第15話: 中学生になってからの累計死亡者数108名

※中学生編になりましたので、ちょっと生々しい感じが増えていきます

苦手な人はご注意ください



―――――――――




 ──中学2年生になった千賀子にとっては、だ。



 『ガチャ』はもはや麻薬であり、そのリスクを承知のうえで手を出すしかない……そんな能力になっていた。


 何故かと言えば、『ガチャ』がもたらす利益よりも、不利益の方の割合が、今では多くなっているからだ。


 小学生の時からその片鱗がちらほら見え隠れしていたが、中学生になってからは、それがはっきりと見えるようになった。



 具体的に、どういう不利益なのか。


 まず、衣服を洗濯しても、庭先に干せなくなった。


 どうしてかって、盗まれるからだ。



 小学生の時はそんなことなかったが、平らだった胸がはっきりと『おっぱい』だと分かるぐらいに膨らんできた辺りから、そうなった。


 最初は、ちょうど風が強い日だったこともあって、風で飛ばされてしまったのだろうかと思った。


 しかし、それが2回目、3回目と続き、しかも紛失するのが千賀子の衣服のみともなれば……嫌でも、理解させられた。



 特に、下着が酷い……とは、母の言葉だ。



 千賀子は親から『雨が降ってもぜったいに洗濯物に近付くな!』と強く厳命されていたので実物を触っていないが……そりゃあもう、酷い有様らしい。


 まあ、だいたい想像が付く。


 もう10年以上前の前世の記憶だとはいえ、男の生理というものは身を持って理解している。


 だからまあ、遠目からでも、見たらだいたい分かるのだ。


 干された自分の下着が妙に皺くちゃになっているというか……こう、黄色い液体というか、白い液体というか、そういうのでべったり汚れているのが。


 ご丁寧にわざわざ残していくあたり、ヤバい方向でガチである。


 いや、盗んでいく時点でヤバい方のガチだが、その中でも更にヤバい方に突き抜けたレベルの、ガチである。


 その衝撃は凄まじく、最初にそれを見た時、千賀子は数秒ほどクラクラっと意識が遠のいたぐらいであった。


 そのせいで、中学生になってから、千賀子の衣服はまともに庭で干されたことはない。縁側から手が届く、それぐらいの位置が衣服の干し場所となった。



 とはいえ、衣服はまだマシだ。その下の、肌着などになれば、もっと悲しい。



 ずーっと、商店内の物置の奥にある、小さな小窓(子供でも入れないぐらい小さい)の傍。そこが、千賀子の下着や肌着の干し場所であった。


 そこまでしないと、あっという間に盗まれてしまうからで……その都度買い直すなんてこと、出来なかったからだ。


 そう、大量生産が確立され、下着一つの単価が相当に下げられた現代ですら、何度も買い直すとなれば、負担は相当なものになる。


 ましてや、給料に比べて物価が高かった昭和中期の時代ともなれば……千賀子は、我慢するしかなかった。



 次に、明らかに……男たち(一部、女性からも)から向けられる視線が増えた。



 それはもう、露骨に。


 どちらかと言えば鈍い方だと思っていた千賀子だが、そんな千賀子ですら、『おま、もう少し隠せよ……』とドン引きしてしまうぐらいに、露骨であった。


 どれぐらい露骨かって……たとえば、風の強い日。


 その時、千賀子は諸々の事情から、ブルマーを履いていなかった。


 まあ、諸々とは言っても、ブルマーを干していた竿竹をうっかり倒してしまい、その先にたまたま泥混じりの水溜りがあって……というわけだ。


 しかも、ことに、代わりになりそうなズボンが……どういうわけか、この日は見つからなかったのだ。


 ズボラな事は許さない母の教育もあって、衣服などは決められた場所に収納しているのだが……なぜか、そこに無かったのだ。



 代わりに見つかったのは、新品の下着。



 これまたことに、普段使いにしている下着は、タイミング悪く全て洗濯した直後であった。


 つまり、この日の千賀子は、普段からスカートの下に履いてあるブルマーを、その日に限って履いていなかったのだ。


 だから、千賀子はいちおう気を付けていた。


 あまり歩調を広げると、スカートが捲れる可能性が高まるから。風が強い日だったので、余計に気を付けていた。



 ──だが、その時……まるで、全てが見計らっていたかのように、千賀子のスカートが捲り上がった。



 原因は、風だ。


 それも、前触れのない、思わず足を止めてしまうぐらいの強烈な突風が、まるで意思を持っているかのように渦を描いた。


 その結果──千賀子のスカートは、まるで下から直接風を吹き込まれたかのように……ふわりと、舞い上がったのである。



 あっ、と。



 千賀子が異変に気付いた時にはもう、遅く。


 反射的に舞い上がったスカートを抑えようと手を伸ばした──瞬間、周囲から一斉に轟いたのは、男たちの歓声であった。



 そう、たった2,3秒の一瞬。



 その一瞬の間ですら、それだけの数の男たちが、直接見ていたり、盗み見ていたり、色んな形でずーっと千賀子を見ていたのである。


 場所は、学校の敷地内……玄関を出て、すぐの場所。


 たまたま注目を集めるような事をしていたわけでもないのに、それだけの数の男子たちが千賀子へ視線を向けていた……それが、改めて発覚したわけである。



 ……それはそれで、学校が問題にしなかったのかって? 



 それはまあ、直後に起きた事件……というか、事故か。


 学校のすぐ傍で起きた交通事故と、それとは別に、転倒して運悪く頭を打ちつけてしまった男……その二人の事件によって、なんだかうやむやになってしまったのだ。



 ……ちなみに、だ。



 千賀子には知る由もない事だし、その名を千賀子が知る事は永遠に来ないのだが、その二人。


 実は、千賀子に対して並々ならぬ情念を抱いていた人物だったりする。


 どれぐらいかって、機会が噛み合えば、そのまま千賀子を連れ去り、妄想の中で一方的に心中を図るレベルの……まあ、うん。


 もしも千賀子がいつも通りだったならば、男子たちもそこまで歓声を上げず、また、この二人も興奮のあまり我を忘れることもなかった……という事だけは、記しておこう。



 兎にも角にも、だ。



 さすがに、千賀子もこれを切っ掛けに、それまで無自覚なままだった甘い考え……平和ボケに近しい部分を捨てた。


 と、同時に、改めて千賀子は思い出した。



 今が、昭和なのだということを。



 この時代には、監視カメラなんてモノはない。


 警察だって、犯罪件数に比べて警察官が少なすぎて、小さい事件は後回しにされるのが常態化していた。


 なにせ、下着泥棒の件を警察に訴えても、少しばかり警官の見回りが増えただけ。間違っても、警護に付くなんて事はない。


 現代も似たようなものだが、この頃の警察はもっと動きが遅い。


 相談しても時間が掛かりそうな話になると後回しにされたり、何だかんだ理由を付けて相談の範疇に治めたり。



 それもこれも、来年の1964年に行われる、東京オリンピックのため。



 そう、警察とて人を送りたくとも、昭和中期は混乱の時期であり、来年には東京オリンピックが開かれようとしている……まあ、時期が悪かった。


 国の目は、とにかくオリンピックに向けた準備と、当時の東京で問題視されていた『スリ(窃盗)』などの対策に目を光らせてばかりで。


 警察もまた、国からの圧力や、急ピッチで進められる土地開発の影響から発生する様々な事件の対応に追われ、人員の育成にと、とにかく大忙し。


 それは、千賀子が住まう町とて例外ではない。


 東京オリンピックの余波は、全国に渡る。優先的に東京へと人員が派遣されるせいで、他が後回しにされる傾向にあった。



(……頼むぞ、本日のガチャ! そして、お願いします、女神様! どうか、今回のガチャは優しさ8割増しぐらいでオナシャス!!)



 だからこそ──千賀子は、『ガチャ』を封印する事が出来なかった。


 時刻は、夜。シトシトと振り続ける雨音が、聞こえている。


 以前は、寝る時は兄と同室(部屋が無いので)だったが、中学生になった後は祖父と祖母の部屋で寝るようになった。


 もちろん、荷物なども大半が祖父母の部屋に移動である。


 いちおう、表向きは『千賀子も年頃だから、歳の近い異性と同室は嫌だろう』ということになっているが……実際は違う。


 実際は、いよいよ高校生になった兄の和広との仲が、傍目にも分かるぐらいに悪くなったからで、就寝の時にも顔を合わせるのは嫌だろう……という親心である。



 ……いや、違うな、親心ではない。



 両親は、和広が……妹の千賀子に対して、万が一を起こすかもしれないと不安を覚えたのだ。



 なにせ、今は梅雨の時期。


 全国的に冷夏だという話だが、だからといって、長袖でも平気なぐらい涼しいなんて話ではない。


 あくまでも平均的に涼しい日が多いだけであって、暑い日はちゃんと滅茶苦茶に暑いし、それで倒れる人が出るぐらいだ。


 いくら若いとはいえ、ジメジメとした湿気の中で、肌が見えないよう厚着をして寝ろ……なんてのは、無茶な話である。



 ……必然的に薄着になるしかないからこそ、両親は不安を覚えたのだろう。



 いくら血の繋がりがあるからといって、千賀子の美貌は別格だ。両親ですら、『トンビが鷹を生んだ』と口を揃えるぐらいに。


 加えて、千賀子自身は自分の出したモノなので気付いていなかったが……両親たちは、千賀子が中学生になる少し前の辺りで気付いていた。



 ──千賀子の身から放たれる、甘ったるい体臭に。



 香水などの匂いとは違う、砂糖のような匂いとも違う、桃のような甘い匂い。それでいて、何時間と嗅いでいても嫌みを覚えない……そんな香り。


 汗を掻かない冬の時期はそうでもないが、夏の時期になると……同性であっても、それがよく分かった。


 中を覗かなくても、その匂いがしたら千賀子がその場に居るか、長居したのかが分かる……とは、千賀子を知る者の言葉だ。


 千賀子の母は、ソレを『年頃の女子の匂い』としか言わなかったが……そういう匂いを最初に感知し、危惧したのも母である。



 実際のところ……母の危惧は、大正解である。



 仮に、千賀子が同年代の男子と同じ部屋に寝てしまったら……よほど理性が強い者でなければ、間違いを犯しただろう。


 それほどの、危険性を内包した……だからこそ、万が一……そう、万が一にも。


 間違いが起こってしまったら……その不安を、特に母は一笑して捨てることが出来なかった。


 そうなのだ、だからこそ、千賀子は有無を言わさず祖父母の部屋へ移動が決まった。


 肝心の千賀子は、『これで兄と顔を合わせる機会が減るぞ』と喜んでいるばかりであったが……まあいい。



 ……ちなみに。



 その際、いっそのこと倉庫の隣に離れでも作るかという話が秘密裏に出たが、即座に却下された。


 それは、万が一の事件が起こった場合、家族の誰もがその事に気付けない可能性があるからなのと。


 同時期に、家のすぐ近くで、なにやら言動の怪しい男が2人が殴り合うほどの喧嘩を行い、両方とも亡くなったという物騒な事件が起こったからで……話を戻そう。



 ──そうして、だ。



 そんなふうにして、色々な意味で深刻なレベルで心配されていることにあまり気付いていない最近の千賀子は、だ。



『ガチャ』を行う時は必ず祖父母が寝静まった後。


『ガチャ』を回す前に、必ず女神様にお願いを行い。


 それから、出来うる限り無欲な気持ちをイメージして。


 物欲センサーが存在しないことを祈りつつ。


 一つ一つ心を込めて、『ガチャ』を回すのが一連の流れとなっていた。




 ──Q.そこまでして、まだ回すのですか? 


 ──A.回すに決まっているだろ


 ──Q.デメリットが多くありませんか? 


 ──A.積み重なったデメリットを一発で解決する方法なんて、『ガチャ』しかねえんだ、素人は黙っとれ




 とまあ、藁にも縋る思いもあって、今日の夜もまた、10連分が溜まったのでガチャを回そう……と、していたのだが。



『──ぴんぽんぱんぽ~ん、お知らせです』


(えっ!?)


『たった今、シークレットミッションが達成されました。おめでとうございます、拍手します、ぱちぱちぱち~』


(ちょ、ええ!?)



 突如、頭の中に響く……懐かしの声。


 それは、数年前に、生まれ変わる時に聞いた……女神の声であった。



『今回達成したミッションは、『累計500人を精通させる(切っ掛けを含めて)』、『累計1000人の性の目覚めの切っ掛けになる』、『累計2500名から恋心を抱かれている』、です』


(はっ!? え、いきなり三つも!? ていうか、なにそのおぞましいシークレットミッションは!?)


『さすがは愛され小悪魔美少女。上手に魅惑的な美しさを活かしてくれて、女神なわたくし、ちょっと誇らしくて鼻が高いまであります』


(あの、活かした覚えはありません! こういうの、嬉しくないです!)


『実はもっと前に達成していたのですけど、ちょっとうたた寝して寝過ごしちゃいました。なので、お詫びのギフトも送りますので許してごめ~んちゃい』


(いや、いやいや、いいです女神様! お気持ちだけで、お気持ちだけで十分なんで!!!!)



 なんだろう、親しみを覚えるような気安い雰囲気だが、底知れぬナニカが伝わってくる。だが、怖気づいてはいられない。



 兎にも角にも、そこまでしてもらわなくても大丈夫です、と。



 そう、心から念じる千賀子だが……以前の時もそうだったが、千賀子の想いは何一つ女神には届かなかったのであった。




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