第26話: 生の基準、死の基準、人の基準



 だって、もう、これ、あまりにえげつなさ過ぎる。



 行為をすれば確実に妊娠するとか、そんなレベルじゃない。


 コイツってば良いやつじゃんと思った時点で、その男の子を妊娠してしまうという、強制的な処女懐胎しょじょかいたい能力。


 しかも、要約を見る限り……通常の出産とは違う可能性が極めて高い。


 おそらく、『あ、孕んだ』と思った数分後には、『あ、産まれる』といった感じなのだろう。


 わざわざ何万人も産めると女神様が注釈を入れるぐらいだから、その際に必要となる栄養だとか何だとかその他諸々、全て女神パワーで解決されるのだろう。


 そのうえ……1人でも産んでしまえば、それが癖になってしまう可能性も高い。


 プロセスそのものに強烈な幸福感を覚え、産まれた子には強烈な母性を覚え、その際の諸々のダメージも軽減され、必要な能力だって……す、全て繋がっている……?! 



(ぜ、全部、このための伏線……ってことぉ!?)


 ──やっぱり女神様……本音は、『魔性』ジョブを手に入れて欲しかった……ってことぉ!? 



 この一連のガチャだけで、いったい何度戦慄を覚えたのか……戦々恐々になっている千賀子を他所に、ルーレットが回転を始める。


 女神からすれば、瞬きよりも短い一瞬の感覚。


 千賀子からすれば、時間の感覚すら失せてしまう緊張の一時。


 ダラダラダラ……っと、口でドラムロールを奏でる『ミニ女神様』のBGMと共に、ルーレットの針は……結果を指し示した。




『SSR:5分間だけ、ジョブのレベルを最大まで上昇させる』



(セエエエエエエエエフウウウウゥゥゥゥゥゥーーーー!!!!!!!!!!!)



 それは──千賀子からすればすれば大当たり、女神様からすれば、ハズレ……とまではいかなくとも、望んでいる類の願いではなかった。



『…………』



 だって、先ほどまで笑顔を浮かべていた『ミニ女神様』が、あからさまに……不機嫌とまではいかなくとも、プクッと愛らしく頬を膨らませていたからだ。


 けれども、だからといってやり直しをする……というようなことは、しなかった。


 どうやら、女神様にとって結局は些細な違いでしかないらしく……すぐに笑顔を浮かべ直した『ミニ女神様』は、えいやっと可愛らしい掛け声と共に手を振った。



 ──瞬間、千賀子は己が……巨大化したかのような感覚を覚えた。



 無論、錯覚である。


 現実の千賀子は布団の中に居るし、外は夜で、家の中は静まり返っている。身体だって、1mmとて伸びたわけではない。


 しかし、そう錯覚してしまうほどに……千賀子は、己の内から湧き出る『力』に堪らず瞬きをした。



(こ、これは!?)



 それは、言葉では説明出来る感覚ではなかった。だが、強いて言葉にするならば……分かるのだ。



 ──千賀子自身を中心にして、この地に息づく全てが分かる。



 生まれようとしている命が、旅立とうとする命が、眠りの中で安らぐ命が、眠らずに活動を続ける命が。


 今、何をしているのか。


 これから、何をしようとしているのか。


 過去、何をしていたのか。


 見たわけではない、聞いたわけでもない。でも、分かる。



 そう念じなくとも、スルリと千賀子はそれらを理解していた。



 そして、不思議なことに……そうして知り得た全てを前に、千賀子の心は……己のモノとは思えないぐらいに静かなままである。



 ──千賀子は、知った。


 最近見なくなった客の一人が、過去に5人の女をレイプし、それらを隠し通したまま何食わぬ顔で過ごし、近所からは『妻に先立たれた優しいオジサン』と思われていたことを。



 ──千賀子は、知った。


 千賀子に良くしてくれている祖父は、戦地にて幼馴染が目の前で頭を打たれて死んだのを目撃し、その日からスイカを見る度に連想してしまって、スイカが食べられなくなっていることを。



 ──千賀子は、知った。


 近所では仲睦まじいと言われている夫婦だが、実は妻の方は昔から浮気をしており、今の夫とは金目当てで夫婦を続けているだけで、子供も全て浮気相手の種だということを。



 ──千賀子は、知った。


 ──千賀子は、知った。


 ──千賀子は、知った。


 ──千賀子は、知った。



 心打たれる優しい話も、人の業を凝縮したおぞましい話も、分け隔てなく千賀子の中に入ってくる。


 なのに……千賀子は、何も……いや、違う。


 感じている。それら一つ一つに一喜一憂している。まるで、我が事のように心が揺れ動いている。


 しかし、それは高みから見下ろすかのような感覚を伴っていて……全てにおいて、それもまた人間なのだなという感想が出てくる。



(ああ、そうか……これが『巫女』の極致……現人神、神の視点……女神様の見ている景色……)



 そして、理解する。


 本当の意味で神には成れなくとも、今の己は限りなく神に近しい存在。人の範疇を超えた、人の姿をした神……それが、今の己だということを。



 ──仏陀ブッダもまた、同じ感覚を覚えたのだろうか? 



 そんな、取るに足らない感想をいくつも思い浮かべながら、流れ込んでくる世界の情報に笑ったり悲しんだりしている……そんな時であった。



(──え?)



 は、唐突に現れた。


 でも、それは今、実態があるわけではない。


 そして、それが存在しているわけでもない。


 『   』が姿を見せるのは、今から数年~十数年後。


 多少は誤差が生じるだろうが、千賀子は予測する。



(なんと、哀れな……人が自らの意志で破滅を選ぶとは……)



 だが、予測しただけで、千賀子は何かをしようとは思わなかった。


 それもまた、人が選んだ未来だ。


 それを己の意志で変えるのは傲慢であり、勝手な考えでしかない。良くも悪くも、人の未来は人が自ら選び取るしか──っと。



(……ん?)



 そこで、タイムリミットの5分が来た。


 まるで、白昼夢。あるいは、胡蝶の夢とも言うべきか。


 限りなく神に近付いていた精神が、人のソレへと戻ってゆく。内より無限のように湧き出ていた『力』もまた、始めから無かったかのように消えてゆく。



 合わせて、千賀子の頭から……流れ込んできていた数多の記憶も消えてゆく。



 そうなるのは、当然である。


 何故なら、それらは人の精神で、今の千賀子で、受け止められる情報量ではない。


 アレは、神の領域に足を踏み入れたからこそ出来た事。脆弱な人のままでは、どう頑張っても……だが、しかし。



「…………???」



 完全に、全てが消え去ったわけではない。


 例えるなら、アレだ。


 積み重ねたデータの、最初から順番に消えて行って……最後に見た映像だから、一番印象に残った……まさしく、そんな感じで千賀子の頭に残った。



「…………っ!?!?!?!!」



 ……で、結局は何が残ったかと言えば、そう。



「めっ──っ!!!」



 反射的に飛び出しかけた声を、ギリギリのところで手で押さえた千賀子は……布団から身体を起こすと、心の中で眼前の『ミニ女神様』へと問い質す。



(女神様、あの、聞いてもよろしいでしょうか!)



 これまでの人生の中でも1.2を争うレベルでの必死さである。いや、あるいは、トップであった。



『──はい、なんですか、愛し子よ』



 そんな必死さが気になったのか、何時もならば聞いているようで聞いていない女神様……『ミニ女神様』が反応してくれた。


 やはり、『ミニ女神様』は女神様と繋がっていた──その事に安堵しつつも、千賀子は改めて尋ねる。



(あの、先ほど最後に見たアレは、あの、『   』は、いえ、『   』は──もう! 『    』は、なんなのですか!?)



 どういうわけか、アレの名を呼ぶことが出来ない。忘れているのではなく、声に出すことが出来なかった。



『アレは人々の負の感情が生み出した存在、後の世では、いわゆる『恐怖の大王』と呼ばれる存在ですね』



 それに対して、『ミニ女神様』の返答は簡潔としたモノであった。



(恐怖っ!? え、でもそれは──)



 あんなのはデマだったのでは──そんな問い掛けに、『ミニ女神様』は微笑んだ。



『はい、貴女の前世において存在が否定された、ノストラダムスの予言集に登場する『空から降りてくる恐怖の大王』。それが、愛し子の指し示すアレの正体です』

(で、でも、それなら──)

『愛し子の生きた世界と、この世界は異なります。この世界では存在していて、それが人々の前に姿を見せた──ただ、それだけですよ』

(それだけ──それだけって、そんな!!)



 変わらず微笑むままな『ミニ女神様』に、千賀子は思わずといった感じで問い質せば。



『……なにか問題があるのですか、愛し子よ』



 本当に、まったく分からないのか……心底不思議そうに首を傾げる『ミニ女神様』を前に。



(そ、それでは、みんな死んでしまいます! バタバタと、誰も彼もが死んだことにすら気付けずに死んでいったのですよ!)

『死もまた命が行き着く定め、怖がることはありません、いずれ辿る道、還る場所なのですから』

(わ、私も、恐ろしいのです! 死にたくない!)

『まあ、恐ろしいのですか!? 怖がることはありません! その時は私が迎えに参りましょう! その苦しみが癒えるその時まで、私の膝の上でお眠りなさい』

(た、助けてはくれないのですか、女神様! アレを退治してくれませんか、女神様!)

『助け……退治……? 怖がる必要はありません、誰しもに訪れる結末、ただ、変わるだけなのですから』

(で、では、『女神の囁き』を──)



 そこで、千賀子は一旦言葉を止めた。



(……女神様、たとえばの話なんですけど、仮に『女神の囁き』を使ってアレをどうにかしてもらうとしたら、どのように女神様は対処するのですか?)

『とりあえず、消し飛ばしましょう。その際、余波でこの星がいくらか削れてしまうでしょうが、仕方ありません』

(え……そ、それ、削れた場所の人間や生き物は……)

『……? そりゃあ、死にますよ』



 そう語る小さな目には欠片の罪悪感はおろか。



(で、では、それ以外の方法は……)

『なら、人類を半分ほど消します。そのまま定期的に増えた人間を消してしまえば、とりあえず1999年の7月ぐらいまでは出現しません』



 感情すら込められていなかった。



『……あっ、もちろん、愛し子は別ですよ❤』



 そして、そんな事よりも……と言わんばかりにクネクネと身をくねらせる『ミニ女神様』の姿に……千賀子は、かつてない程の恐怖を覚えた。



『……そこまで怖がるのでしたら……死を快楽に感じるような能力をガチャに組み込みましょうか?』

(あ、あああ、い、いえ、お構いなく……)



 ああ、これは駄目だと……千賀子は、絶句するしかなかった。


 以前から察せられていたが、やはり、女神様は千賀子という存在以外は二の次だ。そして、そこに、千賀子自身の肉体的な生存も含まれていない。


 どんな形で死を迎えようと、どんなに不本意な死を迎えようと、どれだけ満足した死を迎えようとも、女神様にとっては、些事でしかない。


 基準が、あまりにも人間とは、生物とは違い過ぎる。


 それこそ、この星が爆発四散しようとも、千賀子の魂をその懐へ引き込む……ただ、それだけでしかないのだ。



(きょ、恐怖の大王……アレが、実在していたとしたら……あ、あんなのになるのか……)



 寝息が聞こえる静かな部屋で、千賀子は……ズキズキと痛み始めた頭を抱えたまま、苦悶の顔で唇を噛み締めた。


 既に、『   』の全体像はぼんやりと霞が掛かっていて、その姿を思い出せない。


 しかし、覚えているモノはある。それは、思い出したくもない光景。


 そして、とても恐ろしいモノだという感覚だけは、ハッキリと千賀子の身体に残されていた。



 ……『恐怖の大王』


 それは、千賀子の前世においては空前の社会現象を引き起こし、オカルトブームの先駆けとなった、『ノストラダムスの予言集』に記されていた存在である。


 この予言がどうして社会現象にまで発展したのかといえば、その予言の中には固有名詞入りで的確に予言されていたものが多かったからで、その影響から人々が信じたから……と、されている。


 もちろん、実際にはハズレている予言も多く、中には後から創作で付け足されたモノ、また、信憑性を上げるために意図的にフィクションを混ぜられたなどもあって、後に否定されるが……話を戻そう。


 詳細を説明すると長くなるので省くが、その予言集の中でも最も人々の関心を呼び、社会現象を引き起こす原因となった一説。


 ──『1999年7の月に恐怖の大王が空より降りてくるだろう』


 この予言はつまり、世界の終末を意味していた。


 ただ、どのような形で終末を迎えるまでは書かれておらず、『恐怖の大王』が何を指し示しているのかが分からなかったこともあって、様々な憶測が生まれては消えて行った。


 未知のウイルス説。


 巨大隕石の衝突。


 全世界規模の天変地異。


 核兵器による滅亡。


 そのほか、様々な説が生まれたが……とにかく、この予言を信じて、終末を前に自殺した者、全財産を使い果たした者など、千賀子の前世では相当な騒動を……とにかく、だ。



 ──このままでは、早ければ数年後にはアレが出現する。



 前世では1999年とされていたが、この世界では実在し、しかも30年も早く出現するとなれば……グダグダ嘆いている暇はない。



(自分だけじゃなく全人類が滅びるって……そんなのを知って、平然としていられるわけないじゃん!)



 それが、千賀子の本音であった。



(そんなの嫌だよ……みんな滅んでしまうだなんて……でも、どうしたら……)



 考えたところで答えなど出るわけもなく……駄目元で、『ミニ女神様』に尋ねれば。



『アレは、人が人である限り自然発生する存在ですので、愛し子が頑張ったところで、いずれまた現れますよ』

(それでもいい! 何もしないまま終わるよりも、ずっと!)

『まあ、まあまあ、そんなに力強い目をするだなんて……オヨヨ、愛し子のそんな顔も愛らしい』



 だからこそ──その言葉と共に、『ミニ女神様』はうっとりと笑った。



『では、『巫女』のジョブを鍛えなさい』

(え、『巫女』の、ですか?)

『そう、そして、『巫女』は1人では極みには至れません。数多の人と繋がり、それによって初めて極みに至れるものなのです』

(人と? それって、どういう……)

『書を捨てよ、町へ出よ』



 ふふふっと、『ミニ女神様』は笑った。



『愛し子よ、貴女が成し得たいと願う事があるならば、怖れを踏み越えて行くしかありません、閉じこもっていては、駄目なのです』

(怖れを……)

『私は、見ておりますよ。ずっと、ずーっと、ずーっと……ずーっと、ずーっと……ねえ❤』



 その言葉を最後に、『ミニ女神様』は消えた。


 まあ、消えたとはいっても、千賀子以外には見る事も聞く事も出来なかったけれども。



「…………寝る、もう、寝ちゃう」



 後に残されたのは、何も変わらず聞こえてくる寝息と、夜の静けさと……ひとまず現実逃避の意味も兼ねて、気絶するようにバタンと眠りに着いた千賀子と。


 そして、翌日になり。


 そんな事が起こっているなんて知る由もない家族たちの姿。テレビの向こうでは、『日本初の歩道橋が!』と喜ぶ人々の……昨日と変わらない日常の光景であった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




※はい、もう引きこもりルートも消えました

 みんなを生かしたければ、リスクを承知でどんどん他者と関わり続けるしかない……女神様にとっては一石三鳥、なんて女神様なんだ…

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