激動昭和・中学生編

第14話: それはまるで、開かれたつぼみの花のごとく

※ 本編には関わる予定はありませんが、感想で質問があったので一つ


道子は、弟がいると思っている

道子の母親は、息子がいるけど嘆いている

道子の父親は、息子はいないと思っているし、写真一つ残していない

道子の弟は文字を上手く書けないし、上手く話せないし、離れの小屋から一歩も外には出られない、名前も呼ぶことを禁止されている

道子が中学を卒業する頃には、ひっそりと……本家とは別に、小さい墓だけ作られた


以上です ↓ 本編



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 それからの日々だが、特に語ることなど無い。


 どうしてかって、そりゃあ千賀子は小学生だ。



 切った切られた、そんな殺伐としたファンタジー世界じゃあるまいし、波乱の昭和とはいえ、日常は学校と自宅の往復、その繰り返しだ。


 現代に比べて交通網を含めて諸々が未発達がゆえに、大人でもそう遠くへは行けない。ましてや、子供ともなれば、余計にそうだ。



 加えて、千賀子の家は商店である。



 子供の労働ともなれば問題視される現代ならばともかく、この時代は子供だって立派な労働力だ。


 さすがに大人でないと出来ない仕事はさせられないが、商品の整理や陳列、店内の掃除などの細々とした雑務は任せられる。


 なので、この時代は学校が終われば家業の手伝いをする子供が多く、それは千賀子とて例外ではなかった。



 それに、千賀子も家の手伝いは嫌ではなかった。



 家業を継ぎたいとは思わないが、仕入れた商品が売れるというのは、金銭的な話を抜きにしても、存外に楽しい。


 なんというか、目に見える形で利益を得ている感覚。商品の取引によって得られるこの感覚は、商売に携わらなければ分からない。



 それが楽しかった千賀子は、基本的に家業に口出さない。



 ただ、現代でも売れているベストセラー製品の初代を見付けるたび、これは売れるから仕入れろと父に訴えるぐらい。


 それで大損ともなれば口出し出来なくなるが、今のところは……程度の差こそあるが、商品は全て売れているので、商売の楽しい部分だけを味わうことが出来ていた。


 見る者が見れば、なんとも商売をナメていると憤慨するところだろう。その点については、千賀子も否定はしない。


 しかし、売れる可能性が高いと分かっているのに、それを仕入れないのは商人の娘としては失格である。


 それに、可能性が高いだけで売れる保証は全く無い。


 千賀子のソレは、あくまでも前世の知識であり結果であり、この世界でもそうなる保証はない。


 実際、前例がある。


 千賀子は知らなかったが、以前説得して仕入れさせたゴキゴキホイホイが、正にソレだ。


 アレは、前世では今より数年も後に作られる商品だ。


 多少なり誤差が出るにしても、年単位で差が生じるとなれば……そのリスクも窺い知れるだろう。


 その時は売れなくとも、なにかしらの切っ掛けで大ヒット……というのは、現代でも同じなのだから。



 ……。



 ……



 …………それじゃあ、問題らしい問題は何も起きなかったのかって? 




 そんなわけ、ないじゃん(ゲス顔)。




 冷静に考えてみれば、想像するまでもないことだ。


 今は、昭和だ。それも、戦後から20年と経っていない復興の時期でありながら、高度経済成長期の真っ最中。


 現代でも朝ごはん等が食べられない貧困家庭が増えているが、この時もそうで、給食が無い日などは水で腹を膨らませて誤魔化す子供が一定数居た。


 それが、高度経済成長期に伴って……数を減らしてゆく。


 つまり、ひと月時間が経過するたびに暮らしが良くなっていくのもあって、食事をちゃんと取れる子供が増えていったわけだ。




 ……で、だ。




 空腹という状態は、どんな人間であっても気力と体力を奪う。それは子供とて例外ではない。



 では……そんな子供たちが、ちゃんと食事を取れるようになったら、どうなるか? 



 答えはまあ、語る必要も、想像するまでも、全くないだろう。


 加えて、この時代はまだ法を守る意識が老若男女を問わず薄かった。バレなければ大丈夫、そういう認識が蔓延っており、子供とて例外ではない。


 そんな状況で、子供たちは中学生へとなり。


 合わせて、徐々に身体が成長し、それまで余裕が無くて表に出る事がなかった……思春期特有の衝動や興味が、どのように働くか。



「隙あり!」

「──っ!?」

「ちょ、こらぁー!!」



 答えは、男子生徒のコレである。


 フワッと、下半身を覆うスカートが捲れ上がる感覚。舞い上がるスカートの裾が、ひらりと……視界の端にて垂れ下がったのが見えた。


 立ち位置的に接近に気付いた明美が怒鳴った時にはもう遅く、ハッと我に返った千賀子が反射的に振り返れば、もうその姿は曲がり角の向こうへと駆けて行った後であった。



 ……。



 ……。



 …………いったい、何をされたのか。



 具体的には、背後から制服のスカートをめくり上げられたのである。それはもう勢いよく、スカートの裾が背中に当たったぐらいに力いっぱい。



 そう、これこそが、中学生になった千賀子の身に頻発し始めている問題……『スカート捲り』という悪戯である。



 いちおう言っておくが、スカート捲りという行為。


 昭和を扱ったサブカルチャーなどでは悪戯行為として描写されることがあるけれども、実は実際に行われていたという記録があったりする話である。


 時期としては、60年~80年の間。


 昭和初期にもそういう悪戯があるという記録が残されているぐらいだが、おそらく遡ればもっと昔から存在していたのだろう。


 もちろん、これは前世の現代においては、れっきとした性犯罪である。相手が同級生であろうと厳重注意、あるいは警察沙汰になるレベルの所業である。



 しかし、今は昭和だ。



 昭和の末期頃には『性犯罪』として認識されるようになる行為が、悪戯の範疇として見過ごされているのが非常に多い。


 加えて、当事者である男子たちの認識も、同様に軽い。


 男子からすれば、たかがパンツだ。興味があることは否定しないが、結局のところは、『たかが、パンツ』である。


 ゆえに、女子たちが怒りを見せても、反応が返ってきたことを喜ばれるだけ。


 教師に報告しても、あまり真剣には受け取って貰えない。せいぜい、現行犯の時に拳骨を頭に落とすぐらいで、それだけである。


 なので、この頃の女子は下にブルマーを履いたりしてガードするのが、ある種の常識みたいになっていた。


 千賀子も、必ずそうするようにしているし、現在進行形でスカートの下にはブルマーを履いている。


 つまり、先ほど見られたのはパンツではなくブルマーである。


 ちなみに、実際にスカート捲りという行為が局所的な流行から、日本中に大流行してしまったことがある。


 とある人気漫画家がそれを描写したことがキッカケらしいが、真相は定かでは……話を戻そう。



「千賀子、あんたもちょっとは怒りなよ!」

「いやあ、それよりも前に明美が怒ってくれるから……それと、ありがとう、追い払ってくれて」

「もう、いつもそうやって言葉で誤魔化して……」



 プンプンと怒りを露わにする明美に、千賀子は曖昧に笑ってお礼を述べた。




 ……現在の千賀子がどういう状況なのか、それを改めて簡潔に述べよう。




 まず、千賀子は中学生になった。ピカピカのセーラー服にスカートだ。


 日常サイクルは、小学生の時と変わらない。


 学校内の違いといえば、勉強する範囲が広がり、小学生の時にはあまり目立たなかった、秀才と落ちこぼれの明暗が分かれ始めているぐらいだろうか。


 男子も女子も、見慣れた顔ぶれが多い。


 引っ越しして居なくなった顔見知りもいるが、その分だけ他所から引っ越しして来た者もいるので、とりあえず、人数的な増減はあまり感じなかった。


 あとは、道子が……千賀子と明美の通う学校ではなく、私立の……『お金持ちが通う学校』とやらに行ってしまったぐらいだろうか。


 つまり、仲良し3人組の内の1人が抜けたわけだ。


 小学校からの長い付き合いなので、千賀子にとっても寂しい事だ。だが、それも致し方ないだろうなあと思っていた分、寂しさはマシであった。



 どうしてかって、そりゃあ……道子の家が裕福だからに尽きた。



 元々、小学生の早い段階から、道子は私立の中学に上がるだろうという噂話が流れていて、千賀子も小耳に挟んだ事があった。


 実際、6年生の時に一度だけ道子の家に明美と一緒に招待されたことがあったけれど……豪邸と呼んでも差し支えないソレを見て、噂は真実だろうなあ……と理解させられた。


 まあ、『東京優駿』に出走できるような馬を所有し、許婚がいるいるぐらいだ。そこらの小金持ちとは格が違うのは、以前から察せられていた。


 また、道子から『中学は別々になる』と報告を受けたし、明美も薄々察していたようで、『そっかぁ……』と受け入れるのが早かった。



 加えて、道子から、中学に入る直前に聞いたことが一つ。



 公立の学校に来たのは、親の方針で『どうか視野を狭くするな、様々な人たちが世界には居る』という社会勉強の一環だから……というもの。


 聞く人が聞けば『俺たち私たちを格下に見ているのか!?』と憤慨しそうな話だが、客観的に見ればその通りで……話を戻そう。



 ──いずれにせよ、中学生になった千賀子だが……なんというか、案の定なことになった。



 具体的には、とんでもなく噂になったのだ。



『今年に入って来た女の子の中に、とんでもなく可愛いやつが居るぞ!』といった噂が。


 これのなにが悲惨なのかって、『どうせ噂だろ(笑)』ではなく、『噂以上に可愛いじゃん……!』だったことだろう。


 なにせ、実際に中学に入学を果たした頃の千賀子は既に……そりゃあもう、『深窓しんそうの美少女』を体現したかのような風貌になっていたからだ。



 なんというか、顔立ちだけでなく、格が違った、オーラが違った。



 腰の辺りまで伸ばされた髪は、遠目からでも艶やかさが分かるぐらいになめらかで、枝毛やほつれ一つ全く見られない。


 精巧に作られた人形のように左右対称に整った顔立ち、目は大きく、鼻も高過ぎず、唇は常に潤っているかのようで、白い頬は淡く赤みが差している。


 それでいて、首から下も他とは一線を凌駕している。


 一目で、平均よりも大きいのが分かる。それでいて腰回りは細く、体育の時間になれば嫌でも足の長さや形の良さが周囲から見える。


 身長こそ年齢相応ではあるが、そんなものは全くマイナスにならない。


 入学を果たして2週間後には、他のクラスだけでなく上級生たちが休み時間のたびに見学しに来たぐらいで。


 その際、それに嫉妬した一部の女子が千賀子にちょっかいを掛けようとした……が、しかし。


 どう贔屓目に見ても『美人に嫉妬する不細工』という光景にしかならず、すぐに内部分裂を起こしてしまった。


 また、それが何故か周囲にバレてしまい、『不細工は心まで不細工か(笑)』とからかわれてしまい……すぐに、ちょっかいをかける女子は消えた。


 そうして、中学生になって2ヶ月も経つ頃には学校一の美少女としてその名が知れ渡るようになり、中学2年生になる頃には、他校にすらその名が知られるほどになっていた。


 ……で、話は最初に戻るわけだが。



「それにしても、千賀子って相変わらず変な所で図太いわね」

「そう見える?」

「見えるわよ。いくら下にブルマーを履いているからって、他の子はもうちょっと反応するわよ」

「え、そう言われても……下にブルマー履いていたら、平気でしょ?」

「平気ではあるけど、それでもあんたほど図太くはなれないって」



 思わず、といった様子で零した明美の感想は、客観的に見たら事実であった。



 と、いうのも、だ。



 先ほどのスカート捲りだが、アレはぶっちゃけ初めてではない。小学6年生の時にも何度かやられていたが、中学生になってからは明らかに頻度が増えた。


 常人なら、ほとほと嫌気が差してしまうところだろう。けれども、千賀子は欠片も堪えた様子を見せない。


 気を強く持っている……のではない。されるのは嫌がっているが、せいぜい蚊に刺された程度の……そんな態度なのである。


 それに加えて、明美が千賀子に対して図太いと評価した理由は、何もスカート捲りだけが理由ではない。



 例えば、体育の時間だ。



 この頃(1963年頃)の女子の体操服は、ブカブカッと膨らみが膝上の辺りまであるニッカーボッカー風のブルマーに半袖シャツが主流であった。


 いわゆる、『ちょうちんブルマー』と呼ばれるやつだ。


 お尻のラインが出る密着型のブルマーが登場するのは、前世の世界においてもう少し後だったりするが、脱線する前に話を戻す。


 その、体操着なのだが、いちおうは女子の体形に合わせて作られてはいるが……常人離れした千賀子のスタイルには、些か合わなかった。



 なんでかって、他の女子に比べて明らかにスタイルが良過ぎるからだ。



 なんというか、ブカッと膨らみのある形状のおかげで、余計に腰回りが細く、胸まわりが大きく見えるのだ。


 そのうえ、足も細く長い。華奢というわけではなく、健康的に色白で、他の女子と並んで立つと余計に際立ってしまう。


 おかげで、授業そっちのけで抜け出して来たり、わざと遅刻して外からジロジロと見て来たり、色ボケになる男子の多いこと、多いこと。


 千賀子は100%被害者なのに、学校側から『もう少し、色気を抑えられないか?』と無茶な提案を成されたぐらいなのだから、如何に今の千賀子が男子たちの情緒を狂わせてしまうのかが窺い知れるだろう。



 ……そう、1963年の梅雨に差しかかろうとしている時期。



 経済成長に伴って、徐々に人々の暮らしが良くなりつつある中、比例するように色事に関して目覚め始めた男子たちの視線。


 小学生の時ですら注目を浴びていたというのに、それから更に『ガチャ(ピックアップ固定)』によって魅力を底上げされ続けた千賀子は……そうだ。


 そう、そうなのだ。




 今まで知らぬ存ぜぬで誤魔化せてきていたが、中学2年生になった千賀子は、いよいよもって、嫌でもそれらから目を逸らせなくなってきているのであった。




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