恵殿
蕾畑
イブキは勢いよく羽を羽ばたかせ、恵殿の端に降り立つ。
空飛ぶ島の恵殿だがどこからでも上陸できるわけではない。万が一、億が一の襲撃に備えて、花御子の力によって制御されるゲートが島の端に8箇所用意されており、それ以外は、簡単なバリアとして低木が植えられている。そして、それぞれのゲートから恵殿の中心にある屋敷に向かって、まっすぐに石畳の道ができている。
目の前にそびえ立つ、何やら細かい装飾が施された門が開かれると、目の前には蕾畑が広がる。
イブキ達花御子は全員この蕾畑から生まれたのだが、今は機能していない。石畳のひとつひとつを踏むように、ゆっくりとイブキは花姫のいる屋敷へと歩き出す。
イブキは最後に生まれた花御子なので、どんな風に花御子が誕生してくるのか見たことはないが、聞くところによると、生まれる直前に蕾が開き、その花で花羽が形成されると、羽ばたいて身体が地中から出てくるという。
それを先輩花御子から聞いた時に、確かに生まれた時から飛んでいたような気がするとイブキは思っていた。
そんなことを思っていたら、無意識に屋敷までの道のりがあと半分というところまで来ていた。
あぁ、どうしよう。結局、花姫になんと訴えかけるか何も考えついていない。だが反面、自分は花姫になぜか気に入られているので、何とかなるのではないかという楽観的な気持ちもある。楽観的というより現実逃避になるのだろうか。
ぼんやりと屋敷を見つめながら足を止めていると、蕾畑の中から声を掛けられた。
「おつかれさまぁ、イブキ」
のんびりとして見にまとわりつくような甘ったるいこの声は、イブキより少し早く生まれたエリカだ。そして、その両隣にはエリカと同じタイミングで生まれ、よくつるんでいる花御子がいる。蕾の中で昼寝をしていたのか、3人とも寝転んでいた。
「今日も1人でピクニック?」
「寂しかったらいつでも誘ってねぇ」
「ばぁか、「イブキ様」が私達を相手する訳ないって」
ケラケラと寝転びながらイブキを揶揄う3人の花御子達。イブキは舌打ちして一瞥をやると、さらに花御子は楽しそうな笑い声をあげた。
「なんなの?」
イブキは声をかけてきた花御子達を見下ろしながら、冷たく応答する。売られた喧嘩は買ってしまうタイプなのだ。
「別にぃ、花姫様のお気に入りに喧嘩なんか売りませんよって」
「その綺麗な顔に傷でもつけたら私達処刑されちゃうし」
「…へぇ、私に怪我させる気でいるんだ」
1人の花御子の言葉に反応するイブキ。体の周りに一瞬、バチっと雷を纏う。この3人に限らず、他の花御子もイブキが花姫に気に入られているのは、見目の良さだと思っている。イブキはそれが気に入らなかった。そして、それに突っかかってくる花御子も。確かにイブキ自身も一番新しく生まれた自分がなぜ花姫に気に入られたか分からなかったが、せめて他者から外見だけだと侮られないよう、強くあろうとした。
「あはっ、そんな怖い顔しないで。花御子同士の戦いは御法度だよ」
エリカは相変わらずニコニコしている。どんな感情か読めない。イブキはこういうタイプが苦手なのだ。
花御子は「イデア」という魔力とは違う不思議な力を持って生まれる。先ほどイブキが山猫を倒す際に使っていた力だ。イデアは使えば使うほど強くなる力で、イブキはその力を磨いて、喧嘩を売られた時も、いざという時の魔物との戦いでも負けないようにしていた。
「それに、こんな所で油売ってないで早く花姫様の元に行った方がいいと思うけど」
「どういうこと?」
「さっき、「イブキを見かけたら屋敷まで来るように伝えること」ってウキヨが言ってたから。何かやらかしたの?」
「え…」
目の前でそうであればいいのにといった感じでどこか楽しそうにそう告げるエリカの言葉に、イブキはどきりとした。もうバレてしまっているのか。一体誰が見ていたんだろう。呆然と立ち尽くすイブキ。
「なに、本当に何かやっちゃった訳?うっそ」
イブキの反応が思ったものでは無かったのか、エリカはつまらなそうに言う。
「うるさいな、それを早く言えバーカ!」
イブキはエリカにそう言い捨てると、踵を返さずに屋敷の方へと急いで向かった。
後ろの方でエリカが何かイブキを罵倒していたが、あっという間に聞こえなくなった。
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