第9話 剣は危ないから素手でどつく
第9話 剣は危ないから素手でどつく
翌日の早朝、というか日付が変わったばかりの真夜中なのだが、私とタムは病院の正面玄関が見える物陰に潜(ひそ)んでいる。
「どう、タム、まだ汚されていないでしょ」
「奥様、いくら何でも張り込みが早すぎませんか」
「ばかね。敵はこちらが一番やって欲しくないことをやってくるものよ。
人気(ひとけ)がなくなり寝静まったばかりの今こそ、犯行予想時刻の最有力候補じゃない」
「はあ、そんなもんですかね」
タムはやる気のなさそうな返事をしてジュルッと鼻水をすする。ちょっと冷えてきたのだ。
私はあれから、夜にヤクザものとやり合えるように暗い色のズボンとシャツ、皮の胸当てと走りやすい戦闘系のブーツを手に入れ、今タムと潜んでいる。
それにしても、タムが言うように早すぎたかしらと思い始めた時、それは現れた。
あやしい12人の男たちが大きな荷車に樽を目一杯積んで静かに病院の正門に近づいてくる。
「本当に来ましたね、奥様」
「言ったとおりでしょ。張り込み始めて少ししか立っていないわ。もう少し遅かったら今日も手遅れだったわね」
自信をなくしかけていたことなどおくびにも出さず、私はタムに向かって自信に満ちた発言をする。
「あっ、奥様。連中、樽の蓋を開け始めましたよ」
「よし、制圧するわ。ついてきなさい」
言うが早いか私は身体強化して駆け出す。剣は手加減しにくいから使わない。
「あっ、お待ちください奥様」
タムの声を無視して駆け込む。身体強化できないタムは必死に付いてこようと走るが、私との差は開くばかりだ。
私は暗闇から男たちに接近し、一人目に右ストレート、二人目に左のフックをおみました。
一人目の男の頭がスイカのようにはじけ、二人目の男の頭は首とさよならして右へと飛んでいく。手加減失敗だが、この際まだ10人もいるのだからいいだろう。
「侯爵家のものよ。おとなしく縛(ばく)に就きなさい」一応降伏勧告してみる。
ならず者たちは周囲が暗いため仲間二人がその暗闇に沈んだことを理解しているのかどうかあやしいが、とりあえず私を敵と認識したようだ。
「俺たちをワルインダー組と知ってのことかこの優男、いや男装した女か。おまえこそ今なら慰み者になるぐらいで勘弁してやる。おとなしくしろ」
リーダー格の男がそう言うと、男たちは剣も抜かずにつかみかかってきた。
仕方ないので応戦する。
それにしてもいくら抜剣していないからと言って、自分たちも剣を抜かずに来るとはこちらの能力をなめている。
私は手近な男の腕をつかむと思いっきり一本背負いで投げつける。
石畳に汚い赤い花が咲いた。頭から落ちたようだ。
つぎに左から来た男に左拳でリバーブローをたたき込むと、私の左手は男の腹を突き破りその後ろの男の腹に突き刺さった。二人とも肝臓破裂だろう。
それにしても手加減が難しい。というか、こいつらも軟弱すぎる。
使える奴は後7人。
私の左手に突き刺さったままだらりとした二人を、右手を添えて強引に引き剥がし、地面に転がす。
「この野郎!」怒号が右から聞こえたので回し蹴りでハイキックをお見舞いする。
一人の男の頭がはじけて、買ったばかりのブーツが血まみれになる。あと6人。
「ちっ、抜剣しろ」リーダーが叫びながら剣を抜いて斬りかかってくる。こいつ、なんとしても生け捕りにしたい。組織のトップは持っている情報量も多いはずだ。
正面から切り込んできた男の剣の柄を右のブーツで蹴り上げる。
男の手から離れた剣が男の額に突き刺さった。失敗だ。あと5人。
「若頭の敵(かたき)!」
二人の男が左右から斬りかかってきたので半歩下がって躱(かわ)す。躱しながら、右から来た男の剣に右手の平を、左から来た男の剣に左手の平を添えて、それぞれを私に当たる軌道からそらせる。
すると二本の剣は二人の男の互いの胸をきれいにぱっくり割った。見事に心臓を両断している。少し勢いをつけすぎたようだ。あと3人。
「バケもんだー」「逃げロー」残った三人は荷車の樽を開けようとしていた下っ端だが、ないよりましだ。こいつらだけでも捕縛しなければ……。逃がすわけには行かない。
荷車を捨てて走り出した男たちに、身体強化した走りで追いつき、並んで走っている二人にまとめてドロップキックをかます。
二人の男はそのまま宙を飛び、頭から石壁に突っ込んで血の花を咲かせる。あと1人。
さすがに焦りを感じる。次こそ生け捕りにしなければ。
私が振り返ると、ようやく私に追いついたタムによって残りの一人は捕縛されていた。
「はぁはぁ、奥様早すぎです。
それに生け捕るんじゃなかったんですか。見事に殲滅されてますよ」
「私の予想より敵が軟弱だったのよ。それにしてもタム。あなた手加減が上手ね。今度やり方を教えて欲しいわ」
「いえ、別に手加減しなくても……。
素手でこの惨状を作り出すことの方がよほど難易度が高いと思いますが……」
「何にしても後片付けをしたらそいつを尋問して本拠地に乗り込むわよ。あなた尋問係ね」
「まだ、やるんですか……。まあ、わかりました」
私は亜空間魔法を発動して遺体となったならず者を回収し、あらかじめ異空間に入れて置いた大量の水で、あちこちに付いてしまった血を洗い流した。
病院の前でこれだけの流血沙汰を侯爵家の女性がやってのけたなどと知られては外聞が悪すぎる。証拠隠滅である。
血が固まる前だったこともあり、比較的簡単に洗い流せた。
汚物の樽も忘れずに回収しておく。もちろん蓋は改めてしっかり閉めなおしておいた。
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