学徒動員が尾を引いていた……という諸説がある。
簡潔に述べるなら、理系を除く、高専や大学の文系学生が徴兵され、法的分野に詳しい人員が著しく減ったから……と言われている。
現代とは違い、戦前はまだ大学生の数が少ない。
子供たちもよほど優れてある程度の資産を持っていなければ、高卒(大半は中卒)で働きに出るのが一般的であった。
そんな中で、タダでさえ多いわけでもなかった(椅子の数が少なかったのもあって)文系……それもエリート層の学生がごそっと減ったのだ。
法というのは、ただ単純にこうと決めれば良いわけではない。
それを国民が理解し、それがどのような形で運用されるのかを受け入れ、取り締まる側もまた同様の状態にあって、初めて効力を発揮する。
いくら上が『こうだ!』と決めても、その下が『???』な状態では、どれだけ御立派な法律を作ろうが、最終的には有名無実になってしまう。
それゆえに、この頃に作られた役所の記録なんかも、一部は中々にいい加減というか、本来ならばものすごく厳重に管理しなければならないモノも、雑にまとめて……話を戻そう。
──とにかく、現代のようにガチガチに固められてしまう前の昭和のこの頃は、色々な意味で色々な事が緩かったのだ。
この頃ですら法的にはアウトであっても、度が過ぎていなければ見て見ぬふりをされているケースが多々あり、良くも悪くも大雑把な部分はとにかく大雑把なまま放置されているのが現状であった。
だって、単純に取り締まる側の人手が足りないから。あと、取り締まる側もそんなチマチマした事に構っていられないから。
取り締まって他の犯罪に手を出されるよりは、小さな範囲で収まってくれるなら……という、なんとも世知辛い理由もあったらしいが……で、だ。
だからこそ、千賀子はお金を欲したわけである。
とりあえず、それがあるかどうかで今後の行動の選択肢が増えるからで、昭和の今は特にそれの有無で変わるからだ。
現実として、『恐怖の大王』をどうにかしようと思ったところで、今の千賀子に出来る事はなにも無いし、どうすれば良いのかすら分からない。
あの日から出来うる限り『巫女』の能力を使って、少しでも力が付いてくれたらと思って頑張ってはいる。
だが、正直なところ、体感的な変化を感じ取れないので、効果があるのかどうかすら分かっていない。
少なくとも、重火器などの物理的な攻撃で倒せる相手ではない……というのだけは覚えている。
なればこそ、お金だ。
女神様の語る『人との繋がり』にも、武器以外の対抗手段を見付けるにしても、お金の有無で、その難易度は大きく変わる。
お金は持っているだけでよろしくない人を惹きつけるが、同時に、お金があるだけで一定の信用が生まれるのもまた、事実。
同じ夢でも、語る者が素寒貧と資産家では、資産家の方が注目されるし周りから相手にされる……悲しいかな、それが現実で。
それを、前世を含めて色々と見聞きしていた千賀子は、だ。
そちら方面には向いていない頭をなんとか絞って絞って、うんうん唸りながら……1人考えていたわけ……なのだが。
(……んぬぅ! まったく思いつかないじゃないか!!)
案の定というか、そんなちょっと考えただけで儲け話が思いつくような頭を千賀子はしていなかった。
いや、だって、そりゃあそうだろう。
客観的に見て、千賀子がこれまで見せて来た神憑り的な商売センス(主に、仕入れに関して)は、言うなれば前世の記憶というアドバンテージがあってこそ。
それですら確実性に乏しい部分もあるし、そもそも、その記憶ですらうろ覚えな部分だって多々ある。
千賀子が大金持ちであるならば、手当り次第に手を出せるのだが……今の千賀子は、それこそ数ある内の一つに過ぎない、雑貨屋の娘でしかない。
そりゃあ、これまで千賀子の助言によって儲けは出ていたが、所詮は一過性のモノでしかなく、儲けの規模だってそこまでではない。
そのうえ、実はこれから先必ず必要になるからと冷蔵庫なり何なりに設備投資しているから、余計に動かせる金が無い。
つまり、両親や祖父母を如何に説得出来たとしても、出せる資金は大したものではない。
そして、千賀子もまた、前世がそうだったからという不確かな記憶を頼りに、そんな
(……頼りたくはないが、『女神の囁き』に縋るしか……いや、しかし、どんな余波が生じるか分からないモノを、そう易々と使うわけには……)
とはいえ、だ。
そんな状況を一変させてしまう切り札を千賀子は持っているわけだが……リスクが計算出来ない以上、そう簡単には使えないので、結局有って無いようなモノでしかなかった。
……。
……。
…………そうして、解決のための糸口の端っこすら見えていない中で、ウンウンと唸り続けていた千賀子だが……ふと、店の出入り口の方より話し声が聞こえてきた。
いや、家の中にまで聞こえてくる時点で、それは話し声と称するのは些かの語弊が生じるやも……とにかく、だ。
そろそろ堂々巡りの思考に頭痛が生じ始めていた千賀子は、気分転換もがてら様子を見に行くことにした。
(あ、『おやっさん』じゃん)
そうして、見やれば……そこには談笑する祖父母と、赤ら顔が目立つ、祖父母と同年代の風貌の男が居た。
千賀子が『おやっさん』と心の中で呼んだ男は、『
なんでかって、見た目が明らかにそっち系(意味深)だからだ。
初見の人はまず誤解するが、『蜂陀組』はそっち系ではない。ちゃんと法を守るし恐喝なんて事もしない、善良な一市民である。
ただ、仕事の関係上大金が動きやすいこともあって、『ナメられたらアカン!』という思いから、見た目を厳つい感じにして……気付けば、完全に見た目がそっち系になってしまっただけの人物である。
ちなみに、怖いのは社長のおやっさんだけでなく、その社員たちも似たような風貌である。
もちろん、そっち系の人は1人もいない。
なんなら社員の一人は大の猫好きで有名で、飼っていた猫が亡くなったショックで人相が変わるぐらいに痩せ細ったという話があったりする。
子供の頃から見慣れている千賀子たちは何とも思わないが、初見の人が驚いて警察を呼ぶというのが時々起こる……そんな会社の社長が、顔を覗かせに来たようだ。
そういえば、幼馴染だって祖父が前に話していたな……と、思って見ていると。
「──おお、千賀子ちゃんか。久しぶりだな、ずいぶんと別嬪になったもんだな」
「そう? おやっさんは元気そうだね」
「わははは、まだまだ若いやつには負けんぞ!」
気付いたおやっさんが、声を掛けて来た。実際に久しぶりだった千賀子も、笑みを浮かべた。
実は、おやっさん。
千賀子……だけでなく、ここいらではけっこう子供たち(大人たちからもそうだが)からの評判が高い。
どうしてかと言えば、おやっさんは昔から、ときおり自腹で炊き出しを行って、腹を空かせた子供に飯を食わせているような人物だからだ。
千賀子は幸いにも両親も祖父母も健在で店もちゃんと経営出来ていたのでお世話になる事はなかったが……さすがに今は歳なようで以前よりも回数は減っているが、それでも今も続けている慈善家である。
「それで、どうしたの? 家に何か御用?」
「ん? いや、用があるのは店の方じゃなくて……」
「……お爺ちゃんに?」
チラリと視線が動いた先を見やった千賀子は、首を傾げた。すると、祖父は困ったように笑ってみせた。
「それがよう、千賀子。こいつ、今度の日曜日に知り合いと一緒に東京競馬に行くらしいんだが、俺にも付いて来て欲しいってんだよ」
「え、お爺ちゃんを? なんでまた?」
意味が分からずに尋ねれば、おやっさんの言い分は……まあ、そう深い事情ではない。
要は、『前に祖父がちょっと競馬で当てたという話を小耳に挟んだので、それにあやかりたい』という、しょうもない話である。
(うへぇ、これは面倒事になる……いや、ならんかな?)
いちおう、視線を送って確認すれば、祖父はおやっさんに見えない角度から、『話していないぞ』と口パクと小さなジェスチャーで教えてくれた。
祖母にも目をやれば、祖母も同様に軽く首を横に振った。どうやら、2人は周りに話していないようだ。
……まあ、話さなくても、この手の話が漏れてしまうのは致し方ない。
なにせ、表向きは当たった金額なんて大した額ではない。
いちおう、お土産代ぐらいにはなった……という程度の話で両親には通してある。実際、お土産は買って帰ったし。
さすがに、そんな話を周りに言うなと両親に言うのも変な話なので、それぐらいは仕方がないと思っていた。
しかし、だからといって、まさか真正面からお誘いが掛かるとは……それも、祖父に……あ、いや、当てたのは祖父になっているのだから、それは仕方ないのか。
「でも、なんでまた? 来週って、なにかそういう特別なレースとかあったっけ?」
「来週は『東京優駿』だぞ」
「あ、ふ~ん……そっか、そういえばこの頃だっけ……」
以前の、あの熱狂的な混み合いを思い出した千賀子は、それじゃあと祖父を見やる。
「お爺ちゃんは、どうするの?」
「ん? そうさな、運賃は払ってくれるって言うから、行ってやってもいいが……」
「あたしゃあ、行かんでよ」
「ほうか、いや、婆さん、そうじゃなくてだな……」
そう呟きつつ、チラチラと千賀子へと視線を……あ~、と千賀子は色々と察した。
そう、改めて事実を語らせていただくのだが……馬券を買ったのは祖父だけれども、当てたのは千賀子である。
お土産代だって、千賀子が当てたやつからちょろっと拝借しただけで……とはいえ、真実を知らない者からすれば、そんな事が分かるわけもなく。
……たぶん、期待されてから外すのが嫌なんだろうなあ……と、千賀子は思った。
わざわざ千賀子を見て来るのも、要は自分で選ぶよりも千賀子が選んだ方が当たるだろうと思っているからで……そんな期待をされても困るけど。
だって、あの時の事だって、確信が有って選んだわけではない。
誇張や謙遜抜きで、何も考えずに選んだやつがたまたま当たっただけなのだから……2回目を期待されても、勘弁してくれというのが正直なところである。
(まあ、私がお爺ちゃんの立場だったら、同じことをするだろうけどさ……)
祖父の反応を見て、その内心を読み取る……さりとて、前世とはいえ元男だったからこそ分かる、男の意地とも言うべき部分に……千賀子は、どうしたものかと悩む。
普段の祖父ならば、適当な言い訳を見繕って誤魔化すところだろうが……今回は、祖父にとっては旧知の仲が相手だ。
賭け事の誘いとはいえ、だ。
せっかくのお誘いなのに言い訳して拒否するのは、さすがの祖父もちょっと心苦しいところがあるのだろう。
……。
……。
…………祖父からは特に良くしてもらっているし、これぐらいなら……まあ、変な目では見られないだろう。
「おやっさん、来週のそのレースに出てくる馬って分かる?」
「ん? おお、千賀子ちゃんも興味あるなら来るか?」
「ん~、お気持ちだけ受け取っておくね。前に一度連れて行ってもらったことあるけど、人が多過ぎて酔っちゃったから」
「うははは、そうか、それなら仕方ねえや──っと、コレだ」
「ありがとう、ちょっと借りるね」
折りたたんでいる新聞紙を受け取った千賀子は、小走りに台所の方へと向かい──テーブルのペン入れより取り出した鉛筆を片手に、広げた新聞紙を前にして、う~んと考える。
……この際だし、ぶっちゃけよう。千賀子は、ギャンブルというモノが好きではない。
嫌悪感とか、そういうのではない。
単純に、大金を
……数年前の競馬?
アレはスタートからして少額だったし、ハズレてもいいと祖父が言ってくれたからこそ、気楽にやれたのだ。
今回の場合は第三者が入ってしまう……だからこそ、あの時よりも、ある意味では真剣に考えた……わけなのだが。
(……分からん。知っている馬が1頭もいないぞ)
案の定と言うべきか、あの時と同じく、千賀子はサッパリ当たりそうな馬が分からなかった。
なんというか、聞き慣れない英単語をズラズラッと並べられているような感じだ。
というか、実際に馬を見ても分からないのに、文字だけ見て分かれというのはあまりにも……で、結局。
「ごめん、待たせちゃったね。お爺ちゃん、はいコレ」
「え? 千賀子ちゃんが選ぶのか?」
「おう、そうだぞ」
「へえ、まあ、なんでもいいか、来てくれるなら」
なんとなく……という感覚も無いが、ほぼほぼ直感的にコレ&コレ&コレ……といった感じで書かれた紙を、祖父に手渡した
「……コレでいいのか?」
首を傾げる祖父に、千賀子は頷く。「ふ~ん、どれどれ……」横から、おやっさんがヒョイッと覗き込み……へえ、と目を瞬かせた。
「千賀子ちゃん、競馬新聞の読み方って知っていたのかい?」
「え、忘れちゃったけど、なんか間違っていたかな?」
「いやいや、別に間違っているとかじゃなくて……直感で選んだにしては、中々に堅実な選び方だなと思ってな」
「……そうなの?」
「そりゃあ、1番人気の『シンザン』、2番人気の『ウメノチカラ』だからな。でもまあ、8番人気の『オンワードセカンド』を3着に入れているあたり、けっこう千賀子ちゃんはギャンブラーの素質があるかもな」
「そう? あんまり深く考えたわけじゃないんだけど……」
首を傾げながら祖父を見やれば、俺に聞くなと言わんばかりに苦笑された……のを尻目に、おやっさんは笑いながら──っと。
「──あれ? おやっさん?」
配達から帰って来た和広が、久しぶりにおやっさんの顔を見て目を瞬かせ──た、けれども。
「おっ、和広か。聞いたぞ、やんちゃしたんだってな!」
「うっ、その事は……」
「ヨシ、お前の運賃も出してやるから、おまえも付いて来い!」
「え?」
それ以上に、おやっさんはマイペースであった。
まあ、その、アレだ。
今よりはるかに荒っぽい戦前から戦争を生き延び、会社を
たかが学生同士の喧嘩で顔を腫らし、警察のお世話になったぐらいでは……ぶっちゃけ、気に留めるような問題ではなかったのかもしれない。
──結局、おやっさんのペースに引っ掻き回されるまま、和広の同行が決まり……計6名にもなった団体で、始発から東京へと向かったのであった。
……。
……。
…………で、その翌日。
さすがに疲れたらしい和広と祖父(微妙に酒臭かった)は口数少なく寝床に付き、翌朝の何時もの起床時間になっても起きて来なかった。
その事に関して、珍しく両親も祖母も大目に見るようで、「今日ぐらいは……」と、寝坊も許すようだった。
なんでも、『おやっさんは……ほら、お化けみたいに体力がある人だから……』とのことらしい。
(よくよく考えてみたら、社長業やりつつ現場にも出て、炊き出しもやって、そのうえで現役の人並みにシャキシャキ動いちゃう人なんだよなあ……おやっさんって)
たぶん、根本的な身体の作りが違うのだろう。
そう、納得した千賀子は、とりあえず、二日酔い覚ましに手作りスポーツドリンクでも用意しておくか……と、思っていると。
「ごめんくださーい! 千賀子ちゃん、いるかー!?」
なんだろう、当の本人が普通に尋ねてきた。
しかも、超元気そう。声だけで分かる、超元気そう。
同行した祖父と和広は疲労でまだ布団から出られないというのに、店の前で実際に顔を合わせたおやっさんは……それはそれは、元気そうであった。
「あ、いたいた。千賀子ちゃん、山ぁ、買わないか?」
「はっ?」
しかも、マイペースも変わらず……あまりに脈絡のない話に、千賀子は目を瞬かせるばかりであった。
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