元貴族の令嬢、身に覚えのない恋が実るようです

未知香

第1話 知らない人からのプロポーズ

「ずっと、ずっと君が好きだ、ネリア。君のやりたいことは何でも叶えたいと思う。その準備はしてきたつもりだ。どうか、私と結婚してください」


 紅潮した頬で私の前に跪き、青年は透き通るような紫の瞳でまっすぐに私を見つめている。

 高級な銀糸のようなきらめく銀色の髪が、風に吹かれてさらりと揺れた。


「ネリアの恋が実って、本当に嬉しい! こんな夢みたいな人が本当にいたのね」


 ミサーラさんが感動したように目を潤ませて私達を見ている。


 確かに目の前に居る人は、銀髪が美しく、冷たい目をした美形だ。加えて言うならすらっとした長身で、動物のような筋肉を感じさせる。

 サッシュがつけられた白い制服は国の騎士団での高い位置を示し、貴族であることは間違いないだろう。


 私が好きだと公言してきた人物と一致する。


 でもその人物……架空の人物なんですけど!?


 **********


「ごちそうさまでした」


 調理にかまけてたまってしまっていた食器を洗っていると、カウンターの前にいつのまにかグライアさんが立っていた。


 私がやっている定食屋はセルフサービスではないのだけれど、彼は忙しい時間の時はこうして食器を下げてくれる。

 その心遣いが嬉しい。


「いつもありがとう、グライアさん」

「この時間は忙しいだろうから。今日のも美味しかった」


 お礼を言うと、いつものように茶色の瞳を伏せ少し恥ずかしそうに、にこりと笑ってくれる。


 くすんだ茶色に同じような色の瞳。いつも着ている服は目立たないローブのようなものだけれど清潔感がある。いつも照れたように笑うから、つい話しかけてしまう。


 私は手を止め、お会計をしながら話しかけた。


「どれが好きだったかしら」

「どれも美味しかったけれど、甘辛い角煮が好きだったかな」

「だと思った!」

「やっぱり、ネリアにはすっかり好みがばればれだ」

「伊達にもう半年定食屋やっていないですからね」


 ふふふ、と思わず笑みがこぼれてしまう。


 この定食屋に定期的に来てくれる常連のグライアさんは、文官だと思われる見た目だけれどお肉が好きだ。それも、がっつりした味付けの。

 こんもりと盛ったご飯も、毎回綺麗にぺろりと平らげる。


 今日は来る日かな、と思って作ったので気に入ってもらえて嬉しい。

 空の食器を見るのは、満足感がある。


「じゃあ、お互い午後も頑張ろうね」

「はい、また来てください」


 丁寧に頭を下げたグライアさんを見送り、私は混みあっている店内を見渡した。

 まだまだ人がたくさん来てくれる時間だ。気合を入れなければ。


「仲良しね。そろそろお店を開いて半年だし、彼なんていいんじゃない?」


 腕まくりをしてキャベツを刻み始めた私に、カウンターでお茶を飲んでいたミサーラさんがいたずらっぽく笑う。


「人が入ってくれるようになって、まだ三ケ月ぐらいです。ふふふ、ミサーラさんは本当に恋愛話が好きですよね」

「そう! 私はもう結婚してしまったから、恋愛話を聞くのは大好き」

「まったくもう、私は結婚しないって言っているのに」

「それは知っているけれど、結婚しなくても恋愛は楽しいじゃない」


 華やかな見た目のミサーラさんは恋多き女性だったらしい。しかし、今の旦那さんである運命の相手と出会い、結婚し一緒に鍛冶屋をやっている。


 子供は独立もうしていて、私の事も自分の子供のように可愛がってくれている。


 私が右も左もわからずに店を借りた時に、散々お世話になった。今でもこうして休憩時間はお茶を飲みに来てくれる。


 私も彼女の為に、カウンターの前の一席は必ずあけておく。


 忙しい時間の合間にこうして話しかけてくれる時間が、私の息抜きにもなっている。


「私には好きな人が居るんです。高貴な人なので、叶わないですけどね」

「もう、ネリアはせっかくモテるのに。仕方ないわね」


 定番のセリフできっぱりと言った私に、ミサーラさんは肩をすくめてカップを持った。



 モテるというかはわからないが、定食屋という接客業で人と関わりが多いために声をかけてくれる人は多い。


 なので、昔から密やかに思いを寄せている人が居る、きっと貴族だから叶う事はないとしてきた。


 だいたいはこれで諦める。


 しかし、それでも、とどういう人が好きなのか好みをしつこく聞かれることもままある。


 こういう人はどうかな、といわれると特定の人を指しているかもしれないので、それとは反対の言葉を言う。


 高貴な人、という前提とはいえここは王城にも近く、騎士の出入りも多い。

 貴族であてはまる人が居たら大変だ。


「髪の毛の色は何色が好きですか? 金色は?」

「いいえ、金色はあまり好きじゃありません」

「青は?」

「そうですね、青もあまり……」

「良くしゃべる人は好きですか?」

「いいえ。落ち着いている方が好きなのです」

「この辺にいい人が居るんじゃないの?」

「いえ、実は名前も出せない高貴な方で想っている方が居るのです。なので、誰とも付き合う気はありません」


 そんな事を繰り返しているうちに、いつの間にか私には、高位の貴族で銀髪が美しく、冷たい目をした無口で、しかし優しい好きな人が居るという事になった。

 すらっとした高身長で、立派な体格をしている美形の青年だ。


 ……理想が高すぎる! これはイメージダウン待ったなし。


 しかし、聞かれる事が面倒になった私は、すべてを投げ出した。

 結果的に言い寄る人が減ったので、私はこの設定を突き通すことにした。


 ……でも実は、だんだん狭まっていく好みがあの人に似ていると思い当たった。


 途中からその人を思い出して話してしまうことがあるくらいだ。

 成長したあの人。どんなふうになっているだろう。


 銀髪は貴族では珍しくない為、名指しになるだなんて事はないはずだ。


(……小さい頃の話だから、今はどうなっているか知らないし。それに、この下町で話しても耳に入る事なんてない、よね。彼は私の事なんて忘れてしまっただろうな)


 私は忘れることはないけれど。

 私は大事な思い出を思い浮かべながら、キャベツを刻み続けた。

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