第8話: たまには、ピックアップだけ当たるように(善意100%の女神様)
──風呂である。
経済成長著しい昭和の中頃には、まだ内風呂が無い家も多い。まあそれも、中頃までだ。
元来、日本人というのはお風呂好きである。
それゆえに内風呂の普及率は大抵の人が想像しているよりも早く、昭和38年(西暦1963年)頃にはもう、約6割の家庭に内風呂があったという調査もある。
しかし、千賀子の家は別として、周囲ではまだ、内風呂がある家は少ない。
有っても毎日使っているわけではなく、広い銭湯を利用する者はそれなりに存在していた。
理由は、この時代ではまだ、銭湯という場所はある種のコミュニケーションの場として利用されていたからだ。
あと、この時の内風呂というのは基本的にサイズが小さかったので、広々と手足を伸ばして入りたいために銭湯を好む者もいた。
現代とは違って地域のコミュニケーションが生きているので、顔合わせという意味でも一同に会する銭湯という場所は都合が良かったのもあった。
もちろん、内風呂が普及し、徐々に銭湯というモノが廃れ始めるようになれば、その役目も他へと移っていくわけだが……少なくとも、今はまだ、の話であった。
……ちなみに、千賀子の前世においての話だが、内風呂の普及に関しては、都会の方が遅かったらしい。
理由は色々とあるらしいが、有力なのは、各家の間取りの関係や、貸し家(つまり、
まあ、これは現代でも解決出来ていない話で、要は土地に余裕が無いわけだ。
終戦直後の、軒並み焼け野原になった時ならともかく、既に道路が作られ、建物が並び、毎日のように新たな居住希望の人達が地方からやってくるわけだ。
当然ながら、家に風呂を一つ置くだけの余裕が無い。あったとしても、その分だけ高くなる家賃を払える者が少ない。
結果、立ち並ぶアパートやら何やらは、トイレ無し&共同トイレというのが一般的になり、それがぐぐーんと増えた結果、さらにスペースが無くなったわけだ。
おまけに、当時の都会は朝から晩まで工事&工事。
何処も彼処も穴だらけなうえに、現代のように鉄板を敷いて塞ぐなんて安全対策などしなかったし、警備員なんてのも置かれなかった。
おかげで、毎日のように転落事故が相次ぎ、一日に1人は誰かが落ちて死んでいるという笑えない話が労働者たちの間で飛び出すぐらいには、凄い状態なのであった。
……え? なんで塞がなかったのかって?
そんなの、鉄板が盗まれるからである。
先に言っておくが、昭和の殺伐とした治安の悪さをナメテはいけない。警備員を雇ったところで、その警備員が鉄板を盗むことを警戒せねばならないのだから。
なにせ、高度経済成長期の日本は、探せばいくらでも働き口があった。そして、法整備は全く追い付いていなかった。
劣悪な環境こそ多かったが、それこそ、小学校を出ただけの人でも仕事を求めて歩き回る必要がなかったといえば、如何にこの時期の日本が活気に満ちていたかが窺い知れるだろう。
……まあ、それも今はまだ都会だけの話。
いずれ、その波は日本全国へと波及していくが、少なくとも、今はまだ千賀子の周辺はそこまで騒がしい感じになってはいなかった。
……さて、話を戻して、風呂だ。いや、正確には、銭湯だ。
「おーい、風呂行くぞ」
「は~い」
父の呼びかけに、千賀子は満面の笑みで答えた。
銭湯へ行く日であるこの日、千賀子は傍目にも分かるぐらいに上機嫌で入浴の準備を済ませると、家族全員で銭湯へと向かった。
どうして機嫌が良いのかって、それはデカい風呂に入れるからだ。
内風呂も良いが、基本的に小さいし、入るのがだいたい最後の方になるため、お湯が温い時がある。
それに比べて銭湯の方は手足が伸ばせるし、入浴後のお楽しみもある。
……ちなみに、千賀子としては広い風呂に浸かれるから銭湯が好きだけど、両親の目的は周辺住民の情報収集である。
客商売(正確には、小売り業)をやっている秋山家にとって、如何に住民のニーズを知り、住民からの反感を抱かれないかが非常に重要だ。
銭湯に通う事によってそれらの効果が得られる保証はないが、どんな形であれコミュニティの場へ顔を見せておくに越したことはないし、思いもよらぬ方向から隠れたニーズを知る時もある。
それ故に、時々は家族総出で銭湯へと通い、雑談にしろ噂話にしろ、盗み聞きして何かに活かせる癖を付けておけ……というのが、秋山商店の方針であった。
……ちなみに、全員で行動するのは単純に危ない、という理由もある。
都会と違って、千賀子が住んでいる場所は顔見知りばかりなので比較的治安は良いが、現代に比べたら雲泥の差だ。
成人している父、年寄りの祖父、明らかに金を持っていなさそうな和広(中学生だし)ならば……いや、男の子を狙う人さらいも普通に居るが、それ以上に、だ。
30代後半とはいえ女である母もそうだが、小学生とはいえ、親の贔屓目抜きに美少女だと断言される千賀子の2人だけを行かせるのは、あまりにも危ない。
というか、千賀子が美少女でなくても、先述したとおり、この時代の夜間の一人歩きは普通に危険なのだ。
人さらいに限らず強盗は居るし、現代よりもはるかに暴力に対する抵抗感が薄い。女強盗だって、出没する。
現代とは違い、昭和の時代に監視カメラなんてモノはない。街灯の数だって頼りなく、死角となる暗がりは幾らでも見付けられる。
つまり、万が一暗がりに引きずり込まれたら最後、見つけるのは非常に困難。
安全面を考えれば、必然的に、千賀子がいくら望んだところで、毎日銭湯に入る事が出来ないのであった。
(やっぱり、広い湯船でゆったりお湯に浸かれる心地良さには勝てんよなあ……)
ガチャのおかげでそこらの女より身綺麗な千賀子だが、だからといって、満足出来ているかといえば、そんなわけもない。
ソレはソレ、コレはコレ。
精神的な充足感を得るには、やはり実際に湯船に浸かるのが一番。この時ばかりは、さしものの彼女も年齢相応にるんたったと軽い歩調で母と手を繋いでいるのであった。
「……和広、前から聞こうと思っていたが、その髪型はなんだ?」
「これが今の
「みっともないから止めろ、学生のうちはボウズ頭だろう」
「これからは違うんだよ、逆にボウズ頭はだせーって思われちまうんだって」
「流行りなのは分かるが、うちは客商売をしているんだ。おまえも長男なら、少しはそこらへんを考えるようになれ」
「分かっているよ、俺だってもっと伸ばしたいのを我慢しているんだぜ」
この時ばかりは、咎める意味で何時もより低めな父の声も、耳障りな和広の声も、気にならない。
というか、千賀子としては、父の気持ちもいくらか察せられるが、やりたいようにやらせたら……という感想しかなかった。
男だった時の記憶があるからこそ分かるが、あれぐらいの年頃は、兎にも角にも四方八方に反発しまくる時期だ。
いくら正論を重ねたところで意味はないし、その程度で改心するなら初めから反抗などしたりしない。
それを薄々分かっている母は、最近はあまり和広に対して言わなくなった。
見捨てた……というよりは、始めから聞く気がない息子に女の己があ~だこ~だと諭して叱ったところで馬の耳に念仏とでも思ったのだろう。
実際、和広は母に対しては態度が大きいというか、どこかナメて掛かっているのが見て取れる。まあ、それも反抗期という名の甘えなのだろう。
結果、その分だけ父が言わなければならなくなっているが……その辺りは、母に任せるのは荷が重いと思っているのか父は何も語らず、今日もこんな感じで注意をしているといった感じだ。
……ちなみに、祖父母は我関せずである。
育てるのはあくまでも和広の父と母。相談されたなら多少なり助言はするが、されない限りは口を出さないのが基本方針らしかった。
(まあ、年頃なら誰もが通る道だし、私に降りかかってこなければ何でもいいや……)
で、千賀子の感想はこんなもんである。
それを薄情と取るか、どこも似たようなもんだと済ませるか、些か判断に迷うところだが……とりあえず、その程度の関心しかなかった。
……そうして、なんやかんやと歩く事しばらく。
「あ、いらっしゃい、今日はちょっと遅かったね」
「お仕事が終わるのが少し遅かったから」
到着した銭湯の玄関出入り口。
そこで、無造作に散らばっている靴を手慣れた様子で揃えていた明美より手を振られた千賀子は、同じように手を振り返した。
現代とは違って、内風呂が無い家が多数のこの時代、施設のサイズに比べて利用者の方が多い時がけっこうある。
そういう時、設置してある下駄箱に入りきらなかった靴などは、玄関に放置される。ちょうど、今みたいに。
──Q.盗まれる危険性はないのですか?
──A.こんな所に綺麗な靴で来るやつはいない。
現代とは違い、この時代の靴なんてだいたいボロボロだ。穴が空いているなんてザラで、基本的にどれも汚い。
それでも盗むやつはいるだろうが、都会とは違ってここらへんは顔見知りばかり。
下手に露見すれば、それこそ村八分。他人の履き潰した靴のためにそんなリスクを背負う者は、今のところは0であった。
ちなみに、金持ちはそもそも内風呂を持っているし、よほどの理由がない限り、わざわざ来る事はほとんどなかったりする。
「今日はけっこう混んでいるようだね、入れそうかい?」
置かれている靴を見やった父が尋ねれば、明美はニコッと愛想笑いをした。
「大丈夫ですよ。今日は一斉に客が来ただけで、空く時もたぶん一斉に──」
そこまで話したあたりで、奥から暖簾を掻き分けて老若男女の団体が出てきた。
明美の言う通り、今日は偶然にもタイミングがかち合ったのだろう。ほんのり熱気を放つ人たちがワイワイと雑談をしながら出て行けば、散らばっていた靴がガラリと減っていた。
……とりあえず、父は人数分の料金(+α)を明美に手渡した。この(+α)は、入浴後のお楽しみの料金(人数分)である。
「どうぞ、下駄箱を使ってください」
促されたので、そのまま靴を下駄箱に入れ、札を取ってから『男湯』『女湯』に別れて中へ入る。
中は……現代人が想像する昭和の銭湯よりも、さらに古臭くしたような感じ……と言えば、想像がつくだろうか。
いちおうテレビや扇風機もある。しかし、テレビは白黒で画面は小さく、扇風機も現代のソレに比べて明らかに風が弱い。
それでも、どちらも相応に高価な商品で、扇風機が無い家も珍しくはなかったので、既に両方ともに人だかりが出来ていた。
さて、脱衣スペースに、長椅子。正方形で区切られた棚にはカゴ(というか、ザル?)が入っていて、既に7,8割ぐらいは使用されていた。
「千賀子は下の方を使いなさい」
「はい」
母に促されるがまま、一番下の棚にあるカゴへぽぽいっと脱ぎ捨てた衣服を入れていく。
この時代の女児の服なんて、柄や色に関してはバリエーションはあるが、種類などはそんなに無い。
だいたい上下一体になっている明るい柄のワンピースか、柄の入ったシャツ(ボタン付き)に少し丈の長いスカート、モンペのようなズボンとかだ。
作りは単純で、脱ごうと思えばパパッと脱げる。ちなみに、本日の千賀子の恰好は上下一体のワンピースに半纏(はんてん:要は羽織る上着)だ。
「──あら、秋山の奥さん、今日はちょっと遅いのね」
「あ、豆腐屋の……いつも主人がお世話になっております」
「こちらこそ、あ、そうそう、この前買ったホイホイ、あれ凄いわねえ。置いているだけでどんどん捕まえてくれるから助かるわぁ」
「あれまあ、奥さん買ったの? 私も気になっていたのよ。でも売りきれちゃって買えなくて……秋山さん、新しいの、もう来ているかしら?」
「それなら、明日には入荷されますので、夕方前には店頭に並んでいると思いますよ」
「便利よ、あれ。旦那がウルサイから言わなかったけど、やっぱり足元にうろちょろしていると気持ち悪くて……子供が片付けてくれるから、もう本当大助かりだわ」
「そういっていただけると、主人も喜んでくれると思います。あ、そうそう、新しい商品を入荷しようと思っているんですけど、それが──」
「へー、そんなものが出たの──」
「ん~、ちょっと旦那に相談してみないと──」
「でも、良いわね、それも使ってみたいわぁ──」
(お~、顔見知りが次々に出現、ちょっと長くなりそう)
着物姿の母は少しばかり脱ぐのに時間が掛かるうえに、お喋り相手でありうわさ好きの豆腐屋の奥さんの他、気付いた顔見知りの人達が集まって来た。
こうなると、ちょっと長い。なので、手持無沙汰になった千賀子はグルリと脱衣所内を見回した。
……正直に、言おう。自分の身体で見慣れ過ぎているせいで、そういった興奮は一切無い。
なにせ、視線を下ろせば同じモノが付いて……いや、付いていない……とにかく、付いてはいる。
なまじ、感覚的にも分かっているうえに、日常的にそこから小便を垂れるし、ケツからも今のところは快便が続いているので、余計にそういう感覚が薄い。
加えて、女として生まれ変わり、幾度となく他人の裸体を眺めることが出来るようになったからこそ分かったことだが。
(……けっこう、女の人って垂れている人多いんだな)
そう、この時代の女人のπが、男だった時からは想像できなかったぐらいに、若い人でも垂れている人の方が多いのだ。
とはいえ、それも致し方ない。
現代ならばまだしも、何もかもがまだまだ足りない昭和の時代。それは物資の意味とは別に、美容に関する知識も含めて同じこと。
いちおうブラジャーは販売されているが、現代に比べて明らかに質が低いし、高価である。
具体的には、この頃に売られているブラジャーというのは、乳とパッドを入れるポケットが付いているだけで、支える機能も弱い。
サイズだってS・M・Lの三つぐらいしかない。
また、伸縮性のある生地が無かったため、着心地の悪さに付けるのを嫌がる女性も多く、必然的に形が崩れて垂れてしまう人が……っと。
「ん? 明美も風呂?」
「うん、もう遅いし風呂に入りなさいって」
ボケーッと眺めていると、何時もならチョコチョコと片付けやら何やら手伝いをしている明美が隣に来て、パパッと服を脱ぎ始める。
露わになった明美の裸体は……まあ、痩せ気味の小学生。美少女ではあるが、裸体を見れば、まだまだ貧相な身体つきだ。
鳥ガラ、というのは言い過ぎだが、とはいえ、それも致し方ない。
現代に比べてこの時代の子はとにかく日常的な運動量が違うし、摂取カロリーも栄養面も、明らかにバランス悪く劣っている。
さすがに戦後から月日が流れているので改善傾向にはあるが、この時代の子供なんて、だいたいあばら骨が薄ら浮いている痩せ気味体形がデフォルトな時代だ。
明美は別に家が貧乏というわけではないが、日頃から家の手伝いやらお使いやらで動き回っているから、顔立ちが美少女な分だけ余計にソレが目立っていた。
……で、準備と雑談を終えた母と一緒に、3人で浴場へ向かう。
当然ながら既に先客が居るので、中々に騒がしい。1人2人ならまだしも、十数人が雑談をすれば、それは立派な騒音なのである。
加えて、女湯だけの声だけでなく、ジャバジャバとお湯が流れる音に加え、天井の隙間から男湯からの声も聞こえているため、まるでここだけ昼間になっているかのような騒がしさであった。
……。
……。
…………そこで何をするかって、そんなの身体を洗うだけ……女体を洗うことに抵抗はないのかって?
──そんなの、今さらである。
それよりも、ゆっくり身体が温まっていくのが好きなので、早く湯船に浸かりたい気持ちが強く……なので、千賀子はちゃっちゃと工程を済ませていった。
「──いいなあ、千賀子って美人で」
そうして、明美の背中を洗い、母の背中を洗い、次いで、母から背中を洗われていると……ふと、明美からそんな言葉を掛けられた。
「何処も彼処もツルツルでスベスベで……胸だって膨らんでいるし、まるでお姫様みたい」
「明美だって美人だし、そのうち膨らむと思うけど」
「千賀子に比べたら、私なんてチンチクリンよ。道子はもう大人みたいなものだし、千賀子は美少女だし……」
「私たち、まだ子供だよ?」
「千賀子はさあ……もう、可愛いっていうよりは、美少女って感じなんだよねえ……」
深々と……それはもう、小学生とは思えない、なんとも言葉にし難い苦悶の表情で溜息を零した。
……客観的に見れば、明美がそれを言うのは謙遜を通り越した自慢の類に当たるだろう。
確かに、明美の言い分は否定出来ない。千賀子、明美、道子、この三人が並べば、一番チンチクリンに見えるのは明美だろう。
しかし、それは比べる相手が悪過ぎるだけだ。
遺伝的な要因を除いても、道子の家は裕福で一般的な女子よりも栄養面もカロリー面もしっかり取れている。
千賀子には道子のような裕福さはないが、『ガチャ』の恩恵がある。ある意味道子以上の反則であり、特に、以前一度だけ当てた『SSR』の恩恵の影響が大きい。
それに比べたら、裕福から来るアシスト、『ガチャ』によるアシスト、その二つを持たない明美が、2人に並び立てても遜色ない方が……話を戻そう。
──そんな事を言われてもなあ。
明美の愚痴に対して、そう思った千賀子だが、下手に何かを言っても……と、曖昧に笑って誤魔化しつつ、泡を洗い落として湯船にIn。
これこそ、極楽やで……そんな思いで、ふへーっと脱力していると。
「……そうね、千賀子。明美ちゃんの言う通り、あなたもそろそろ、そこらへんを考えて動くよう気を付けなさい」
まさかの、母のエントリーである。
「まだ想像が付き難いとは思いますけど、あなたは自分が考えている以上に男の子の気を惹きやすいの。今みたいにボケーッとしていると危ないから、本当に気を付けなさいね」
さすがに、母からも注意をされてしまえば、曖昧に笑って誤魔化すこともできず……神妙に返事をした千賀子は、チラリと……揺れる己の裸体を見下ろした。
……まあ、確かに、だ。
薄々察してはいたというか、気付いていて見て見ぬふりをしていたが、真正面から言われたことで、改めて実感する。
──以前に比べて、明らかに身体が子供から『女』へと近付いている。
背丈こそ年齢相応(顔も、良い意味で同様)だが、胸から下は違う。
去年までは絶壁だったのが、今は脂肪が隆起している。ストーッンと一直線に下っていた腰回りも、僅かばかりではあるがクビレが形成されつつある。
足は細いが痩せているわけではなく、軽く触ればちゃんと張りのある弾力で押し返され、膝もOにもXにも湾曲せず綺麗に伸びている。
まだ、10歳。されど、体つきは美しさを保ちつつ、すでに1歳も2歳も特別に時間を経て成長しているかのようだ。
(そういえば少し前から、私が1人で外出しようとするたび、必ず爺ちゃんが何だかんだ付いて来ていたけど……あれ、万が一を警戒して付いて来てくれていたのか……)
てっきり、孫可愛さ&病み上がり(2ヶ月以上経っているけど)だから心配しているのかと思っていたが、違ったのかもしれない。
……気を付けよう。
そう、思った千賀子は、なんだか風呂に入る気分でもなくなったし、早いけどもう出ようかな……と思い、最後に大きく伸びをした。
『──ぴこーん、シークレットミッション、達成です』
と、その時であった。
唐突に頭の中に鳴り響く、女の声。
それは、この世界に転生する時に聞いた『女神様』の声で……『ガチャ』に隠された『シークレットミッション』の一つを達成したことを、千賀子だけに教えてくれるものであった。
『今回達成したミッションは、『異性2000人以上(累計)から、可愛いではなく美人だと思われる』です。おめでとう、今から貴女は愛され小悪魔美少女、です』
(え、ちょ、このタイミングで!?)
その証拠に、頭の中に鳴り響く声は千賀子以外には聞こえない。
周囲にバレないよう動揺を押し殺しているとはいえ、傍の明美や母だけでなく、その周囲に居る他の客たちも、態度を全く変えていない。
……では、どうして千賀子が
それは、『シークレットミッション』を達成した際に得られる恩恵への拒否権が無いから。
内容に関係なく、このミッションで得られた恩恵は、それを取得した時点で自動的に使用されてしまうのだ。
おそらく、女神様の感覚では『SSRの時点で有益だし、拒否する理由ないでしょ? 遠慮せず使ってよ!』みたいな感じなのだろう。
実際、以前当てた『SSR』の効果もそうだが、『R』どころか『SR』ですら、実感の有無は別として永続的な+を得られている。
なので、全体的に見れば、拒否する理由は……けれども、だ。
そういった恩恵の中には、こう……周囲に影響を与えてしまう類の……そう、他人を惹きつけるフェロモンのような効果を発揮してしまうモノもある。
『すべすべ』とか『うつくしさ』とかよりも、もっと直接的かつ実感出来る類の恩恵だ。
これはまあ『SR』の当たりで出たやつだ。
今のところはまだメリットが勝っているけど、再び当てても重ねて使用するのはマズイのではと思っている……で、だ。
『今回のシークレットミッション達成のお祝いは、『SR以上確定ガチャ』を5回分だよ』
(ひぇ……)
表面上はすました顔で湯に浸かりながら、内心ではビクつき……頭の中で回るガチャルーレットへ祈りを捧げ……そして、止まった。
『SR: うつくしさ+1』
──まず、一つ目。
これは、セーフ。少なくとも、この場で周囲から気付かれる類の当たりではないから、安心だ。
『SR: におい+1』
──二つ目。
これは、グレー。この恩恵は、千賀子自身から放たれる臭い全てが対象。具体的には、汗などを掻いても悪臭になりにくくなる。
これ単品だとそうでもないが、以前取得したSSRの組み合わせによって、グレー入りを果たした恩恵である。
『SR: におい+1』
──三つ目、よりにもよって、このダブり。
(止めろ……元男だったから分かるけど、これは積み重なるとヤバいんだ……!)
そう、あくまでも予測だが、半ば確信を持って千賀子は恐れている。この恩恵も、実感しにくい類の恩恵だが……で、四つ目。
『SR: こえ+1』
(──ぎ、ギリギリセーフ……か?)
これも、グレー。
この『こえ』は、積み重なると周囲に声が通り易くなるだけでなく、印象が残り易くなるうえに、好感をもたれやすくなる。
具体的には、聞いた者の警戒心を緩ませたり、安らぎを与えたり、良い印象を残したり、注意を引き付けたり……良い事ではないかって?
何事も、加減が大事なのだ……で、最後の五つ目だが──ここで、来た。
(う、お、まさかの──ここでSSRか!?)
頭の中に鳴り響く、軽快なファンファーレ。
それは、SSRが当たった時のみ鳴り響く、お祝いのBGM。実際、ルーレットは『SSR』を指し示している。
本来ならば飛び跳ねて狂人レベルに脳内麻薬がビシバシ流れているところだが……今回ばかりはあまりのタイミングの悪さに、冷や汗しか流れなかった。
(め、女神様……頼みますよ……!!)
無意識に両手を合わせた千賀子を他所に、『ガチャ』はこれまでと同じく、千賀子に対して恩恵を──示した。
『SSR:
要約:笑顔によって受ける印象を+方向に超補正。常識的に血の繋がりのある相手は例外です(by女神より)。
……。
……。
…………堪らず、千賀子は心の中で叫んだ。
(女神様──!!! 困ります、こんな扱いに困るやつ、本当に困りますわよ!?!?!?)
自意識過剰でもいい……いや、むしろ、自意識過剰のまま終わって欲しいと……千賀子は心から思ったのであった。
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