第2話 雨の日 私のお店
「なかなか降りやまないなあ……」
ぱたぱたと窓に雨が当たる音が響いている。
外の窓から眺める景色は、灰色の空と溢れんばかりの雨粒で満たされている。街から人が消えてしまったかのように、誰もいない。
王都では雨は珍しく、雨の日は外に出ないという人も多いらしい。
それでもぽつぽつとお客様が来てくれたお昼休憩の時間も過ぎ、店には誰もいない。
私はカウンターの後ろで、蒸気が立ち上る熱いカップを手に椅子に座った。
人が居ない短い休憩時間に砂糖を三杯入れたミルクティーに、お手製のハーブを入れたクッキーは定番だ。
一口飲むと、甘さがほっとする。
誰もいないお店の中は、雨音だけが響いて時間がゆっくりと流れるような気がする。昼間だけど少し薄暗くて、なんだかのんびりとした気持ちになった。
「今日はもう、おやすみかな」
もともと夜営業はしていないので、ティータイムが終われば閉店だ。今日はもう誰も来なそう。
もうそれだったら、時間がなくてできなかったあの煮込み料理作ってみようかな……!
だとしたら、のんびりクッキーを食べている場合じゃない。
ひらめきにやる気が出た私は、急いで大きな口を開け残りのクッキーを放り込んだ。
その瞬間、カランと入り口のベルが鳴った。そこにはびしょ濡れのグライアさんが戸惑ったように立っていた。
完全に油断した姿で、口にはぎゅうぎゅうにクッキーが詰め込まているせいでとっさに言葉が出てこない。
「……!」
「あれ、お休み……だったかな?」
おやすみじゃないです、と言いたかったけれど喋れない。ただあわあわと両手を振る私に、グライアさんはぷはっと吹き出した。
「ごめん食事中だったんだね、ゆっくり食べてください。……タオルだけ、借りてもいいかな」
笑われてすっかり恥ずかしくなった私は、何度も頷いて逃げるようにタオルを取ってきた。戻ってきて、残っていた紅茶を飲み込むとやっと落ち着いた。
「ううう、接客業としてあるまじき姿でした……」
「こんな雨の日に、誰か来るとは思わないよね」
「すっかり油断してしまいました。……お詫びに、これもどうぞ」
同罪にならないかと私が食べていたクッキーを渡すと、グライアさんは驚いたように目を瞬いた。そして、目を伏せて微笑んだ。
「このお店に最初に来た日も、クッキーをくれたよね」
「はい。懐かしいですね。あの日も大雨で、グライアさんはびしょびしょに濡れていましたね。……あの日、グライアさんが来てくれて本当に嬉しかったんです」
「大げさだ」
「大げさじゃないですよ。カウンターに座ってください。コーヒーでいいですか?」
「……そうしたら、ネリアと同じものをください。誰も来ないのなら、たまには一緒に飲みませんか?」
思わぬ誘いに戸惑ったものの、今日は誰も来ないのは間違いないだろう。……グライアさんは来たけれど。
あの日も大雨で、静かで、お店には誰も居なかった。
三か月前。思い出話には早いけれど、私はグライアさんの隣に座らせてもらうことにした。
自分のものも入れ直し、迷ったけれど私のも彼のも同じ味にした。
「もう、既にちょっと懐かしいです。風邪ひかないでくださいね」
「うん。……う、甘い」
「ふふふ。この甘さが、ほっとするんですよ。一緒のものを飲みたいとか言うから」
意地悪な気分で笑えば、グライアさんは急に余裕そうな顔で紅茶を飲み美味しそうに微笑んだ。
「そうですね、ほっとする甘さだ」
思わぬ綺麗な所作に、どきりとする。
「もう。急に真面目な雰囲気出して!」
「ははは、実は私は真面目な男なんですよ」
「そうだったんですね。私も真面目ですけど」
「それは知っています」
グライアさんのことで知っていることは少ない。
その事に何故か一抹の寂しさを感じ、振り払うように甘い紅茶を飲んだ。
「こうやって静かに過ごす日もたまにはいいね」
しみじみとグライアさんが言う。私も思い切り頷く。
「なんだかのんびりしますよね……」
甘い紅茶、雨の音、静かな店内。
「でも、あの日は全然のんびりって気分じゃなかったので、今の穏やかな気持ちの方がちょっと不思議な気もします」
あの日も雨だった。
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